第38話 アベルの新技(仮)、炸裂
アベルは目をつむり、魔力を剣に集めるよう精神を集中する。全身を覆う蒼い魔力。それが体中を駆け巡り、腕から手、指を通り、剣へと伝わっていくイメージ。そして、魔力が剣の柄を渡り、刃へと集中していく一連の流れを思い描く。アベルが目を開けると、右手に持つミスリルソードは蒼くボウッと輝いていた。
キッとガーディアン・ドラゴンを睨みつけるアベル。ドラゴンはまだ、《ストーム》の発動直後で体が動かない。アベルはドラゴンへと全速力で駆け寄っていく。
蒼い魔力が剣から離れないよう意識を集中しながら、両手持ちでミスリルソードを鋭く振り下ろすアベル。狙いは、ガーディアン・ドラゴンの左腕。振り下ろした剣の刃とドラゴンの鱗が衝突する。刃に纏った魔力が少しだけ乱れる。固い鱗の抵抗を両手に感じつつ、魔力の操作に精神を集中させ、アベルは剣を振りぬく。ズバッという小気味良い音とともに、ガーディアン・ドラゴンの左腕が宙を舞う。
アベルはすかさず刃を切り返し、横っ飛びをしながらドラゴンの右腕を切り上げる。衝突の瞬間、再び刃に纏った魔力が乱れる。先ほどよりも大きな抵抗を感じつつ、精いっぱいの力で剣を振り切るアベル。なんとかドラゴンの右腕を斬り落とすことに成功する。腕を失ったガーディアン・ドラゴンはバランスを崩し、発動中だった《ストーム》がキャンセルされる。
いったん後方に飛びのき、アベルはドラゴンとの距離を取る。刀身を見ると、蒼い光は完全に失われていた。アベルは、剣に大量の魔力を纏わせるのに慣れていないようだ。インパクトの瞬間、刃に纏わせた魔力がドンドンそぎ落とされ、剣を振るたびに威力が半減していく。《魔力強化》で攻撃力を向上させるというアベルの考えはうまくいったが、技としては未完成のようだ。
だが、なんとかドラゴンの両手を斬り落とすことに成功した。ドラゴンの攻撃力は半減だ。再び、精神を集中し、蒼い魔力を刀身へと集めていくアベル。一方のガーディアン・ドラゴンは再び《ストーム》の発動準備に入っている。
剣へ魔力を纏わせ終わったアベルが、ドラゴンの懐に飛び込んでいく。まだガーディアン・ドラゴンは《ストーム》の発動準備中だ。低いうなり声をあげ、翼を震わせている。完全に無防備な状態。
アベルが右手で薙ぎ払うように剣を振るう。ガーディアン・ドラゴンの胴体をアベルの剣が通り抜ける。上半身と下半身を真っ二つにされたドラゴンは、大きな咆哮を上げ、絶命する。次の瞬間、ドラゴンの身体がボウッと青白く光り輝き、光の粒が空中に霧散する。
「ふう」
アベルが、深く息を吐く。九死に一生、まさにそんな心境だ。運よく《ヒールウィンド》が発動しなければ、間違いなく命はなかった。恐らく、ティナとラドを逃がすだけで精一杯だったはずだ。
安堵の表情を浮かべるアベルのもとに、ツカツカとティナが近寄ってくる。下を向き、手がフルフルと震えている。アベルの目の前でピタッと立ち止まるティナ。数秒の静寂。向き合う2人。いつもとは雰囲気の違うティナに、アベルは気圧されている。ティナは、相当怒っているのだろう。
不意に、トンッとアベルの胸元にティナが額を預けてくる。うつむきながら、体をフルフルと震わせているティナ。
「……もう二度と、あんなこと言わないで。」
ティナが顔も上げず、つぶやくように言う。あんなこと――多分、『命にかえても、ガーディアン・ドラゴンを食い止める』と言ったことだろう。自分を犠牲にして二人を逃がそうとしたアベルに、ティナは怒っているようだ。
バッと顔を上げ、アベルの目を見つめるティナ。大きな目に涙を溜めながら、口を開く。
「私だって、アベルを助けたいの。もっと私たちを頼って……」
ティナの言葉を、アベルは無言で聞いている。ティナが自分のことを心配してくれているのは分かるし、嬉しい。だが、ラドとティナは大事な仲間だ。自分を犠牲にして2人を助けることが悪いことだとは、アベルには思えなかった。
右手で頬をかきながら、バツの悪い表情を浮かべるアベル。足元に目をやると、ラドがモフモフの毛を擦り付けていた。フッと顔を上げ、アベルの目を見つめるラド。その目は優しくもあり、心なしか悲しそうでもあった。
「はい! この話はここまで。また、おいおい、ね!」
ピョンっと後ろに飛びのき、ティナが元気な声でそう言う。いつものティナの調子に、アベルはホッとする。
「それにしても、さっきのアベルの斬撃、すごかったわね」
「うん。全身の魔力を剣先に集めてみたんだ。新しいスキル候補、になるのかな? 未完成みたいだけど」
バズ曰く、魔剣士は魔力で刃をコーティングし、攻撃力を増すことができる。アベルはありったけの魔力を剣に集中させることで、高い攻撃力を持つ斬撃を放った。だが、まだ魔力のコントロールに難があり、『スキル』としては発動しなかったようだ。ただ、今後経験を積んで技を練れば、『スキル』として発動する可能性は大いにある。そうなれば、アベル達の攻撃力はまた一段と増す。
ふと、部屋の奥の壁が青白い光に包まれる。カッと強い光を放った後、上層へ続く階段が突如として現れる。フロアボスのガーディアン・ドラゴンが倒されたことで、次の階層への道が開かれたようだ。ボスを倒すと道が開ける。これは《探索型ダンジョン》でよくある仕組みだ。
3人は新たに現れた階段に向かって歩いていく。ティナがピタっと足をとめ、前方を指さしながら口を開く。
「あれ!? 階段の隣に、何かあるわよ」
ティナの言う通り、階段の右隣には大きな赤い扉がある。扉は固く閉ざされており、全体が異様な文様で飾られている。なんとも不気味な雰囲気を醸し出している。アベルが《索敵》を行う。
「どうやら、モンスターみたいだ。攻撃してくる気配はないけど」
扉の目の前まで近づく3人。間近で見ると、扉はまるで呼吸をしているかのようにゆっくりと波打っている。禍々しい雰囲気に、3人は圧倒される。
とはいえ、ただ見ているだけではらちがあかない。アベルは扉の目の前で剣を抜く。
「……倒してみよう。何かの道がひらけるかもしれない」
アベルは目を瞑り、剣に魔力を集中させていく。青白くボウッと光輝くミスリルソード。数秒の静寂ののち、カッと目を見開くアベル。両手で剣を振りかぶり、大きく振り下ろす。
ザンッ!!
大きな音を立て、強烈な斬撃が扉を襲う。扉に大きな刀痕が刻まれる。だが、次の瞬間、扉の表面がウネウネと変形し、刀痕を包み込むようにして傷跡を治してしまう。どうやら、扉には自己修復機能が備わっているようだ。
その後、アベルが様々な剣撃を扉に与え続けるも、瞬く間に傷跡が回復していき、扉を破壊することができない。
「ダメみたいね」
「うん。一瞬で扉を真っ二つにするくらいの攻撃を加えないと、ビクともしないね。」
「それじゃ、今度は私の番ね。《パワーショット》」
ティナがクロスボウを構え、スキルを発動する。膨大な魔力がクロスボウに集まり、巨大な青い光の矢がゴゥッという轟音とともに放たれる。だが、光の矢は扉に衝突する直前で、パシュンッという音とともに消えてしまう。
「あれ!?」
ティナが目を見開き、声を上げる。
「どうやら、魔法攻撃を無力化する結界が張られているみたいだね。今はまだ、このモンスターは倒せないみたいだ。もうちょっと強くなってから、再挑戦しよう」
「今日はどうする? まだ進む?」
ティナが首を傾けながら、アベルに尋ねる。
「いや、最初の作戦通り、今日はこのまま帰ろう。……っとその前に、素材を回収しなきゃ」
アベル達は、辺りに散らばっているガーディアン・ドラゴンの鱗と爪を拾い集める。
「それじゃ、帰ろうか。第二階層に向けて、色々と準備しないと。素材も手に入ったしね」
「了解、リーダー!!」
「キュ!!」
簡潔に返事をするティナとラド。アベル達は塔を後にし、《テレポート》で城塞都市マンチェストルへと帰っていった。