第34話 未踏破ダンジョン、ミラージュの塔
――ミラージュの塔。城塞都市・マンチェストルから南方へ25キロの地点に位置するAランクダンジョンだ。3か月前、突如ダンジョン化した塔であり、まだ踏破者はいない。ミラージュの塔は、先代勇者のパーティーメンバーであった大聖女・セシリアが所有する建物だ。先代勇者たちの武具が多数収められており、ダンジョン化する前は一部の熱狂的な勇者ファンから聖地扱いされるスポットだったらしい。
今、アベル達はミラージュの塔の前にいる。馬車で平原を1時間、森の中を約2時間かかる道のりだ。マンチェストル出発時は早朝だったはずだが、今や陽は高々と登っている。
アベルはミラージュの塔を見上げる。木々を突き抜け、高くそびえる赤茶色の塔。塔は円柱形で、高さは60メートルはあるだろうか。塔には青色で重厚感のある門があり、それが唯一の入り口だ。塔の周りには人工物は何もなく、ただただ森が広がっている。
「ふう、結構時間がかかったね。それじゃ、今日の作戦について確認しようか」
アベルは隣にいるティナに振り向き、話しかける。
「……」
一方のティナは、アベルの言葉に気付いていないようだ。顎に手を当て、思案顔だ。何かを考えこんでいるようだ。いつもと様子が違うティナに、アベルは少しだけ違和感を覚える。
「ティナ!?」
「え!? ああ、ごめんなさいね。で、何だっけ?」
ティナがびっくりした表情で答える。ミラージュの塔に来てから、やはり少し様子がおかしい。
「大丈夫? 最近、ぼーっとしてることが多いけど……」
「大丈夫よ。ちょっと考え事してただけ。それで?」
「ああ。今日の攻略について、確認しとこうと思って」
ティナの様子が少し気がかりだが、アベルは作戦の確認のために話を進める。
「えーっと、今日は1Fの攻略ね。1Fボスの攻略まで行けば御の字だけど、深入りは禁物。魔力が不足したときは、即時撤退。これでOK?」
「うん、完璧だよ! ラドもOK?」
「キュウ!!」
ラドが自信満々の声を上げつつ、定位置のアベルの右肩へと昇ってくる。ラドもOKのようだ。
「それにしても、今までに比べてずいぶん慎重ね。やっぱり、Aランクダンジョンだから?」
ティナが顎に人差し指を当てながら、疑問を口にする。黒曜の洞窟とカルディア平原はイケイケでダンジョンを攻略していたが、今回はそういう訳にはいかない。それには理由がある。
「Aランクだからというより、『踏破型ダンジョン』だからかな。今までのダンジョンより、危険度が高いんだ」
「踏破型ダンジョン?」
ティナが首をかしげながら、アベルに聞き返す。
「ダンジョンには、2種類あるんだ。一つは、『天然型ダンジョン』。これは、平原とか洞窟にモンスターが住み着いてダンジョン化したもの。で、もう一つが『踏破型ダンジョン』。塔や城、神殿が突然ダンジョン化したものをそう呼ぶんだ。罠が多く、高ランクのモンスターがいるケースばかりで、難易度が高いんだ」
「そっか。ミラージュの塔は、3か月前に突然ダンジョン化した。つまり、危険な踏破型ダンジョンってことね」
ティナが納得したようにうなずいている。
「しかも、《ミラージュの塔》に関しては、情報がほとんど手に入らない。見てよ、この依頼書」
アベルは、懐から1枚の依頼書を取り出す。出発前にギルドの掲示板から取ってきたものだ。
――――
ミラージュの塔調査依頼書(ランクA~)
依頼内容:第一階層調査
場所:ダンジョン《ミラージュの塔》
報酬:第一階層の詳細地図(1万ゴールド)
階層ボスの判明(1万ゴールド)
階層ボスの討伐(ボス判明後、決定)
詳細:ミラージュの塔・第一階層の攻略及び調査依頼。
不確定情報が多いため、依頼ランクは暫定A。
――――
「な、なな何これ!? 何も分かってないってことじゃない!」
ティナが依頼書を握りしめながら、驚愕の声を上げる。マップとボスの調査自体が依頼内容になっている。つまり、ボスが何のモンスターなのか、どんなマップなのかをギルドが一切把握していないということだ。第一階層で、この状態だ。
「ミラージュの塔出現から3か月。攻略は全く進んでないってことだね。アンナさんに聞いてみたけど、複数のAランクパーティーが攻略に挑んだけど、全員行方不明者になってるって」
今現在、マンチェストル支部にはSランクパーティーはいない。つまり、支部の最高ランクのパーティーが挑んでも、攻略が全く進んでいないということだ。
「それは……ヤバいわね。気を引き締めて進まないと」
「でも、その分リターンは大きいよ。ダンジョン化する前は、ミラージュの塔は先代勇者の武具を収めていたって噂だからね」
『踏破型ダンジョン』は元の建物の特性が色濃く反映される。そのため、《ミラージュの塔》からは強力な武器・防具が発掘される可能性が高い。しかも、ダンジョンで発掘されたアイテムは、基本的に攻略者に所有権がある。もちろん、『踏破型ダンジョン』の場合も同じだ。
「狙いは、《聖剣・デュランダル》ってわけね」
先代勇者の武器、《聖剣・デュランダル》はオリハルコン製。アベル専用の武器を作るのに、うってつけの剣だ。
「勇者様の剣を自分専用に作り替えるなんて、ちょっと畏れ多いけどね」
アベルが苦笑いを浮かべながらそう言う。一方のティナは、両手のひらを上に向け、あきれ顔だ。
「伝説の幻獣使い兼魔剣士様が、何言ってるの? アベルの素性を知ったら、先代勇者だってびっくり仰天するわよ」
ティナが軽口をたたきながら、《ミラージュの塔》の門へと向かっていく。ふぅっと一息ついた後、ティナを追いかけるアベルであった。
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次回、《ミラージュの塔》探索開始です。