第32話 アベル、《魔剣士》であることが判明する
「こんにちは、バズさん!」
アベルが鍛冶屋の店主に挨拶をする。店奥の竈で火を起こしていたバズは手を止め、アベル達に挨拶する。
「おお、久しぶりだな! 無事、ワイバーンは討伐できたか?」
「はい! もちろんです! 《マジックアロー》、大活躍でしたよぉ!」
「キュウ!」
ティナが右手でピースサインをしながら、バズに語り掛ける。ティナの左手に抱きかかえられているラドは、モフモフの毛を揺らしながら、ティナの腕の中でワタワタもがいている。スポッと体がティナの手から抜け、バズのもとへと駆け寄っていく。
「はは、嬢ちゃんもラドも、元気そうで何よりだ。それで、今度はアベル坊の武器の注文かい?」
「そうです。良く分かりましたね」
「お前の実力じゃ、いくら何でもブロンズソードじゃ物足りないだろ。固い敵だと、刃そのものが通らないからな」
本当にバズは優秀だ。アベル達の実力を見抜き、今何を必要としているのかをよく観察している。早速、アベルは本題を口にする。
「バズさんには、僕でも使える剣を見繕って欲しいんです。……僕には、使える剣が全然ないんです」
アベルの言葉に、バズは首をかしげる。
「アベル坊、どういうことだ? 使える剣がない? そんな訳が……」
バズが驚いた表情を浮かべる。それもそのはずだ。武器を使えない剣士なんて聞いたこともないだろう。
「本当なんです。今までいろいろな剣を試してみましたが、僕が力を込めて剣をふるうと、すぐにボロボロになって崩れちゃうんです。僕が使える剣は、このブロンズソードだけでした」
「それ、本当か? ちょっとお前の剣を見せてみろ」
アベルは、バズに言われるがまま、自分のブロンズソードをバズに渡す。ジッと刀身を見つめるバズ。
「お前、まさか《魔剣士》か?」
バズが神妙な面持ちで口を開く。一方のアベルは、キョトンとした表情を浮かべている。魔剣士なんて、聞いたことが無いからだ。
「アベル坊。この剣、どうだ?」
バズは一本の剣を取り出し、アベルに手渡す。アベルは鞘から剣を抜き、ジッと刃を見つめる。光り輝く銀色の刃先がキラリと光る。ヒュンッと素振りをする。軽い。そして手になじむような感覚。
「すごい……これなら大丈夫そうです!」
いきなり自分に合う剣を選んだバズの慧眼に、アベルは目を丸くする。
「そうか。それじゃ、これはどうだ? ……高価な剣だから、振るのはやめとけ」
バズがもう一振りの剣をアベルに渡す。アベルは柄に手をかけた瞬間、すぐに確信した。
「これはダメです。多分、強く振ったらボロボロになります」
「やはりか……こりゃ、《魔剣士》で確定だな。どうしたもんか……」
バズが腕を組み、考え込んでいる。状況を掴めないアベルは、バズに問いかける。
「あの、《魔剣士》って何ですか? なんで、僕には使える剣と使えない剣があるんですか? 剣士は普通、体格さえ合えばどんな剣でも装備できるはずなのに」
バズが再び、考え込む。どう説明したものか、という顔だ。
「なあ、アベル坊。お前、冒険者の剣が刃こぼれしているのを見たことあるか?」
唐突なバズの質問。意図を掴みかねつつも、首を横に振るアベル。剣は多少乱暴に扱っても刃こぼれしない。それは、剣を使う者の常識だ。
「じゃあ、なんで剣が刃こぼれしないか知ってるか? 剣なんて、薄く伸ばした金属の塊だぞ? ちょっと岩に引っ掛けたり、剣と剣がぶつかり合うだけで、簡単に刃こぼれしそうじゃないか?」
言われてみれば確かにそうだ。矢は敵に突き刺さるとすぐにボロボロになる。つまり使い捨てだ。だが、剣はそうはならない。なぜ、あんなに丈夫なのだろうか。アベルは考えをめぐらすも、答えは出ない。
「それはな、剣を研ぐ時に黄色の魔石が使われているからだ。黄色の魔石は、物質に干渉する。つまり、黄色の魔石で剣を研げば、刃をとんでもなく頑丈にすることができるんだ。そして、魔石の魔力が宿った剣は、ちょっと刃こぼれしても、すぐに自己修復してしまう。これで、刃こぼれしない剣の出来上がりだ。武器屋で売っている剣は全て、魔石で磨かれている。そうじゃないと、使い物にならないからな」
ふむふむ、と頷くアベル。なるほど、バズが一流の鍛冶師であり、かつ一流の魔石工でもあるのも納得だ。剣を打つには、魔石を使う必要がある。つまり、優秀な鍛冶師は優秀な魔石工でなければならない。バズの話に、色々と合点がいくアベルであった。
しかし、一向に話が見えない。『剣が魔石で研がれている』ことは分かった。だが、それと『アベルに使えない剣がある』ことはどう関係するのだろうか。
「ここからが本題だ。お前が『振れる』と言った剣は、魔石で加工する前のミスリルソードだ。多くの剣士にとってはガラクタだ。そして、お前が『ダメ』と言った剣は、魔石で加工済みのミスリルソードだ。こっちが、売り物だな」
少しずつ、話が見えてきた。どうやら、アベルは魔石加工済みの『普通の』剣は使えないらしい。逆に、魔石で研がれていない『ピュアな』剣なら使えるようだ。
「剣士の中には、魔力で刀身を無意識にコーティングしちまう奴が稀にいる。それが、《魔剣士》だ。鍛冶屋が魔石で金属を研ぐ作業を、自分でやっちまうって訳さ。刀身に込められる魔力はケタ違い。その分剣は強力になる。つまり、どんな名工も作り出せない最強の剣を扱えるのが、《魔剣士》って人種さ。それがお前だ」
ゴクッと唾を飲み込むアベル。ふとティナを見ると、ジト目でアベルを見つめている。またチートか、と言わんばかりの表情だ。
「ただ、《魔剣士》にも一つだけ欠点があるんだ。《魔剣士》が魔石で加工済みの剣を使うと、魔石の魔力と自分の魔力が相殺して、刀身の魔力コーティングがはがれちまうんだ。つまり、剣がただの金属片になっちまう。そうなりゃ、強度はダダ下がりだ。《魔剣士》は魔石で加工済みの剣を使えない。これが、お前に合う剣が全くなかった理由だ」
これで、全て納得がいった。アベルのブロンズソードは、家の倉庫にあった剣で、魔石加工などされていない。だから、アベルはブロンズソードのみ使うことが出来たわけだ。そして、次にアベルがすることも分かった。魔石加工がされていない『ピュアな』剣を作ること。
「バズさん! この『オリハルコン鉱石』で、剣を作ってくれませんか?」
アベルはアイテムボックスから鉱石を取り出し、バズに見せる。オリハルコンはこの世で最も固い金属だ。世の中の名刀、名剣は全てオリハルコン製。オリハルコンを使って、魔石加工なしで剣を作れば、アベル専用の最強武器が出来上がるはずだ。
「オリハルコン鉱石!? どこで手に入れたんだ、そんなもの」
「ギルダさんがお礼にくれたんですよ!」
ティナが答えるや否や、バズがとても驚いた表情を浮かべる。
「ギルダが!? あいつ、何考えてやがる。この量のオリハルコン鉱石なんて、100万ゴールドは下らねーぞ」
「そ、そんなに高いんですか!?」
ティナが驚愕の声を上げる。アベルも、開いた口が塞がらない。
「ああ。お前ら、アイツに相当惚れ込まれたな。アイツはかなり有力な商人だから、縁を大事にしとけよ。それで、剣を作るって話だが、それは残念ながらムリだ」
「な! なんでですか!?」
バズの意外な返答に、ティナが大きな声を上げる。
「単純に、量が足りねぇ。剣を一から作り上げるのは無理だな」
しゅんとするティナ。ラドも残念そうな目でアベルを見つめている。一方のバズは、少し意地悪そうな笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「まだ話は終わってねえぞ。『一から剣を作り上げる』のは無理だ。だが、『既存の剣を修復して作り直す』ことはできる」
「そうか……オリハルコンの剣を見つけてきて、鉱石を使って僕用に作り直してもらえばいいんですね!」
アベルが興奮した声を上げる。自分専用の、強力な武器。それを手に入れるための目途が立ってきたのだから、当然だ。
「そして、一つだけ心当たりがある。Aランクダンジョン『ミラージュの塔』。そこに、オリハルコン製の剣がある可能性が高い」
ミラージュの塔……確か、3か月前突如現れたAランクダンジョン。高ランクのマジックアイテムや武器が多数眠っていると言われる、未踏破ダンジョンだ。
「次の目的地は決まりだね」
アベルはティナを見ながら、笑みを浮かべる。一方のティナは、腕組をしながら真剣な面持ちで何かを考えこんでいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、ついにゲイルがアベルと再会します。「もう遅い」回です!
~武井からのお願いです~
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