第26話 カルディア平原・大峡谷
翌日、アベル達3人はカルディア平原の最奥、大峡谷前まで来ていた。高台を抜けて歩く事1時間、アベル達の前には切り立った崖が広がっている。カルディア大峡谷は、深さが約2000メートル、長さは50キロメートルにも及ぶ。2000メートルの断崖絶壁は、身がすくむほどの高さだ。
「うわー!! た、たっかいわねー!!」
ティナが断崖絶壁の下をのぞき込み、大きな声を上げる。心なしか、顔が少しひきつっている。やはり、高いところは苦手なようだ。
「よし! じゃあ、早速進もうか。《魔力強化》」
「キュ!!」
アベルの魔力強化に合わせて、ラドが《フロート》を発動する。アベル達3人の体が浮上する。そのまま、ゆっくりとした速度で谷底に向かって空中を降りていく。
「うぅ~~……こ、怖いわねー……」
ティナが下を見ながら、少し青ざめた表情を浮かべる。下を見れば、地面ははるか2000メートル先。吸い込まれそうな高さだ。
「そ、そんなに怖いなら、下見なきゃいいのに」
アベルが両手を上げ、少し呆れたように言う。
「そ、そんなこと言ったってぇ……怖いんだもん」
支離滅裂なことを言い出すティナ。相当怖がっているのがよく伝わってくる。
「それじゃ、今回の作戦について、おさらいでもしようか。そっちの方がティナも気がまぎれるでしょ?」
「賛成! お話してた方が、気が紛れるわ」
アベル達は、谷底に着くまでの時間を使って、ワイバーン討伐の作戦について再確認を行う。昨日の午後、3人で入念に実験を行い作戦の共有を行ったわけだが、ワイバーンは強敵だ。念には念を入れておいて間違いはない。
アベル達が作戦の最終確認を始めて5分、確認が終了すると同時に3人はちょうど谷底に下り立った。
2000メートルの大峡谷だけあって、谷底は薄暗く、湿った空気が辺りを占めている。足元には草一本無く、茶色い岩肌が露出している。所々、獣の骨が地面にさらされているのが見える。腐敗臭とまではいかないが、ジメッとした不快な匂いが辺りを漂っている。
「ぶ、不気味なところねぇ。あんまり、居心地は良くないわ」
ティナが辺りを見回しながら、率直な感想を述べる。アベルも同意。用事を済ませたら、すぐにこんなところから出ていきたい。
「それじゃ、身を潜めつつ、ワイバーンを探そうか。できれば先手を取……」
アベルはふと、疑問に思う。谷底は草一本なく、水源も見当たらない。獣が生きることは困難だ。実際、辺りに生き物の気配はない。それなのになぜ、こんなにたくさん獣の骨が散らばっているのだろう? 答えは、実に簡単。ワイバーンが食い散らかした後だろう。ということは……
アベルはすぐに《索敵》を行う。正直、嫌な予感しかしない。バッと勢いよく顔を上げ、上空を見上げる。
「ど、どうしたの、アベル!? ま、まさか……」
ティナが動揺しながら声を上げる。アベルがひきつった表情を浮かべる。
「くっ! まずいな、いきなり見つかった! 北東上空200メートルに、ワイバーンが来ている」
上空を飛んでくるワイバーンをジッと見つめるアベル。……何かがおかしい。強烈な違和感がある。
「ね、ねえアベル。あれ、ちょっと大きすぎない!?」
「き、キュウゥ……」
ティナとラドが驚愕の声を上げる。ワイバーンは本来、5メートル程度の大きさのはずだ。大きい個体でも7メートル程しかない。だが、あれは、優に10メートルを超えている。
「さ、最悪だ。あれは、アークワイバーン。多分、奪った魔石を食べちゃって、突然変異したんじゃないかな……」
アベルがひきつった笑いを浮かべながら、そんなことを言う。本当に、悪い予感とは当たるものだ。迫りくる巨大な竜を目の前に、意外と冷静にそんなことを考えているアベルであった。
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次回から、アークワイバーンとの決戦です!