第22話 一方その頃、ゲイル達は~④
今回も、アベル達を追放したゲイルのお話です。
ゲイル目線で話が進みます。
「ふぅ、ふぅ! よ、ようやく着いたな」
ゲイルが乱れた息を整え、顔を上げる。目の前には、高くそびえたつ一枚岩。ミミックグラスたちが蔓延る平原を抜け、死ぬ思いでカルディア平原・高台のふもとまでたどり着いたゲイル達。なんとか全員、無事のようだ。
「あれ? フォルカスはどうした?」
「あ、あそこだよぉ! はぁ、はぁ」
息を切らしながら、アマンダが後方を指さす。その先には、草原の中で白目を向き、突っ伏しているフォルカスがいた。相当ひどい目にあったのであろう、苦悶の表情を浮かべ、ピクピク小刻みに痙攣している。前言撤回。約一名、死にかけのようだ。
さっきまでのフォルカスの雄姿がゲイルの脳裏に浮かぶ。ミミックグラスたちから体中を切り刻まれ、歯ぎしりをしながら苦痛に耐えていたパーティーの『盾』。彼は、立派に役目を果たしてくれた。あと10秒だけ、安らかに休んでくれ。仲間の雄姿を誇らしく思いながら、そんなことをゲイルは考えていた。
きっかり10秒待った後、ゲイルはツカツカとフォルカスに近寄っていく。
「おい、フォルカス。そろそろ起きろ。高台に登るぞ」
「は!! お、オレはどうしたんだ!? 目の前に花畑が見えていたが……」
フォルカスがビクッと驚いたように飛び起きる。よく休んだからだろうか、寝ぼけているようだ。
「花なんてないわよ。盾役、お疲れ様。次は高台に登るから、またよろしくね」
リサがため息をつきながら、フォルカスに向かってそう言い放つ。一応はフォルカスを労っているものの、またすぐに盾役としてこき使うつもりのようだ。
「ぐっ、ま、またか。いやしかし、先ほどの突進で、オレも一皮むけたというか、一線を超えたような……痛くて痛くて死ぬほどしんどいが、次の盾役も、ぜひ任されよう」
心なしか恍惚とした表情で、フォルカスがそんなことを言う。フォルカスは何かに目覚めてしまったようだ。
「よし、フォルカスも回復したみたいだし、早速高台に登るか! アベル、待ってろよ!」
ゲイルがずかずかと高台へとつづく階段を上っていく。フォルカスとリサもゲイルに続いていく。
「はぁ、はぁ。もう! 回復魔法の使い過ぎで私もしんどいのにぃ! もうちょっと休みたいよぉ!」
アマンダが愚痴をこぼしながら、3人を追いかけていく。カルディア平原の別名は、『ヒーラー泣かせの平原』。回復魔法には、限界を超えて詠唱を連発するとヒーラー自身のHPが減っていくという欠点がある。傷ついたフォルカスを回復し続けたアマンダの体力は、既に限界を迎えていた。
4人は大きな岩山を登っていく。とは言っても、ただ整備された階段を上るだけだ。5分も経たずに、ゲイル達は階段を登り切り、高台の上にたどり着く。
「背の高い草原……なつかしいわね。この平原を超えて、ワイバーンを討伐したっけ」
リサが昔を思い出しながら、感慨深げに話しだす。
「ああ、そうだな。あの頃は楽勝でこの平原を踏破したものだったが……アベル殿がいないとここまで苦労するとはな」
1年前、4人はアベルと一緒に高台を超え、ワイバーンを討伐した。その時は、アベルの《索敵》とラドの《牽制》で、ミミックグラスやミミックロックを避けて高台へ来ることができた。
「そう言えば、アベルのやつはどこだ? 姿が見えないが?」
ゲイルが辺りを見回す。高台の上に、アベルの姿は見えない。
「高台は広いからな。アベル殿は奥の方にいるかもしれない。進んでみよう」
フォルカスがさらなる探索を提案した瞬間、アマンダが口を開く。
「ちょっと待って!! そう言えば、高台にもモンスターがいなかったっけ? リサの《ライトニング》で一撃だった……」
アマンダが下唇に人差し指を当てて、考え込んでいる。
「ああ、確か、キマイラね。アベルさんがキマイラの隠れている場所を教えてくれて、私は魔法を唱える。それだけでお終い。ただの雑魚だったわ、昔はね」
リサの言葉に、パーティーに緊張が走る。昔は、アベルが敵の位置を教えてくれた。だが、彼は今ここにはいない。そして、周りは背の高い草。キマイラ達が隠れるのに絶好の環境だ。
グゥワアゥ!!
「ぬ! ぐおぉぉぉ!!」
突然、フォルカスの前方から、キマイラが襲い掛かってくる。フォルカスはとっさに盾をキマイラと自分の間に挟み、キマイラの爪と牙を防ぐ。だが、キマイラの力は強大だ。フォルカスは仰向けに倒され、キマイラにマウントポジションを取られる。
「ぐ、ぐおぉぉぉ! し、死ぬ! 死ぬ! 早く、《ライトニング》を! リサ!」
完全に上を取られ、身動きが取れないフォルカス。その間も、キマイラが牙を向き、爪を突き立ててくる。身をよじり、紙一重で敵の攻撃をかわしているフォルカスだが、キマイラに仕留められるのは時間の問題だ。
「ラ、《ライトニング》!!」
ドォーン!! と轟音が鳴り、キマイラに雷が落ちる。びっくりした様子で後方に飛び跳ねるキマイラ。少しはダメージが通ったようだが、致命傷には至らなかったようだ。少し警戒しつつ、再び攻撃する機を窺っている。そのすきに、フォルカスは立ち上がり、防御姿勢をとる。
「く! や、やっぱり威力が相当落ちてるわ! どうする、ゲイル?」
「よし、リサと俺の《蒼の稲妻》で敵を攻撃する。リサの《ライトニング》にオレの剣撃が加われば……」
――ガサッ
前方の草が左右に揺れる。ゆっくりと現れる、黒い影。もう一匹、キマイラがいたようだ。2匹のキマイラに睨まれた4人に、戦慄が走る。
「さ、作戦変更だ。フォルカス、お前、もう一回盾役だ。囮をやれ。そしてキマイラ2匹の攻撃を抑えてろ。オレとリサが《蒼の稲妻》で始末する」
「な!! や、奴らの鋭い牙、見ただろ? あんなの食らったら死ん……」
「大丈夫だ。お前は死なん。アマンダが、ヒールを連発してくれるからな」
ビクッとアマンダの身体が大きく震える。顔が真っ青になり、ひざはガクガクしている。
「む、ムリだよぉ! ヒールの連発で、もう体力ないよぉ! 頭はガンガンするし、動悸はひどいし、これ以上ヒール唱えたら死んじゃうよぉ!」
アマンダが目に涙を浮かべて懇願する。だが、ゲイルは冷徹な顔で言葉を続ける。
「なあ、お前は誰だ? アマンダ」
「ひ! こ、このパーティーのヒーラーで、《王国の奇跡》……」
「そうだ。お前は《王国の奇跡》だ。だったら、オレの前で起こして見せろ。その、奇跡を……な?」
ゲイルが優しく微笑み、アマンダに語り掛ける。だがその口ぶりは、悪魔のように冷たかった。
「アマンダ、大丈夫よ。はい、体力回復薬。これで、あなたは死なないわ」
リサがアマンダに小瓶を手渡し、ポンっと肩をたたく。
「こ、これ!! 体力をムリヤリ回復させるだけで、痛いのとか苦しいのはそのままのやつ……!!」
アマンダが悲壮な表情を浮かべる。そんなアマンダを、優しい目で見守る男が一人いた。フォルカスが、アマンダを諭すように言う。
「大丈夫だ。アマンダ。痛い? 苦しい? そんなもの、すぐに一線を越える……もうすぐ、お前にも分かるさ」
「そ、そんな一線、超えたくないぃ!!」
なかなか覚悟がつかないアマンダだが、敵は待ってはくれない。ジリジリと間合いを詰め寄る2匹のキマイラ。
「そら、来るぞ! フォルカス! アマンダ! 行けぇー!!」
「う、うおぉぉぉー!!」
突撃するフォルカス。一瞬の静寂の後、男の叫び声が高原に響く。
「う、うぎゃぁぁぁー!! 痛ってー!! 死ぬ―!!」
「も、もうやだぁ!! うわーん!! 《ヒール》!! 《ヒール》!! 《ヒール》!! ぐへぇぇぇー!!」
その後30分間、フォルカスとアマンダの阿鼻叫喚の叫び声が絶えることは無かった。戦闘が終わると、キマイラ2匹は光に消え、立っていたのはゲイルとリサ。その前方で、口から泡を吹き、白目で失神したアマンダとフォルカスが打ち捨てられていた。
「よし、今日はもう、帰るか」
「ええ、そうね。アベルさんもいないみたいだし。二人を起こさなきゃ」
ゲイルとリサは笑顔でそう言い、寝ている二人を叩き起こす。
その後、再び平原を突破するため、突進とヒール連発を繰り返すフォルカスとアマンダ。街に着いた頃には、二人の顔から生気が完全に失われていたのは言うまでもない。
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次回から、またアベル回に戻ります。