第20話 ワイバーン来襲
アベル達は高台を急いで下り、ワイバーンを追いかけていく。ワイバーンは一直線にカルディア平原西の街道へと向かっていく。『最近、平原西の街道でワイバーンが馬車を襲っている』というバズの情報をアベルは思い出す。嫌な予感しかしない。
アベルはワイバーンを追いかけながら、手元にある依頼書の写しを確認する。
――――
ワイバーン討伐依頼書(ランクB)
討伐対象:ワイバーン(上限3匹)
生息場所:ダンジョン《カルディア平原・峡谷》
報酬:10000ゴールド
――――
――ワイバーン。大きな翼をもつ2本脚の飛竜。全長は5メートルほどで、大きい個体では7メートルに達するものもいる。翼を一回羽ばたけば嵐が吹き荒れ、二回羽ばたけば竜巻が巻き起こると言われるほど強大な力を持っている。
「アベル!! 馬車があるわ! ワイバーンに襲われているみたい!」
後ろから、ティナが大きな声を出す。手配書から目を離し、前方に視線を移す。約200メートルほど先の街道に馬車が1台止まっている。荷台の車輪が壊されており、馬車は立ち往生しているようだ。商人の馬車なのだろうか、荷台には大きな荷物が積まれている。
ワイバーンはその上空20メートルほどでホバリングしている。荷台を見つめ、攻撃の機会をうかがっているようだ。
「ヤバいな……ラド! フレイムだ!」
「キュウ!!」
ゴウ!という轟音とともに、上空にいるワイバーンに向かって火炎旋風が向かっていく。馬車の荷台を見つめていたワイバーンであったが、迫りくる火炎に気付いたようだ。《フレイム》に向かい合う様に体を回転し、大きく翼を羽ばたく。
巻き起こる竜巻のような突風。《フレイム》はあっけなくかき消されてしまう。
「キュウ……」
落ち込んだような声を上げるラド。
「くっ、《ストーム》か。ラドのフレイムじゃ、時間稼ぎにしかならないか……」
ワイバーンの羽ばたきはスキルの一種で、《ストーム》と呼ばれている。軽い羽ばたきから巻き起こる竜巻のような突風は、冒険者たちの行動を封じることもできるほど強力だ。
「まっかせて! 強化したクロスボウで翼を貫いてあげるわよ! てぇーーい!!」
ティナが走りながらクロスボウの矢を放つ。以前よりも力強さを増した矢が3本、ワイバーンに向かって飛んでいく。
バサッバサッと2回翼をはばたくワイバーン。それだけで3本の矢は軌道をそらされ、勢いを失い、地面へと力なく落とされてしまう。
「くっ!! 矢もダメみたいね!!でも、時間は稼げたわ! 間に合ったみたいね!」
アベル達3人は馬車が止まっている場所へとたどり着く。ワイバーンとの間に入り、馬車を守るべく立ちはだかる。
「あ、ありがとうございます! 突然、ワイバーンに襲われて……もうダメかと……」
馬車の御者席に座る男が口を開く。相当の恐怖だったのだろう、手元がカタカタ震えている。
「お礼は助かってからで結構よ」
ティナがウィンクをしながら答える。御者を安心させようとしているようだ。
「ティナ、プロテクションをお願い!!」
「了解! 《プロテクション》」
3人の体が黄色い光に包まれる。3層プロテクションだ。さらに、馬車にもプロテクションが掛かっており、馬車全体がボウッと光り輝いている。
グゥワァアアアア!!
狩りを邪魔され、激高したワイバーンが雄たけびを上げる。アベルに向かって急降下する巨体。それと同時に、右足の大きな爪をアベルに向かって振り下ろしてくる。
キィン!!
アベルは剣を抜き、迫りくる爪を刃で受け止める。しかしながら、ワイバーンの体重がのった一撃の重さは凄まじく、簡単に弾き飛ばされてしまう。後方へ5メートルほど吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がるアベル。弾き飛ばされる際に爪が剣をすり抜け、アベルの体をかすったようだ。プロテクションのお陰で無傷ではあるが、2層の黄色い光がかき消されてしまった。すかさず、ティナが《プロテクション》をかけ直す。
「ヤバいね……《筋力強化》」
アベルが《筋力強化》を詠唱する。ステータスの底上げなしには戦えない強敵と言う判断だ。さすがにBランク上位、ガルディア平原最強のモンスターだ。キマイラとは強さの格が違う。
「キュウ!!」
ワイバーンが降下した隙をつき、すかさずラドが体当たりをする。ドン!!と響く大きな音。弾丸のような速さでワイバーンの右太ももに飛び込んでいったラド。ワイバーンは5メートルほど吹き飛ばされた後、ひらりと上空へと逃れていく。不意を突いたラドの一撃であるが、大きなダメージを与えることは出来なかった様子だ。
「くっ! なかなか堅そうね!」
「キュウ……」
ラドは残念そうな表情を浮かべながらアベルを見る。どうやら、お手上げといった様子だ。
アベルは周りを見渡し、戦況を冷静に分析する。正直なところ、筋力強化されたラドの一撃で仕留めきれなかったのはかなり痛い。ワイバーンは冷静さを取り戻したようで、アベル達の様子を伺いながらホバリングをしている。恐らく、さっきの攻撃のように不用意にアベル達の間合いに入ってくることはないだろう。ヒットアンドアウェイで距離を取りながら攻撃してくるか、《ストーム》で遠距離攻撃をするかの2択になりそうだ。そうなれば、アベル達に攻撃手段はない。
『打つ手がない』。それが、アベルの結論だった。
「仕方ない、退散しよう! ティナは馬車に《ウォール》を! ラドは《フレイム》でワイバーンの足止めをお願い!」
「了解!」「キュウ!!」
ラドがワイバーンに向けて《フレイム》を連発する。ワイバーンは迫りくる火炎を《ストーム》でかき消す作業に追われ、アベル達に攻撃できない。その隙に、ティナが《ウォール》を詠唱する。
「すみません、商人さん! 荷台を切り離して逃げます!」
「わ、分かりました!!」
アベルは御者席の後方へと向かい、ヒュンッと剣を数回振るう。ガキンッ!!と大きな音がして、荷台と馬車を繋いでいる連結部分が切り落とされる。
「よし! 退散だ! みんな、御者席へ!」
ラドとティナがすぐさま御者席に駆け込み、ほぼ同時に馬車が全速力で駆け出す。獲物を逃がすまいと、ワイバーンが馬車に向けて《ストーム》を放つ。馬車の周りを、竜巻のような突風が襲う。しかし、《ウォール》の効果で風の影響は遮断され、御者席はそよ風が吹く程度だ。
「な、なんと!! あの暴風をいとも簡単に防いでしまうとは……」
商人が驚きの声を上げる。馬車はストームをくぐり抜け、みるみるワイバーンとの距離を離していく。
一方のワイバーンは馬車をあきらめたようだ。荷台を大きな両足で掴むと、大きく羽ばたいて荷台ごと宙に浮き、峡谷の方へと飛び立っていった。どうやら、荷台を巣に持って帰るつもりのようだ。
「商人さん、あの荷台には何が?」
「魔石です。120~130個程度でしょうか。知り合いの鍛冶師が魔石不足で困ってるとのことで、危険を承知で輸送していたのですが。やはり無謀でしたね」
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、商人はアベルの質問に答える。不意に商人が頭のフードを取り、にこやかにアベルに話しかける。
「申し遅れました。私は商人のギルダと申します」
「初めまして、ギルダさん。僕はアベル、彼女がティナで、この子がラドです。全員無事でなによりです」
「この度は本当にありがとうございました。町へ着きましたら、ぜひギルドを通して御礼をさせて頂きます」
安堵した表情で改めて御礼を言うギルダ。アベルもニコッと笑い、握手を交わす。既にワイバーンの姿は見えず、ひとまず危険は去ったようだ。
アベルは顎に手を当てて、今回の一件を振り返る。――気がかりな点がかなり多い。荷台をジッと見つめていたワイバーンの視線。荷台の中身は大量の魔石。戦闘後、荷台をわざわざ運んで巣に持ち帰ったワイバーンの行動。
(厄介なことになりそうだな)
アベルは、心の中でそうつぶやいていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回から、2話程度ゲイル回を挟みます!