第2話 幻獣使いとして覚醒。いきなりレベル1→レベル30
「ど、どうしたんだ、ラド!!」
目の前に広がる光景に、唖然とするアベル。アベルの隣にいたはずのラドは、体長3メートルほどの金色に輝く獣へと姿を変えていた。頭からは太く曲がった角が二つ、背中には大きな白色の翼が生えている。爪と牙は大きく鋭い。体格は筋骨隆々で力強く、その佇まいは威圧感がある。一方、表情は落ち着いていて、荒々しさは全くない。
突然現れた金色の獣は、前方にいるヘルハウンドににらみを利かせていた。
いつもの可愛らしい姿から豹変したラドに、アベルは驚きを隠せない。いつもは、ウサギくらいの大きさで小動物のように可愛らしいラド。だが今は、その面影はまるでない。今のラドは、神々しさすら感じる雰囲気を醸し出していた。
「クルルルルル」
ラドが、小さく高い唸り声をあげ、ヘルハウンドを威嚇する。ラドに睨まれたヘルハウンドは、黒く短い毛を震えさせていた。まるで子犬のように小さくなっている。ラドに怯えているようだ。
ラドは静かに、そして目にもとまらぬ速さでヘルハウンドに襲い掛かる。ヘルハウンドの目の前まで、一気に間合いを詰めるラド。ヘルハウンドは全く反応することができない。
ラドはスッと右前足を上げ、ヘルハウンドをそっとなでるように薙ぎ払う。その瞬間、とてつもない衝撃がヘルハウンドを襲う。一撃で20メートルほど吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がるヘルハウンド。撫でられた左わき腹には大きな爪跡が残り、そこから血が噴き出ている。既に息も絶え絶えといった様子で、立ち上がることもできない。
すかさず一瞬で間合いを詰め、ラドはヘルハウンドの喉元にかみつく。あっけなく絶命したヘルハウンドは、ボウッと光り輝き、チリへと消えていった。
一瞬。まさに一瞬の出来事だった。ラドは、Sランクダンジョン中層のフロアボスを、瞬く間に葬り去ってしまったのだ。信じられない出来事に、アベルは開いた口がふさがらない。
「ラド……今まで闘おうとしなかったのに……こんなに強かったなんて……」
アベルが驚愕の声を上げる。すると、ラドはゴロゴロと喉を鳴らしながら、アベルに近寄ってくる。モフモフの毛をアベルの体に擦り付けて甘えてくるラド。姿こそ違えど、いつものラドの様子にアベルは安心する。
ゲイルに殴られたお腹の痛みも徐々に癒え、よろよろとアベルは立ち上がる。さっきまでヘルハウンドが倒れていた地面に目をやると、キラリと赤く光る石が落ちていることに気付く。
「魔石だ……」
――魔石。モンスターが希に落とす光り輝く石。モンスターの魔力が結晶化したものとされ、魔道具や武器の素材として重宝される。今までも、モンスターが魔石を落とすのを何度か見たことがあるが、『金になるから』とゲイル達が独占していた。そのため、アベルが魔石を手にするのは初めてのことであった。
傷ついた体を引きずりながら、ヘルハウンドのいた場所に歩いて行くアベル。魔石を拾い、その光り輝く美しさに見とれていると、ラドが近づいてくる。赤く光る魔石に興味津々のようで、クンクンと匂いを嗅ぐように鼻を近づけてくる。
「はは、魔石が欲しいのか? ラドが倒したんだから、あげるよ」
アベルはそう言い、ラドに魔石を差し出す。ジッと魔石を見つめるラド。すると、アベルの手の上にある魔石は急に輝きを増す。まぶしいほどに強く輝きだした魔石は、少しずつアベルの手を離れ、宙に浮いてしまう。
そのまま、魔石はゆっくりとラドの額へと吸い込まれていく。ラドの額を通り抜け、体の中へと魔石が飲み込まれていく。そして、魔石はゆっくりと輝きを失っていった。
アベルがあっけにとられていると、突如頭の中に声が響く。
――幻獣・ラドは魔石を吸収しました。ラドのスキル、ソウルイーターが発動します。
――ソウルイーターの効果により、ラドに貯蓄された経験値が3倍となってアベルに還元されます。
――アベルのレベルが30に上がりました。
――ソウルイーターの効果により、幻獣・ラドのステータスが大幅に上昇しました。
――幻獣使いの能力により、幻獣・ラドのステータスがアベルに還元されます。アベルのステータスが大幅に上昇しました。
「え? な、なんだこれ!? レベル、30? 今まで、ずーっとレベル1だったのに?」
「それより、ラドが幻獣? あと、幻獣使いってなんだ? 僕はテイマーじゃなかったのか?」
アベルの頭に、雪崩のように疑問が流れ込んでくる。突然のレベルアップ。そして、初めて聞く『幻獣』という言葉。分からないことだらけだ。
「でも、や、やった! やっとレベルが上がった!」
初めてのレベルアップに感慨深い思いをかみしめるアベル。何せ、3年間も毎日経験値稼ぎを続けてレベルが上がらなかったのだ。喜びもひとしお。今までの努力がやっと報われたことに、アベルは嬉しさを隠せない。
ふと、ラドの方に目をやると、ラドが再びまぶしく輝き出していた。とても強い輝き。アベルは、眩しそうに顔をしかめる。ラドの体は光り輝きながら徐々に縮んでいき、いつもの小動物サイズに戻る。そして、ラドを包んでいた光がだんだん弱まっていく。現れたのは、少し緑がかったフサフサした動物。猫のような耳に、大きな青い目。長くフワフワした尻尾。いつものラドの姿だ。
だが、少し様子がおかしい。ゼエゼエと息を切らし、辛そうな表情をしている。いつもはアベルの回りをピョンビョン飛び回っているラドであるが、今はそんな元気もない様子だ。
「ら、ラド! 大丈夫!? ごめん、無理させちゃったみたいだ……」
「キュウゥ……」
ラドはニコッと笑いなからも、つらそうな表情を浮かべる。アベルはラドをギュッと抱き締める。ラドの動悸が激しい。相当無理をしてヘルハウンドと戦ってくれたのだろう。アベルはラドへの感謝と共に、自分の弱さへの悔しさを感じていた。
ラドを抱き締めること数分、だんだんとラドも落ち着いてきたようだ。動悸は収まり、顔色も良くなってきた。
「良かった……それじゃあ、いったん帰ろうか」
アベルは弱っているラドを抱き抱え、ダンジョンを離れる。そして、拠点にしている城塞都市・マンチェストルへと帰っていく。
道中、アベルは今日起こったことを思い返す。ゲイルからの追放。ラドの変身。そして、能力の覚醒。正直、分からないことだらけだ。
だが、ただ一つ、はっきりしていることがある。アベルの日常は一変してしまった、ということだ。今日からアベルが見る景色は、つい昨日までとは180度違ったものになるであろう。それだけは、間違いない。そう、アベルは確信していた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、早速の【ちょっとだけ】ざまあです。