第19話 カルディア平原・高台
バズの武器屋を後にした3人は、馬車に揺られて2時間、カルディア平原に来ていた。
「さっそく、キマイラを倒しに行きましょうか!」
少し窮屈な馬車から降り、解放感を満喫するようにティナが体を伸ばしている。キマイラ討伐に向け、やる気満々のようだ。
「キュウ!!」
ラドも気合十分な様子だ。モフモフの毛をなびかせながら、跳び跳ねている。
そんな仲間二人の様子を微笑みながら見つめた後、アベルは手元の依頼書に目をやる。
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キマイラ討伐依頼書(ランクB)
討伐対象:キマイラ(上限5匹)
生息場所:ダンジョン《カルディア平原・高台》
報酬:5000ゴールド
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「キマイラは平原の高台にいるみたいだ」
アベルが前方を指さす。延々と続く草むらの向こうに、大きな岩が見える。岩と言っても、高さ300メートルほど、幅10キロほどもある。切り立った崖の上は平面になっており、そこには草が生い茂っている。そこが平原の高台、キマイラの巣だ。
「それじゃ、行きましょ」
ティナの言葉をきっかけに、3人は高台に向かって歩き出す。高台までの距離は目測で4キロほど。《ホーミングフレイム》を駆使しながら、3人はスルスルと平原を歩いていく。約1時間後、アベル達は高台のふもとに到着した。
「うわー、たっかいわねー!」
ティナが感嘆の声を上げる。300メートルの崖は伊達じゃない。
「これ、どうやって登るの!?」
ティナが当然の疑問を口にする。
「実は、向かって右側に階段があるんだ。そこを登ろう」
ガクッとずっこけるティナ。ラドも面白がってか、ティナの真似をして地面に盛大に滑り込んでいる。まあ、気持ちは分かる。
「な、なんというか……風情も何もないわね」
「ダンジョンだからね。先行冒険者が利便性を考えて階段を作ったみたいだよ」
「まあ、そらそうよね。毎回崖をよじ登るなんて、命がいくつあっても足りないわ」
3人は階段を上っていく。階段は、岩を削って作られた簡単なもの。手作り感満点、スリルも満点だ。手すりなどなく、一歩間違えれば数百メートル真っ逆さまの恐怖と闘いながら、3人は高台の上へとたどり着く。
「こ、怖かったー……」
ティナの顔が青ざめている。どうやら、高いところはあまり得意ではなさそうだ。対照的に、ラドは楽しそうにピョンピョンと飛び跳ねている。階段を上るのが楽しかったのだろうか。
「し! 静かに。近くに1体いる」
「え!? どこ? 草が邪魔で、見えないわ」
アベルが小声でささやく。ティナも小声で答える。高台に生い茂る草は背が高く、アベルの腰の高さほどもある。アベルは《索敵》で敵の位置が分かるが、ティナとラドは敵を視認できない。
「ラド!」
アベルが小声でラドに合図を出す。
「キュウ!」
ゴオォォォ! ラドの小さな鳴き声の後、放たれたのは《ホーミングフレイム》。火の玉が上空に舞い上がり、その後、落下しながら前方に飛んでいく。
敵の位置を視認できないのであれば、敵の居場所を示す目印を作ればいい。そこで、《ホーミングフレイム》の出番と言うわけだ。敵に自動追尾する火の玉は、敵の位置を知らせる狼煙となる。
草むらに隠れているキマイラに向かって、高速の火の玉が飛んでいく。それを追いかけるように、アベルとラドは勢いよく飛び出す。ティナは後方で、火の玉の下方に向け、クロスボウを構えている。
ゴウッ!!と轟音が響き、高さ5メートル程の火柱が上がる。《ホーミングフレイム》が敵に着弾したようだ。距離は約20メートル。まだ敵影は見えない。
不意に、ラドが速度を上げる。敵を捉えた様子だ。弾丸のような速さでキマイラに近づいていくラド。そのまま、鋭く右手を振りかぶり、攻撃態勢をとる。高速でキマイラに近づきながら、ラドは右手を振り下ろす。
グオオオオオ!!
獣の呻き声がアベルの耳に届く。その瞬間、アベルはキマイラを視認する。火の玉で左顔面を焼かれた上、左脇腹をラドに切り裂かれたキマイラが見える。意識が朦朧としている様子で、フラフラと今にも地面に向かって倒れそうだ。アベルは剣を抜き、周囲の草を斬り倒しながら加速していく。
完全に無防備なキマイラに向け、アベルの剣が振り下ろされる。しかしその太刀筋はキマイラの顔面右側をすり抜ける。空振り。いや、辛うじてキマイラの頬から伸びるひげを鋭く切り落としただけであった。そしてアベルはそのままキマイラから距離をとる。いつの間にか、ラドもキマイラの前から消えている。
「いっけーー!!」
ティナの大きな掛け声と共に、ビシュッ!! と矢が放たれる。昨日とは比べ物にならない速度で、矢がキマイラを襲う。キマイラ前方の草はアベルによって切り落とされている。そのおかげで、ティナからキマイラは丸見えだ。矢とキマイラを挟む障害物は無い。
ズン!!!
大きな音をたて、矢がキマイラの顔面に命中する。キマイラは大きくのけ反り、後ろに仰向けで倒れこむ。数秒後、キマイラの体は光の粒となって消えていった。アベルに切り落とされた、『キマイラのひげ』だけを残して。
「いい連携ね! まさにあうんの呼吸って感じ!」
ティナが腰に手をあて、満足げにそう言う。
「うん! 『ひげ』も取れたし、全員無傷。完璧だったね!」
「きゅう!!」
アベルとラドもティナに同意する。アベルからは笑みがこぼれている。ラドはタタッと走りだし、落ちているひげを口に加え、アベルの元に戻ってくる。
「ひげ、上手く取れたわね」
「うん。モンスターは倒すと光の粒になって消えちゃうからね。素材を回収したいときは、倒す前に切り落とす必要があるんだ」
「ふーん、それでひげだけ切り落としたのね」
ティナが納得した様子で腕を組む。ふとティナが地面に目をやる。何かに気づいた様子だ。しゃがみこみ、それを拾い上げる。ティナの手には、黄色に光り輝く石が握られていた。
「魔石ね。でも、色が違うわね。レッサードラゴンの時は、確か赤色だったわ」
「うーん、戻ったら、魔石工のバズさんに聞いてみようか。何か知ってるかも。とりあえず、キマイラ狩りを続けようか」
その後、アベル達はキマイラ狩りを続行する。キマイラはBランクモンスターの中でも下位に位置する。レベル50前後のアベル達にとっては雑魚でしかない。難なく10体のキマイラを討伐し、3つ魔石を入手した。
「魔石3つ、上等ね。どうする? もうちょっと狩ってく?」
「いや、暗くなると危険だし、そろそろ……」
ゴォウッ!!
ティナとアベルの会話を遮るかのように、何か大きな音がする。驚いたアベルとティナは辺りを警戒しながら見回す。ティナが何かを見つけたようだ。
「ねえ、アベル! あれ、何かしら」
ティナが西側の空を指さす。そこにあるのは、空を飛ぶ黒い影。体長7メートルはあるだろうか、とてつもなく大きい鳥、いや、竜だ。
「あれは……ワイバーンだ! まずい!! 西側の街道に向かってる! バズさんが言ってた、馬車を襲うワイバーンかもしれない!!」
お読みいただき、ありがとうございます。
次は、強敵・ワイバーンとの戦闘です!