第13話 昇格(Eランク→Cランク)
レッサードラゴン討伐し、城塞都市マンチェストルに帰還したアベル達。その日はそれぞれ宿に戻り、眠りについた。翌日の早朝、討伐報告のために3人そろってギルドへ向かう。
「アンナさん! こんにちは!」
「あら、ティナちゃん! アベルくんとラドと一緒ってことは、もしかして……」
「ええ、そうなんですよ~! パーティー組んじゃいました!」
ギルドに入るなり、アンナとティナはおしゃべりを始める。どうやら、二人はとても仲が良いようだ。
アンナはティナより一回り小さく、とても小柄だ。傍から見ると妹と姉のように見える。だが、ティナもアンナさんと呼んでいるところを見ると、どうやらティナよりも年上のようだ。年齢不詳。そんな言葉が、アベルの頭に浮かぶ。
「アンナさん、依頼達成の報告をしたいんですけど……」
キャイキャイとガールズトークを楽しんでいる二人に割り込むアベル。
「あ~! アベルくんだ! ティナちゃんとパーティー組めてよかったねー! おねーさんは安心だよ! ラドも新しい仲間が増えてよかったねぇ!」
うん、やっぱり「お姉さん」みたいだ。何度見ても、年上には見えない。一方のアンナは、そんなことを言いながら、ラドに抱き着き頬ずりしている。
「えっと、あの、依頼達成の報告を……」
「ああ! ごめんなさいね。つい興奮しちゃって……えーっと、依頼は『レッサードラゴンの討伐』でしたっけ。それじゃあ、プレートを提出してください」
アンナが真顔に戻り、仕事に復帰する。アベルとティナは、それぞれが持っているEランク冒険者のプレートを提出する。冒険者プレートには、討伐したモンスターを自動で記録するシステムが組み込まれている。なんでも、プレートには特殊な魔力回路が仕込まれているらしい。討伐されたモンスターは白い光となって消えるが、その光の粒をプレートが取り込む仕組みになっているようだ。光の粒は魔力の塊で、指紋のように種族・個体固有の波長を発しているらしい。その波長を分析することで、どの種類のモンスターを何体倒したかが分かるようだ。
「えーっと、12体!? そんなにレッサードラゴンがいたんですか!?」
「じ、実は運悪く、地下4階に落とされてしまって……」
アベルが事の顛末をアンナに説明する。
「えぇー!! 4階層に落ちちゃって、レッサードラゴンに囲まれた!? よく3人とも無事で……っと、依頼の確認が先でしたね」
アンナがプレートを受け取り、手元の端末に差し込んでいる。プレートに刻まれた情報に偽造がないかの確認ができる、便利な機械だ。そのうえ、今までの依頼達成状況をもとにデータベースを更新し、ランクアップできるかどうかを簡単に確認できる。
「はい。依頼達成の登録は完了です。えーっと、二人はパーティーを組んだんですよね。その手続きもしちゃいますね。」
カタカタと手元の鍵盤をたたきながら、アンナは手続きを進める。
「はい、手続き完了です! そしておめでとうございます! 2人ともCランクに昇格です!」
アンナはにこやかにそう言いながら、青い冒険者プレート2つと報酬の1万2千ゴールドを2人にわたす。
「やったわね!! これでもっと報酬の高い依頼が受けられるわ!」
ティナが右手を顔の前で握りしめ、ガッツポーズを取る。ラドも嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。EランクからDランクへの昇格条件はパーティーの報酬総額1000ゴールド。そしてDランクからCランクへの条件は1万ゴールドだ。今回の依頼で、アベルとティナは1万2千ゴールドを獲得したため、Cランクへの飛び級昇格となった。
ギルドへの報告を終えたアベル達は、受付を後にする。通路を抜け、木造の古びたギルド入り口の扉をギィっと開ける。扉から差し込むまぶしい光。外へ出ると、既に日は高く上っていた。雲一つない空は吸い込まれるように青く澄んでいる。
ギルドの入り口から街道へ続く小さな階段。アベルの少し前をティナがトントンと下りていく。ラドは相変わらずアベルの右肩に乗っており、時折ふかふかの毛をアベルの首筋に摺り寄せてくる。ふと、ティナが振り返り、上目遣いでアベルに語り掛ける。
「で? これからどうするの?」
アベルは空を見上げ、考える。ティナとラド、信頼できるパートナーを得たアベルは、これからについて思いを馳せる。この透き通った空を見ていると、なんだか勇気が湧いてくる。
「まずはSランクを目指そう」
ティナの目を真っすぐ見つめ、力強くそう言うアベル。ティナとラドがいれば、どんな苦難も乗り越えていける。なぜかそんな気がするアベルだった。
アベルの言葉に、ニコッと無邪気な笑みを浮かべるティナ。
「賛成! 前にも言ったけど、わたしはSランクになってやりたいことがあるの。……アベルは、何かやりたいことは無いの?」
「僕は……強くなりたい。ラドを守れるくらいに。ラドが僕の目の前から消えてしまうのだけは、絶対に嫌だから」
『ラドの存在が消えてしまうかもしれない』というティナの言葉をアベルは思い出す。子供のころから一緒だったラド。この子を守るためなら、自分の命を危険にさらしたっていい。横目でラドを見ながら、アベルはそんなことを考えていた。
アベルの反応に小さなため息をついた後、ティナが言葉を続ける。
「うん、まあ、良いんだけど。――強くなるのは、ラドのため。Sランクになるのは、わたしのため。……もう一度聞くわ。あなたは何かやりたいことは無いの?」
アベルは口ごもる。自分が何をやりたいかなんて考えたことも無かった。そもそも、15歳の頃に冒険者として村を旅立ったのも、ゲイルが心配だったからだ。一人で村を出ようとしたゲイルを見て、このままでは友人が死んでしまうと思った。だから、一緒についていくことにした。
今は、ラドを守りたいという気持ちが強い。ティナの探しものと言うのも全力で手伝ってあげたい。冒険すれば、困っている人はたくさんいるし、そんな彼らもなんとか助けてあげたい。
今までアベルは、そうやって生きてきた。自分がやりたいことを優先するよりも、目の前の人々の力になりたい。アベルは、それが悪いこととは思っていないし、この考え方を変えるつもりも無かった。
アベルが返答に困っていると、ティナがやれやれと言った様子で肩をすくめ、両手のひらを上に向けている。
「少し、心配ね。まだ知り合って間もないけど、あなた、少し他人のことを優先しすぎる気がするの。自己犠牲的と言うか、なんと言うか。もう少し、自分の人生を楽しんでもいいんじゃない?」
ティナの言葉に、ラドが反応する。心配そうな目で、アベルを見てくるラド。ラドは、時たまアベルをとても心配そうな目で見ることがある。母親が子供を見守るような、そんな目。アベルはラドを見つめ返し、『大丈夫だよ』と言うかのようにフッと微笑む。
「まあ、良いわ。この話はおいおい、ね。それで、明日からどうしますか、リーダーさん」
ティナが茶化すような笑みを浮かべ、アベルに語り掛ける。
「そうだね。まずは、ティナの武器が欲しい。後衛から物理攻撃が出来ると、かなり戦略の幅が広がるからね」
「賛成。今まで使ってた杖、ワイルドウルフに壊されちゃったしね。今回、パーティーが守勢の時以外戦闘に参加できなかったじゃない? やっぱり攻撃にもちゃんと参加しないとね!」
ティナが腕を組み、コクコクとうなずきながら答える。
「あと、連携スキルも試してみたいんだ。《索敵》と《フレイム》を組み合わせると、面白そうじゃない?」
アベルがニヤっと微笑みながらそう言うと、ティナも同様に口元を緩める。
「へえ。なかなか面白そうなアイデアじゃない。それじゃ、次は敵が沢山いるようなダンジョンがいいわね」
「うん。それじゃ、次は東の《カルディア平原》で決まりだね。明日はティナの武器を調達して、明後日からダンジョンに向かおうか」
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次は、2話続けてゲイル達のお話です!