最終話 「はじめまして」の再会
◇◆◇◆
「バズさん! 調子はどうですか?」
薄暗い部屋に、ティナの声が響く。ティナが今いる場所は、《理の地下神殿》・下層にある小部屋。勇者と魔王の転生を司る、巨大な立方体の魔導装置がある部屋だ。
「おう、良いところに来たぜ! そろそろだ!」
魔導装置の奥からひょこっと顔を出し、ティナに手を振りながらバズが答える。手元には箱型の魔道具を携え、そこから様々なケーブルが立方体の魔導装置につながっている。
「本っ当ですか!? ついに、動くんですか!?」
ティナが驚きの声を上げながら、バズのいる場所に駆け寄っていく。
「ああ! タイミングばっちりだぜ!」
バズが右手の親指を突き立て、ウィンクをしながらそう言う。バズの手元の端末を覗き込みながら、ティナが口を開く。
「さっすがバズさん! こんな古代文明を制御するなんて、ホント天才ですよね!」
「ま、今回のはセシリアのおかげだな。この魔導装置への接続は何とかできたんだが、肝心のインターフェースが全然分からなくてな。途方に暮れてたら、セシリアがこんな本をもってきてくれたんだ」
バズがカバンの中から一冊の本を取り出す。
「これは……読めないですね」
「ま、そらそうだわな。古代文字で書かれた、この魔導装置の仕様書さ。王城地下の宝物庫から探り当てたんだと。公務で忙しいはずなのに、本当に頭が下がるぜ」
「そういえば、お母様ずっと徹夜で本を読んでたわ。それで、この本があれば……」
「ああ。やっと、この装置を動かせるぜ。……一年、長かったな」
「ええ。色々ありましたね」
『輪廻の理』との闘いから一年。王政は崩壊し、セシリアを主導者とする共和制が敷かれている。セシリアを新女王に推す声も多かったが、それをセシリアが拒否した格好だ。『古い理を打ち破り、せっかく自由になったんですから。誰かが国を支配するのではなく、人々が自ら未来を作り上げる国にならないと』とは、セシリアの言葉だ。戦後処理が一段落したら、新たな主導者を選挙で選ぶつもりのようだ。
「で、肝心のアベル坊はどうしてるんだ?」
「故郷のヨーク村で魔物狩りしてますよ。近くでギガント・ボアが暴れてるみたい」
「はあー、アイツは相変わらず勇者してんな。ギガント・ボアくらい別の奴に任せりゃいいのにな」
「あ、でも個人的な理由もあるみたいでしたよ。『村の近くの河原は初めて会った場所だから、久々に行きたい』って言ってました」
「へえ、相変わらずだな。アイツの頭の中はモフモフでいっぱいだ」
「まあ、あの二人ですからね」
二人が談笑していると、突如として立方体の魔導装置がボウっと光り輝く。
「おっと、チャンスだ! 早いとこやっちまわねーと!」
バズが慌てた様子で、手元の端末を操作し始める。
「チャンスって、どういうことですか?」
ティナが首をかしげながら、バズに尋ねる。バズは手元の端末から目を離さずに、ティナに答える。
「ああ。『輪廻の理』が居なくなった影響だろうが、この魔導装置の魔力供給が大分不安定なんだ。装置が動いたり動かなかったりを繰り返しててな。今のうちに、命令を打っちまわねーと」
カタカタと手元の鍵盤を凄まじい速度で叩いていく。バシッと強くキーを叩いた後、バズが口を開く。
「よし! これで上手くいくはずだ!」
ヴーン……
その直後、立方体の魔導装置が大きな唸り声を上げる。それと同時に、立方体を覆う光の筋が強く輝きだす。辺りが黄色い光に包まれていく。
バシュンッ!!
大きな音と共に、魔導装置から白い光が放たれる。その直後、稼働音がゆっくりと小さくなっていき、立方体は完全に光を失う。
「うまくいったんですか!?」
薄暗くなった部屋で、ティナがバズに尋ねる。
「ああ。成功だ。……だが、遺跡の方はこれでオシャカだな。魔力供給が完全に断たれちまったみたいだ」
「もう、動かないんですか?」
「ああ、多分な……」
一呼吸おいて、バズが続ける。
「だが、アイツらにはもう必要ねえだろ。今回のアイツらには、最っ高の未来が待ってるんだからな!」
バズがニカっと笑みを浮かべる。ティナも微笑みながらコクっとうなずく。
「それじゃ、私もさっそくモフモフしに行こうかしら! じゃあね、バズさん!」
「お、おい! どこに行けばいいかわかってんのか!?」
「ラドが行くところなんて、一つに決まってるじゃないですか! アベルのところ!」
ティナはそう言い残し、一目散に部屋から出ていくのであった。
◇◆◇◆
「はあ!!」
ザン!!
アベルの鋭い斬撃がギガント・ボアを襲う。次の瞬間、ギガント・ボアの胴体が真っ二つになり、巨大な獣は白い光の粒となって消えていく。
「うーん、流石にギガント・ボア程度だと準備運動にもならないか」
アベルはミスリル・ソードを肩の上に担ぎながら、ため息交じりに独り言をつぶやく。
『輪廻の理』討伐後、アベルは冒険者として各地でモンスター退治を行っている。幻獣使いでなくなったアベルは、魔石なしでレベルが上がるようになり、今ではレベル30だ。Cランクのギガント・ボア程度であれば一撃で倒せるほどの腕前になっていた。
「もう、一年になるのか。――また、一緒に冒険したいな」
アベルがそう呟いた瞬間、空が白く輝く。そのまま、その白い光は500メートルほど先の地面へと降りていく。あの場所は――アベルとラドが初めて出会った河原だ。
「あれは……あの光は!!」
そう言うや否や、アベルは駆け出す。ハアハアと息を切らし、鼓動が大きくなる。息が苦しいのは、走っているからではない。期待が、不安が、希望が、懐かしさが、様々な感情がアベルの頭を駆け巡っているからだ。
砂利だらけの道を抜け、丘を駆け下り、森を抜けて、アベルは走っていく。白い、懐かしい光が降りていくその場所へ。アベルとラドが初めて出会った、思い出の場所へ。
アベルが河原に着くと、すでに白い光は消えていた。辺りを見回すアベル。少しだけ速い水の流れ。透き通った水の中から、点々と顔を出している大きな岩。木々が生い茂る斜面に囲まれた、やや狭い河原。子供の頃から、まるで変わらない景色。その中にラドの姿は見えない。
アベルは、狭い河原にほど近い茂みの中へとゆっくりと歩いていく。そこは、アベルとラドが初めて出会った場所。
アベルが5歳の頃だ。――今でも、昨日のことのように覚えている。河原で遊んでいると、茂みの中から突然ラドが飛び出してきたこと。アベルはそれにびっくりして、逃げ出してしまったこと。石に躓いて転んで泣いてしまうと、ラドが「キュウ」と優しく鳴きながら、擦りむいた右膝をなめてくれたこと。泣き止んだアベルがモフモフの毛を撫でると、ラドが嬉しそうに、懐かしそうに、そして少し悲しそうに笑ってくれたこと。
アベルは懐かしい思い出に浸りながら、茂みの前でしゃがみ込む。そして、そっと茂みの中へと両腕を伸ばしていく。手にあたる、ふわっとした感覚。10年間、毎日毎日撫でてきた、いつもの感触。だが、アベルの手が触れた瞬間、モフモフの毛玉はビクっと体を震わせる。――少し、怖がっているのだろうか。
アベルの目に涙が浮かぶ。やっと見つけたという嬉しさ。久々のモフモフの癒し、暖かさ。そして、ラドが自分のことを覚えていないという寂しさ。様々な感情が頭の中をめぐる。――10年前のラドも、こんな気持ちだったのだろうか。
アベルは、茂みの中からモフモフの動物をゆっくりと抱き上げる。大きな青い瞳。猫のような耳。少し緑がかった白色の毛。フサフサの尻尾。
「こんにちは」
アベルは、モフモフの青い目を見つめながらそう言う。ラドは小さく「キュウ」と鳴きながら、少しオドオドとした表情を浮かべている。
「はじめまして。僕は、アベルって言うんだ」
アベルの言葉を聞いた瞬間、ラドの動きがピタッと止まる。何かを考え込むような、思いだそうとするような表情。そして不意に、ラドの目から涙が溢れてくる。ラドが、泣いている。
「ラド、僕のことを覚えてるの?」
アベルの言葉に、泣きながら首を横に振るラド。ラドは、アベルのことを覚えていない。でも、多分こころが、アベルのことを知っているのだろう。記憶を失っても、生まれ変わっても、ラドはラドみたいだ。
アベルは、ラドの目をジッと見つめながら、優しく言う。
「僕と、友達になってくれる? 君を、ずっと探してたんだ」
ラドが、潤んだ目でじっとアベルを見つめている。嬉しそうな、懐かしそうな、それでいてちょっと戸惑ったような、そんな目。
「キュウ!」
ラドが、アベルの胸に飛び込んでくる。アベルの目にも、涙がにじむ。
「今度こそ、ずっと一緒だ」
河原に響く、アベルの声。そしてゆっくりと頷くラド。
勇者と魔王。幻獣使いと幻獣。かつて、様々な因縁で結びついていた二人。古い理が消え去った今、二人を縛るものは何もない。
二人は優しく、そして強く抱き合う。ラドがゴロゴロと喉を鳴らし、アベルが安らかな表情を浮かべる。そんな二人を照らすのは、白く眩しく輝く太陽。そしてその周りには、蒼い蒼い空が広がっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
これにて完結です!
~武井からのお願いです~
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