甘い考え
事態は、徐々にウェディックのペースへと移りつつあった。
要因は二種類の結界の効果の下での戦いというが強いが、それ以上にウェディックが上空高い場所に位置取りしているのが大きかった。
それも魔力に対しての弱体化の結界の効果もあっての事だが、その効果内では高位の魔術師であるレンですら空中を飛びながらの戦闘は困難な状況であり、故にアミス達は策を弄して攻撃のチャンスは作りながらも決定打に欠く状態であった。
戦闘が長引いていくにつれて、ウェディックの冷静な戦力分析が真価を発揮していく。
ウェディックがその分析によってこの戦闘のキーマンと判断したのは、高い攻撃力をもったダークエルフのレンでもなければ、素早い動きで何度もウェディックに迫っている女剣士エルでもなかった。
聖獣の力を駆使して支援に徹するアミス・アルリア。
ウェディックの目には戦況は彼が中心で回っているように見えた。
レンとエル、攻撃の主力となる二人のサポートに徹しており、彼女達がウェディックに攻撃を加える直前まで行けるのはそのサポートがあってこそだった。
聖獣≪風の乙女≫の風により絶妙なタイミングで作られる足場が、二人を攻撃が届く間合いまで運んでいた。
(複数の聖獣と契約しているな……)
今のところ、ウェディックの前で見せているのは≪風の乙女≫だけだったが、アミスが手に持っている杖に複数の聖契石が埋め込まれている事にウェディックは気付いていた。
他にどんな聖獣を持っているのかはウェディックに知りようはなかったが、この結界内では複数使役などできるはずもないのだから、≪風の乙女≫の姿が見える状況下では気にする必要はない。
(ま、油断はしないがな……)
『油断』
何よりも気を付けなければならない事だった。
ウェディックは分析の結果、それさえなければ負けはないと判断しており、その判断により、ウェディックの心に余裕が生まれ口元に自然と笑みが浮かぶ。
「油断したということか……」
笑みと共に零れる呟きに最初に反応したのはエルだった。
「何がだ?」
「いや……、油断して不覚をとるとは、冷静・冷酷さを謳っていた彼らしくないと思いましてね……」
「ロビックの事か?」
ウェディックは頷きながらも、エルから不機嫌さを感じ取り違和感を覚えていた。
何がその不機嫌さを生んだのか解からなかったからだ。
余裕が生まれていたウェディックは、その不機嫌さの理由を探る事にする。
「結局は、人間を下に見る魔族の悪癖が出たという事でしょうね」
「そんな事はないさ……」
「? ほぅ……、違うと?」
女剣士が会話に乗ってきた事を楽しく思うウェディック。
「ああ、奴は決して油断はしなかった。
故に私達は打つ手を見つける事が出来なかった」
「……?」
彼女が何を言いたいのか理解しきれずにウェディックの表情から笑みが消える。
ではどうやってロビックに勝ったというのか?
そんな表情の変化に気付いてか、エルは荒げそうになった語気を必死に沈めて言葉を続ける。
「私は彼に感謝している。
彼の相手への敬意を忘れない戦い方は、とても参考になった」
「敬意? 面白い事を言う。
貴方も勝利より戦う事好むタイプですか?
そう言うのはやめた方がいい。
ロビックやアインの様に身を滅ぼす事になりますよ」
失った仲間へのその言葉に、エルの表情に不機嫌を超える怒気が帯び始めた。
それを見てウェディックは理解した。
彼女が戦いに勝利以外を求めるフェミニストなのだと……
それは彼が愚かと断ずる感情だった。
「親友ではなかったのか?」
「ん?」
「お前の事を親友と言っていたぞ……ロビックは……」
その言葉を聞き、ウェディックは笑みを浮かべた。
それはエルの高まっている感情を逆なでる下卑た微笑みだった。
「なるほど、絶対的な有利な状況で負けたのも頷けますね。
そんな、魔族らしくない無意味な感情を持っているんですからね」
「……」
「落ち着け……」
鋭い目付きで殺気を込めるエルの横に立ち、レンがそう制する。
「大丈夫……私は冷静だよ……」
誰に目にもそうは見えなかった。
その為、アミス達は心配げな目を向け、ウェディックは下卑た笑みを強めていた。
(何をそこまで怒っているのか知らないが、今にも爆発しそうだな)
アミス達も不利な状況を打破するきっかけを作れずに困っていたが、ウェディックの方でも決定機を作れずに悩んでいた。
だが、それを作るチャンスが来たと思った。
目の前の少女の感情を暴発させれば、チャンスは来ると……
ウェディックは煽りながら、水面下で準備を始める。
チャンスを待ちながら……
チャンスへと誘導しながら……
「親友ですか……
まさか、あんな言葉を真に受けているとは思いませんでしたよ。
お互いに打算な関係だと理解してたと思っていたのですがね」
ウェディックは、自分を睨みつけている女剣士の殺気を感じながらも敢えて笑みを浮かべて言葉を続ける。
あからさまな挑発だと自分自身思いながら、相手にもそれが判っていると理解しながらの言葉だった。
感じ取れる殺気の強さから、彼女が我慢できないと判断しての挑発。
ウェディックの思惑通りに事が動こうとしていた。
エルがアミスに対して目で合図を送ると、ウェディックに向かって走り出す。
本来では空中に立つウェディックに向かって直接走っていくことは出来ない。
アミスの聖獣の力で風の道が作られ、エルはそのまま一直線にウェディックへと向かう。
それがフェイントなのだという事は、簡単に予測はできる。
予測されている事も判った上での行動だという事も判り、何か作戦があるのだろうという予測もできる。
(見た目通りの年齢ではないのか?)
ウェディックは決める。
自分と同様のベテラン冒険者との戦闘なのだと、ベテラン冒険者との知恵比べなのだと思う事にした。
幸いな事に絶対的に自分が有利な状況であり、相手ができることは限られている。
それでも、彼女の全て知っている訳ではない以上、予想外の事はまだ起こるかも知れないと念頭に置かなければならなかった。
(やはり、受け身になるべきではないか……)
だが、先に動いているのはエルという名の少女。
風の足場を跳びながら、ウェディックへ攻撃を仕掛けるタイミングを伺っている。
ウェディックの挑発に乗って動き出したはずが、決して無理をしない戦い方を見せる少女。
そんな面からも感じ取れる戦いへの慣れ。
その慎重さから攻めあぐねるエルに反して、ウェディックが攻めに打って出る。
【激風】の魔法でエルが足場としていた≪風の乙女≫が生み出した風を中和しようとしたが、それは聖獣の力が勝り、風の足場を打ち消すことはできなかった。
それでも、エルのバランスを崩す事には成功し、次の攻撃魔法へと時間を生み出す。
他の者達の魔法の援護もあったが、ウェディックの魔法を中断させるまでには至らなかった。
ウェディックの魔法が発動し、数十本の黒い槍が頭上に生まれる。
本来では火系の魔法を得意とするウェディックだったが、彼の判らない方法で火系の上級魔法が防がれた経緯がある為、物理系の攻撃魔法で対処することにしたのだ。
エルもそれに対処する為に直ぐに動き出す。
足場の少ない空中では躱しきれる数ではないと判断し、すぐに地に降りた。
そこへ降り注ぐ槍の雨。
普通に考えれば防ぎきれる数ではなかったが、ターゲットが完全にエルに絞られている事に気付いたジーブルは、直ぐに彼女を対象に【強鎧】という神聖魔法をかけた。
単独相手にしか使えない代わりに通常の防御魔法より強化されている魔法だったが、それでもこの魔法単体で降り注ぐ槍の威力を完全に受け止める事は出来ないだろう。
だが、防御の援護に動いたのはジーブル一人ではなかった。
アミスは咄嗟に呼び出していた≪風の乙女≫を聖契石へと戻すと、間髪入れずに≪白翼天女≫を呼び出してエルの真上に防御魔法を展開した。
弱体化の結界により威力が落ちているそれでは、貫通力のあるウェディックの槍を防ぐことは出来ないが、多少は威力やスピードを落とすことはできる。
そして、それがエルにとっては充分な援護となる。
本来なら躱しきれない数の槍をエルは躱す。
躱しきれないモノは、剣で防ぎ、それでも間に合わないものをジーブルの魔法を頼りに致命傷にならないように受ける。
二種類の弱体化の結界の中で、無数の傷を負いはしたが無事にその場に立っている事が驚愕に値するほどの攻撃だった。
だが、ウェディックは驚きは見せずに動く。
心の奥では驚いてはいたが、強敵であると認める決めた以上その可能性を考えて次の手を決めていたからだ。
降り注ぎ霧散した黒い槍は、黒い霧状に姿を変える。
「煙幕か!?」
黒い色が辺りを包む、視界でしか相手の動きを捉えることができない者は混乱状態に陥るが、気配や音、魔力の動きを感じる事ができる者達は、冷静に周囲を警戒する。
魔術師であるウェディックが相手であるため、特に魔力に対しては充分な警戒を行う。
魔力の高まりを感じる中、アミスは自ら【突風】の魔法で黒い霧を吹き飛ばしにかかる。
風に飛ばされた霧は広い空間に霧散し徐々に密度を薄まり、上空の視界も晴れていくが、そこに居たはずのウェディックの姿は無かった。
「エルさん、後ろ!!」
アミスが気付き叫ぶが、エルの反応はそれよりも早かった。
既に準備されている再度呼び出された黒い槍がその視界に入っていたが、それが自分に向かって放たれる前に彼女は動いていた。
彼女が攻撃範囲内に見えているウェディックの姿に対して行った行動は、反撃ではなかった。
それはアミスやラス達にとっても予想外の行動。
急にアミスに向かって走り出すエルの真意にすぐに気づけたのは、殆ど居なかった。
判らずに行動に悩むラス達の中で、真意に気付けたタリサが先に行動を起こしていた。
タリサはアミスの後ろに回って、剣を振るう。
何も無いように見えた空間を切り払うタリサの剣は、見えない何かにぶつかり止まった。
そこに居たのは、先程までエルの背後に居たはずのウェディックだった。
「やはり幻と気付いたか……」
ウェディックの視線は、たった今、自分に攻撃を加えてきたタリサにではなく、近づいてくるエルへと向いていた。
ラス達も遅れて動き出す。
空中という絶対的な有利な立ち位置を捨てて、ウェディックが攻撃範囲に入ってきたのはチャンスだったが、それが返ってラス達に警戒心を抱かせたが、躊躇している余裕は無い。
ウェディックを囲み一斉に攻撃を仕掛ける。
「!? 違います!!」
アミスが何かに気付いたかのように叫んだ。
だが、それを説明する時間は無いと判断したアミスは、叫びながら既に動いていた。
近づいてきていたエルに向かって走り出す。
「アミス、駄目だ!!」
そう叫んだのは一人空中に残っていたレン。
上空からの広い視界が彼女にそれに気づかせていたが、それは対応できる場所ではなかった。
だが、アミスが何をしようとしているかが判り、咄嗟に叫んだのだ。
(知恵比べは私の勝ちだ!)
ラス達が囲んでいたウェディックの姿が霞の様に消える。
先の幻に気付いたエルとタリサも、それも幻だという事には気付けなかった。
何故なら、それは最初の幻と違い、確かな生命力を感じ取れたからだ。
アミスだけがそれに気づけたのは、その幻を生み出した存在の知識があったからだ
アミスだからこそ感じ取れた聖獣の気配。
だが、アミスには対処する手段が咄嗟に浮かばなかった。
エルを怒らせた時と同じ手段しか……
その手段は間に合い、エルを貫くはずの鋭い槍はアミスを貫く。
(また、怒らせてしまうかな……? でも、僕には……)
アミスは倒れこみながら思う。
(誰かを見捨てるなんてできないから……)
アミスも自分の行動に問題がある事は判っていた。
それでも、犠牲者は出したくなかった。
自分の身を挺してでも助けたい気持ちが強すぎるが故に、咄嗟に体が動いていた。
結界の影響で聖獣の同時使役ができなくなった自分が、どれだけ無力なのかを実感させられるアミス。
魔法使いして、もっと成長しなければならない。
虚ろになりつつある意識の中で、アミスはそんな事を改めて決意するのだった。




