続く予想外
タリサには他に選ぶ道は見つける事はできなかった。
選択肢のない一本道となっている通路を進む彼女の目に、扉が一つ見えてきた。
警戒しながら扉に近づき、タリサは自分の出来る範囲で扉に罠が無いかを調べる。
罠は見つからなかったが、実際に罠が無いのか、ただ自分では見つけることができなかっただけなのかは、その為のスキルに自信がない彼女には確信持つことはできない。
罠があった時に備えて、ゆっくりと扉を開く。
幸いにも鍵も罠も無く、簡単に扉の先にある室内へと入る事ができた。
警戒しながら進むタリサの目を惹いたのは、巨大な生き物の体だった。
「ドラゴン!?」
遺跡内で見つけたまさかの存在に、タリサは咄嗟に右手で愛剣『熱き氷』を構えた。
だが、すぐに気づく。
その竜はもう動くことがない存在である事を……
顔が二つに裂かれているその竜の姿に、流石のタリサも驚かずにはいられなかった。
(いったい誰が……?)
タリサは警戒しながら周囲を見渡した。
すると部屋の隅の方に横たわる小さな人影を見つけることが出来た。
服装により、それが誰か判ったタリサは、速足で側へと近づいた。
倒れたまま動かない小さな体を抱き起す。
抱き起してもジーブルは反応を見せなかったが、僅かに胸が上下している事が彼女の生をタリサに教えていた。
「ジーブル」
名を呼びながらジーブルの頬を軽く叩く。
すると今度は直ぐに反応が返ってくる。
彼女の体が僅かに動き、それに遅れてその瞼がゆっくりと開かれた。
「……タリサ……さん?」
「大丈夫か?」
「えっと……何が……」
何があったかを訊きたいのはタリサの方だったが、目を覚ましたばかりで、まだ頭が上手く働いてないのだろう。
ジーブルはゆっくりと頭を上げて辺りを見回す。
そして、直ぐにドラゴンの亡骸に気付き、何があったか思いだす。
だが、全てを理解できているいる訳では無かった。
ジーブルはタリサに説明する。
今回の依頼自体が依頼主ウェディック・バールソンの罠だった事。
遺跡の弱体化の結界の事。
レッサードラゴンの事。
そして、眩い光と共に飛ばされた事。
だが、ジーブルも理解しているのはそこまでだった。
飛ばさると同時に気を失ってしまったらしく、レッサードラゴンが誰に倒されたかまでは判ってはいなかった。
少なくとも、飛ばされる直前までは生きていたはずだった。
「普通の斬撃ではないな……」
全身を固い鱗に覆われた竜の身体の中でも、特に固い竜の顔面を両断している。
綺麗な断面を見れば一撃での攻撃と思われ、それは何らかの魔法の力によって斬られたのだろうと予想が出来た。
誰がやったのか?
誰がこれができるだろうか?
タリサの頭の中には誰一人浮かんでこない。
「タリサさん?」
気付けば体を完全に起こしているジーブルにじっと見つめられていた。
「立てそうか?」
「はい、大丈夫そうです」
「そうか……」
今は考えても答えが出るものではないと判断したタリサは、とりあえず動く事にする。
タリサは先に立ち上がると、ジーブルに手を差し伸べ、立ち上がった彼女の足取りに問題が見られない事を確認してから、再度レッサードラゴンへと目を向け、その状態に再度冷や汗を流しながら足を前に出した。
(まだ、予想外の何かがいるのかもしれないな……)
この先に待ち受ける存在の大きさ。
それはタリサの頭の中でどんどん大きくなっていった。
ウェディック・バールソンは焦っているのかも知れなかった。
ウェディック自身にも自覚があり、冷静さと平静さへの意識をより強めようとしていた。
どんなに考えても、レッサードラゴンが消えた理由が理解できない。
その理解できない事実が、どうしても心をかき乱していた。
そして、もう完全にその心の乱れを消すことは出来ないと判断したウェディックは、攻撃に移る事を決断する。
その空気を感じ取ったラスとリンが先に動き出した。
同時に狙われないように分かれて走る2人と、それに遅れて動き出すサンクローゼ。
既にターゲットを絞っているウェディックは、3人の動きを気に留めずに魔法の為の詠唱を開始する。
少しの長めの詠唱とそれによって高まる魔力が、高位の威力の高い魔法なのだとラス達に気付かせる。
(どっちを狙うつもりだ?)
ラスの頭の中に勝手な思い込みが生まれていた。
狙われるのは自分か、リンだろうと……
万が一にもサンクローゼが狙われても、回避力だけは高そうなので、攻撃に出るタイミングを狙われなければ大丈夫だろうと思っていた。
だが、それらの考えは、全く的を得ていなかった。
何故なら、ウェディックがターゲットに選んだのは彼等では無かったからだ。
詠唱が終わりウェディックの魔法が発動する。
ラスもリンも知らない魔法だった為、その発動を待つしかなかった。
「!?」
ウェディックの長めの詠唱により発動した魔法により生まれた黒い炎。
ラスはその黒炎から危険な魔力を感じ取っていた。
攻撃魔法なのは予測できたが、どのような動きや効果があるのかが判らず、どう対処するか迷っていた。
そんな中、ラスは漸く気付いた。
自分の判断の誤りに……
その魔法が、その生み出された黒い炎が誰に向けられるかを……
だが、それに気付くのが遅すぎた。
黒い炎をは動き出す。
結界に包まれた冒険者達に向かって。
感じ取れる魔力で予想するだけでも、ジーブルから引き継いだ防御結界だけで防げるとは、ラスには思えなかった。
だが、ラスにもリンにもそれを防ぐ手段がない。
ラスの思い込みによる油断だった。
既に戦力外と考えられていた者を狙ってくるとは思っていなかったのだ。
自分には何も出来ずに、半ば諦めの気持ちのまま結果を待つことしかできないラス。
何もできないと判っていながらも、それが何も意味がないと判っていながらも、リンは足掻いた。
元々魔法がメインではない自分の魔法で、しかも結界で弱まっている自分の魔法が、どれだけ効果を発揮するかなんて判らない。
いや、効果なんて殆ど無いことが判り切っていた。
それでもリンは諦めずに、黒い炎に向かって魔法で生み出した大量の石礫を投げつけた。
石礫と同時に数本の短刀も着弾する。
その短刀は魔力を帯びており、その魔力は黒い炎を包み込んだ。
炎はそのままジーブルの結界とぶつかり合うと、大きな爆発を生み出す。
だが、短刀の魔力が生み出した魔力がその爆発を包み、僅かだがその威力を弱めた。
結界に守られていた冒険者達は、そのおかげで爆風で吹き飛ばされる程度で済み、命を落とした者はいなかった。
ウェディックは驚きの表情で短刀が飛んできた方向へと視線を向けた。
そこに立っていたのは盗賊のサンクローゼ。
盗賊なんて、魔法が中心となる戦いの中では、何の戦力にもならないと高を括っていた。
本来であれば、ウェディックが作り出した黒い炎は、爆発と共に獲物を包み、その命と共に魔力を吸い尽くすはずだった。
それを阻んだ盗賊の短刀の力に、ウェディックは舌打ちをする。
「どこまで予想外の事が起こるのだ……」
戦力外の冒険者達を殺し損ねたとしても、戦力的には何の影響もない。
だがそれでも、予定外の事態というのはやはり面白くはなく、それによりウェディックの感情はかき乱されるのだ。
「もうどうでもいいか……」
強い怒りの感情がウェディックから冷静な思考を奪っていた。
ウェディック本人がこの怒りは簡単には収まらない事を実感しており、自ら冷静さを取り戻すために一つの決断する。
(雑魚共の魔力は諦めるか……)
魔力を吸い尽くす黒い炎。
それを生み出す魔法の為に消費される魔法力は大きく、そう何度も続けて使えるものではない。
大きな魔力を奪えない相手に何度も使うのは効率が悪いは判断する。
罠に嵌めるまでは順調であり計画通りだったが、肝心の魔力奪うという事は未だにできていない。
このままでは、いつもまでも計画が進まない。
そんな悪い予感を強く感じ、それを打破するための決断。
その決断自体に間違いはなかった。
間違いはなかったが、判断の遅さが彼の計画を妨害するのだった。




