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アミス伝 ~聖獣使いの少年~  作者: 樹 つかさ
7・魔力の壺
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炎の中より

 何が起こったか誰にも解からなかった。

 辺りが眩い光に包まれた。

 その場に居た全員が目を瞑ってしまう光だった。

 光が収まり、すぐに状況を確認するラスの目に映ったのは、いや、目の前から消えていたのは見失うはずのない巨大なレッサードラゴンの姿だった。

 ラスは慌てて周囲を見渡す。

 そして、すぐに気づいた。

 レッサードラゴン以外にも消えた存在がある事を……


 「ジーブルはどうした?」


 リンやサンクローゼはそう言われて初めて気付いたようで、その姿を探すように部屋全体を見渡したが、ジーブルの姿はどこにも見つけることはできなかった。

 ラスがジーブルの側に居た一人の魔法使いへと視線を向けると、彼も戸惑って首を横に振る。

 ウェディックがまた遺跡の罠で飛ばしたのだと思い、ラスは空中に浮かぶ彼に視線を向けたが、ウェディックの表情にも混乱した感情が表れていた。


 (奴がやったのではないのか?)


 もしも、ジーブルが一人でレッサードラゴンと同じ場所に飛ばされたとしたら……

 そんな絶望的な状況を想像し、ラスも一瞬思考力が混乱しそうになったが、直ぐに今なすべき事を、自分にできることをやるしかないと思い直した。

 レッサードラゴンというやっかいな存在がいなくなり、現状目の前にいる敵は、ウェディック一人となった。

 だが、厳しい現状には変わりはない。

 特に厳しいのが、実力的に弱い冒険者を守る手段だった。


 「誰か、防御結界を張れる奴はいるのか?」

 「結界なら、彼女の結界を維持する事はできます」

 「お?」


 一人の神官の言葉に、ラスは意外そうな声をあげた。

 他者の結界を維持するなんて簡単な事ではないからだ。

 その魔法の仕組みや魔力の強さを把握する必要がある。


 (いや、神聖魔法はそうでもないのか?)


 そんなラスの疑問を感じ取ったのか、神官・ホイクは1つの石を懐から取り出す。

  

 「ジーブルさん……彼女がもしもの時の為と、渡してくれたのんです」

 「それで結界を維持してると……?」


 よく見れば、その石には小さな聖印が刻まれており、法力が籠められたその聖印が神聖魔法を安定させているのだろうと、ラスは予測する。

 とりあえず一番の気がかりはこれで少しは解消された。

 その魔法の石の効果がどれほど持続するのかは解からなかったが、少なくともこれで攻撃に集中はできる思えた。


 (あとはどうやってやつを倒すかだな……)


 飛ばされたジーブルの事のことが心配でないわけではなかった。

 だが、そこまで気を回せる余裕は無い。

 戦力と呼べるのは自分とリンのみ……

 今はどうやって二人で、しかも、飛行能力を持たない二人がどうやって空中に浮かぶウェディックを倒すかを考えることが先決なのだ。

 そう考えながらリンに目を向けるラス。

 だが、リンの先にもう一人の人影が居る事に気付いた。

 

 「おい、お前も結界内に退避してろ」


 ラスは厳しい表情でそこの立っているサンクローゼに言い放った。

 どう見ても先程受けたダメージが癒されている様子はない。

 回復魔法をかけてもらう余裕はなかったのだろう。


 「二人でどうにかなると思っているのか?」

 「お前が居たところで……」


 (何の戦力になるというのか?)


 そんな言葉が頭に浮かんだが、それを途中で止めるラス。


 (いや、それは俺も同じか……)


 先程レッサードラゴンに放った精神にダメージを与える魔法に、殆どの魔法力をつぎ込んだラス。

 既に使用できる魔法が限られており、そんな状況で戦力になれるかという疑問もあった。

 何とか、空中から地に降ろすことができれば……

 そんな願いが頭に浮かぶが、それをできる者は既にこの場には居ない。


 (もう奴に攻撃できるのは……)


 ラスは再度リンに視線を向けた。

 もうすでに半獣人化により跳躍力を増しているリンに頼るしかない状況だった。

 あるいは、アミスやレン達が戻ってくることを信じて、防御に徹するか……

 ラスは考える。

 今、自分がするべき最適な行動を……

 その選択肢の中には、アミスが決して認めないであろう選択も含まれていた。

 悩むラスがした決断とは……





 アミスはロビックを睨みつける。

 だが、怒りの矛先は敵であるロビックより、能力不足で力になる事ができなかった自分自身。

 自分にもっと力があれば、助けることができたかもしれない。

 アミスは目の前で炎を包まれている少女の顔を思い浮かべていた。


 「憎いか? 悲しいか? だが、安心しろ、直ぐに同じところを送ってやるからな」


 ロビックは挑発とばかりに楽しげな笑みを浮かべて言い放つ。

 アミスはすぐにでもそのロビックの表情を崩してやりたかった。

 だが、それをする方法が自分には無い。

 部屋を満たす弱体化の結界が、それを許しはしない。

 力を抑えられ、聖獣の複数使役ができない状況下でアミスにできる事は限られている。

 その聖獣の力にしろ、弱体化の影響を受けている。

 だが、諦めるわけにはいかない。

 自分の腕を掴むレンも居る。

 別の場所にいるラスやタリサ達の為にも、諦めるわけにはいかないのだ。


 「考えろ、そして足掻け、思考しない者には先は無いぞ。

 奴も考えて、こちらの策を読み、策を使って戦った。

 その作戦面だけなら我の思考の上をいっていたと言える。

 だが、あの娘は負けた。

 我が切り札を持っていたからだ。

 いざという時使う切り札がな。

 それを予測しきれなかったから、敗因となったのだ」


 勝ち誇り饒舌になるロビックの口が、次から次へと言葉を生み出していく。

 

 (ま、予測していてもどうにもならなかっただろうがな……)


 絶対的にロビックが優位の状況下で、慎重になり過ぎて行動しない事は何も生まない事だ。

 絶望的な状況を打破するためには、絶対に行動しなければならない。

 ロビックもそれが判っているからこそ、一か八かの勝負を仕掛けてきた女剣士の事を称賛する思いを持っていた。


 「名前ぐらい聞いておいても良かったな……」


 ぼそりとそう呟くロビックは、決して油断していなかった。

 残った二人に意識を集中させ、絶対にゆだんしないつもりだった。

 だが、意識を2人に集中させ過ぎた事が、彼にとっての油断だったのかもしれない。

 そう炎に包まれた存在から、完全に目も意識も切ってしまった事が……

 ロビックは気付く、アミスの視線は自分の目を真っすぐ見ていたが、その横に立つダークエルフの視線が微妙に自分から逸れている事に……

 その視線は自分の背後へと向けられていた。

 燃え盛る炎へと……


 「!?」


 まさか?

 と思いながら振り返るロビックの体を剣が貫く。

 炎から伸びてきたやや細めの魔法の剣が……


 「がっ……」


 何が起こったのか理解できなかった。

 それはロビックだけではない。

 少し離れた位置からそれを見ていたアミスやレンも理解しきれていなかった。

 ただ、一つ判ったのが、その剣の主である女剣士が死んでいなかったことだ。


 「な……なぜ? ど、ど、どういうこと……だ?」

 「残念だったな」


 完全に炎の中から全身を表わしたエルは、無表情でそう言った。


 「わたしのは、その程度の炎をは効かないだ」


 『その程度』

 そんな言葉が充てられる程、ロビックが放った炎は弱くは無かった。

 少なくとも、レンもそれを生み出したロビックすらこれまで見たことない程の威力だったと言える。

 この炎で燃やせぬ生物など居るわけが無かった。

 聖獣≪白翼天女≫による防御結界かとも一瞬思ったが、聖獣の力も結界により弱っており、そこまでの防御力は無いというのは、先に放った炎の槍で判っている。


 「切り札を持っていたのはお前だけでは無かったという事だ」

 「切り札……」


 ロビックは先程自分が言い放った言葉を思い出させられていた。

 

 「お前の切り札より、わたしの切り札の方が上だった……」


 ロビックは自分の体から力が抜けていくのを実感していた。


 「お前は、上位魔族と戦った経験があるのか……?

 倒した経験が……」

 「ああ……」


 エルの剣は、確実にロビックの急所を貫いていた。

 人間の心臓とは異なる魔族の急所を。


 「なるほど……」


 ロビックは悟った。

 自分が死ぬことを……

 だが、不思議な事に、その事に恐怖を感じなかった。

 それ以上にロビックの心の中を満たしたは、魔族より力が劣った人間という種族が、絶対的に力の差を生み出す結界の中で自分を倒したことへの称賛の気持ちだった。

 エルの剣がロビックの体から抜かれた。

 支えとなっていた剣を抜かれて、バランスを失いふらふらとしながら両膝をつくロビック。

 一瞬うなだれかけた首を持ち上げ、エルの顔を見上げるロビックの目に映っているのは、勝ちを確信しながらも自分に対しての警戒を緩めていない少女の顔だった。


 「恐ろしい娘だ……」

 「そうでもない。

 まだまだ力が足りなくて困っている」

 「ふふふ……魔王様にでも挑むつもりか? それとも相手は神か?」


 苦笑いを浮かべるロビックに、エルも苦笑いで返す。


 「この程度では相手にならないだろう?」 


 その返しを聞いて、ロビックは声をあげて笑う。

 その笑いという行動は、ロビックの体のバランスを再度崩し、そのままその身体は仰向けに倒れこんだ。

 アミスとレンがエルの側へと駆け寄ろうと動き出したが、エルは右手の掌を向けてそれを止める。

 その徹底的に油断しない姿勢に、ロビックは笑みを残したままだ。


 「名前を教えてもらってもいいか?

 我を滅するその名前を……」

 「?」

 

 一瞬、驚きの感情を表に出すエルだったが、直ぐに口元に笑みを灯す。


 「エル……、エルフェア・ファーバスだ……」

 

 フルネームを返されて、今度はロビックが僅かに驚きを見せる。


 「魔族に対しても敬意を見せてくれるのか?」

 「種族なんて関係ない……

 人間にだって敬意を向ける価値の無い者もいる。

 あと……」


 止まるエルの言葉。

 少しの間を置いたのち、エルは満面の笑みを顔に浮かべて続きの言葉を放った。


 「強者には敬意を表する。

 お前の……いや、貴方の戦い方は勉強になった。

 おかげで、また一つ強くなれた」

 「そうか……

 では、我の死も無駄ではないという事だな?」

 「ああ、そういうことになる……」


 そう言い合う二人は、共に笑顔のままだった。

 人間の少女と魔族のそんなやり取りを、ただ見届けることしかできないアミスとレン。

 それはとても不思議な光景だったが、邪魔してはいけないという思いが二人の行動を止めていた。


 「これから我が友と戦う者に言う言葉ではないかもしれないが……」


 ロビックが言う友とは、ウェディックのこと。


 「死ぬなよ、エルフェア・ファーバス……」

 「ああ、私はまだ死ぬわけにはいかないから……」


 エルの言葉を聞いて、ロビックは再び満足げな笑みに表情を変えた。

 そして、目を閉じてそのまま動かなくなる。

 エルはロビックがこと切れた事を知り、ゆっくりと剣を鞘に納める。

 そして、もう一度、


 「死ぬわけにはいかないんだ……」


 と、小さく呟いた。

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