ヴェルダ・フィライン
ここまでの登場人物
アミス・アルリア;聖獣契約に特別な才能を持つハーフエルフの少年。
ティス;アミスの使い魔のピクシー。今回の出番は・・・
ラス・アラーグェ;ハーフエルフの魔法剣士。少し前からアミスと行動中。
マーキス・サーラント;エルフの精霊使い。アミスと同じ組の冒険者。
ティサ・フリージャ;弓使いの少女。アミスと同じ組の冒険者。
グドル;ドワーフの格闘家。アミスと同じ組の冒険者。
サーニ・ムイオル;オーク族の将軍。人間への侵攻を企てる。
ヴェルダ・フィライン;サーニの傍らにいる人間の魔剣士。
何が起こったのかわからなかった。
「・・・・」
あまりに凄惨な光景に、アミスとティサは青ざめている。
他の三人も驚愕し、呆然と立ち尽くしていた。
おそらくオーク達だったらしき数々の死体。
「ど、どういうことだよ・・・?」
マーキスがようやく口を開いた。
誰もそれには答えられない。
しかし、ラスだけは、嫌な予感を強めていた。
こんな所に奴がいる訳がないと、思いたかった。
「 ? 」
何かに気づいたようなティサ。
「・・・金属音?」
ラス達も耳を澄ませた。
すぐに金属音を拾うことができた。
おそらく武器と武器がぶつかり合う音だと予想できた。
「行ってみる? これをやった奴の可能性は高いけど・・」
と、ティサは辺りを再度見渡した。
この惨状を見る限り、できれば関わりたくない相手なのは確かだったが、今ここにいる理由が、偵察という仕事中なのを思えば、無視するわけにはいかなかった。
5人は顔を見合わせ、意を決したように頷き、音の方へと向かった。
そこでは、2人の男が戦っていた。
ローブに身を包んだ男ヴェルダと立派な鎧に身を包んだオークの将軍サーニだった。
傷を負っているのはサーニだけであり、ヴェルダが圧倒的に優勢なのは誰が見ても明らかだった。
その優勢なヴェルダが、戦い相手のサーニから目を放した。
その隙を逃さないとばかりに、ヴェルダに詰め寄るサーニだが、その振るった剣は簡単に弾かれる。
そして、
「久しぶりですね、ラス・アラーグェ。少しは強くなってくれましたか?」
「ヴェルダ・・・・フィライン・・」
嬉しそうな笑みを浮かべるヴェルダに対し、ラスは不機嫌さを隠さない。
「少し待っててください。すぐに終わらせますので・・・」
と、ヴェルダはサーニに目を戻した。
サーニは絶望感を感じていた。
自分が自慢げにヴェルダに見せていたオークの兵士達は、そのヴェルダ一人に全滅させられた。
信じられない現実への絶望感。
そして、これから自分に待ち受ける運命に対する絶望感。
「ま、まだだぁ!!」
サーニは縋る。
オーク族の繁栄の為に鍛えた自分の力に・・・。
「ラスさん!」
「黙って見てろ・・・」
冷徹に言い放つラスに、アミスは躊躇い、迷い、従った。
そして、その目の前で勝負はつく。
もっと早くに決着を付けれたであろう事は、すぐに分かった。
わざと時間をかけ、疲れ果て動きが鈍ったサーニに、ヴェルダはようやくとどめの一撃を放ったのだった。
断末魔を上げることもできずにサーニは倒れた。
オーク族の繁栄を願った男の悲しき最後だった。
余りに歴然な力の差。
相手のオークの実力を知らないが、見てた限りでは普通のオークとは比べ物にならない強さに思えた。
それを圧倒した男が目の前で笑みを浮かべて立っている。
先程のオーク達の死体も、この男がやったことは容易に想像できた。
「おい、ラス、何者なんだ? あの化け物は?」
「自分で言った通りだよ・・・」
マーキスの質問に、さも当然のように答えるラス。
「ただの化け物だよ・・・」
ラスの額から汗が落ちる。
「どうするんじゃ? やるのか? それとも撤退か?」
「オークは全滅した。この報告で偵察任務完了でいいんじゃない?」
「私もそう思いますね・・・」
と、グドル、ティサ、マーキスがラスへ目を向ける。
「俺も、それでいいと思うがな・・・」
ラスの返答は、三人から見たら予想外だった。
じっと睨みつけているラスは、今にも飛び掛かるのではないかと思えたからだ。
「逃げますか? 私に勝つ自信はないということですか?」
挑発と思えたヴェルダの言葉に、ラスは冷静な口調で返す。
「自信がないとか以前に、俺には、お前と戦う理由はないんでな・・・」
「ほう・・・それは確かにそうですね・・・」
あっさりとラスの言葉を認めるヴェルダ。
二人のやり取りに戸惑う3人とは別に、アミスがじっとヴェルダを見ていた。
「どうかしましたか?」
「?」
「いえ、後ろの方が、私を観察しているようだったのでね」
警戒ではない、興味ともいうべき目を向けてくるアミスを不思議に思うヴェルダ。
「アミス、どうした?」
「いえ、どこかで感じたことのある魔力が・・・」
「あいつの魔力がか?」
「・・・はい」
あまりにも抽象的すぎるアミスの言葉に、ラスもそれ以上の言葉はなかった。
「ラス・アラーグェ・・・、今回はちょっと実験をすることにしますよ」
「実験? どういうことだ・・・?」
突然言い出したヴェルダの言葉。
(あいかわらず、魂胆の見えない奴・・・)
ラスは、ヴェルダのことを未だに把握できていなかった。
独特の価値観を持ち、つかみきれない性格だった。
「あなたがどういう人間なのか知りたいのですよ・・・」
「?」
「仲間を失った時、どういう行動に出るかです・・・」
「!!?」
すぐにその意味がわかり、ラスは咄嗟に叫んだ。
「逃げろ!!」
その言葉にいち早く反応したのは、マーキスだった。
しかし、一人で逃げることをためらい、まずは先手を取りに行く。
「大地に眠りし土の精、大気に漂う風の精・・・いまこそ目覚め、荒れ狂え・・・」
「ほお・・・」
その詠唱に少し驚きの表情を見せるヴェルダ。
二種類の精霊の力を借りた上位魔法の詠唱だとわかったからだ。
「【 石 嵐 】!」
マーキスの精霊魔法で巻き起こった竜巻は、大量の石を巻き上げながらヴェルダを包んだ。
「いまだ!!」
それを合図に全員が走り出す。
草木が繁り、障害物が多く、足場の悪い林の中。
このような場に慣れているティサとマーキスは、苦にせずに走り抜ける。
ラスも問題なかったが、鈍重と称されるドワーフ族のグドルと、体力には自信のないアミスが少しずつ遅れだした。
「もっと急げ!」
と、後ろに向けたラスの目に、追いかけてくるヴェルダの姿が映る。
グドル、アミスとの距離が少しずつ詰まっていており、このままでは追い付かれるのは確実だった。
(やはり、無理か・・・)
ラスは意を決して走るのをやめた。
そんなラスを、アミスとグドルが追い抜く。
「ラスさん・・!」
「いいから、そのまま逃げろ!」
アミスは一瞬立ち止まりかけたが、ラスの声と、手を無理やりに引っ張るグドルによって再び走り出した。
(ラスさん・・・)
ラスの目の前で、ヴェルダも立ち止まる。
「一人でどうにかなると?」
ヴェルダは笑みを絶やさない。
「これを望んだんだろ? ああ言えば、他の奴らを逃がすと読まれていたんだろ?」
「ふっ・・・」
本当なら、5人で戦うのが正しいのかもしれない。
そんなことを、ふと思うラスだが、すぐにその考えを改める。
もし、あのまま5人で戦ったとしても、近接戦闘できない者が、各個撃破で狙われるだけだった。
前にそれを体験したラスはわかるのだ。
ヴェルダがそれをできることを・・・
特に、今回のメンツは、後衛に3人。
精霊使い、弓使い、魔法使い。
この三人がどれだけ近接戦闘をできるかわからないが、多少の腕ではヴェルダの一撃を防ぐことはできないだろう。
それに気を回しての戦闘は厳しい。
それなら、一人の方がマシだ。
そう思えたのだ。
「私を一人で相手にできるようになったのですか?」
ヴェルダが、口元の笑みを消し真剣な表情で問う。
「・・・どうかな?」
まだまだ、実力差は大きいのはラスにもわかっている。
しかし、前と違いヴェルダの戦い方もある程度わかってきていた。
勝てるチャンスがないとは思わない。
「そうですか・・・。では・・・」
ヴェルダは短い詠唱からの魔法を放った。
「【 石礫 】!」
初歩の土の精霊魔法。
いくつもの石の礫がラスに向かって飛んでいく。
ラスはそれをかわすと、お返しとばかりに魔法を放つ。
「【 氷刀 】!」
ヴェルダも、これを軽くかわした。
氷の刃は一本の木を直撃、その直撃部分が広く凍り付いた。
「やはり・・・威力が高い・・・」
初歩の氷の精霊魔法である【 氷刀 】は、あくまでも氷の刃物であって、元々は木を凍らすほどの威力はない。
が、ラスのそれは木を凍らせる。
「さすがは、エンチャントドール・・・」
その言葉にラスは反応し、その目の鋭さが増す。
そして、体勢を低く構えなおした。
いつでも切りかかれるように
「・・・エンチャントドール・・・?」
後ろからの声に、ラスの体勢は崩れた。
隙が生まれるが、ヴェルダはそれをつくことはしなかった。
「なんで、戻ってきた?」
ラスは、後ろへ目を向けずに体勢を直した。
「一人では無理だと思ったから・・・」
アミスがラスの後ろから言う。
ラスはそれを突き放す。
ヴェルダの標的は、今のところラスだけだ。
しかし、アミスの特殊性である聖獣のことをヴェルダが知れば、新たなターゲットになりかねない。
この何が目的かわからない、特殊な才能を好む男のターゲットに・・・
だから、戦わすわけにはいかなかった。
「足手まといにしかならない・・・」
「・・・・」
「さっさと行け」
「・・・ラスさん・・・」
「行けって言ってるだろ!!」
怒鳴りつけるラス。
アミスは、一瞬委縮するが、引き下がらなかった。
いつでも戦闘に参加できるように精神を集中する。
ラスは、視線を向けなくてもそれがわかった。
(どうする?・・・)
事情を説明すれば納得してくれるだろうか?
ヴェルダに聞かれずに説明できるのか?
いや、そもそも、納得してくれるのか?
悩むラスの目の前で、動きがあった。
ヴェルダに向かって放たれた矢。
ヴェルダに僅かに首を傾げて、そのかわす。
「ほう、中々の腕だ・・・」
動かなければ、眉間を貫いていただろう正確さに感嘆するヴェルダ。
続けて襲ってくる幾つもの石礫をヴェルダは剣で撃ち落とした。
「仲間思いなようだな・・・」
ラスの周りに集まる3人の姿に、ヴェルダは呟く。
マーキス、ティサ、グドルの3人だ。
アミスも申し訳なさげにそばに来る。
「偶々、無理やりに組まされたパーティーの為に、何をしている?」
「偶々でも、無理やりでも、一時的とはいえ・・・」
「仲間は仲間よ」
「勝手に死なれては、酒がまずくなってしまうわい」
「誰も死なせません」
それぞれ4人が言い放つ。
「お人好しの集まりか・・・」
ラスは冷たく言い放つ。
「足手まといにしか・・・」
「仕事は仕事だ。割り切らなきゃいけないのは、ラス、君の方だよ」
マーキスが遮るように言葉を被らしてきた為、ラスの言葉は止まった。
仕方なしに、マーキスの言葉を聞くことにする。
「奴も、今回のオーク騒動に一部みたいだから、あれの分の情報も持ち帰った方がいい。どちらにしろ、他の冒険者が遭遇するかもしれない以上、脅威を放っておくのは得策じゃないさ」
「ま、あまりワシ等を舐めないでもらいたいものじゃな。それとも、貴様はワシよりそんなに強いのか?」
不満げにグドルが言う。
「貴様らより、冒険者歴は長いつもりじゃがな」
グドルは、自慢の腕力を見せつけるように力こぶを作った。
「仕事なんだから、仕方ないでしょ?」
「さっき、オークの全滅報告だけで良いって言ったのは誰だ?」
「え、えっと・・・」
ラスのツッコミにティサは戸惑ったが、
「細かいわね。あの時はそう思っただけよ」
口を尖らせながら言うティスに、皆は笑った。
「馬鹿だな・・・」
と、ラスが全員を見渡し、最後にアミスで目を止める。
「力を合わせましょう」
アミスは強く言い放った。
「わかった・・・では、最初に話し合った作戦がベースで良いな?」
全員頷く。
(・・・さて、奴にどれだけ通じるかだな・・・)
と、ラスはヴェルダを睨みつけた。
今回で戦闘終了の予定だったのですが、次回に持ち越しになりました。
29日19時更新予定です。