黒幕
登場人物
◎ラス・アラーグェ
元ハーフエルフのエンチャントドールの青年
水系と氷系の精霊魔法を使う魔法戦士
◎リン・トウロン
白虎のシェイプチェンジャーの女戦士
身の丈より長いヘヴィランスを振るう
◎ジーブル・フラム
氷の神に仕える神官の少女
一時的に同行中
◎サンクローゼ・セルシェル
盗賊職の青年
ラスともめている
◎ウェディック・バールソン
今回の仕事・遺跡探索の依頼主であり、この土地の領主
冒険者ギルド長も兼任している
「随分と落ち着いているんだな」
ラスのそんな言葉にも、ウェディックは落ち着いた様子で視線を向ける。
彼は言葉を返すこともせずにラスの次なる言葉を待ち、ラスも直ぐには言葉を続けずに黙ってウェディックに目を向けたままだ。
そのラスの目は鋭く、まるでウェディックを睨みつけるように見えるものだった。
沈黙が続き、そんな静かな空間を壊したのは、盗賊職の青年。
サンクローゼは不機嫌そうにラスに言い放つ。
「また文句か?」
ラミルとの一件でも揉めた2人。
特にサンクローゼは、ラスに対して明確な嫌悪感を持っている様子だった。
ラスは一瞬だけサンクローゼに視線を向けたが、直ぐに視線をウェディックへと戻す。
サンクローゼを無視しようとしてるのが簡単に感じ取ることができ、サンクローゼ自身も当然それを感じ取り、あからさまに不機嫌さを表情に見せる。
そして、食って掛かろうと側に寄った所で、間に入った存在に止められる。
リンとジーブルの2人に……
サンクローゼは出掛かった言葉を飲み込んだ。
再度出そうとした言葉も、彼を見つめながら首を横に振るジーブルの姿に止められる。
サンクローゼの邪魔がない事を確認してから、ラスは目をウェディックに戻した。
それまでの時間は長いものではなかったが、考える暇がないほどの短さではない。
そんな時間を置いても、ウェディックは口を開こうとはしなかった。
ただ、目の前にいるラス・アラーグェをじっと見ているだけ。
そんな無反応という反応に、ラスも次なる言葉を迷う。
自分の予想が当たっている事を確信はしていたが、それをウェディックに認めさせる言葉が浮かばない。
転移の罠を発動させた犯人が彼だという事を認めさせる言葉が……
だが、それは必要ないものとなった。
「私を疑っているということですね?」
ウェディックのストレートな問に、ラスはすぐに言葉を返せなかった。
だが、その感情を殺した表情を見てラスは一瞬息を飲んだが、その表情がどんな意味を持っているのか気付き、僅かだが間を拡げた。
その動きに気付いたウェディックが口元に笑みを浮かべる。
とても楽しそうな笑みだったが、それを見たラスの背筋に冷たい汗が流れた。
自然と腰に刺したレイピアの柄に手が移り、そんな動きがウェディックの笑みを更に強める。
「素晴らしい……」
そしてウェディックの口から零れる呟き。
その意識が向けられているのは、ラスに対してだけではなかった。
ラスの後ろに向けられた視線の先には、リンやジーブルだけではなく、他の冒険者が集められていた。
殆どの冒険者達は状況を把握できていないようだったが、中には話の流れから予測がついている者もいるようだった。
「なぜ、そう思いましたか?」
「……」
既にいつ戦闘が始まってもいい様な心構えも態勢もできているラス達と違って、ウェディックは姿勢を乱すことなくラス達を見つめている。
それが返って不気味だった。
間合いは少し詰めれば武器が届く位置。
特にリンのダッシュ力と攻撃力があれば、一撃で勝負が着いてもおかしくない距離だった。
それでも、ウェディックはそれを警戒する素振りを見せない。
攻撃が無いと決めつけているわけではないだろう。
(不意打ちを受けない準備はされていると見るべきだろうな……)
そう思うからこそ、ラス達も迂闊に動くことはできなかった。
「確信はあったのでしょう?
その理由を知りたいものですね」
ウェディックの余裕過ぎる態度からの問に、ラスは仕方ないと答えることにする。
「余りにも不自然過ぎた」
「不自然でしたか?」
元冒険者とはいえ、領主という立場の者が危険を顧みずに自ら探屈に参加するのがまずはおかしかった。
遺跡が周辺の人々にとって危険な存在ものだという可能性があるなら判るが、探屈開始前に仕入れた情報で判断する限りでは、そんな話は確認できず、疑念だけが残った。
そして、監視者がいると思われる遺跡とまるで選別されたように姿を消した冒険者。
護衛が姿を消してもまったく慌てないウェディックの姿。
それらがラスの疑念を確信できるものへと変えていたが、それをどう認めさせるかだけが難点だった。
だが、それを認めたような発言のウェディックの反応が、逆にラスに新たな疑念を与える。
(何を企んでいる?)
そもそも、目的の予想が立たない。
聖獣を求めてなのか?
だが、それを目的に計画されたにしては大掛かりで不確実な方法に思えた。
聖獣と契約している者なんて、冒険者全体から見て決して多くはない。
今回は特別に多いかもしれないが、本来は1割にも大きく届かないはずだ。
複数の冒険者パーティーを雇って、一人いるかどうかといったところだろう。
一瞬、『アミスを狙って』という可能性も頭に浮かんだが、作られた遺跡自体がそんな直ぐに用意できるものではない。
可能性は0と思っていいだろう。
(魔力自体を求めてなのか?)
その可能性が高いようにも思えたが、一点気になることが残る。
それは自分が狙われなかった事。
自惚れかもしれないかもしれないが、ラス自身、魔力の高さに関しては誰にも負けない自信があった。
エンチャントドールという人工生物へと変えられた事で手に入った魔力があるからだ。
自ら求めた力ではなく、ラス自身は忌み嫌っている与えられた魔力。
認めたくはないが、どんな種族でも持つことはできないはずの力だった。
故に、単純に魔力を求めるならば、自分も候補に挙がるはずなのだと思えてしまうのだ。
「まだ若いのに、大したものです」
「……そうでもないさ。
ただ単に疑り深い性格なだけだ」
「いや、それも冒険者としての素質の一つですよ。
最近の若い冒険者……、いや、ベテラン冒険者も含めて、依頼主を信用しすぎる」
ウェディックはやや呆れ気味の苦笑いを浮かべる。
「それだけ、冒険者ギルドのシステムが整備されてきたということだろう?」
ラスのそんな返しに、ウェディックの笑みが楽しげなものへと変化する。
「ハーフエルフという種族とはいえ、若いと思っていましたが、それなりに年齢いってるのですか?」
長命なエルフ族の血を引くハーフエルフという種族は、エルフ程ではないが長生きであり、若い外見である期間が長い。
それでもラスの物腰や雰囲気から若いと判断していた。
「いや、まだ23歳の若輩者だ……」
ラスは自嘲気味にそう返した。
自分より若いアミスやリン達と行動するようになり、年上として若者を引っ張っていかなければいけないという思いが強かった。
だが最近では、そんなことを自信もってできる程のものをまだ身に着けていない事を、自分自身で実感していた。
だからこそ、まだまだ経験を積まなければいけない。
アミス達と共に……
「そうですか……」
ウェディックが口元に笑みを浮かべたまま、すっと目を閉じる。
その身に魔力が高まっていくのを感じ取り、ラスは自分の後ろにいる仲間や他の冒険者に意識を飛ばす。
犠牲者を出さない為にどうすればいいか?
正直、リン以外の実力が判らない状態だったが、ラス自身、他者を守る事に向いている能力は持っていない。
今はジーブルの神官としての能力や他の冒険者達に期待するしかないだろう。
アミスがいれば……
アミスの聖獣≪白翼天女≫、白魔法に長けた彼の聖獣が居ればと思わずにはいれなかった。
敵をすぐ目の前にして、魔法の為の集中を行うウェディック。
普通に考えれば攻撃を仕掛けるチャンスなのだが、それが判っていながら隙を見せているのは明らかに罠だと判断できた。
その罠を突破できる攻撃であれば仕掛けてもいいのだが……
と、躊躇うラスの横を飛ぶように通り過ぎる影。
それに気づきその影を丸めた目で追うラス。
それは短剣を両手に持ったサンクローゼ。
ラスが静止の声を出す間も無いほど素早い動きだったが、そんな攻撃も当然のようにウェディックの周囲に張られていた防御障壁に防がれる。
攻撃性の魔力を帯びた障壁であり、サンクローゼはそのまま逆方向に弾かれ飛ばされてしまう。
だが、広い部屋が幸いし、壁までは遠いおかげで受け身を取ることが出来、大きなダメージを負うことはなかった。
多少の傷を負った程度だ。
すぐに神官のジーブルが傷を癒そうとしたが、サンクローゼはそれを止める。
「大丈夫だ。
魔法力の無駄遣いはしないほうが良い」
しっかりと考えての発言なのか、単なる強がりなのか判らなかったが、ジーブルは素直に従って引き下がった。
そして、すぐに次の行動を起こす。
防御魔法の詠唱。
ウェディックから放たれるであろう魔法から他の冒険者達を守るための詠唱を始めたのだ。
2人の準備はほぼ同時に完了する。
ジーブルが生み出した防御結界はラス達が想像した以上に強力なものだった。
だがしかし、ウェディックから放たれた魔力は、彼女の防御結界を消し去りながら眩い光と共に冒険者達を包み込んでいった。




