消える者達
アミスが姿を消し、リンは動揺する心を隠せなかった。
探しに行きたい。
助けに行きたい。
そんな気持ちが先行して行動を起こそうとするも、何をすればいいか分からずに、ただ右往左往するだけだった。
リンほどでないにしろ、ラスやタリサも動揺を色を見せていた。
それでも依頼主からの指示があれば、冷静に対応しなければならないのが冒険者というものだ。
室内を改めて調べながら原因を考察する。
広い部屋を包み込むほどの強力な光の後、アミス、レン、エルの三人の姿が消えた。
だが、光が生み出した変化はそれだけではなかった。
調べても見つける事が出来なかった壁に、三つの通路が現れたのだ。
その通路は今まで通ってきたものと比べて狭く、このまま進むのは得策ではないと誰もが思えた。
故に、数名ずづそれぞれの道を調べる事になった。
スカウト系、前衛系、魔法使い、回復役での4人一組。
ラスは前衛役として、回復役のジーブル、魔法使いのラミル、スカウト系のサンクローゼと共に右側の通路を調べることになった。
他の通路を進むメンバーも人選され、リンとタリサはウェディックの護衛として部屋に残る事に。
(ヴェルダも留守番か……
奴の事だから、立候補してでも調査をしに行くと思ったんだが……)
ラスはちらっとヴェルダに視線を向ける。
ヴェルダの視線はラスではなく、別の人物へと向いていた。
それに気づいたラスもその先に視線を向ける。
(なるほどな……)
ラスは納得すると、視線を別の者達へと移す。
これから一緒の通路を進む者達へと……
ラス達が進む通路は小さな部屋に行きついた。
円柱形のその室内には何も存在していなかったが、部屋がある以上、何もない行き止まりとは思えずに、ラミルとサンクローゼでじっくりと調べる事にする。
ラスとジーブルは不測の事態に対する警戒役だ。
(もし、また魔法の罠があるなら、俺では警戒のしようもないが……)
あるとすれば何らかの魔法の仕掛けだとラスは思っていた。
だからなのか、ラスの意識は周囲より一人の人物へと向けられていた。
その目は壁を調べる小さな背中を見つめる。
アミスよりやや低く見える身長は、150cmに届いていないかもしれない程低い。
魔法がメインだったら体格は関係ないかもしれないが、流石に冒険者としては頼りなく感じてしまう。
それがラミルという名の魔法使いに対する外見から見て取れる印象だ。
アミスも似たようなものだが、アミスには異常とも言える聖獣への才能とがあり、更に特Aクラスの聖獣達を使役している。
それは体格差を埋めるのに有り余る能力と考えられた。
目の前の少女が同レベルの素質を持っているのだろうか?
(レンのやつは、何かを感じ取って評価をしているようだったが……)
その評価が、ラミル一人に魔力の調査を任す事になったが、結局は魔法の罠を発動させることになった。
(レンの過大評価だったのか?)
そんな考えがラスの頭の中に浮かぶが、誰が調べても同じ結果だったかもしれないという思いもある。
だが、ラスはもう一つ気になる事があってラミルの事を気にしていた。
(何故、あの剣士が飛ばされた?)
アミスとレンは隣り合っていた。
発動対象がその場所だというならば、2人が一緒に飛ばされた理由も判る。
(だが、あの女剣士は離れていた……)
アミス達と女剣士エルとの間には、何人もの冒険者が居た。
それこそラス自身も間に立っていた。
一つの疑念。
ラミルがわざと罠を発動させたのでは?
その疑念はこの遺跡の管理者との繋がりがある事を疑わせるもの。
まったく確信のない予想だったが、もう一つの疑念がその考えをより強くさせていた。
相方である女剣士エルが飛ばされたというのに、冷静に行動している。
幾度も仲間を失ってきた経験のあるベテラン冒険者なら判らなくもない対応ではある。
いや、ベテラン冒険者でもないのかもしれない。
自らのミスにより自分の相方が罠に嵌り、どこに行ったか解かりえない状況だというのに、慌てた様子もなく冷静に対応するなんて、普通の感覚では有り得ないとラスは思えてしまう。
もしかしたらという考えがラスの頭の中に浮かんでしまう。
今のこの状況が、目の前の小さな魔法使いにとって予想外のものではないという可能性が……
(確認するべきか……)
少し悩んだが、のんびりできる状況ではなかった。
ラスの心の中の焦りという感情がその口を開かせる。
「ちょっと良いか?」
三人の視線がラスに集まる。
「どうしたの? ラスさん」
ジーブルが訊ねるが、ラスの視線はラミルに向けられている。
そんなラスに釣られて、ジーブルとサンクローゼの視線もラミルに集まる。
ラミルはゆっくりと首を傾げた。
その表情に慌てた様子も無く、まるでラスから出る言葉を予想できているかのようだった。
「どうしてそんなに冷静でいられる?」
そう問われたラミルは直ぐに返答しない。
答えに悩んでるかのように視線をゆっくりと動かしていた。
「何を悩む?
後ろめたい思いがあるからか?」
「おい……」
ラスのその言葉に反応して口を出したのはサンクローゼだった。
「何を言ってるんだ?
今はそんなこと言ってる場合では……」
「今だからだ」
ラスの目付きが鋭くなり、そんな表情にサンクローゼの言葉は止まる。
「罠を発動させたのはお前じゃないのか?
だから、仲間が居なくなっても冷静でいられる……
そもそも、その外見通りの年齢なのか?
正直、お前からは違和感しか感じない」
やや厳しい物言いだと、ラス本人も思いはしたが今はそんな事に気を遣う余裕がなかった。
そうラス自身が冷静な心を維持できないない。
10年近い冒険者歴を持つラスですら……
それなのに15歳前後、或いはそれ以下にも見えるラミルが冷静でいられる理由が、ラスには他に浮かばなかった。.
「僕は15歳です」
ラミルはそう返答した。
正直、ラスが欲しい答えではない。
年齢に対しての疑念なんて、言葉の流れで思わず出ただけの問だった。
話をはぐらかそうとしているのか?
そんな考えがラスの頭に浮かぶ。
「罠を発動させたのは僕ではありませんよ」
ようやくラスの欲しい質問への返答が返ってきた。
だが、それは予想通りの返答。
ラミルが罠をわざと発動させたのだったとしても、それを認めるはずがなかった。
ラスは考える。
どういう言葉で真相を突き止められるか。
「ラスとか言ったか?
お前は何を言ってる?
失敗して罠を発動させたこの子を責めているのか?
お前なら、罠を発動させずに調べる事ができたと……」
考え込むラスに、サンクローゼが再度口を開いた。
声を少し荒げて言い放つ。
「罠を解除して当たり前。
カギを解錠しても当たり前。
罠を作動させたら怒られる。
スカウトとして、そんな奴と一緒の冒険はごめんだね」
「そういうつもりではない」
ラスはそう捉えられるような言葉を言ったつもりはなかった。
それでも、サンクローゼにはラミルが罠を発動させたことを責めているのように感じたのだろう。
ラミルを庇うように二人の間に立ち、ラスを睨みつける。
「とりあえず、落ち着いてくれ」
思いもよらない者の口出しに、少し困ったような表情を見せるもラス自身は冷静だった。
サンクローゼが落ち着くのをゆっくりと待つが、その前にラミルが口を開く。
「サンクローゼさん、ありがとうございます。
でも、ラスさんが疑うのは仕方ないことです」
「だ、だが……」
「僕一人に任せてもらうように頼んでおいて、罠が発動してしまったのですから……」
そう言うラミルは僅かに笑みを浮かべていた。
そこに馬鹿にした様子も、何かを企んでいるような雰囲気も、ラスには感じなかった。
疑う気持ちは弱まるが、完全に信じるまではいかない。
タリサの一件が、元々疑り深くあろうとしていたラスのそんな思いを、より強いものへとしていた為だ。
「ただ、僕の見通しの甘さで罠が発動してしまいましたが、罠を発動させたのは僕ではありません」
「「「?」」」
ラミルの言葉の意味を、他の3人はすぐに把握できなかった。
「それって、罠が発動するきっかけがラミルさんのミスではないってこと?」
ジーブルの言葉にラミルは頷く。
「罠の魔力が生まれたのは、僕が触れた場所からではなかった。
多分、誰かが作動させる魔力を送ったんだと思います」
「つまり、ここの管理者が作動させた……か?」
ラミルはラスの言葉に再度頷いた。
「そんな遠隔から作動させれるものなのか?」
「いえ、遠隔ではないです……」
「?」
ラスは一瞬その言葉が意味する意味が判らなかった。
「どういう……」
「作動させた人はあの場所に……」
「つまり、俺らの中にってことか?」
そう言いながらラスはラミルへと近づく。
真剣な表情でラミルの顔を見ながら……
「!?」
落ち着いた様子も見せていたラミルの表情が突然青ざめる。
(何が?)と、思ったのも束の間、ラミルの手が伸ばされる。
ラスとサンクローゼに向かって……
一瞬の油断から攻撃を受けるのかと一瞬焦るラスだったが、伸ばされたラミルの手に攻撃と言えるほどの威力はなかった。
ただ、押されてバランスを崩しただけの2人。
僅かに二人が離れた瞬間、ラミルを包むように魔力が生まれる。
ラス達の理解が追いつく前に、目の前からラミルの姿が消えていた。
「転移の罠か……」
「いえ……」
ラスの後ろからジーブルの否定の言葉。
「魔法で飛ばされたというべきじゃ……」
ラス達は動かずに辺りの気配を探る。
遠ざかる気配を僅かだが感じ取り、ジーブルの言葉が的を得ていると実感させる。
そして、自分の発言がラミルをターゲットにさせてしまったのだと、ラスは後悔した。
大事にしないために、依頼主から離れて少ない人数での行動となった今、質問を切り出したのが裏目に出たのだと……
「ラスさん、貴方のせいではないですよ」
まるでラスの心を読んだかのようにジーブルが慰めともとれる言葉をかける。
ラスは振り返り、ジーブルへと目を向ける。
ジーブルは慈愛を感じられる瞳で、ラスを見つめていた。
気付くとサンクローゼも少し心配した目をラスに向けていた。
それで気付く。
自分の後悔の感情が、簡単に読み取れるほど表情などに出ているのだと……
(まだまだだな、俺も……)
ラスは祈るしかなかった。
魔法により飛ばされたラミルの無事を……
ラス達が依頼主ウェディック達が待つ部屋に戻ると、慌ただしい雰囲気に包まれていた。
ラスは部屋に入りすぐにその理由が判った。
リンの姿を見つけると急ぎ足で側に駆け寄り、直ぐに気になった事を確認する。
「タリサはどうした?」
「きゅ、急に消えたの……」
予想通りの返答に、ラスは他の冒険者達を確認する。
他にも姿を確認できない者がいた。
「ヴェルダもいない……」
ラスはもっとも気になる存在の姿がないことに直ぐに気づく。
一瞬、ヴェルダを疑う思考が頭に浮かぶ。
だが、既に頭にあったある予想がその思考を消していく。
姿を消したのは4名。
タリサ・ハールマン、ヴェルダ・フィラインの他にウェディックの護衛2人。
(なんでこの4名?)
心配する気持ちより疑念の方が先に働くラス。
タリサとヴェルダ、そして、先に飛ばされているアミス達を含めた共通点を探る。
そして、直ぐに浮かんできたのは聖獣の存在。
女剣士エルが聖獣を持っているのかは知らないが、少なくとも他の4人が聖獣を持っている事は判っている。
聖獣目的となると、グランデルト王国の暗黒騎士団の存在を思い出すが、今回に関しては関係ないと思えた。
結論の出せない予想よりほぼ確実視している考えにラスの意識は移り、視線を流したラスとジーブルと視線が合った。
ジーブルも気付いているようで、2人の視線は一人の人物に移っていった。
護衛を失ったというのに、何も焦った様子も見せない依頼主の姿へと……




