魔法の罠
その室内には僅かな光源しかなかった。
厚めのカーテンによって覆われた窓から僅かに漏れ差し込む光のみであり、そんな暗い室内に座り込む影が一つ。
まったく動きを見せないその人影は小さく弱々しい。
「何をしておる?」
人影が一つしかなかった室内で、その人影に話しかける声が響く。
その声に人影は僅かに反応を見せるが、何も言葉は返されない。
そんな状況の中、妖艶な女性の声が再び響く。
「いつまで沈んでいるのじゃ?
いい加減、動きを見せよ」
「……」
「……」
「……」
「はぁ……」
女性の深い溜息。
「判った……
わらわが何とかしよう……」
「!?」
初めて大きな反応が返される。
「何をする気?」
「おぬしを負かしたその少年は、わらわの方で何とかしてやろう」
「余計な事はしないで欲しいな」
ずっと力弱かった彼の瞳に光が点る。
アミス・アルリアに戦いを挑んでいた時のように……
「もうやる気がないのであろう?」
「誰がそんな事を……」
「違うのか?」
「ち、ちがう……」
「あれ以来、動こうともしないのにな……
そうかわらわの思い違いだったか……
そうか、そうか」
明らかに馬鹿にしていた。
それが判りながらも、次の言葉出てこない。
自分を馬鹿にするその声の主が自分の師と呼べる相手であり、自分を遥かに超える実力者だった。
だが、別にその力を恐れて反論しない訳では無かった。
今の自分が置かれた状況と、精神状態が反論という思考を止めていた。
(絶対に、僕の方が実力は上だったんだ……)
それは過信ではない事実だった。
だが、この半魔族であるロルティ・ユトピコは、自分より実力に劣るはずのアミス・アルリアに負けた。
罠を張り、絶対的有利な状況を作ったというのに……
アミス・アルリアに味方をする者達の実力が想像より高かったという要素はあったかもしれないが、それでもこちらが用意した戦力はそれを越えてるはずだった。
それでも勝利を決める天秤は、常に敵であるアミスへと傾く。
何か一つ変わるだけで結果は変わったかもしれないが、それでもロルティはアミスには勝てていない事実は変えれない。
(反論もないのか……、つまらんのう)
ロルティにとって、前回の敗戦は本人が思っている以上に心に大きな傷を作っていた。
どうすればアミスに勝てるか判らなくなっている。
心が迷走を続けており、故に、ロルティは何も言えない。
そして、ロルティは気付く。
自分の目の前から、彼女の気配が消えている事に……
宣言した通り、彼女はアミスへ刺客を送り込むのだろう。
有言実行が主義の彼女の性格の事は、ロルティも充分に把握していた。
本来なら止めるべきだった。
だが、心が弱っている今のロルティにはそれができなかった。
(死ぬなよ……)
ロルティはそう祈った。
(君を殺すのは僕の役目なのだから……)
僅かに強い光を放つロルティの瞳。
それは一つの決意をした瞳だった。
サンクローゼの解錠スキルにより開かれた扉の先にあったのは、何もない広い部屋だった。
部屋というより空間と言った方がしっくりくる程広い部屋。
入口から全体を見渡す限り、他に通路は見当たらない。
「どこかに隠し扉でもあるのか?」
そう言いながら空間へと右足を踏み入れるサンクローゼ。
他にいる盗賊職の2人も探索する為に動き出す。
「レンさん、ここって……」
「お前も気付いたか?」
アミスとレンは互いに顔を見合せた。
目の前に広がる空間に身に覚えがあったからだ。
2人は互いに頷きあうと、サンクローゼ達を制止する言葉を発しようとした。
だが、それより先に、
「待ってください!
特殊な魔法結界は張られています」
と、言葉が飛んだ。
一同の視線が一人の人物に集まる。
(あれは……確かラミルさん……)
外見だけで予想する限り、自分と年齢が近いと思われる少女二人組の冒険者。
声を出したのはその二人組の内、魔法使い風の少女であり、アミスはその名前を思い出す。
出発前に各冒険者達を観察していた時にも、若い女性コンビという珍しい二人組だったので、アミスも少し興味を持っていた。
「結界? どんなモノか判りますか?」
依頼主のウェディックからの質問に、魔法使いのラミルが少し考えて答える。
「おそらくは移動系の魔法ですね。
転移魔法か、もしくは逆に移動系の魔法を封じる魔法か……」
「やはりか……」
ラミルの答えに、レンが小さく呟いた。
それを耳にしてアミスも、同様に思う。
そして、思い出す。
あの時の事を……
レンとの出会いの場ともなった、初めての冒険者としての仕事で入った遺跡の事を……
「という事は、転移系の魔法の罠があるかもしれませんね……」
「ですね……」
ウェディックは少し考えると、魔法使い系の冒険者達に部屋を包む魔法力に関して調べるように指示を出す。
魔法の罠を警戒して、黒魔法に詳しい専門職のみに厳選しての指示だった。
アミス、レン、ラミル、他の3名の魔法専門職が慎重に調べだす。
慎重過ぎるぐらいなアミス達とは対称的に、移動しながら積極的に調査を行うのがレンとラミルの2人だった。
レンの視線が一瞬ラミルへと向けられる。
(随分と慣れた様子だな……)
外見から見て取れる年齢に似つかわしくない程、落ち着いた様子を感じ取れた。
それはレンや後ろから見ているラス達にも違和感を与える。
疑問を感じつつも、レンは自分がするべきことに集中する事にした。
他に意識を取られて罠を見落とす訳にはいかない。
だが、そう思ったのも束の間、レンの意識が再びラミルへと移る。
ラミルの視線がゆっくり動き、入口から見て反対面の壁で止まり、他の者達の視線も釣られるように同じ方向に集まった。
(魔力が……)
レンは一同から向けられた視線の先に集う魔力を感じ取った。
それは先程まで感じられなかったものであったが、それの魔力は直ぐに壁に飲み込まれるように消えていった。
レンは何も起こらない事を確認すると、ラミルの側に移動した。
それに気づいたアミスも急いで側に駆け寄る。
「何の魔力か判ったのか?」
レンは自分が気付けなかった事に、ラミルが気付いていると感じ取り訊ねた。
「そうですね……」
そう返しながらも、ラミルの口からそれ以上の言葉が続かなかった。
何かを考える様な仕草で周囲を見渡している。
「どうかしましたか?
何か見つけたのですか?」
動きを止めた3人の姿に、ウェディックが待ちきれないような様子で訪ねてきた。
気付けば、アミス達のすぐ側まで二人の護衛と共に来ていた。
驚きの表情を見せるアミスとレンとは対照的に、ラミルはウェディックの顔をじっと見つめたのち、ゆっくりと口を開いた。
「誰かに観察されています」
「観察?」
鸚鵡返しのウェディックの言葉に、ラミルは先程魔力を感じ取った方向へと目を向けながら頷いた。
「つまり、この遺跡を管理している者がいるという事ですか?」
「おそらくは……」
少し考えて出したウェディックの予想に、ラミルは静かに肯定する。
「もしかしたら、この遺跡…………」
ラミルの言葉が途中で止まる。
ウェディックやアミス達は言葉の続きを待つ。
続く言葉を食いから出すことを躊躇していたラミルだったが、意を決したかのように言う。
「この遺跡は古代遺跡ではないと思います」
「やはりか……」
ウェディックの反応は予想外のものだった。
古代遺跡かもしれないと説明していた依頼者が、それを否定する言葉をすんなりと受け入れた。
「やはり?」
「いえ、この遺跡に実際入ってみて、そう思うようになっていたんですよ。
古代遺跡かもしれないという発言は、先の冒険者からの情報を元にしたもの……」
苦笑いを浮かべるウェディックに、アミス達の視線は集中していた。
「これでも元々は冒険者であり、魔法にもある程度精通していますからね」
「そうですか……」
ラミルはそのウェディックの言葉に興味を失くしたのか、再度魔力が消えた壁に意識を向けた。
そして、
「僕一人で調べてもいいですか?」
と、こちらも予想外の発言をし、周囲を驚かせる。
「なぜ?」
「ちょっと気になる事がありまして……」
「気になる事?」
ウェディックは説明を求めるが、ラミルは言葉を濁す。
はっきりとした説明をせずに通る希望ではなかった。
依頼主の要望で魔法使い達が全員で調べる。
そうなるはずだった。
「私はそれでも良いと思うが……」
と、ラミルの希望に賛同する発言をしだすレンに訝しげな視線を向けるウェディック。
「先程の魔力にたった一人で気付いたように、そいつが一番向いている。
ここを調べることにな……」
「別に一人で調べる必要は……」
「いや、魔法の罠がある可能性が高い今の状況下では、人員は絞った方が良い」
レンがそう言い切ると、他の魔法使いもそれに賛同する様子を見せる。
「魔法が関係のない普通の罠だって、複数の人間に調べさすことはしないだろう?
それと同じだ」
レンは視線をウェディックからラミルへと移すと、訊ねる。
「一人で調べる理由があるのだろう?」
「はい……」
「だが、その理由は言えないんだろう?」
「はい」
「一人で調べきれるんだよな?」
「はい、寧ろその方が……」
「安全に調べられる……か?」
笑みを浮かべて頷くラミル。
(見た目程、若くないのかもしれないな……)
ラミルからベテラン魔術師の雰囲気を感じ取り、そういう考えが頭を過ぎっていた。
「ま、君達がそう言うなら……」
ウェディックは完全に納得した表情ではなかったが、引き下がる事にした。
ダークエルフのレンの実力を感じ取っているのか、ウェディックは彼女に対して一目置いているようだった。
ラミルを残して、他の者達は全員部屋の入口付近まで下がり、壁を調べ出したラミルの動きを見つめていた。
「大丈夫なんでしょうか?」
アミスが小さな声でレンに訊ねる。
「さぁな……」
「おいおい、随分と無責任だな」
曖昧なレンの返しに、すぐに反応したのはラスだった。
「あいつが……、あのラミルって奴の力量を認めてあんなこと言ったんじゃないのか?」
「観察力はあると思う。
だが、それが必ずいい結果になるとは限らない。
特に、本当にこの遺跡を管理している奴に見られているとしたら……」
何か起こった時にすぐに対応できる準備はできていた。
かりに魔法の罠が発動したとしても、何とか中和できるかもしれない。
古代の時代の魔法の罠じゃないのなら……
だが、レンのそんな考えも、充分な警戒をしていたラミルの技術も無駄に終わる。
警戒を無にして発動したその罠はレンが予想している以上に強力なものだった。
その罠を作動させた者は、ほくそ笑む。
罠にかかった者を歓迎する準備はできている
全ては計画通りに進む。
そう、いつも通りに……




