気になる者達
ヴェルダの存在に気付き、驚くアミス・アルリアとラス・アラーグェ。
だが、ヴェルダ・フィラインもアミス達の様に表情には出さないが、心中驚いていた。
(どうやって助かった?)
ヴェルダは知っていた。
アミス達が暗黒騎士団と呼ばれているグランデルト王国の騎士団に捕獲された事を。
そして、厳重な輸送体制の中、王都ランデルに連れていかれる姿を確認し、もうどうにもならないと判断した。
十数人程度の体制であれば救出することも考えたが、完全に一人でどうにかできる数ではなかった。
アミスとラスの才能を気に入っていたヴェルダだったが、自らの命を失うリスクを冒してまで助ける義理は無かった。
暗黒騎士団の思惑は判らなかったが、アミス達が無事にランデルから出ることはないだろうと思い、もう会う事はないと当然の様に思っていた。
そう思っていた二人が目の前に現れた。
それに驚きを感じない訳がなかった。
自分を見て明らかな驚きの表情を見せたラスが目を逸らし、敢えて室内で遠くの位置へと移動するの確認すると、ヴェルダは僅かに笑みを浮かべて目を伏せた。
気晴らしに受けたおかしな依頼だったが、面白くなりそうな予感を感じるヴェルダ
視線を上げると部屋全体を見渡し、
(他にも面白そうな連中がいるみたいだしな……)
特殊な魔力を感じる相手を見つけてほくそ笑む。
これだけの冒険者が集められた依頼に、危険を感じてはいた。
だが、それ以上にヴェルダの心の中では楽しみが勝っている。
危険であるが故の刺激がヴェルダの望むこと。
この中の何人が無事で戻れるか判らない。
全滅だって有り得る依頼と思っていた。
そう考えるヴェルダの視線がアミスで止まった。
(それでも全員を助けようとするのだろうな、アミス・アルリアは……)
甘過ぎ性格のアミスが、全滅の危機に面してどうなるのか?
どういった判断をするのか?
自分に取っても危険で油断のできない仕事と理解しつつも、アミスやラスへの興味が強く出るヴェルダ。
彼の癖である自然に口元に浮かぶ不敵な笑み。
その笑みはラスの目にも映っており、それがヴェルダへの悪い感情からか、何かを企んでいるかのように感じていた。
ヴェルダ自身もそう思われている事を理解しており、そんなラスの視線を感じとり更に笑みを強めるのだった。
説明を聞き終え、それぞれの冒険者達が準備する時間が取られた。
3時間の時間が設けられたが既に準備が整っている冒険者ばかりで、1時間も経たないうちに殆どの者が部屋に戻ってきていた。
そんな室内を見渡すラスは、室内にヴェルダの姿がない事を確認してから、アミスに話しかけた。
「アミス、どう思う?」
「? ヴェルダさんの事ですか?」
ラスは黙って頷く。
その表情は不機嫌さを顕わにしていた。
「部屋の隅で一人で佇んでた人の事?」
「そうです」
リンの言葉をアミスが肯定する。
ラスはヴェルダが居ない事を再度確認してから、アミスへと目を向ける。
「今回、ここに奴がいる理由……」
「ただ、仕事を受けているだけじゃないの?」
リンのストレートな答。
それはヴェルダの事を知らないから出せる簡単な答だった。
「それが無いとは言い切れはしないが……」
一ヵ月程前にも仕事中に接触したばかりだ。
そんなことが早々続くものだろうか?
(そういえば、あの時も仕事を選択できる立場ではなかったな……)
少し考え込むラスに、今度はジーブルが訊ねる。
「因縁があるとかですか?」
その問いにもラスは少し考え込んだ。
ヴェルダが自分達に求めている事は何かということを……
「偶然の可能性が高いか……」
「スルーですか?」
問いに答が返ってこない事に、ジーブルは口を尖らせる。
そんな彼女の可愛らしい仕草に、アミスやリンは小さく笑みを浮かべる。
「ラスさん」
「ん? なんだ?」
「ヴェルダさんがここにいる理由は判りませんが、冒険者としてギルドから仕事を受けている以上、直接こちらに害を加えてくる可能性は低いと思いますよ」
「……」
アミスの冷静な考え。
(俺ほどではないにしろ、アミスにも奴に対しては思うところがあるだろうに……)
仮にも命を狙われた相手だ。
憎しみを残さずに終わった戦いだったとはいえ、そんな簡単に割り切れるものではないはずだ。
普通であれば……
明確な敵意を向けられない限り、アミスから敵対するという考えがない。
そんなアミスの性格を判ってきていたラスだったが、やはり100%の理解はできないでいた。
だが、今回に限って言えば、アミスの言った事は正しく思えた。
ヴェルダがラスやアミスと積極的に接触する理由は、他の者が持たない特殊な能力。
ただそれは、まだヴェルダを満足させるものではないはずだった。
前回のヴェルダとの戦いでは、何とか勝利を収めたものの彼を満足させた実感はなかった。
特にラスはその思いが強い。
更なる成長を期待されているはずであり、それが一ヵ月で出るとは普通は思わないだろう。
故に、ヴェルダが狙って接触してきた訳では無いとラスは判断した。
だが、偶然とはいえ出会った以上、何かしらの行動は起こしてくる可能性はある。
それでもアミスが言う通り、冒険者である以上、依頼者の前で直接こちらに害を加えてくることはないだろう。
「そうだな……、だが警戒だけはしておけ……」
「はい」
2人だけで出した結論に、他のメンバーはやや不満げだった。
だが、4人はそれぞれ気になる事があり、そちらに意識を向けていた。
ダークエルフのレンが気になったのはアミスと同じぐらいの年齢だと思われる二人組の少女だった。
装備を見る限りは剣士と魔法使いという組み合わせで、レンが特に気になったのは剣士の方だった。
年齢だけで見れば冒険者になりたての軽戦士と思えたが、身に帯びている魔力から特殊なものが感じられた。
バランスの崩れた火系の強い魔力。
まるで強力過ぎる魔力を抑えつけているような不自然なものだった。
(エンチャントドールか?)
そんな予想が一瞬頭を過ぎるが、それを直ぐに頭の中で否定する。
(いや、何か強力なものと契約している……?)
アミスから感じ取れる魔力と近いものを感じ取り、特別に強力な聖獣と契約した可能性の方が高いように思えた。
予想の域からは出ない答。
取り合えず警戒だけはした方が良いと思うレンは、アミスとラスへと視線と意識を戻していた。
タリサ・ハールマンが気になったのは、依頼者である領主がその部屋に残していった彼の側近の一人だった。
(できるな……)
そのバランスの取れた体型、これだけの冒険者を間にしても余裕を崩さない佇まい、その身に馴染んで見える魔力を帯びた装備類。
タリサの予想では、グランデルドの騎士団の将軍クラスに近い実力を持っているかもしれないと感じていた。
領主と共に部屋を出た男も同レベルの実力があるように思えた。
(こんな辺境の領主に何故こんな実力者が……)
今の情勢を考えれば、誰かに仕える様な実力者はグランデルド王国との国境近辺の砦などにいるのが普通の状況だった。
戦場を好まないだけなのか?
だが、今回の仕事は詳しく聞く限りでは、危険度では同レベルなものだと思えた。
(遺跡探索……、そんな単純なものではないのかもしれないな)
ふとそう思うタリサだった。
リン・トウロンが気になったのは、一人の軽装の男性だった。
武器が腰に帯びている複数の短刀しか見当たらないところを見ると、盗賊系の職業なのだろうと予想できた。
最初は金色の短髪が目立っていて目を引いたのだが、直ぐにその身体から感じ取れる特殊な精霊力に気付く。
(バーサーカー?
いや、精神系の精霊でなさそう……)
リンも精霊魔法を使用するとはいえ、専門職ではない。
自らが使う土の精霊や他の四大精霊のことなら多少は判るが、精神の精霊となると専門外で、感じ取ることはできたとしても、そこから結論を導きだせる程の知識はなかった。
そんなリンは、後でアミスやレンに確認してもらおうと判断し、他の冒険者へと視線を移していった。
ラスからの返答を受ける事をできなかったジーブルは、少し一行から離れて周囲を見渡していた。
(やっぱり、何か魔力を感じる……)
ジーブル・フラムが気になったのは人ではなく部屋から感じ取られる魔力の方だった。
入室した時から背筋がぞくりとする感覚に襲われていた。
普通の場所では感じることはない、だがジーブルは感じた経験のある魔力。
(これって……)
みんなが思っていた以上に危険な仕事になる予感……
いや、確信に近いものを感じ取ったジーブル。
(さっそく、面倒な事になりそうね……
でもちゃんと守ってあげないとね)
危険を感じつつも、ジーブルは余裕さえも感じさせる笑みを浮かべアミスへと視線を向ける。
その笑顔は今まで見せてきた明るく屈託のない少女らしいものとは異なり、大人びた慈愛に満ちたもの。
ジーブルは自分がするべきことを改めて心に強く思うのであった。




