火竜の巣
朝が近づき、空は明るみを帯びてきたが、繁った森の中は薄暗いまま。
そんな光の少なく道も無い中を進むアミス一行。
沈黙が続き、5人にかき分けられ踏みつけられる草等の音だけが、彼等の耳に聞こえている。
ラスが一度は話を振ってみたはものの、それを止められ、ラスもアミスもタリサも、誰もが改めて話し出すきっかけに困っている様子だった。
ふと、ラスが一つ気になった事が頭に浮かんだ。
ラスは話のきっかけに良いと思い、その疑問を口に出した。
「そう言えば、タリサの体内には相手に感知されてしまう魔法具があるんだよな?」
「……それなら、もう大丈夫だ……」
「大丈夫?」
戦闘を歩いていたリンが振り向き、すぐ後ろの2番目を歩くタリサの顔を見る。
タリサは次の言葉に少し悩んだ。
どう説明するべきだろうと……
「正確には大丈夫なはず……か……」
「どういう事だ?」
ラスが訊ね直す。
「さっき小屋の中で襲い掛かってきた奴の言った言葉が正しければだがな……」
タリサは咄嗟に嘘をついた。
あの場に助力してくれた者が居た事を言う訳にはいかなかったからだ。
ラディやミスティアル以外の助力者が側にいた事を知れば、ラスに余計な疑念を持たせてしまう。
ラスが自分の事を信用していない事は判っている。
アミスの願いを叶える為に直接否定する事はしないだけで、ラス自身は自分が同行する事を快く思っていないだろう事も……
「奴が言うには、小屋の中に結界を作る上で魔法具が帯びている魔力が邪魔だったらしい」
タリサはそう言いながらも、この説明では騙しきれないと思った。
魔法の専門家であるレンが居るというのに、こんな説明で誤魔化せる訳がなかった。
所詮、咄嗟に思いついた嘘なのだから……
「……」
いや、ラスやリンすらも騙す事は出来ていないだろう。
それが判った。
不必要な説明で余計な疑念を与えてしまった自覚はあった。
(どちらにしろ、信用はされていない……)
そんな思いが疑われても良しとしていた。
それよりも、あの場にもう1人居たと思わせたくはなかった。
魔法具の魔力を無力化してくれたエリフェラスの存在を、皆に匂わす訳にはいかなかった。
特にアミスに気付かせる訳には……
「そうか……、理解したよ……」
明らかに疑念の残ったラスの言葉。
その理解したという言葉が何を意味しているのかが、タリサにも直ぐに判る。
タリサがラス達を騙していると理解したのだろうと……
立場上、様々な知識を吸収してきた。
タリサ自身は魔法を使用しないが、それでも最低限の事は学んできた。
それでも、実際に魔法を使用するラス達を納得させる嘘をつけるわけがなかった。
「とりあえずは、場所は特定させる恐れはないという事で良いんだな?」
「ああ、もし追跡されたとしても、余程の事が無い限り見つかる事はないと思う……」
タリサはまた余計な発言をしたかもしれないと思った。
これでもし追跡者に見つかった時に、更に疑われる事になるのではないかと……
だが、タリサの考えでは、見つかる心配はないと思えた。
そもそも追跡に出ている部隊数はそれほど多くないはずだ。
「あとはどうやって、国境を越えるかだ……」
「その心配はいらない……」
タリサの懸念点を否定したのはレンだった。
「? どういう事だ……?」
レンは隊列の最後尾からこれから進む先を指差し言う。
「この先にあるのは山の事は知っているか?」
「この先? ケイヨウ火山だな……」
自分が仕えていた国の事だ。
タリサがその程度の事を判らないはずがなかった。
「ケイヨウ火山?
どんな火山なんだ?」
「ここ十数年は噴火したという記録はないが、休火山という訳でもないはずだ」
タリサが知ってる範囲で説明をする。
「絶対噴火しないとは言わないが、その確率はかなり低いと思うが……」
「レン、どういうことだ?」
一同の視線がレンに集まる。
そんなレンはタリサに視線を向けて訊ねる。
「それしか知らないのか?」
「それしか?」
そう言われて、タリサは少し考える。
そして、一つの情報を思い出す。
「そういえば、ドラゴンの巣があると聞いたな……」
タリサの言葉にレンを除く3人が驚きの表情を浮かべた。
「そう……あそこにはファイアドレイクの巣がある……」
「おいおい、別の意味で大丈夫じゃないだろ、それは……」
ラスの驚きの声に、リンも目を丸くして賛同する。
レンから名前が出たそのモンスターは、たった五人の冒険者で対峙する相手では無かったからだ。
最上級の戦闘力を誇るドラゴン。
そのドラゴンの中でも、火属性のファイアドレイクは気性が荒く、相対すれば只ではすまないだろう。
「巣に近づいて刺激しなければ大丈夫だ」
「随分と簡単に言ってくれるのな……」
実際に戦った事もなければ、見た事もない。
それでも、ラスの知識内の情報で考えれば、巣があるという山にも近づきたくはなかった。
「巣の正確な場所が分かる訳ではないんだろ?」
「ある程度は予想がつくさ……」
レンは簡単に言い続ける。
「……ま、確かに追跡隊を振り切る事はできる……
あの山の中の国境にも、兵は配置されてはいないだろう」
少し考えて、タリサが呟いた。
「それはそうかもしれないが……」
ラスはそう言いながら頭を抑える。
どっちの方がより危険化を考えれば、ラスには得策とは思えなかった。
が……
「ま、逃げることぐらいはできるでしょ?」
リンも賛同するかのようにそう言う。
「おいおい、ファイアドレイクは飛竜だぞ……
どうやって逃げるんだよ」
「どうにでもなるさ……」
又もや、簡単に言い放つレン。
「……」
ラスは何も言えなくなった。
ただ、頭を抑えているだけ。
何を言っても簡単に返されるだけなのだろうと、判ってきたのだ。
「ラスさん……」
「ん?」
気付くとすぐ側で、アミスがラスの顔を見上げていた。
その口元には笑みを浮かべている。
「行きましょう。
どちらにしろ、まともに国境を越えるのは無理でしょうから……」
アミスまで賛同した。
こうなってしまっては、自分だけ反対してもどうにもならないだろう。
どちらにしても、ラスに他の案があるわけではない。
言われて見れば、確かに国境をまともに越えれるわけがないのだ。
(だからといって、ドラゴンの巣に自ら近づく事になるとは……)
「逃げの一手だからな……
間違って戦おうとするなよ」
仕方ないとばかりにそう言うラスに、リンは苦笑いを浮かべる。
「そんな気はないって……
…………ないよね?」
念を押すようにそう言いながらレンに視線を向けるリン。
「そうだな……」
微笑を浮かべながらそう返すレンに、一同は少し不安になる。
それでもリンを先頭に一同は動き出す。
この国から逃げる為に……
そんなアミス達を見つめる二つの瞳。
「ふふっ、漸く見つけましたわ……」
その声が聞こえる距離ではなかった。
それでも、レンやタリサなら気配に気付けるはずの距離。
特に今は充分な警戒心を持っている状態であり、そんな中でも2人の索敵範囲内の相手に気付けていないのは、敵ならば危険な状況だった。
敵ならば……
ファイアドレイクに遭遇しない事を祈りながら進むアミス一行。
だが、レンの除く4人は嫌な予感を感じていた。
最近、余りにも色々な事が起こり過ぎている。
その為、4人はまだ何かが起こるのでは? と、疑心暗鬼になっていた。
そして、その予感が当たったと最初に気付いたのは、先頭を歩くリン。
そのリンがその足を止めた事により、他のメンバーも異変を感じ取り、状況の変化に気付く事が出来た。
リンがいち早く感じ取ったのは精霊力の乱れ。
火山の麓のということもあり、地の精霊と火の精霊の力が強く感じられる中を進んできたが、火の精霊が急に活性化しだしていた。
何か火の精霊魔法が使われたか、それに近い減少が起こっている事が予想できた。
そして、この場で火の精霊が強まる理由として一番最初に浮かんだのは、嫌な予感の内容だった。
「みんな……、予定通り逃げる準備を……」
「いるのか?」
魔法に関しては専門外のタリサが訊ねた。
「……いると思う。
恐らくブレスを吐いてる……」
「よし、避けて行くぞ」
ラスはすぐにそう判断した。
しかし、アミスがふと疑問を口に出した。
「ブレスを吐いてるっと事は、何かと戦っているってこと……?」
「!? ああ、そうかもしれないな」
ラスは特に考えずにそう返し、少し間を置いてからアミスに険しい表情を向けた。
「お前、まさか……」
「誰かが襲われているなら助けないと……」
アミスの性格を考えれば当然の返答だった。
予想通りの返答だったが、ラスは言葉を失う。
「お前、今の状況を少しは考えて……」
と、文句を口に出し始めたが途中で止めた。
今は口論より行動をするべきと考えての事だった。
「逃げを前提としてだな……」
レンがそう言うと全員が無言で頷く。
そして、リンの先導により精霊力の乱れた場所へと向かった。
進むにつれて辺りの空気が熱を帯びていく。
どんどん火の精霊の動きが強まっていくを感じて、先頭を進むリンの足が鈍くなっていく。
熱さのためか、それとも違う原因でなのか、リンの額に汗が滲んでいく。
「みんな警戒して!!」
前方が赤く光った。
その光は辺りに広がっていく。
気付けば、前方の木々が燃え始めている。
「逃げるぞ!!」
ラスが叫ぶ。
一同がすぐに動き出す中、アミスだけ反応が遅れた。
そんなアミスを、タリサが抱え上げて全員で踵を返して逃げの行動に出た。
「待ってください!」
「駄目だ!!」
危険度の高さは、ラスの言葉に躊躇いを持たせなかった。
アミスの言葉に耳を貸して行動を遅らせれば、手遅れになる可能性が高いと判断したからだ。
それでもアミスは叫ぶ。
「誰かいます!」
「何!?」
アミスのその言葉にラスが振り向くと、確かに炎の方向に人影が見えた。
自分達に向かって走ってきている様に見えるが、それほど足が速くないのか、アミスを抱えて走るタリサのスピードに合わせている一行に追いついてくる気配はない。
それでも、真っすぐこちらに向かってきているのは確かだろう。
そして、爆発のように立ち起こる炎。
炎のブレスが再度吐かれたのだろう事は簡単に予想できる。
それでもブレスの射程範囲外にいるのか、後ろの人影が動きを止める事は無かった。
「助けましょう!」
「……」
その考えがラスの頭に無いわけではなかった。
だが、アミスの提案を簡単に飲み込めないのは、それが危険な行動だからだ。
ブレスを吐いているファイアドレイクだと思われる存在自体も勿論危険な相手だったが、それ以上にラスを躊躇わせているのは、炎の逆光によりどんな相手かも確認する事のできない人影だった。
最初は足が遅いだけだと思っていたのだが、走るスピードに変化を持たせても、その差が広がる事もなければ、縮まる事もない。
(やはり、敵か……?)
アミスの性格を把握した上での罠かもしれない
わざとファイアドレイクに襲われて、こちらが助けようとするのを待っているのでは?
そんな考えが頭に浮かぶ。
だが、それにも違和感があった。
ファイアドレイク相手に襲われるように仕向けて、攻撃を受けながらも無事でいる。
しかも、その状況で走る速さを調整する。
どれだけの実力があればできる事なのか?
それだけの実力があれば、そんな小芝居が必要だろうか?
「タリサさん、止まってください」
タリサの足は止まらなかった。
「止まってください……」
止まらない。
「助けなきゃ……」
アミスの言葉は決して強い口調ではない。
「助けさせてください」
それでも、ハッキリとした意思を感じさせるものだった。
そんなアミスの願いは漸く聞き入れられて、タリサはゆっくりと足を止めた。
「お、おい!?」
止まったタリサに気付きラス達も少し進んだ先で立ち止まった。
そして、一同の視線が炎に包まれていたはずの後方に集まる。
気付けば炎が消え去っていた。
突然の事で何が起こったか理解できない一行の視線の先には、1人の女性の背中が見えていた。
それはアミスと大差がない程の小柄な体型の女性の背中。
(何をした?)
どうやって燃えさかっていた炎を消したのか?
ファイアドレイクのブレスによる炎であれば、それは魔力を帯びていて簡単に消せるはずがなかった。
(しかも一瞬で消し去るなんて……)
理解できずに混乱しかけたラスにレンが呟くように言う。
「魔力を感じ取るように見てみろ……」
「?」
ラスは集中して改めて見なおし、そして、気づく。
彼女を守るように4本足で立ちはだかる存在がうすっらと見えてきた。
全身氷で覆われた竜の姿が……




