生きる意味
タリサ・ハールマンとミックス・コトーの戦いに決着がついた時、シェイプチェンジャー同士の戦いは膠着状態にあった。
早くアミス達を助けに行きたい白虎のリンと、時間稼ぎさえできれば良いと思っている獅子のロイ。
焦る一人っきりのリンと、焦る必要が一切無い部下を引き連れているロイ。
どちらが有利かは明らかな状況。
何度か無理やりに強行突破を狙う事を考えたリンだったが、その切っ掛けすらも与えない程、ロイの戦い方や指揮は巧みだった。
外見で実力を判断できないのは判ってはいたが、少年にしか見えないロイを見ていると、そんなに巧みなイメージが出てこなかった。
焦りながらも、無理をせずにチャンスを待つリン。
そして、ロイも無理はしない。
リンを倒して手柄を立てようという気がない。
ただ、小屋の中に入る事を妨害するという命令を遂行するだけだった。
つけ入るスキのない相手にリンは手詰まり状態である。
「無駄な事をせずに大人しくしていればいい」
「そういう訳にはいかないでしょうが……」
リンはムッとして言葉を返す。
挑発とも取れる言葉だったが、何となく本心で言ってると感じていた。
リンは考える。
どうにか出来ないものかと……
心の中で出てくるのは無理という結論。
自分一人ではどうにもできない状況だというものだった。
(それでも……)
リンに諦めるという選択肢は無い。
(絶対に死なせはしない……)
リンは覚悟を決める。
リスク覚悟で、半獣人化して強行突破を狙う事を決めた。
リンは意識を集中させ半獣化のイメージをする。
すると髪の毛がもぞもぞと動き出す。
下から髪をかき分けて姿を見せる虎の耳。
そして、お尻からは白と黒の縞模様の尻尾が顔を出す。
肌が顕わになっている両腕の肌には、目立ちはしないがうっすらと産毛が生えていた。
半獣人化が完了し、リンはゆっくりとヘヴィランスを構える。
「死ぬ気か?」
ロイも両手でハルバードを構え警戒する。
リンのヘヴィランス同様、ロイのその小柄な体躯には似合わない武器だった。
獣の力を使用できるシェイプチェンジャーだからこそ、大型の獣の獣人化ができる2人だからこその武器の選択だった。
半獣人化の長所も短所も把握しているロイは決して油断はしない。
リンもそれを重々承知している。
互いにある程度相手の力の予想はできる。
ここまでの動きを見る限り、身体能力の差は殆ど無いと思っている
あとは技量と、奥の手をどれだけ持っているかにかかっている。
ただ、部下がいるロイと、1人だけのリン。
その差があまりにも大きい差だった。
それが判って上で、リンは勝負に出る。
決死の覚悟で……
絶対にアミスを助けると言う強い覚悟で……
戦闘によるダメージと終わって緊張感が無くなった影響だろう。
タリサはもう一度深い溜息をつくと、足から力が抜けてふらっと倒れかける。
それでも咄嗟に両膝に手を当てて、何とか体のバランスを取って堪えた。
倒れればそのまま気を失いそうだった。
だが、タリサにはその前にやる事があるので倒れる訳にいかなかったのだ。
タリサは辺りを見渡してから、アミスの側に戻り状態を確認する。
呼吸は落ち着いていて問題はなさそうだった。
しかし……
「お前のせいか?」
タリサはエリフェラスに問う。
「何のことだ?」
と、一度恍けるエリフェラスだったが、タリサの真剣な表情とそのダメージを受けて限界に近い程状態なのもあり、直ぐに認めることにした。
「ああ、まだ目を覚まさないように眠り状態を継続させた……」
「小屋内の状態が変わらないのも?」
笑みを浮かべて頷くエリフェラス。
「お前、何を……」
「タリサ……」
質問を仕掛けたタリサの言葉がエリフェラスに遮られた。
そして、逆に問われる。
「これからどうするつもりだ?」
「こ、これから……」
タリサは悩む。
死んでもいい覚悟でアミスを守るつもりだった。
本当に刺し違えて死ぬことが出来ていれば、悩む必要もなかった。
だが生き残ってしまった。
生き延びる意味が浮かばないというのに……
「決まってないなら、アミスと一緒に逃げろ……」
「アミスと……?」
アミスにも誘われはした。
だが、タリサにはそれを受け入れる事はできなかった。
グランデルト王国の国王だったブランキス・フォルド・ライデン。
タリサにとってその王の力になる事が全てだった。
王が目指す理想の国造りの為に、その力になれるように己を磨き続けてきた。
騎士団で実力№3と評されるようになっても、充分な実力を手に入れたとは思っていなかった。
が、少しは力になれている自負が生まれてきていた。
それが何よりの喜びであり、タリサが生きる意味の全てだと思っていた。
信頼できる仲間や部下も出来、徐々に大切なものが増えてきていた。
それが消えてなくなった。
自分にとって全てと言えた王も、共に道を進むはずの仲間も部下ももういない。
タリサには何も残っていない。
生きる意味が残っていない……
「逃げて……」
暫しの沈黙の後、漸く口を開くタリサ。
「逃げて、どうする?」
そうだ、逃げて何をすれと言うのだろう?
タリサの心の中で、やるべきことが決まった様な気がした。
「逃げる意味なんてない……」
「意味がない……?
そこで眠っているアミスを安全な場所に連れて行く……
それにも意味がないのか?」
タリサはハッとして、アミスへと目を向けた。
確かにそれには意味があるかもしれない。
だが、タリサにとってはもっと大事な事があった。
「仲間と合流させれば自分達で逃げれるさ……」
「本当にそうなら、今、ここにいないんじゃないのか?」
エリフェラスの言葉の方が正しかった。
アミスに自分達だけで逃げる気があるなら、彼達は既に充分な安全圏まで逃げているはずだった。
もしも、今ここにアミスを置いて行ったとしても、彼はまたタリサを探して行動するだろう。
それはタリサにも簡単に判る。
「だが、私は王を助けなければならない……」
「無理だ……」
「無理でもやらなければならない!」
「無意味だ……」
「行動に意味があるか決めるのは自分自身だ!!」
「自暴自棄の行動に意味なんて生まれない!」
ずっと冷静に言葉を返していたエリフェラスが、初めて語気を荒げて言い放つ。
そんな初めて見るであろうエリフェラスのそんな様子に、タリサの言葉が止まった。
「考えて行動しろ。
王に散々言われてきた言葉じゃないのか……?」
そう、それは王に言われ続けてきた教え。
「だ、だが……」
王を助けに行きたかった。
無理だと判っていても……
不可能だと判っていても……
「私には王を見捨てる事はできない……」
タリサが一度逃げの一手を選んだのも、体勢を立て直し救出に行くため。
仲間は少なくても、まだチャンスはあると思っていたからだ。
だが、仲間も失った。
もしかしたら……、いや、頼めばアミスなら力を貸してくれるだろう。
だが、それは駄目だと思った。
死への旅路へと彼等を連れて行くわけにはいかなかった。
「だから……」
タリサの瞳に浮かびだす涙。
「頼むから行かせてくれ……」
タリサはエリフェラスに懇願する。
エリフェラスに助けを求めるつもりはなかった。
ただ、止めないで欲しかった。
死出の旅だというのは承知している。
それでも行かせて欲しかった。
そろそろタリサの体も限界が近い。
それでも虚ろになっていく瞳でエリフェラスを見つめ続けていた。
再び生まれる沈黙の時間。
その沈黙も破ったのはエリフェラスの方だった。
呆れ気味の深い溜息を一つついてから言う。
「まだ教えるつもりはなかったんだがな……」
それは諦め気味な口調だった。
僅かに首を傾げるタリサ。
「誰も死んでいないぞ……」
「……………………は?」
一瞬言っている意味が判らなかった。
死んでいない?
誰の事だ?
この話の流れで出てくるのは誰だ?
誰が死んでいないんだ?
「え? 誰が……?」
「お前が大事に思っている人間全てだ」
「え? どういう事だ? エリフェラス、お前は何を言っている?」
混乱するタリサ。
今回のクーデターが起きてから、一番の混乱かもしれなかった。
「シルアもトリッセルもヨネンも……ついでに言うならフレイも死んでいない」
「……」
理解が追い付いていなかった。
「どういう事だ」
「更に言えば、ブランキス王も殺しはしない」
再び固まるタリサ。
理解不能。
タリサにとって喜ぶべき話だったが、素直に受け入れれなかった。
「ど、どういうことだ?」
「ん~……、そう訊かれてもどう答えていいか……」
ハッキリとしない物言いのエリフェラスに、タリサは単刀直入に訊ねる。
「やつらに入った報告は何だったんだ?
いや、それより王を殺さない?
クーデター起こして権力を奪っておいて、元の王を生かすだと……」
タリサはあり得ないと思った。
クーデターを起こしたゼオル・ラーガがどれだけの下準備をしてきたかは、タリサには判りはしない。
だが、どんなに準備万端だったとしても、旧権力者を残しておくなんて、争いの火種を残すだけで何のメリットがない。
強い野心を持った別の者が、権力を乗っ取る為の神輿と利用するかもしれない。
それは大きなリスクであり、それが判らずに権力を奪ったわけではないだろう。
王だけではなく、王の肉親たちは勿論宰相などの側近達もその家族も処刑対象となると思っていた。
それ程、冷酷な対処が出来なければ、クーデターなんて成功しないだろう。
故に、タリサは絶望していたのだ。
ただ、王は公開処刑の対象として、直ぐには殺されないだろう。
だからこそ、一度逃げてから態勢を立て直し、救出に向かうという作戦を考えていたのだ。
成功するとは思ってなくても、やらねばならない事だったのだ。
「エリス……、そんな適当な事を言って、それで私がどうにかなるとでも思っているのか?
私が団長に……、いや、反逆者ゼオルに仕えると思っているのか?」
エリフェラスは肩を竦めて言葉を返す。
「そんな事は考えてないさ……
ただ、事実を述べただけだ」
(ありえない、ありえない……、私は騙されはしない……)
「タリサ……難しく考えるな……」
「……」
「別に俺達に力を貸せとは言わない。
ただ、俺は……」
エリフェラスは真っすぐとタリサの目を見つめながら言う。
「お前に生きて欲しいだけだ……」
「……その為なら、いくらでも嘘をつくと?」
エリフェラスは笑みを浮かべて頷く。
「嘘は言ってないがな……」
「……では、今どこにいるというんだ?
どうやってみんな助かったというんだ?
王は……、みんなは……、どこに?」
タリサは身体を振るわせて問う。
信じたいが、信じる事が出来ないエリフェラスの言葉。
それが本当だと願いながらも、普通に考えれば信じることができない。
「エリフェラス、本当の事を言え。
誤魔化すな。
どんな酷い事実も受け入れる。
だから、変な期待をさせないでくれ」
タリサの心は乱れきっていた。
常に冷静に、冷酷な決断を出来た闇氷河将軍の姿はもうなかった。
アミスの影響なのか、それとも仲間を失った事で被っていた仮面が剝がされたのか……
そんなタリサの姿に、エリフェラスは大きな溜息をつく。
「やはり、お前には無理があったんだよ……」
「……?」
「将軍なんて立場はな……」
タリサ自身も痛感していた。
時には冷たい判断をしなければならない時もある。
当然、全ての部下を守れるわけがない事も判っていた。
だからこそ、常に冷静で冷酷な将軍として職務達成を優先に考える様にしてきた。
だが、直接的な接点のない兵の死に簡単に心に傷をつけ、敵の事情に流されて心を乱される。
弱く甘い自分を、一番騙してきたのは自分自身だった。
「だから、お前はアミスと共に生きろ……」
「!? アミスと……?」
「今までの努力はその為にだったと思え」
「アミスの為の努力……」
タリサは唖然としてしまった。
思考が一瞬止まり、そして、新たな可能性が頭に浮かびだす。
「別に俺の言葉を信じろとは言わない。
だが、アミスの事は信じれないか?
お前と一緒で、甘すぎるアミスなら信じれるんじゃないのか……」
「だが……」
「王や国、お前の部下達の事は俺に任せておけ。
彼等を生かすのは、俺の願いでもあるからな……」
少し冷静さを取り戻したタリサは、エリフェラスのその物言いに反応する。
「……本当に生きているのか?」
誤魔化しているような言い方ではない事に気付いたのだ。
「ああ、ま、これからどうするかはあいつ等しだいだが、俺が面倒みる事で話はついている」
「話? 誰とのだ?」
「ん? 団長……ゼオル・ラーガとだよ」
「……」
相変わらず理解ができる話ではなかった。
彼等に何のメリットがあるかわからなかったからだ。
「何故だ?
何故、団長が……」
「俺の陣営の強化の為だよ」
「お前の?」
嘘の感じないエリフェラスの説明は続く。
「あのジジイの勢力が大きすぎるんだよ。今のままだとな……」
「副団長の勢力か?」
「ああ、そして、あのジジイは野心が強すぎる。
今は絶妙なバランスで成り立ってる関係だが、何を切っ掛けで裏切るか判らない奴だ」
それはタリサにも納得できる話だった。
タリサも常に副団長モルデリドの事は警戒していたからだ。
「もしもの時にそれを止める為の戦力を欲しかったんだよ。
お前には悪いと思うが、今回はそのチャンスだと思った」
「お前……」
「あ、感じ違いするなよ。
もし、逃げる事に成功すれば、それはそれで良かったんだ」
「……」
疑いの目を向けるタリサ。
「だが、今回向けられた追撃部隊の編成を見る限り、逃げるのは無理だと思ってな……」
「編成?」
「シルア達に向けられたのは、ビラクと……剣鬼将軍」
「なに!?」
思ってもいない名前だった。
剣鬼将軍ミフネ・バルバトスが追撃任務を受けるとは思ってもいなかった。
その前のアミス逃走時の待ち伏せ任務にすら苦い顔を見せていた性格なのだ。
故に、今回の追撃任務には絶対に参加しないと思っていたのだ。
万が一来たとしても、タリサ自身を追撃する部隊だろうと……
「意外だろ?
なんでも、トリッセルに興味があったらしい……」
「……そうか、トリッセルの師匠が、ミフネさんの……」
「お? 知っていたのか?」
「まあな、一応、トリッセルの上司だからな……」
タリサは得心がいった。
そして、逆に理解できない事が生まれる
「どうやって、ミフネさんを?」
剣鬼将軍ミフネ・バルバトスの実力は充分に知識としてある。
そして、何にも縛られない性格の事も……
納得いかない事には、団長だったゼオルや副団長のモルデリドの言葉にも従う事がない男だった。
タリサはそう認識していた。
倒すしかない……
誰が?
「お前が倒したのか?」
「そんなわけないだろ……、今回、俺は誰とも戦ってはいない。
それがゼオルとの約束だからな」
「約束……?」
タリサが訝しげな表情で訊き返したが、それにはエリフェラスは何も返さない。
直ぐにそれを理解して、タリサは別の問いに変える。
「では誰が、どうやって?」
「フレイだよ……」
「フレイ?」
王の間への通路を守る親衛隊隊長フレイディア・プランジェール。
結界を利用した守備に関してであれば、誰も勝てる者はいない。
それは国に関わる者なら誰もが知る所。
「だが、ミフネさんを退けれる結界を張るなんて……」
「それはあいつを過小評価しているな……」
「え?」
「……なんてな」
エリフェラスは苦笑いを浮かべた。
「俺もあいつの事を過小評価していたよ」
「どういうことだ?」
「あいつも剣鬼将軍レベルの化け物ってことだよ」
タリサは素直に驚きの表情を見せていた。
結界を生かしてこその守りの達人だと思っていた。
親友と思ってきた、互いに何でも知り尽くした仲だと思ってきた彼女の実力の高さに、自分の目の不確かさを痛感させられていた。
「ま、それでもフレイの実力だけではどうにもならなかったかもしれないがな……」
「? 他に誰かが?」
「いや、そう言う事じゃない。
シルア、トリッセル、ヨネン
夫々を追撃していた連中が、夫々のその命を惜しんでくれたってことだ……」
「どういうことだ?」
タリサはもう訊ねる事しかできなくなっていた。
予想外の事ばかりで思考が追い付いていなかった。
そんなタリサに対して、エリフェラスは素直に説明する。
本来なら急がなければならない状況ではあったが、それでもエリフェラスは時間をかけてでも説明する事を選んだ。
タリサを納得させるために……
タリサを生かすために……
そして、エリフェラスのもう一つの願いの為に……
登場人物紹介
◎タリサ・ハールマン
元暗黒騎士団の闇氷河将軍
現在逃走中
◎エリフェラス
暗黒騎士団の一員
知衛将軍の二つ名を持つ
◎リン・トウロン
アミスの仲間のシェイプチェンジャーの娘
アミスを助ける為に、戦闘中
◎ロイ
リンと交戦中の獅子のシェイプチェンジャーの少年




