ゆずれない思い
登場人物紹介
◎アミス・アルリア
15歳 男性 魔導士
本作主人公。
聖獣使役に特別な才能を持ち、現在は5体の聖獣と契約済み
◎タリサ・ハールマン
19歳 女性 暗黒騎士
グランデルト王国の女将軍。
現在は国を追われて逃走中。
◎リン・トウロン
19歳 女性 精霊戦士
白虎のシェイプチェンジャー。
アミスと共に行動中。
◎コンスタン・バーム
雷炎将軍の称号を持つグランデルト王国の将軍。
タリサ追跡部隊の一員。
◎クエルス
知衛将軍配下のハーフエルフの少年。
◎ルーメル
知衛将軍配下のハーフエルフの少女。
先程まで薄かった雲が厚みを増し、完全に月を覆い隠していた。
光源を失った森の中を通る川沿いは、魔法で作られた灯りが無いと進むことができないほどの暗さだ。
【 飛行 】の魔法で川沿いを進むコンスタン・バームとその部下達。
コンスタンの側にいる部下は5名。
この追跡隊には、総勢20名の直属の部下を連れてきていたが、スピードを求められている今の状況下での【 飛行 】による追跡についてこれるのは5名しかいなかった。
残りの者達もできるだけの速度で追ってきているが、既にかなりの差がついていた。
「バーム将軍……」
「なんだ?」
「もう少し速度を落としても良いのでは?」
コンスタンのすぐ右側を進む部下が提言するが……
「今の速度でも足りぬ。
我々でも激流の流れについていけていないのだ」
「だからこそです。
無駄に魔法力を消費してるだけでは……」
「……」
コンスタンにもそれは判っていた。
しかし、前回の任務だったアミス・アルリア逃亡を防ぐ任務に失敗した彼は、少し焦っていたのかもしれない。
今回も階級的には自分がタリサ追跡の指揮をとる立場だったはず。
だが、実際に指揮を委ねられたのはまだ将軍になっていないリグス・キャンベル。
弱体化の魔法を使えると理由もあったが、それでも格上であるはずの自分が格下の者の下で任務に就くことが納得いかずに、それが彼を焦らせていた。
リグスの指揮下で逃亡を許した今の状況は、逆に彼にとってチャンスだった。
そのチャンスを活かす為に、彼はリグスを見捨てた。
コンスタンは気づいたのだ。
ダークエルフの魔術師が、弱体化の魔法が効果を失う僅かな瞬間を逃す相手ではないと……
故に、魔法の触媒だったタリサが滝壺に消えた瞬間、コンスタンは直ぐに行動を起こした。
恐らくあの場に残ったリグスの命はないだろう。
そして、このまま逃亡を許せば、連続の任務失敗の責任を取らなければならない。
それを防ぐためには、なんとしてもタリサ・ハールマンの死体を持ち帰らなければならなかった。
(大丈夫だ……、この激流に飲まれたのだ……)
只ですむわけがない。
例え助かったとしても、代償は大きくまともに戦える力は残っていない。
それがコンスタンの考えだった。
だから、多少無理して魔法力を消費したとしても、どうにでもなる。
何よりも優先すべきは、タリサ達が逃げ切る前に追いつく事だ。
その考え自体は間違いではなかったのかもしれない。
ただ、彼は判っていなかった。
いや、見落としていたと言うべきだろう。
今追跡している対象である、タリサ、アミス、リンの三人以外にも気をつけなければならない相手がいる事を……
傾斜が緩やかになり、川の流れも静かなものとなっていた。
ここまで、川から上がった形跡は無かった。
急ぎながらも、見落としは無い自信はあった。
更に慎重に観察を続けながら進む。
そして……
「!?」
彼は気づいた。
森の中にある気配に……
黙って気配の方向へと目を向ける。
その様子に部下達も気づき、同様に目を向けた。
暫しの間が空き、静かな川の流れの音だけが聞こえていたその場に、草の中を足を進める音が聞こえだし、そこに2人の人物が姿を見せた。
「お前達は……」
コンスタンも知っている顔だった。
そしてそれは思ってもいなかった顔。
耳の尖った2人の若者。
知衛将軍支配下の2人のハーフエルフだった。
「クエルスと……ルーメルだったか……?」
クエルスが静かに頷く。
その様子はとても落ち着いたものだったが、横に立つルーメルはキッとコンスタンの事を睨みつけていた。
コンスタンはその視線を疑問に思っていた。
彼女とはまともに会話した記憶が無い。
特別恨まれる理由が浮かばなかった。
(そう言えば、少し前までタリサの支配下にいたか……)
コンスタンは、ルーメルがタリサの下を離れた理由をしっかりと聞いてはいなかった。
(元主の事を思ってか……?)
それしか睨まれる理由が浮かばずにそう結論付けた。
(ま、どちらにしろ関係ないがな……)
邪魔するのであれば倒せばいい。
寧ろ、主である副団長モルデリドと争っている知衛将軍の地位を貶めるチャンスと思えた。
心の中で、更なるチャンスが勝手にやってきたと思えてきた。
コンスタンは静かに2人の実力を見定めようとした。
今、感じられる魔力を見るに、特段脅威となる相手とは思えない。
自身が【 飛行 】の魔法で魔法力を消費している事を鑑みても、問題ない相手だろう。
こちらには優秀な部下が5名いる。
もう少しすれば、他の者達も駆けつけてくるだろう。
自分の優位性を自覚したコンスタンは、できるだけ早くにタリサ達の探索を再開させるために、早急に決着をつける事にした。
「邪魔をするつもりだと、思っていいな?」
そう言うと、コンスタンは魔法の詠唱を始める。
5人の部下達もそれぞれするべき行動に出る。
「邪魔なんて……」
静かに無表情だったクエルスは、不意に笑みを浮かべて口を開く。
「ただ、貴方には死んでもらうだけですよ……」
余裕を感じさせる物言いに、コンスタンは訝しげな表情を浮かべるが、気にしても意味がないと魔法の準備を完了させた。
「死ぬのは貴様だ……」
笑みを浮かべ、コンスタンは【 雷撃 】の魔法を放つ。
魔法力を消費している事が、最初の魔法のランクを下げさせた。
それでも問題ないと言う油断。
それは戦闘力が未知の相手に対してあってはならないものだった。
相手を下に見る性格は、一回の失敗では治らなかった。
アミス逃走を許した原因をしっかりと理解していれば変わったかもしれない。
が、そう簡単に人の性格は変わらなかった。
彼にとって変わるべき時期だったにも拘わらず……
目を覚まし、視界に映る見慣れない天井。
状況が理解できずに、何があったか思い出そうとする。
暫しの思考で思い出し、体を起こし慌てて辺りを見渡すタリサ・ハールマン。
「あ、良かった……、目を覚まして……」
安堵した声。
タリサは優しげなその声へと目を向けた。
その目に映るのは、声と同じで優しげな笑みを浮かべているアミス・アルリアの姿。
もう一つ聞こえた安堵の溜息が聞こえた方向にはリン・トウロンが立っていた。
「ど、どういうこと……?」
死んだはずだった。
助かる訳が無かった。
意識を遮断して落ちていたタリサは、アミスが自分と一緒に滝壺に落ちた事すら判っていなかった。
故に、どうやれば自分を助ける事ができるのか予想がつかなかった。
「アミスに感謝しなさいよ。
アミスが貴女を抱きかかえながら一緒に飛び込んでなかったら、助けようがなかったからね」
「い、一緒に?」
タリサは理解に苦しむ。
「いえ、リンさんが追ってきてくれなかったら、川から上がる事が出来ませんでした。
本当に助かりました。
ありがとうござ……」
「何をやってるんだ……?」
「え?」
「何でそんな危険なこと……
いや、何であの場に残らなかった?
2人も抜けて、リグスを倒すチャンスを逃す事に……」
あの危機的状況を打破するために、自身は犠牲になることを選んだはずなのに、何故それを捨ててまで自分を助けようとしたのか?
アミスのその行動に納得いかないタリサ。
だが、冷静に考えれば、危険を冒してまで敵だった自分を助けに来たアミスが、あの場で見捨てるわけがないのは判っていた。
だからこそ、突き放し、助けに来れない様にしたはずだった。
(それなのに、何故? しかも……)
タリサはリンに視線を向ける。
突き放して距離を取ったと言っても、アミスのいた場所であればギリギリ間に合う事は想像できた。
しかし、リンまで追いかけて来れるとは思っていなかった。
それ以前に危険を冒してまで追いかけてくるとも思ってなかった。
「……無意味な事を……」
タリサは2人から目を逸らすと、そう口にした。
「無意味って、どういう……?」
タリサの言葉に先にリアクションを返したのはリン。
それに対して、タリサは冷たい視線を向けながら答える。
「そうだろ?
今回のお前達の行動に何の意味がある?」
「それは、タリサさんを見捨てる事ができなかったから……」
「そんな偽善を押し付けられてもな……」
「偽善……?」
タリサは、敢えて突き放す言葉を選んでいた。
これ以上、自分に関わらせる訳にはいかない。
まだ追跡部隊が来る可能性がある状況だ。
この国にいる限り、自分の体内に埋め込まれた魔法具により、場所が特定され易い。
逆を言えば、自分が側にいなければ、アミス達が国外まで逃げ切るのはそうは難しくないだろう。
国境を越えなければならないリスクはあっても、国境沿いに広大な森等が多いので、時間をかければどうにでもなる。
自分さえいなければ……
「本気で言ってるのか?」
リンがタリサに近づきながら訊ねる。
それに対して、タリサはできるだけ冷たく返す。
「お前はそうは思わないのか?」
「思わない!」
きっぱりと言い切るリンと、それにすら感情を見せないように冷たく見つめるタリサ。
「あんただって、アミスの優しさに散々に触れてきたはずだ。それを偽善と感じてきたのか?」
「ああ……」
偽善とは思ってはいない。
偽善で、ここまではできない。
タリサもそう思っている。
しかし、受け入れる訳にはいかない。
飽くまでも冷たく返さなければならないのだ。
「偽善でしかないな……、いや、本人にそのつもりはないかもしれないが、それはまだアミスが何も判ってないからだ……」
「な……」
「リン、あんたは本当に、私を助ける事に意味があると思っているのか?」
「意味? そんなの……」
言葉を返そうとしたリンが言葉を詰まらせる。
タリサの視線がどんどん冷たさを増してるからだ。
殺気すら感じさせるそれは、暗黒騎士団の幹部らしい恐ろしさを現しているようだった。
戦闘中でなら感じた経験のあるその殺気も、このような状況下で敵と認識してない者から向けられて、リンの動きも止まってしまう。
「それでも……」
2人の言葉のやり取りが止まり、そこでアミスが口を開く。
「僕は、タリサさんを助けたい……、そう思っただけです……」
「……」
「……」
ただ、自分の気持ちを口にしただけ……
何を言えばタリサに納得してもらえるか判らなかった。
「タリサさんの力になりたいと思っただけ……」
アミスの言葉も止まる。
そんなアミスの横にリンは移動し、その頭をそっと抱きしめた。
(そんな悲しそうな顔しちゃ駄目だよ……)
リンはアミスを守りたかった。
それは物理的な意味だけでは無い。
物理的に守る事だけを考えるなら、タリサの救出なんて事を賛同していない。
今だって、目の前にいるタリサをぶん殴って、アミスと一緒にこの場を後にするだけだ。
だが、リンは心の中まで守りたかった。
悲しい顔ではなく、笑顔をいっぱい見ていたかった。
きっと、無理やりにアミスを止め、結果タリサを死なせてしまったら、アミスは心の底から笑えなくなってしまうのでは? と、思えた。
結果助けれないかもしれない。
だが、行動して起こした結果と、起こさずに起きた結果では、アミスの心に負う傷の大きさは天と地ほどの差があるだろう。
だから、リンも共にタリサを助ける道を選んだのだ。
だが、タリサはアミスを拒絶する。
しかも、心に傷をつけるように……
(偽善? 助ける意味? そんなの関係ないんだよ)
リンが意を決してタリサに言葉を投げつけようとしたその時だった。
「判った……」
タリサが静かに口を開く。
何を判ったのだろう?
アミスとリンが揃ってタリサの顔を見つめる。
「1つだけ、お前が私を助ける方法がある……」
「え?」
「1つだけ?」
共に逃げれば良いだけだろう……
リンはそう思った。
アミスもタリサの言いたい言葉の予想がつかずに、首を傾げながらタリサの言葉を待った。
「お前の頸をくれ……」
「え?」
予想外過ぎる言葉に、アミスもリンも言葉を詰まらせるしかなかった。
「お前の頸を手土産にすれば、副団長が受け入れてくれるだろう……」
「あんた、本気で言ってるの?」
リンがタリサを睨みつけながら訊ねた。
「本気だが?」
笑みも見せる事もなく、タリサはそう返す。
冷たく真剣な表情で……
(奴なら絶対に受け入れはしないだろうがな……)
タリサが言ってる事は嘘である。
騎士団に所属する者なら、全員が判る事だ。
一度敵対関係になった者を、一度裏切った者を許すほど、真権皇騎士団副団長モルデリドという人物は甘い性格をしていない事は……
黙ってタリサを睨みつけるリン。
タリサの言葉が本心かを、その言葉の真意を探ろうとタリサの瞳を覗き込むように睨みつける。
タリサも探られまいと真剣な表情のままリンの瞳をジッと睨み返す。
2人の睨み合いが少しの間続いたが、それを止めたのはアミスの言葉だった。
「タリサさん、僕も死ぬわけにはいかないです……」
「だろうな……」
そんな当たり前の答えを口にするのにどれだけ時間をかけているのか?
タリサは心の中で少し呆れた。
「アミス、あんな提案を真面に捉える必要はないよ」
リンはアミスを庇うようその前に出る。
タリサ自身に危険はないとは思うが、万が一に備えてだった。
そんなリンの警戒心を見て取れたタリサは、自身の装備を確認する。
濡れた服を乾きやすくするためだろう。
鎧は脱がされており、部屋の隅に置かれている事に気付いた。
そして、予備武器の短剣も……
だが、主武器である魔法剣見当たらなかった。
(隠されたか?)
と一瞬だけ考えたが、直ぐに、
(いや、激流に流されたのだろうな……)
タリサは冷静になって考える。
これからどうするべきか、まずはフェミリアーネとの合流。
問題はその後どうするかだ。
何をするにしても主武器を失ったのは痛かった。
(何をするにしても……? 今更何ができると言うんだ……)
冷静になった事で、自分の置かれた状況を思い出す。
意識がアミス達をどうするかに寄っていたが、そんなことを気にする状況ではなかった。
シルア・トリッセル・ヨネンは討ち取られ、残っている部下はフェミリアーネのみ。
武器も失い、逃げるにしても相手には簡単に自分の居場所がばれてしまう。
もうすでにお手上げの状況と言っていい。
(いや、元々逃げれる訳がなかったか……)
やはり、部下を巻き込むべきでは無かった。
自分1人で王を助けるべく特攻するべきだったのだ。
そうすれば犠牲は自分一人ですんだのだ。
強い後悔の念がタリサを襲う。
「リンさん……」
アミスの言葉に名を呼ばれたリンだけでなく、タリサもびくりと反応する。
「タリサさんと二人きりにしてもらって良いですか?」
「? 何言って……」
「お願いします……」
アミスはいつものように優しげな笑みを浮かべてリンにお願いをする。
そんなアミスの瞳をじっと見つめるリン。
優しく気弱で押しに弱そうなアミス。
周囲に気を配り、一歩引いた立場にいる事が多いアミスだったが、芯の部分では頑固で、こうと決めた事からは決して引き下がる事はない。
まだそんなに長い付き合いではないリンだったが、そういう性格なのは既に実感していた。
「ふぅ……」
深く溜息を一つつくと、リンはアミスに向かって笑顔を見せた。
了承してくれたと気づいたアミスも、リンに対して笑顔を返す。
「何かあったらすぐに呼ぶんだぞ」
と、アミスの頭を優しく撫でるリン。
そして、小屋から出る為に出口へと向かった。
「おい、本当に良いのか?」
タリサが声を掛けるとリンは一度立ち止まるが、一瞬笑みを向けただけで直ぐに出口から外へと出ていった。
アミスと2人残されたタリサは、少し唖然とした表情でアミスに目を向ける。
そんなタリサにアミスは笑みで返した。
「タリサさん……」
その瞳はいつもと変わらず濁りの無いもの。
そのアミスの純粋さを現す瞳は、今のタリサにとっては眩し過ぎるものだった。
既に生きる目標を失い、いつ死んでもいいという思い。
そして、せめて今生き残っているフェミリアーネとアミス達には生き延びて欲しいという思い。
残っているタリサの望みはその二つだけ。
「タリサさん、今はそんなに難しく考えないでください」
「アミス……」
「今は、皆で逃げのびる事を優先にしましょう。
もう少ししたらラスさん達も合流します。
それから安全な場所まで逃げて、その後の事はそれからです」
タリサにもそれが一番正しい行動なのは判る。
だが、素直に受け入れられない自分が居る。
アミスに甘える訳にはいかないと考えている自分が居た。
「ラス達は本当にここに現れるのか?」
「え?」
タリサはアミスを受け入れない為に、敢えて厳しい考えで言葉を出す。
「お前達2人が抜けた状態で、あの場を切り抜ける事ができたと本当に思っているのか?」
厳しい考えだが、実際に厳しい状況だったはずだ。
アミスとリンは、あの場に残るべきだったのだ。
生きる望みを失った自分を助けるよりも、それが良かったはずなのだ。
「大丈夫です。
レンさんが何とかしてくれてるはずです。
僕は信じて待つだけです」
「信じて……、どれだけお前は甘いんだ……
お前はそのままでは駄目だ。
その考え方を改めないと、長くは生きられないぞ……」
タリサの厳しい意見にも、アミスの笑顔は崩れなかった。
「そうかもしれません……
でも、これが僕ですから……
自分には嘘をつきたくありません」
(甘すぎる……、誰かが止めないと、本当に早死にしてしまう……)
その『誰か』にならなければならないのが、ラスやリンのはずだった。
だが、2人にはアミスを止める事が出来ていない。
タリサはラスならばと思っていたのだが……
(思ったより甘い性格だったか……)
ふとシビアな評価がタリサの頭を過ったが、同時に仕方ないという思いも浮かんではいた。
「アミス……」
「……はい」
「ラス達が戻ってきたら、お前達だけで逃げろ……」
「!? それは駄目です!」
「お前達だけなら確実に逃げる事が出来る」
タリサの言っている事には間違いない。
追跡部隊はまずは探知魔法で場所を把握できるタリサやフェミリアーネを追いかける。
クーデター直後の混乱の中、充分な数の追跡部隊を遠距離まで出すことはしないだろう。
つまり、タリサが捕まらない限りは、アミス達へ兵を向けられる数は高が知れている。
「それだと……」
タリサ達は間違いなく逃げ切れないだろう。
部下達が合流できていれば、状況は変わっていたかもしれない。
元々の逃走作戦もそう簡単に上手くいくとは思ってはいなかった。
だが、1人も合流できないとも思ってもいなかった。
もしアミス達が来なければ、おそらくは自分自身も……
(そう、元々死んでいた身だ……)
「私は戻らなければならない。
その為にその頸を利用されたくなければ、お前達だけで逃げろ」
再び目つきを鋭くして言い放つ。
「私には逃げる気は無い……、いや、無くなったと言うべきか……」
「なぜ……?」
「なぜ? 私に残っているのは、もう復讐しかない。
あるいは全員で逃げきれていれば、別の目標も生まれていただろう。
だが、私にはもう何も残っていない。
それならこの命を擲ってでも奴等を……」
一瞬浮かべた悲しげな表情を消し、真剣な表情へと変える。
「それが犠牲になったあいつらの為に出来るただ一つの事……」
そう言うタリサは、徐々に冷静さを失っていく。
悲しみと怒りの感情を顕わにして、抑えきれなくなってきていた。
どんどんと奴等への復讐心が湧き上がってくる。
(そうか、そうすれば良かったんだ……、悩む必要なんて……)
「それは……」
「?」
アミスの言葉に反応して目を移すと、アミスは肩を震わせている。
タリサはアミスの言葉を待った。
「間違ってます……」
「なに?」
「タリサさんのその考え方は間違っています!」
アミスは珍しく眉を吊り上げて大声でそう言った。
「命を捨てて復讐をする?
それを犠牲になったお仲間が願っていると?
本気でそうおもっているんですか?」
「……」
「そんな事願ってない。
きっと、タリサさんのお仲間はそんな事を願っていない……、いるわけがない!」
アミスの表情に僅かに気圧されるタリサ。
「お前に何が判る……?」
それでもタリサは言葉を返した。
「私達の事を、お前に何が判る!!」
「判ります!!」
直ぐに返ってくる反論に、タリサは黙ってしまう。
「本当はタリサさんも判っているはずです。
お仲間の皆さんが何を願っているか……」
「願っていること……?」
「皆さんは、タリサさんを助ける為、タリサさんを生き残らせる為に、戦ったんじゃないです か?」
アミスのその言葉は正しい。
そして、それはタリサも判っている事。
誰よりも部下達の事を把握している自覚はあり、彼女達が自分を守ることを最優先にしていたのは判り切った事だった。
アミスの言葉に心が揺れる。
アミスの純粋で綺麗な瞳が、優しい声が、タリサに心を揺さぶる。
だが、タリサは認める訳にはいかなかった。
アミス達を巻き込まない為に……
だが、一瞬の迷いは生まれていた。
その為、意識の全てがアミスに向けられていた。
それはアミスも同じだった。
タリサを説得する為に、一切にタリサから目を逸らしはしない。
故に反応が遅れてしまった。
「!?」
先に気付いたのはタリサだった。
アミスの後方に生まれた収束された魔力。
殺気を帯びたその魔力は、タリサが反応するより早くに放たれる。
アミスの背後に向かって……




