触媒
登場人物紹介
◎アミス・アルリア
15歳 男性 魔導士
本作の主人公
タリサを助けるために仲間と共に駆けつける。
◎タリサ・ハールマン
19歳 女性 暗黒騎士
グランデルト王国、真権皇騎士団の将軍の1人で、闇氷河将軍の二つ名を持つ女騎士。
ゼオル・ラーガのクーデターにより、追われる身となり、逃走中。
◎ラス・アラーグェ
21歳 男性 魔法戦士
魔法生物化している元ハーフエルフ。
アミスと共に行動中。
◎リン・トウロン
19歳 女性 精霊戦士
白虎と人型、二つの姿を持つシェイプチェンジャー。
アミスと共に行動中。
◎レン
? 女性 魔導士
高レベルな魔法を使いこなすダークエルフ。
アミスを助け、そのまま行動を共にしている。
◎フェミリアーネ・ギフト
17歳 女性 魔法戦士
闇氷河将軍側近の1人。
まだ若く騎士になりたてだが、その素質は誰からも評価されている。
◎リグス・キャンベル
将軍の位に近いと評される魔法戦士。
弱体化の結界の使用者。
◎コンスタン・バーム
雷炎将軍の二つ名を持つ将軍で、アミスの使い魔ティスに直接手をくだした男。
断崖絶壁から大量の水が流れ落ちる。
全てを飲み込む勢いのその激しい流れは、如何なる生物も生きる事を許さないのではと思わせる程凄まじいものだ。
そんな激流の滝を背にしているのが、アミス・アルリアとタリサ・ハールマンの2人。
一歩足を踏み外せば、弱体化の術で魔力も身体能力も下がっているアミス達が助かるのは難しいだろう。
そんな場にあっても2人は落ち着いていた。
逆にタリサから分断されて、離れた場所にいるフェミリアーネの方は冷静さを持てずにいた。
すぐに主であるタリサの元へと駆け寄りたいが、この中で最も実力の劣る彼女が切り開ける程、簡単な状況下ではない。
既に仲間達は討ち取られたと知らされ、ここで主であるタリサまで失えば自分には何も残らない。
それが彼女を焦らせる。
自身の実力不足がもどかしい。
自分の代わりにここに他の仲間達が居ればと思わずにいれなかった。
しかし、ここに居ない、しかも既にこの世に居ないかもしれない仲間を頼る事はできない。
不安な目がタリサに向けられる。
視線に気づき見つめ返すタリサにも、感じ取れるほど冷静でない事が判る。
それが判っていながらも、タリサは既に決めている事を実行するだけだった。
アミスやラス達が、彼女の事を何とかしてくれることを信じて……
「レン……」
互いにしか聞こえないような小さな声で、ラスがレンの名を呼んだ。
返事を返さずに視線だけを向けるレン。
「どうにかする魔法は無いのか?」
「……無いな、現段階では……」
「そうか……」
この中で最も魔法に詳しく多くの魔法を所持しているのは、長命であるダークエルフの魔術師であるレンなのは間違いない。
故にラスはレンに訊ねた。
答えは否定。
だが、レンが言葉を続ける。
「奴の使っている弱体化の術は、古代魔法の一種だ」
「古代魔法?」
「本来なら奴如きの魔力で使いこなせるものではない」
レンの辛辣な言葉。
それはリグスの耳にも聞こえていたようで、チラッと一瞬だけ視線を向けていた。
しかし、挑発と判断して無視をする。
だが、レン自身には挑発のつもりは無かった。
ただ、思った事を口にしただけ……
「何らかの触媒を使っているのは確実だ。
その触媒を取り除けば維持はできないだろうな……」
「そうか……、その触媒の予想は……?」
ラスの問に、レンは直ぐに返さなかった。
少しの間を置いてから……
「相当な魔力を帯びているもののはずだ。
だが、この場にそんなものがあるように感じない」
「他の場所で術を使っているからでは……?」
「それではここまでの効果は生まれない……」
どこかに触媒があるはずと、この魔法に気付いてからすぐに探していたのだが、見つける事が出来ていなかった。
挑発目的では無かったが、自分の言葉がリグスの耳に聞こえる様にはした。
風の精霊の力を借りて……
触媒の場所を知るきっかけにならないかと、僅かに期待して……
「それ以外に方法は……?」
「無いな……」
方法があるなら既に動いていると言いたかったが、語気を荒げそうだったので我慢した。
レンはふとアミスへと視線を向けた。
真剣な表情でリグス達に集中しているアミスはその視線に気づかなかったが、代わりにその側にいるタリサと視線があった。
「……?」
その視線が何かを伝えようとしているように見えた。
(私の声が聞こえているのか?)
レンが風の精霊の力を借りて、声を聞こえるようにした相手はリグスだけだった。
だから聞こえているわけがないとレンは思う。
が、実際はタリサにはレンとラスの会話が聞こえていた。
何をするにしても情報は大事であると教わってきた。
その為にできるだけ情報を手に入れやすいように、聞き耳の為の魔法品を所持していた。
レンとラスが小声で話しているのに気づき、その道具を起動させていたのだ。
(触媒か……)
タリサはその触媒の予想がついた。
それをレンに伝えれば状況が打破できるかもしれないと思った。
しかし、声を出して伝えていいものかという思いがある。
(いや、自分で消せばいいだけか……? いや、しかし……)
タリサにはほぼ間違いは無いと言う思いはあったが、確証が無い。
タリサには、その触媒を消すための方法が一つしか浮かんでいなかった。
それは余りにもリスクの高い方法。
「アミス……」
「? はい……」
タリサはアミス経由で何とかならないかと、声を掛ける。
しかし、リグス達に気付かれないようにどうするか……
「何とかする方法は無いか?」
「え? あ、はい……」
「?」
アミスの反応に違和感を感じるタリサ。
タリサにはアミスが何か戸惑っているように感じていた。
「お前、まさか……」
ふと、戸惑いの原因が思い辺り、タリサはアミスに問う。
「判っているのか?」
「え? 何を……ですか?」
戸惑いを顕わにするアミスの返しに、タリサは確信した。
アミスが気づいている事を……
弱体化の魔法を破る方法を判っている。
だが、それに気づいているだけで戸惑う訳が無い。
破る為に触媒をどうにかしなければならない事。
その触媒が何なのか?
そして、それをタリサに伝える事を躊躇っている事が、タリサの予想が当たっている事を物語っており、そして、それをタリサが知れば、彼女がどういう行動に出るかアミスにも判っているのだ。
「アミス、それをあのダークエルフに伝えれるか?」
タリサはまだ行動に出る訳にはいかなかった。
それを知っているのが自分とアミスだけでは状況を打破する事はできない。
新たな触媒で再度弱体化の結界が張られるだけだ。
それでは意味がないのだ。
弱体化の結界が消えた瞬間に、すぐに反撃に出てその好機を生かせなければ、もう二度とチャンスは来ないかもしれない。
「え、えっと……」
アミスには言えるわけがなかった。
その後どうなるか判っているのだから……
タリサはもどかしく思う。
だが、敵に知られる訳にはいかない。
どうにかできないかと、タリサがふとレンに視線を送った。
「?」
タリサは驚く。
視線が合ったレンが真剣な表情でゆっくりと頷いたからだ。
一回だけの頷き。
一瞬、何の為の頷きか判らなかった。
だが、あの目は確実に何かを伝えようとしていた。
(もしかして……気づいたのか……?)
再度、レンに目を向けると、レンは小さな声でラスとリンに何か指示を飛ばしているようだった。
既に終わっているそれに、聞き耳の魔法具を使う暇は無かった。
だが、もうタリサは確信していた。
確信して、動くしかなかった。
ここにいる仲間達を助けるために、ここに居ない仲間を助ける事ができなかった代わりにはなりはしない。
だが、救える人を救う。
ただそれだけの為に……
「ラス、チャンスが来る……」
「?」
「チャンスを逃すな」
ラスは一瞬指示を求めようとしたが、それより先にレンはリンに指示を飛ばす。
「リン、アミスから目を離すな」
「え?」
「動きが合ったら直ぐに助けに向かうんだ」
レンの真剣な物言いに、リンは問い返すことを止めた。
アミスへと意識を集中させる。
何が起こるか判っていない。
だが、アミスに危ない事が起こるのだろう事は理解できたからだ。
アミスは戸惑い迷い悩んでいた。
その為、意識が一瞬タリサから離れた為、タリサとレンの視線の交差に気付かなかった。
そして、遅れを取る。
不意に手を取られて体が流れる。
手を取ったのはタリサ。
何が起きたか判らないまま背中を強く押されて、タリサから離れてしまった。
そんなチャンスを逃すリグス達では無かった。
彼等からすれば、仲間割れだと思ったんだろう。
アミスがバランスを崩しているのをチャンスと判断して、リグスとコンスタンが攻撃魔法を放つ。
リグスは火炎の魔法でアミスを直接狙い、コンスタンはアミスとタリサの間に雷を落とす。
再度合流させない為に……
それはタリサにとっては助かる行動だった。
(これでアミスを巻き込まずにすむ……)
タリサはリグス達の攻撃を警戒しながら目的の場所への移動を開始した。
それ気付いたリグスが言葉を飛ばす。
「何を企んでいる?」
「何って、お前達を倒す方法だよ」
当然とばかりの笑みを浮かべながら答えるタリサ。
理解できずにいるリグスとコンスタン。
それとは違い、タリサがやろうとしている事が判っているアミスは慌てていた。
「だ、駄目です、タリサさん!!」
タリサの側に行こうとするも、それをリグスとコンスタンの攻撃魔法が邪魔をする。
今の状況下で一度離れた距離を縮めることは不可能だった。
アミスもそれが判っているからこそ、離れないようにしていたのだ。
「アミス……」
タリサの口から出たのは名前だけ……
その後の言葉は心の中で……
(お前の行動を無駄にしてすまない……)
声に出さない、相手に伝わらない謝罪の言葉。
自己満足にしかならないと判っていながらも、それを音にして出すことはできなかった。
そして、自然な動きで、リグス達に悟られない様に自らの位置を変えていく。
その自然な動きは、リグス達には自分達の攻撃がタリサを追い込んでいていると勘違いさせていた。
そして、タリサの移動は完了した。
その口から笑みが漏れる。
「タリサさ~ん!!」
タリサとアミスの様子に違和感を感じていたリグスが、漸くタリサがしようとしている事に気付いたが、それは遅かった。
「後は任せた……」
と、呟きながら、タリサは弱体化の結界を維持させている触媒を滝壺へと投げ込んだ。
タリサ・ハールマンという触媒を……
自らの体を投げ出した。
目を閉じ、心の中で呟く。
(すまない、アミス……)
自分を助けるために戻ってきたアミスを裏切った事への謝罪。
タリサが最後に頭に描いたのは、優しき少年への想い。
金属鎧を着けた自分があの滝壺に落ちれば助からない事は、タリサにも判っていた。
激流に飲まれ死んでいくだけ。
そうする事でタリサの体内の魔力を触媒とした弱体化の魔法も解ける。
弱体化さえなけば、彼等自身で状況を打破するだろう。
足掻くつもりもなければ助けを求めるつもりも無いタリサは、心と感覚を外界から遮断した。
故に気付くことは無かった。
自分を追って飛び込んできた存在に……
感じてもいなかった。
自分を包むように触れる両腕を……
自身を守るように抱きしめる存在、アミス・アルリアという人物の事を、タリサは理解しきってなかった……




