決断
反撃の糸口が掴めなかった。
弱体化の術の効果もあったが、将軍1人とそれに近い者が2人、そして、周囲を囲む兵士達も精鋭揃い。
タリサは、どれだけ自分の事を警戒しているかを実感させられていた。
(まだ、将軍が1人なだけマシな方か……)
それでも、ギリギリの状況だった。
気づけばタリサが助力を拒んでいたはずのアミス達が側にいる。
半ば強引に助けに来た者を、遠ざけれる程の余裕はなかった。
ごく自然に自分の後ろに立つアミスの気配を感じながら、困惑するタリサ。
居て欲しくない相手のはずだった。
しかし、その気配を感じて生まれる安心感。
理性では受け入れてはダメなはずの相手を、自然に受け入れようとしている本能。
タリサは自分の心を操作しようとする。
アミスを拒絶するように……
それはアミス達の為……
劣勢の戦闘を続けながらも、タリサが狙っていた場所まで移動することができていた。
急流の川沿い。
鎧を着こんだ兵士では入る事が出来ない程の流れの川は、包囲網を自然に壊してくれる。
浮遊や飛行の魔法でその上を通れない事も無いが、元々戦闘向きの魔法ではない。
自由な行動ができる魔法ではなく、逆に的になりに行くようなものだ。
対岸に弓兵や魔法使いを配置してはいるだろうが、やや距離がある為、余程の強力な弓や魔法じゃない限りは大きなダメージを受けることはないだろう。
少なくともタリサ達が着用している黒鎧にとっては、問題のあるものではない。
ただ、気をつけなければならないのは、断崖の絶壁と滝が側にある事……
万が一にそこに落ちれば、金属鎧を着ている者が助かる事はないだろう。
いや、鎧を着ていなくても結果は同じかもしれないが……
「タリサさん……」
後ろからの不意の声にタリサは返事を返さなかった。
拒絶しなければならない。
そんな感情がタリサの冷静さを崩す。
タリサが作ってしまったその隙を狙って魔法が飛ぶ。
【 火炎球 】
爆発系の範囲攻撃魔法。
慌てて聖獣・氷狼フィルエリュが生み出す氷弾をぶつけて相殺を計る。
普段であれば余裕を持った距離で出来たはずのそれが、反応遅れのせいで着弾が遅れて自分達の近くで爆発させてしまう。
それでもダメージ自体はある程度減らすことはできた。
しかし、近くでの爆炎と爆風がまた相手につけ入るチャンスを与えてしまう。
コンスタンとリグスから続けざまに繰り出される攻撃魔法。
威力より早さを優先とされたそれらの魔法は、魔法防御力の高い黒鎧を着たタリサにとっては直撃しても致命傷にはならない程度の物だった。
だが、劣勢を打破するキッカケが思いつかない現状では、無駄なダメージを蓄積させる訳にはいかない。
反撃のチャンスさえあれば多少のダメージ覚悟で突進する事も考えられたが、それを許すほどリグス達は簡単な相手ではなかった。
タリサは連続で繰り出される攻撃魔法を躱しながら、その攻撃に参加していないミックス・コトーに意識を向ける。
冷静な佇まいで全体を見渡す彼の姿に、変な不気味さを感じて、反撃に出る事が躊躇われた。
続いて、リグスへと視線を移したタリサは、不敵な笑みを浮かべている彼の表情を見てそれに気付く。
アミス以外の者達から自身が分断されている事に……
「タリサ様!!」
フェミリアーネがタリサへと近づこうとするが、その動線上に攻撃魔法が飛びそれを許さない。
さりげなく狙った場所へと移動できたと思っていたタリサだったが、逆にそれを撒き餌に誘導されていたようだった。
(冷静な思考が出来てないという事か……)
勝ち誇った表情を見せるリグスを鋭い目で睨みつけるタリサ。
そんなタリサの視線を受け、彼女が罠に嵌っている自身の状況に気付いた事が分かり、リグスは堪えなくなって、声を出して笑い出す。
それが更にタリサの目付きを鋭くする。
今にも何らかの行動を起こしそうなタリサを、アミスの小さな声が止める。
「タリサさん、落ち着いて……」
「!?」
「あきらかに挑発の表情です」
「そんな事は分かっている……」
そう、それは分かり切った事。
分かり切った事を言われたのが、タリサをイラつかせたが、
(……)
そんな些細な事にイラついた自分に、タリサは気づく。
どれだけ冷静さを失っているかを……
それがアミスにも分かってしまう程に、表情に出てしまっている事に……
僅かに冷静さを取り戻したタリサは、笑うリグスを改めて睨み直した。
先程よりはイラつかない。
「リグス、その辺にしておけ……」
「ふふふ、そうですね」
コンスタンの言葉でリグスの笑い声は止まったが、不敵な笑みは残ったままだった。
そんな続けられる挑発行動も、少し落ち着いたタリサにはもう効き目がなかった。
「あの少年は思ったより冷静ですね……」
リグスのそんな言葉に、今度はコンスタンがあきらかに挑発と分かる笑みを浮かべる。
「ああ、仇を前にしても冷静さを失わない冷血な男みたいだぞ」
今度はアミスの心が揺れる。
その言葉の意味が分かったタリサも思わず心配してアミスに意識を向ける。
しかし、再びアミスの声が制する。
「タリサさん、挑発です……」
タリサはアミスへと向きかけた意識をリグス達へと戻した。
すると彼等の顔から一瞬笑みが消えた事に気付いた。
「リグス、油断するな……」
一度不覚を取り任務を果たせなかったコンスタンは、改めて油断ができない相手だと実感していた。
しかし、コンスタンは再び不敵な笑みを浮かべる。
挑発自体が、まったく効果がない訳じゃない事に気付いていたからだ。
アミスの心の揺れ、そして、それに気づいているタリサや他の仲間達の心も揺れてる事が分かっているからだ。
逃がしさえしなければ、いずれ我慢の限界が来る。
そんな考えで挑発を続ける。
「しかし、思ったより厄介ですね。そろそろどうにかしたいところですが……」
「そう焦るな。焦りは隙を生む」
「分かっていますよ。しかし、他の方より先に終わらせたいのですよ」
リグスが言う『他の』とは、シルアやヨネン達への向けられた者達なのはタリサにも分かった。
心配になるが、今は彼女等を信じるしかない。
心配できる程、自分達に余裕はないのだから。
「タリサ様……」
冷静になろうとするタリサとは対照的に、フェミリアーネは心配が抑えられないように声を出す。
感情豊かで落ち着きのない性格と経験不足から、冷静な思考ができなくなってきているようだった。
分断されているため、タリサもそれをどうにかできる状況ではなかった。
タリサの耳には、ラスやリンが声をかけてくれているのは聞こえるが、フェミリアーネとの面識がない彼等の言葉で落ち着ける訳もない。
(私のミスだ……)
この場でフェミリアーネの性格や能力を一番理解してるのはタリサだ。
その性格等を理解した上で自分と行動させたというのに、この場に来ることに拘り過ぎて彼女と離れてしまった。
自分の浅はかさが招いた状況と思えたが、後悔しても状況を変えることはできない。
タリサは考える。
状況を打破する方法を……
そんな余裕のない状況の中、レンは全体を見渡しながらもタリサを観察していた。
グランデルト王国真権皇騎士団、闇氷河将軍。
個性的ながら精鋭ぞろいと他国に知られるその集団の中でも、特に評価が高いと聞いてた将軍。
それがこのような若い女性だった事、そして、騎士団内で重要だったその将軍が国を追われている事実。
理由や状況は聞いてはいても、レンは内心で驚きを消せずにいた。
しかも、それだけの人物がこの程度の相手に窮地に追い込まれている。
初めて会う自分にすらわかる程、冷静な思考を失っている。
(これが暗黒騎士団で筆頭と称された将軍……?)
弱体化の魔法の効果内で、ここまでダメージを負わずにいる戦闘力は評価できる。
が、レンの耳に入っていた闇氷河将軍像とはそれだけではない。
個人の戦闘力、大軍を率いた統率力、少数を率いた指揮力、対極を見る事のできる戦略眼、戦場で臨機応変に対応できる冷静な戦術、その場で状況を改善できる知略。
全てに置いて高い評価をされていたはずだった。
聞いた情報が全て正しい評価であるとは思っていなかったが、それにしても実際との差があり過ぎた。
アミスが彼女を助けに行くと言った時、レンは口を挟まなかったが、その必要性は無いと結論付けていた。
レンが知っている闇氷河将軍の能力と優秀と評判の配下、そして、クーデターが起きたばかりという状況下から出されるであろう予想できる追跡隊の戦力を考えれば、逃げるだけなら助力は必要ないだろうと思っていた。
実際に合流すると予想を大きく外していた。
配下は1人しか居らず、冷静に欠け相手の思惑嵌っている状況。
(ま、確かにこの弱体化は厄介だがな……)
そう思いながらも、そもそも自分が彼女の立場だったら、自分はこんな罠にかかってはいない。
魔法が専門のレンと魔法を使わないタリサとの差だと言えばそれまでの事だが……
(さて、今はチャンスを待つしかないか……)
レンから見た闇氷河将軍は予想より下だったが、逆にラスとリンは思った以上の実力者だった。
そして、アミスの成長度もレンを驚かせていた。
(たった二月程でここまで……)
冷静に状況を判断し、少ない魔法力で効率的に敵の攻撃を防いでいる。
現状の実力から見て能力以上に視野を広げ過ぎている感もあるが、将来的な成長を考えれば何事も経験だろう。
(ま、あいつの性格を考えれば仕方ないか……)
心配性で優し過ぎるアミス故、仲間の実力を信用していても心配しないわけがない。
状況を考えれば、自分や仲間をもっと信じて、タリサを守る事に集中すればいいのだが……
「?」
レンは観察と思案を止める。
近づいてくる気配を感じ取ったからだ。
近づいてくるそれが事態を好転させるのか悪化させるの、
その時に正しく判断し行動できるように、レンは準備を怠らなかった。
近づく気配に気づいたのは、タリサやアミスもレンとほぼ同時だった。
警戒を強める2人。
感じる気配は1人。
敵の増援にしてはあまりに少ない人数だった。
遠くから感じ取れる無警戒なその人物の到着を待つと、軽装な装備の一般兵のような人物が姿を見せ、伝令兵だろう事は誰の目からも簡単に予想がついた。
伝令はコンスタン、リグス、ミックスの順に報告内容が伝えられる。
報告を受けたコンスタンは冷静な表情で、リグスは楽し気な笑みを浮かべ、2人揃ってタリサに視線を向け、ミックスだけは、つまらなそうに目を伏せる。
タリサは嫌な予感がした。
特にリグスのいやらしい表情がそれを強める。
そして、そのタリサの感覚は正しい事がリグスから告げられる。
「タリサ・ハールマン……、面白い情報が届いたぞ……」
それは自分にとっては面白くない情報なのはすぐにわかり、タリサの心臓が強い動悸を打つ。
「シルア・アイン、トリッセル・コランジュ、ヨネン・ゲンシュの3名が……」
続く言葉の予想は簡単につく。
しかし、その予想が外れていて欲しいという微かな希望を心に持つが……
「討ち取られたようです……」
そんな希望は簡単に打ち砕かれる。
仲間の実力を信じていないわけではなかったが、その可能性は充分にあると覚悟していた結果ではあった。
しかし、だからといって簡単に冷静さを保てる事実ではなかった。
相手に動揺を見せない様に真っ白になりそうな頭を必死に動かそうとするタリサ。
そんなタリサを見て、リグスが下卑た笑みを強める。
タリサも隠しきれていない動揺に気づかれている事は分かっていた。
それでも冷静であろうとする彼女の耳に、弱々しい声が聞こえてくる。
「そ、そんな……」
その小さな声からは、動揺が明らかに感じ取れた。
声の主であるフェミリアーネに目を向けると、彼女は青白い顔で目を泳がせていた。
誰が見ても危険な程に動揺している。
「フェミル……落ち着け……」
「みんな……、みんな、居なくなって……」
「しっかりしろ、フェミル!」
すぐにでも、彼女の側に行きたかった。
しかし、それが許される状況ではない。
タリサの心の動揺が強くなる。
(ど、どうすれば……)
タリサからも徐々に冷静さが消えていく。
自分が守るべき王を守れなかった。
自分を信じてくれた部下達が犠牲になった。
必死に努力して手に入れた力で皆を守れるつもりだった。
守れるはずだった。
だが、それは自惚れだったのだ。
実際は守りたいものを何一つ守れていない。
今までの自分が何だったのか?
何の為に生きてきたのか?
何の為に努力してきたのか?
全てが否定されている気分になる。
「タリサさん!!」
タリサの動揺に気付き、アミスが名を呼ぶ。
ゆっくりアミスに視線を移すタリサ。
(そうだ、少なくとも、アミス達だけでも……)
僅かに戻った冷静さが、タリサに一つの決断をさせた。
「ア、アミス……」
「タリサさん、しっかりしてください。今は、この場をどうにか……」
「ああ、分かってる……」
タリサは深く息を吸い込むと、一気にそれを吐き出すように叫ぶ。
「フェミル~!!」
ハッと反応するフェミリアーネに、タリサは言葉を続ける。
「シルア達を信じろ! 奴等の虚言に耳を傾けるな! 私達を動揺させる策にのるな!」
「タ、タリサ様……ですが……」
「確証のない情報だけで判断するな! 私はシルアを、トリッセルを、ヨネンを……、そして……」
語気を強めながら言う。
「フェミル、お前を信じる!」
虚言はタリサの言葉の方だった。
タリサ自身は既に諦めていた。
「アミス……」
その声は、近くに立つアミスのみ聞こえる様な音量。
「あの娘だけでも助けたい。力を貸してくれるか?」
アミスは、当然とばかりに頷く。
その言葉が持つ真意に気付かずに……
『だけ』と言う言葉の意味に気づかずに……




