ネクロマンシー
登場人物
◎ヨネン・ゲンシュ
21歳 女性
闇氷河将軍タリサの側近の1人。
多数を相手するのが得意な大剣使い。
◎マリーナ・フォルセルン
20歳 女性
闇氷河将軍タリサの元に埋伏として仕えていた神官戦士。
ヨネンにはまだ余裕があった。
包囲する兵士達はまだ多い、いや、むしろ応援が駆けつけており、増えているぐらいだったが、ヨネンからの攻撃を警戒してか、包囲する輪は最初に比べて大きくなっていた。
その広がった間合いにマリーナは、僅かな苛立ちを見せる。
それは仲間を装っている時は見せていない一面。
(大した役者だったということか……)
意識をマリーナに向けながらヨネンは思う。
(ま、お互い様か……)
そう心の中で笑うと、ヨネンは意識の主となる相手を周囲の兵士へと移した。
勿論、マリーナへの最低限の意識は残しながら……
(しかし、随分と低い戦力だな。それだけ楽な相手と思われているのか?)
そういった予想が頭を過るが、それは直ぐに否定するヨネン。
(あの少年達を逃したのを油断によるものと考えているあのジジィが、そんな油断をするわけがない……)
ヨネンは冷静に分析を始める。
ヨネンの考えでは、あの罠を絡めた対応に不備は無かった。
過ぎるほどの慎重さと念入りな対応だった。
ヨネンが知る限り、副団長モルデリドと言う人物はそれだけ念を入れた対応をするタイプだ。
そんな人物が、逃走を許した直後の追跡隊編制に手抜かりをするとは思えなかった。
(それとも、ギリギリしか兵を出せない状況なのか?
別のことに兵を使わなければならない理由が……)
もしそうであれば、自分達に取っては好機という思いがヨネンの頭を過るが、彼女は慎重さを失う事はない。
周囲、そしてマリーナを注意深く観察する。
「?」
不意に視線が合ったマリーナが静かに笑みを浮かべた。
さっきまで見せていた苛立ちの表情が消え、落ち着いた表情での笑み。
「予想外でしたわ」
マリーナの口から出る言葉に、ヨネンの意識の割合が彼女へ多く向けられる。
「予想外過ぎて、少し冷静さを失ってしまいましたわ」
「……そうか……」
失っていた冷静さを取り戻す。
言うのは簡単だが、乱れた心を取り戻す事は簡単な事ではない。
乱れた原因が残ったままの状況下であれば尚更のこと。
だが、マリーナは冷静になっている。
その事実に、ヨネンは再度思考を巡らす。
冷静にさせた何かがあるはずだと……
「なるほど……」
「?」
考えるヨネンを見て、マリーナがぼそりと感嘆の声を呟く。
少し戸惑うヨネンだったが、すぐに思考へと戻る。
勿論、周囲やマリーナへの警戒を残したまま。
「騙していたはずが、逆に騙されていた事を実感しましたよ。
確かに、貴女は私が思っていたような人ではなかったようね」
静かな笑みを浮かべるマリーナ。
その優しげな笑みは、仲間と思ってた時によく見ていたもの。
芝居だと判断した笑み。
「私の表情の変化を見逃さない観察力。
その変化に理由を求める理性的な思考。
どちらも私が仲間を装っていた時には考えてもいなかった特性ですわ」
『装っていた』の言葉に、随分前から自分達を騙していたのだと思い知らされるヨネン。
だが、今となってはどうでもいい事だった。
それより、今は油断せずに現状を分析し、この状況を打破する事が大事だった。
自分が多数の敵を相手にする事を得意としているとはいえ、相手の数が多すぎた。
時間をかければ、更に増援が来る可能性はある。
そうなる前に状況を打破しておきたかった。
「私の負けです……」
「?」
マリーナの口から出た言葉に驚きを隠せないヨネンだったが、普通に考えれば自分にとって良い言葉だ。
マリーナが負けを認め、兵の消費を抑える為に引き上げてくれるなら、これ以上の良い結果はなかった。
偽りのものだったとしても、長年仲間と思ってきた相手である。
どんなに冷たく冷静に考えたとしても、命を奪いたくはないという気持ちがある事を、否定する事はできなかった。
しかし、その願いはすぐに否定される。
「私1人の力では、勝てなかったです……」
「……まだ誰かいるのか?」
気配を探るヨネン。
マリーナと恐怖により大きくなった包囲網を形成する兵士達意外に、気配を感じさせる存在は確認できない。
「ヨネンさんは……、何故今回の逃走ルートにここを選んだか解りますか?」
「……このルート?」
今回、このルートを選んだのはマリーナだった。
当然、兵を潜ませている事はヨネンの予想範囲内であり、それを踏まえた上で、どうにかするしかないという作戦にもならない力押しで対応するつもりだった。
ヨネンは、マリーナから思われている自分に対する印象そのままで対処してくるなら、どうにかなるだろうという自分でも甘いと思う考えだったが、今のところはその考え通りに進んでいる。
将軍クラスが相手なら、切り札を使うことも視野に入れていたが、その切り札は、できれば使いたくないものだった。
使わずに済むかもしれないと、気持ちが緩みかけていたヨネンだったが、マリーナが突然冷静になり、そんな問いを投げかけてきた事で、気を引き締め直す。
「この土地に何かあるのか?」
「ええ、副団長からここを勧められました……」
(あのジジイが?)
副団長モルデリドが選んだ場所。
その事実がヨネンの心の警鐘を鳴らす。
「余裕が消えましたわね……」
ヨネンの表情から心を読み取ったようにマリーナが呟く。
「元々余裕のある状況じゃないさ」
ヨネンのその言葉は、立場的に事実だった。
だが、先程までは、少し余裕を持てていたのも事実。
「まずは、説明させてもらっていいかしら?」
「? …………どうぞ」
ヨネンの立場としては、無駄な時間を使いたくない状況だったが、マリーナを冷静にさせたものが気になり、彼女の説明を聞く事する。
「昔、ここで大きな戦がありました……」
「戦?」
「グランデルトが、まだ、小さな公国だった頃の話です……」
ヨネンは周囲を見渡す。
(こんな場所で大戦?)
今いる場所は多少木々の密度は低かったが、少し移動するだけで昼間でもかなり暗くなる繁った森の中。
どう見ても大きな兵達がぶつかり合うには向かない場所だった。
この場所だからこそ動員される兵に限度があり、それ故にヨネンも比較的余裕を持った戦いが出来ている。
「勿論、その頃はこんな森ではなかったですよ」
ヨネンが思った事を読み取ってか、マリーナが補足するかのようにそう言った。
「大戦後に起こったある出来事により、この辺りで住む人は居なくなったの……。
人が住まないだけでなく、不自然なほどに草木が生え茂り、このような森になった……」
「ある出来事? それは……」
「こういう事ですわ」
と言うと、マリーナは右手の剣の先端をヨネンの後方へと向ける。
ヨネンが警戒する前で、マリーナの剣が青白く光り出す。
光が収まり、その光による効果を知ろうと観察を続けるが、ヨネンの目には何かの変化が起こったようには見えなかった。
単純に剣の威力が強化されただけだろうか?
そんな予測をしかけた時だった。
周囲から土が掘り起こされるような無数の音がきこえてきた。
何のために地面を掘っているのか?
ヨネンは周囲の兵士達へと視線を移す。
「!?」
兵士達は何もしていなかった。
ヨネンとの距離は先ほどより遠ざかっており、地面を掘り起こしているのは兵士達ではなかった。
地面の下から土をかき分けて姿を現そうとしているそれを目にして、ヨネンは目を見開く。
そこに現れたのは、昔は人間だった者達。
骨だけになったスケルトンや、腐った肉の残ったゾンビ等のアンデット達だった。
「……これは……」
「先程話した大戦で亡くなった兵士達です」
「……なるほど、それで?」
ヨネンは冷静に訊ねる。
「スケルトンやゾンビを増援として出した所で、どうにかなるのか?
それなら、兵士達の方が戦力になると思うが……」
ヨネンの言う通り、スケルトンもゾンビも数にさえ気をつければ、駆け出しの冒険者にでもどうにかできるレベルの相手だった。
ましてや、精鋭とも言うべきグランデルトの兵士達とは比べ物にならないあいてだった。
「数で攻めて、疲れさすのが目的か?」
「……ふふっ」
「?」
楽しげに笑い出したマリーナ。
ヨネンは状況にそぐわないマリーナの表情に、訝しげな目を向ける。
「もちろん、そんな策とも言えない作戦で余裕を見せませんわ……」
「そうか……」
ヨネンはマリーナの説明を待った。
訊かずとも、説明をしそうな流れだったからだ。
そんな思惑通りにマリーナは、笑みを浮かべたまま語りだす。
「タリサ様……、いや、タリサ・ハールマンが王に拾われ、王に見出され、王の為に生きると誓った……。私にとってそういう相手がモルデリド様……」
ヨネンは黙ってそれを聞く。
マリーナの挑発とも受け止めれるその笑みの奥に、強い気持ちを感じ取ったからだ。
高ぶりそうな感情を抑える為に、敢えてそんな笑みを浮かべているのではと思えたからだ。
「私は自分の親を知らない……」
「……」
それは聞いた事がある話から始まった。
マリーナが元々捨て子だった事。
「そんな私を拾ったのは……」
戦の神オリヴァンの神殿で拾われたと聞いていたが……
「奴隷商でした……」
「!?」
ヨネンが知るものとは異なる真実が語られる。
「醜かった私は、売り物にならないと判断されて奴隷商自身の奴隷として働かされた……」
マリーナの笑顔は崩れない。
笑顔で話す内容ではないというのに……
それが逆に彼女の心の中を感じさせる。
「死んでもかまわない使われ方……
あのままだったら間違いなく私は10歳までも生きれていないわ……」
「……」
「そんな私を、奴隷商人から買い取ってくれたのがモルデリド様……
だから、あの方の力になるのが私の全て……」
「そんなの……」
ヨネンは否定の言葉を出しかけたが、マリーナのその表情から真意を感じ、その言葉を飲み込んだ。
そんなヨネンにマリーナは寂しげな笑みを浮かべて返した。
「言いたい事は判ります。
あの方が奴隷だった私を買い取ったのは、優しさや情などでの行動ではない事は判っています」
「……」
「それでも、あの方が私を助けてくれた事実に変わりはない……
私に生きる意味を……
私に生きる価値を与えてくれた事には変わりないのよ」
マリーナの口元から笑みが消え、その身に魔力を帯び始める。
闇を纏った魔力。
先程、アンデットを召喚した時より強い魔力を……
「そして、才能を評価されて秘術を伝授された」
(秘術?
あのジジイの秘術って事は、死霊使いの?)
ヨネンの予想は当たっていた。
マリーナの魔力に反応して新たに三体のアンデットが姿を見せる。
その禍々しい姿に、ヨネンも言葉を失った。
「普通の【死霊使役】では、元の死体がどんな存在であれ低級アンデットにしかならない」
「……」
「でも、モルデリド様の秘術なら、元となる死体の生前の力によって、強さが変わる……
そして、この場には過去の大戦で命を落とした強者が眠っている。
その三体のような……」
一目で分かるほどの力を感じ取れた。
一体は元が人間だったとは思えない程の巨漢だった。
3m近い背丈のそのアンデットは、鎧などを身につけておらず、青白い肌をあらわにしていた。
そして、普通の人間では両手で操るであろう巨大な戟をそれぞれの手に一本ずつ手にしており、その戟で繰り出される一撃は、力に自信のあるヨネンでも武器で受け止めることは不可能だろう。
その巨漢のすぐ横に立つのが、高貴さを感じさせる銀色の鎧に身を包んだ騎士風のスケルトンだった。
少し長めの片手剣と大きめの金属盾を持ち、その佇まいはアンデットとは思えない程の重厚さを感じさせるものだった。
その二体を相手するのだけでも充分な危険さを感じているヨネンだったが、その更に後ろに控える存在に危機感を強める。
黒いローブを身にまとい、右手に魔法を使役する為の杖を持っているその姿は、とあるモンスターを想像させた。
(リッチか……? いや、そこまで高位なアンデットがこんな所に眠ってるとは思えないが……)
『リッチ』
別名・不死の王ノーライフキングとも呼ばれる最上位に位置するアンデットモンスター。
高位の黒魔法等を使いこなすやっかいな相手だ。
もし目の前に居るのが本当にリッチだとすれば、現状ではどうにもならないだろう。
だが、ヨネンはリッチではないと予想していた。
ネクロマンサーの魔法に詳しい訳ではないが、リッチなんて上位モンスターを簡単に使役できるとは思えない。
それでも、感じ取れる魔力から見るに、充分やっかいな相手であることは判る。
「ふぅ……」
「?」
ヨネンが不意に大きく息を吐くと空を見上げて小さく笑い、
それを見ていたマリーナが訝しげに首を傾げた。
(ここまでか……)
ヨネンは冷静だった。
どんなに追い込まれても冷静に判断できる人物だった。
冷静な思考で、状況を打破する策を考える事ができる人物だった。
だが……
(タリサ……、お前だけでも何とか生きてくれ……)
現状を打破する方法は無い。
ヨネンの思考力が出した結論だった。
(ただ……)
一転、鋭くした目つきで、マリーナを睨みつけるヨネン。
そこに覚悟の思いを感じ取るマリーナ。
(お前だけは……)
(私だけは許さないって所ね……)
ヨネンは大剣を構える。
それに合わせるかのようにアンデット達が動き出す。
ヨネンは先頭で近づいてきた巨漢アンデットを横薙ぎで斬りつけるが、戟で簡単に弾き返される。
パワーの差により、バランスを崩されそうになるがすぐに立て直し、
「ははは……」
ヨネンの口から小さく笑いの声がもれる。
「予想以上だな……、だが……」
自分にとって最後の戦いになると覚悟するヨネン。
(だが、簡単に倒せると思うな……)
短い呪文の詠唱を唱えると、魔力がヨネンの身を包む。
(ここにいる全員、道連れだ……)
強い覚悟と決意。
(すまない、タリサ……)
共に村を出る時に、ずっと支え続けると約束した。
そんな約束を、こんなに早く破ってしまう事への謝罪。
そして、その後に心の中に湧き上がる感情。
タリサの為と、熱血な性格を装いつつも常に冷静であろうとしてきたヨネン。
そんな彼女が初めて先を考えずに戦闘のみに専念できる喜び。
鍛錬して鍛えてきた力を出し切る事の喜び。
ヨネン・ゲンシュ、覚悟の戦いが始まる。




