逃走ルートB
登場人物紹介
◎ヨネン・ゲンシュ
21歳 女性
闇氷河将軍タリサの側近の1人。
常に先陣をきる攻撃的な戦士と思われていたが、実は……
◎マリーナ・フォルセルン
20歳 女性
闇氷河将軍タリサの側近の1人。
神官戦士として、主人を支える存在と思われていたが、実は……
南西門を出て少し南下した場所に位置する物見の塔。
闇氷河将軍の直近の者しか知らない抜け道は、その塔に繋がっている。
抜け道を抜けて、塔横の茂みから顔を出したヨネン・ゲンシュは、人の気配がない事を確認してから、後ろに続く者に合図をしてから、素早く茂みから林へと走り抜ける。
少し遅れて続くもう一つの人影はマリーナ・フォンセルン。
直情タイプで、考えるより先に行動するヨネンと、常に慎重に行動するマリーナは、普段から意見の対立の多い組み合わせだった。
しかし、正反対に位置するタイプの2人は、作戦遂行時は息のあったコンビネーションを見せる。
互いの足りないものを埋め合っているのか、周りが不思議に思うほどの戦い方を見せる。
タリサやシルアもその事を熟知しており、この2人組に作戦を任せる事が多い。
故に今回の作戦の振分けも、この2人の組み合わせになった事に疑問を持つ事は無かった。
だが、今回のこの組み合わせには、いつもとは違う意味があった。
その思惑を知って進む者と、知らずに進む者。
しかし、知らずに進む側にも、別の思惑がある。
異なる思惑が交差する時が近づいてきていた。
前を進むヨネンの足が止まった。
マリーナも足を止めて周りを見渡す。
「何かいるの?」
周りへの警戒を強めながらマリーナが問う。
それに対して、ヨネンはすぐには答えない。
怪訝な表情を浮かべるマリーナが、再度問いを投げ掛けようした時だった。
ヨネンがくるっと振り返り、逆に問う。
「マリーナ、あんた私の事どう思う?」
「え?」
「どういう印象?」
「え? え? どういうって……」
突然の抽象的な問いに、戸惑うマリーナ。
ヨネンがどのような答えを求めているのかわからずに、答えに困っていた。
「頼りになる仲間だと思ってますけど……」
「……そう……」
ヨネンからの鈍い反応に、マリーナは自分の答えが彼女の望んでいるそれではないと理解した。
直情的で、腹の探り合いなどの好まない彼女が、今まで見せた事のない姿に、戸惑いを隠せなかった。
「ヨネン……、貴女が何を言いたいか私にはわからないけど、それは今じゃなきゃダメな話なのですか?」
「……」
「今は追跡から逃れて、タリサ様達と合流するのを優先に……」
「……」
自分を見るヨネンの目付きの鋭さに、思わず後退りするマリーナ。
それは、憎むべき相手を見るかのような瞳だった。
「マリーナ……、あんたをタリサ様と合流させるわけにはいかないのよ……」
「え? 何を言って……」
「いい加減、芝居はやめな」
ヨネンは強い口調で言い放った。
目を丸くして驚くマリーナとは対称的に、ヨネンの目つきのはどんどん細く鋭くなっていく。
「ヨネン……」
「……」
ヨネンに鋭い視線を向けられ続け、マリーナは困惑した様子を見せていた。
ゆっくりと流れる時間。
本来なら急いでいたはずの2人には、無駄ではないかと思える時間。
しかし、其々にとって意味のある時間だった。
「そうですか……」
その時間に動きを与えたのは、マリーナの方だった。
被っていたフードを頭から外すと、圧迫されていた柔らかな栗色の髪を右手でかき上げた。
その仕草は、普段は見せない色気を感じさせるもの。
まるで何かから開放されたかのように、マリーナは雰囲気を一変させた。
「いつからですか?」
「口調は変わらないのか?」
「?」
質問に、まったく関係ない質問が返ってきて、マリーナは少し戸惑ったが、すぐに冷静に返す。
「口調だけは、素のものですから。そこまで変えていたら、アラが出てしまいますからね」
と、笑みを浮かべるマリーナ。
ヨネンは表情を変えずに睨みつけたままだ。
「それで、いつ気づいたんですか?」
「あの時だよ……」
「あの時?」
マリーナ以上に普段と異なった雰囲気を見せるヨネン。
主人であるタリサに対してですら、遠慮せずにズバズバと意見するのが普段の彼女であり、こんなに言葉を濁す彼女を見るのは、マリーナは初めてだった。
「ルーメルが抜けたあの時……」
「……あの時……、どうして気付きました?」
「あのやりとり自体が芝居だったからな……」
「え?」
「裏切り者……、いや違うか……、元々モルデリド配下だったんだろうからな……」
斬りかかってくるのでは?
そう思わせるほどの闘気を込めてそう言ったヨネン。
彼女が直情的と思い込んでるマリーナは、警戒を強めて防御体勢を取る。
しかし、ヨネンが動きを見せることはなかった。
身に纏う闘気を高めながらも、静かに言葉を続けた。
「内通者がいるのはわかっていた。
最初は側近クラスではなくもっと下の者かと考えもしたが、側近しか知らぬ情報までもが他に漏れていた。
タリサ様も最初は信じたくは無かったようだが、それをハッキリさせるべきと、タリサ様と私とルーメルで一芝居うったんだ……」
「……シルアは?」
マリーナは、頭脳面でタリサを支えるシルアが作戦に加わっていないという事に疑問を覚えずにいられなかった。
「何でそんな策に、貴女やルーメルが加わっていて、シルアが加わっていない?」
「……」
ヨネンはすぐに答えない。
答える必要のない事と思えるからだ。
しかし、少し考えたあとに敢えて答えることにする。
深く溜息をつき、口を開く。
「元々、こういった担当は私なのさ……」
「え?」
直情的で策を好まない。
よく言えば素直で裏表が無い性格。
悪く言えば猪突猛進で短絡的で扱い易い相手。
それがマリーナが思うヨネンへの印象だった。
「信じられないか? 無理もないな、本当の私を知るのはタリサ様だけだからな……」
まだ理解しきれないマリーナは、唖然とした表情を見せることしか出来なかった。
「シルアもそんな表情を浮かべていたよ。あいつは頭は良いけど、策を弄するには素直過ぎる……。
もっと、色んな角度からモノを見ないとダメだ」
口元に笑みを浮かべるヨネン。
「あの子が騎士として国に仕えると決めた時に、私は決めたのさ……」
一転して真剣な表情へと変え、
「あの子を……、タリサ・ハールマンを支えると……、自分を犠牲にしてでもね……」
そう言ったヨネンの目付きは再び鋭くなる。
その瞳に怒気が籠りだしてきている事に気付き、マリーナは少し後退った。
ヨネンが突然攻撃に出てきても対応できる間合いを取る。
「だから、今回みたいな時の為に、違う自分を見せてきた。仲間までも騙してまで……」
ヨネンの表情が何度も変わる。
今度は少し寂しげな目。
「それが無意味で終わっても良かった……、いや、無意味に終わって欲しかった。
そのまま、偽りの自分が、みんなにとっての真の姿になったって良かったんだ……。
残念ながら、そうはならなかったけどな……」
目をそっと伏せるヨネン。
マリーナにとっての攻撃のチャンスだったかもしれないが、自分で広げた間合いがそれを躊躇わせる。
その一瞬の躊躇いの間にヨネンの視線は再びマリーナへと向けられる。
怒りとも憎しみとも取られるものが込められた瞳。
それを向けられたマリーナは、ヨネンに気圧されている自分に気付き、自分の心を落ち着けさせるために、静かに深呼吸を繰り返した。
そして、しっかりと思考する事で自分らしい冷静さを取り戻す。
(こちらも充分な準備はしている……、油断して不意をつかれなければ大丈夫……)
冷静な分析で出た答えに少し安心したマリーナは、油断だけはしないように気を引き締め直した。
そんな彼女の変化に気付いたのか、ヨネンはいつでも動けるように武器を構え直す。
(表情に余裕が生まれた……。あちらの準備も万端って事か……)
ヨネンも冷静に辺りの気配を探る。
(なるほど……)
ヨネンが感じ取れた気配は、マリーナが冷静になれた理由としては充分な数だった。
ヨネンは、納得しつつも自分へのイメージを消しきれていないマリーナに軽く呆れてしまう。
「気づいてるみたいですね?」
ヨネンの表情から、伏している兵の存在に気付かれている事が分かったマリーナは、そう言うと左手を挙げて周囲に合図をした。
周囲から無数の兵達が飛び出し、素早くヨネンを包囲する。
出遅れた者もいないようで、よく統率が取れているようだと感心する。
しかも、充分に自分に意識を向けつつも、他に敵がいないか各自が気配を探っている様子だった。
その数は見えるだけで20を超え、こちらから見えない位置に弓兵も配置している事は確実。
「1人相手に、多すぎないか?」
と、言いつつもヨネンに慌てた様子はない。
その事に違和感を覚えつつも、マリーナは少し余裕を取り戻せていた。
しかし、慎重さは崩さずに、対応するつもりだった。
予想外だったが、対応できないものではないと判断して、
(本来なら、合流してから一網打尽にする予定でしたが、それは他の者に任せましょう……)
自分の仕事は、目の間にいるヨネン・ゲンシュを逃がさない事。
そう割り切って、完璧に実行しようと思うマリーナ。
「抵抗しなければ、命は取りはしない。って、言っても無駄ですよね?」
ヨネンの余裕の表情を崩したくなり、言い慣れない挑発の言葉を投げつけるマリーナ。
しかし、さしたる効果もあげれずにヨネンの表情は変わらない。
今まで見せていた性格のままなら、慌てて短絡的な行動に出てただろうと思うと、マリーナは少し悔しい思いが込み上げてくる。
自分が彼女らを騙してきたという事実を棚に上げて、自分が彼女に騙されていた事に苛立ちを覚えてしまっていた。
「ま、いいわ……。生け捕りがベストだけど、殺すなとも言われていませんからね。
みなさん、油断せずに確実にしとめてください」
と、出来るだけ冷静さを装いながら指示を飛ばす。
それを受け、包囲している兵士達は武器を構え直しゆっくりと間合いを詰めだす。
誰が見ても絶対的に有利な状況であるため、慌てる者は1人もおらず、慎重に、そして、確実に間合いを詰めていく。
「ふっ……」
ヨネンの口から漏れる失笑。
一旦、足が止まる兵達。
そんな兵士達の前で、ヨネンは自身の武器である大剣を振り上げる。
警戒を強めるマリーナと兵士達。
攻撃範囲が広い大剣とはいえ、まだまだ届く間合いではない。
(何を?)
ヨネンが何を企んでいるかわからずに、マリーナは警戒を強めざるを得ない。
そんな彼女達の前で、その大剣は地面へと振り下ろされた。
予想以上の威力を持った一撃に、地面が抉られ、大量の石や土が周囲に撒き散らされる。
しかし、しっかりとした間合いを確保しているこの状況下で、そんな物ではさしたるダメージなんて受ける者など居らず、逆にもっとも近くでそれを受けているのはヨネン自身であった。
土埃が周囲を包み、一瞬ヨネンの姿を見失う。
「煙幕か?」
そう呟いたマリーナだったが、ヨネンがその場から動いていない事にすぐ気づいた。
「狂ったか?」
冷静を装っているだけで、実は錯乱しているのではという考えがマリーナの頭を過ったが、すぐにヨネンの口元に見える笑みで、その考えを消した。
そして、遅れて気付く。
ヨネンの体を包む魔力に……
撒き散らされた石に込められた魔力に……
「防御体制!」
咄嗟に指示を出すマリーナ。
「遅い!」
マリーナの指示に反応しきれた者はいなかった。
その指示を理解するより早くに、上空高くに舞い上がった大量の石達が、重力以外の何かに引き寄せられるかのような勢いで地面に降り注いだ。
それに対応できたのは、僅かな魔力を感じ取れた者だけ。
殆どの者がその石の雨をまともに受けて、大なり小なりのダメージを受けていた。
致命傷とも思える傷を負った者もいれば、腕に傷を負い武器を持てなくなっている者もいた。
そのように戦力外にできた者の数は多くなかったが、先手を取り相手を萎縮させるには、充分な効果も得ることができていた。
「悪いが、もう一つ思い違いがある……」
そう言うヨネンに、ハッとした表情を向けるマリーナ。
「一対一では、タリサ様やトリッセルに勝てる気はしないが……」
再度、大剣を振り上げるヨネン。
慌てて、攻撃指示を出すマリーナだったが、ヨネンは笑みを浮かべながら動きを止めた。
ヨネンを中心に地面に魔法陣が浮かび上がる。
マリーナの指示を受けて攻撃の為に近づいた兵士達。
その魔法陣に気付いて足を止める者。
気付かずか、気付きながらもなのか、そのまま攻撃態勢に入る者。
その兵士達に対して、魔法陣の力が開放される。
地面の土が鋭利な棘状に隆起し、兵士達の足に突き刺さる。
咄嗟にそれを躱せた者もいたが、逆にそれは本人にとって不幸な事だった。
大剣を振り上げ準備万端なヨネンが待ち受けているのだから……
魔力が込められた大剣の一閃により、無数の兵士達が両断される。
飛び散る大量の鮮血の中、大剣による攻撃を続けるヨネン。
その光景は、充分な訓練と経験を積んだ精鋭とも言うべき兵士達をも恐怖させる。
少しずつ大きく広がっていく包囲の輪。
ある程度の大きさとなり、充分な間合いができた所で、ヨネンが大剣を地面に突き刺し一息つく。
そして……
「多人数相手の戦いで劣ってると思った事は無い」
と、不敵な笑みを浮かべながら言いきるヨネン。
それは、相手に恐怖を与えるには充分な圧を持った笑みであった……




