逃走ルートA
今回の登場人物
◎シルア・アイン
19歳 女性
闇氷河将軍配下の作戦担当
◎トリッセル・コランジュ
27歳 女性
闇氷河将軍配下の剣士
◎ミフネ・バルバトス
43歳 男性
剣鬼将軍と呼ばれる騎士団最強の武勇を誇る剣士
◎ビラク・ロイトン
19歳 男性
副団長モルデリドの側近の1人
三組に分かれての逃走作戦。
隠密の魔法がかかったマントに身を包み、シルアとトリッセルは、川沿いを進んでいた。
幸いな事に、雲のかかった月からの灯りは弱く、隠密行動しながらの逃走のしやすい状況だった。
しかし、2人共、それが簡単な事では無いことは判っている。
アミス・アルリア一行の逃走を許した事は、騎士団の汚名。
特にプライドの高いあの副団長ならそれを強く思っているだろうという事は、直接口論をやりあった事のあるシルアにはよく判っていた。
2度も逃走者を出す事を許してくれる相手では無い。
本来であれば、マリーナが言っていたように、将軍であるタリサを逃す事を最優先の作戦をするべきだった。
しかし、タリサがそれを望まず、そして、彼女の性格上、他の者を犠牲にして1人だけで逃げ切れても、その後何も残らないのでは死を選びかねない。
それが解っているからこそ、シルアも一か八かの作戦に出るしかなかったのだ。
正直、全滅の可能性の方が高い、いや、生き残れる可能性は限りなく0に近い。
今更ながら、他に作戦は無かったのかと考えてしまうシルア。
そんな思考も、先を進むトリッセルの足が止まった事により中断された。
(……来たか?)
それを肯定するかのように、周りに人の気配が増え出す。
既に囲まれている事がすぐにわかり、シルアは小さな溜息をつく。
(随分、兵を動員したものだ……)
半ば呆れ、
(それだけ、あいつらも追い込まれているということか……)
そして、ある程度の納得。
予想より少し早いが、ここまではある程度は予想通りだった。
見つからずに逃げ切れるなんて思ってもいない。
見つかるのは覚悟の上。
後は情報が流れて、相手の体制が整う前に突破すること。
ただそれだけの、シルアからすれば作戦とも言い難いもの。
そんなことしか浮かばなかった自分に失望し、そんな作戦を良しとしてくれたタリサに申し訳なく思っていた。
「トリッセル……」
「ん?」
「どう? 強そうな人もいる?」
焦った様子を見せていないトリッセルを見て、それほど強い気は感じてないのだろうと判断したシルアは少し余裕があるように装った。
しかし、それは彼女の思い過ごし。
「ああ、とびっきりの方が混じってるな……」
「!?」
将軍クラスが?
考えられなくはない可能性だったが、クーデター直後の状況下の中では、将軍は動かないかもしれないという、甘い期待をしていた。
誰だろうか?
手柄欲しさに将軍になりたての者か、将軍を目指す者が出てくる可能性が高いと、シルアは思っていた。
だが、トリッセルは『とびっきりの方』と言った。
「ま、まさか……?」
トリッセルの言葉が持つ意味に気づいたシルアの頭に、1つの可能性が浮かんだ。
その人物は、追跡という任務には相応しくない存在。
それ故にシルアの頭の中にその人の名前は無かった為、それに気づくのに遅れた。
考えたくなかったその可能性に、シルアの額から冷たい汗が落ちる。
「隠れてないで、出てきたらどうですか?」
トリッセルの言葉が、シルアの体を強張らせた。
その可能性が、自分の思い違いであってくれと、祈る気持ちだった。
正直、その人が出てきたら、絶望的な状況になってしまう。
ただでさえギリギリの作戦が、確定的な絶望に追い込まれてしまう。
周りの気配が動き出すのを感じて、更に強張るシルア。
いつでも魔法を発動させられるように、魔力を集めるように集中した。
そんな緊張感の中、十数名の兵士達が姿を現す。
流れの早い川側を除いた包囲網だった。
「不意打ちはできませんでしたか? 流石は闇氷河将軍の側近達といったところですか……」
「ビラク・ロイトン……」
兵士達と一緒に姿を見せたその人物の姿に、シルアは複雑な表情を浮かべた。
シルアにとって、最も苦手な相手だった。
個人的に色々とあった相手。
副団長モルデリドの側近の1人ビラク・ロイトン。
優秀な者を数多く従える副団長支配下にあっても、特に秀才として知られており、近いうちに将軍職に就くだろうと言われている男だった。
シルアの騎士見習い時代に競い合ったライバルであり、いつも僅かの差で上にいたのがシルアの方だった。
ビラクは、女に負ける事を認めたくなかったのか、事あるごとにシルアに絡んできた。
その頃のシルアは、常に平静を装い対応してはいたが、正直ビラクとのやりとりには強いストレスを感じていた。
その苦手意識を決定的にして彼を拒絶するきっかけとなった出来事を思い出し、シルアはビラクから一瞬目線を逸らす。
が、すぐに今はそれどころでは無いと、睨むような目でビラクに視線を戻した。
「お前と相対するのも、久しぶりだな……、あの時以来か……」
「……」
シルアにとって、それは思い出したくない記憶だった。
そして、状況的にも思い出話をしてる時間は無い。
どのように話を切ろうと思案するシルアだったが、それより先にトリッセルが
「まさか、お隠れですか? 貴方らしくない……」
ビラクの言葉に興味無しとばかりに、そう言い放つ。
そんなトリッセルの心内に気づき、怒りの表情で睨みつけるビラク。
そんなビラクが口を開く前に、その言葉を向けられた相手が姿を見せる。
「別に隠れていた訳ではないがな……、我はそやつの応援という立場故に、控えていただけよ……」
顎の無精髭を右手で弄りながらそう言い、ニヤリと笑みを浮かべた。
シルアは嫌な予感が当たってしまい、渋い顔を見せる。
それに気づき、もう一度ニヤリと笑う男。
「まさか、貴方が追跡任務を受けるとは……」
シルアは平静を装いつつも、額に汗を滲ませてそう話しかける。
冷静に状況を分析し、逃走のきっかけとなる隙を探りながら……
ミフネ・ハルバトス
剣鬼将軍と称されるその男は、まともに戦うとなるとかなりやっかいな相手だった。
魔法を使用しないにも拘わらず、騎士団内でもトップ3に入るだろう戦闘力を持つ危険な存在。
剣技を用いたその武勇は国随一であり、一対一では主であるタリサでも負ける可能性がある相手。
だが、あくまでも個人の戦闘力に特化した存在である為、シルアの分析では逃げる隙は作れると思っている。
彼だけが相手ならば……
「副団長にどうしてもと頼まれてな。ま、上手くいけば楽しめると思いもあったのもあるがな……」
「楽しむ……?」
余裕を感じさせるミフネの言葉。
シルアはその言葉の意味を冷静に考える。
シルアが知る限り、ミフネが望むのは強者との戦闘。
今回の追跡で、ミフネの目に叶う存在はタリサしかいない。
シルアはそう考えていた。
故に、自然に口から出る言葉。
「そうですか……、それは残念でしたね」
「? 残念?」
挑発とも取れるシルアの言葉に、ミフネは首を傾げる。
その自然な返しに、シルアも思案をしなおす。
自分の思考にある誤りを探る。
「充分に楽しめそうだがな……」
笑みを浮かべるミフネの視線の先に居るのは、シルアではなかった。
その相手であるトリッセルに目線を送り、シルアは僅かに驚きを見せる。
確かにトリッセルの武勇は、仲間であるシルアから見てもかなりものだ。
だが、それは仲間だからこそ知っている事であり、他の軍団に知られていないからこそのある意味切り札のような存在だった。
だが、剣鬼将軍程の人からそこまで評価されているとは思っていなかった。
「私の事を最初に評価してくれたのは貴方でしたね……」
そう言いミフネと同じように笑みを浮かべるトリッセル。
それは初耳だった。
それを知っていれば……
いや、知っていたとしても、今回の作戦に変更は無かったかもしれない。
それでも、作戦を思案する情報として知っておきたかったとシルアは思った。
だが、それも今更な情報。
(この方の希望にまともに付き合う訳にはいかない……)
シルアもトリッセルを評価してはいるが、流石に相手が悪すぎると思えた。
やはり、隙をついての逃走こそが今回するべき行動。
しかし、それが簡単ではない事は判っていた。
シルアから見て組み合わせが悪かった。
今回、このルートから逃走するのが自分達と判っているかのような配置と思えた。
それだけ、自分とトリッセルという組み合わせに、ミフネとビラクという組み合わせは適合していたからだ。
自分の事を良く知るビラク。
そして、トリッセルを楽しめる相手と認識しているミフネ。
次なる作戦が浮かばないシルア。
だが、簡単に諦める訳にはいかない。
主の希望を優先したとはいえ、今回の作戦を考えたのは自分なのだから……
登場人物が増えてきたので、今回から登場人物紹介を復活させました。
次回は逃走ルートBです。




