タリサとエリフェラス
「そんなに警戒するな、タリサ……」
エリフェラスの口調が先程までとは異なっていた。
それは、普段から聞き慣れた親しげなものであり、タリサは一瞬安心感に包まれそうになる。
その安心感を咄嗟に振り払い、タリサは剣の先端をエリフェラスへと向けた。
「敵を目の前にして、警戒をしないなんてありえないと思うが……」
「敵か……、俺にはそんなつもりはないんだがな……」
警戒心を前面に押し出すタリサとは逆に、エリフェラスはそれを意に返した様子も見せずに自然体だった。
「王を裏切った者は、私にとっては敵にしかならない……」
いつでも切りかかれるように闘気を高めるタリサ。
エリフェラスとの間合いは、既にタリサにとっての必殺の間合いだった。
エリフェラス自身もそれを重々承知していた。
「無意味な事は止めろ……」
「? 無意味……?」
エリフェラスのその言葉が意味するものが理解できずに、タリサは一瞬戸惑いを見せる。
そこへエリフェラスは、すっと間合いを詰める。
タリサは反応できずに、エリフェラスの左手が、剣の柄を握る彼女の右手をそっと抑えた。
「!?」
ハッとした表情でタリサはエリフェラスの顔を見る。
先程の冷たさを感じる雰囲気は消え去っており、優しげな笑みでタリサを見つめていた。
「タリサ……、まずは話を聞け……」
「……」
タリサは、少し考えた後、柄から手を放し、それを確認してからエリフェラスも手を離した。
「タリサ……」
「何も言わなくていい……」
「……?……」
タリサは、エリフェラスに背を向ける。
完全に警戒を解いたその姿は、エリフェラスの目にはとても弱々しく見えた。
「あの場にフレイがいなかった時点で、全ては予想ができた……。何が起こったのかも……、私一人でどうにかできる事では無い事もな……」
「……タリサ」
「だがな!」
「!?」
タリサは振り向くと、強い意思を込めた目でエリフェラスを睨みつける。
「簡単に割り切って見捨てれる程、私の忠義は軽いものではない!!」
そう言うと、再び剣先をエリフェラスに向けた。
「それが解らないお前ではないだろ? その上で、お前は私に何を言うつもりなんだ? その言葉次第では、今、この場で私かお前が死ぬことになる!」
タリサもエリフェラスも、互いに目を逸らさずに見つめ合う。
タリサは強い意思を込めて、エリフェラスはそのタリサの思いを感じ取ろうと……
「ふぅ……」
エリフェラスは、タリサから目を逸らすと、小さく溜息をついた。
それにはハッキリとわかるほどの、諦めの感情が見て取れた。
「わかった……、これ以上は何も言わない。お前の好きなようにしろ。代わりに情報も与えない。それで良いな?」
タリサは少し驚きを見せたが、エリフェラスの目を見つめたまま、ゆっくりと頷いた。
「なら、さっさと行け。他に誰か戻ってくる前にな」
「……すまない」
タリサは小さく謝ると、エリフェラスに背を向けて走り出した。
エリフェラスが自分に攻撃する気はないと確信して、無警戒に……
「死ぬなよ……」
その小さな声は、タリサの耳に確かに届いていたが、タリサは反応を返さずにその場を後にした。
1人残されたエリフェラス。
再び小さな溜息を一つ。
「やはり無理だったか……」
無理とわかっての説得。
その説得までもいかなかった状況に、心の中で自分に対して失笑する。
「知衛将軍、ここでしたか?」
突然の声。
誰かが近づいてきていた事はわかっていた。
しかし、そこへ現れた者の声を聞いて、エリフェラスの顔から表情が一瞬消える。
「1人では危険ですよ。彼の女には1人で当たるのは危険です」
「ああ、そうだな……」
「? どうかされましたか?」
そこへ現れたのは雷炎将軍コンスタン・バームだった。
アミスの使い魔ティスを焼き殺した者。
「いや、気になる事があってな……」
「気になる事?」
興味深し表情でエリフェラスを見るコンスタン。
「闇氷河将軍がここに戻るのではと思ってな……」
「そんなまさか……」
「……」
エリフェラスは少し考えてから次なる言葉を出す。
「いや、実際にさっきまで居た」
「え?!」
「私一人ではどうにもならなかったがな……」
心から驚いた表情を見せるコンスタンに、エリフェラスは言葉を続ける。
「それでも、私も切り札を使って傷だけは負わす事が出来た。今なら貴殿でもどうにかできるかもしれん……」
「え? ですが……」
コンスタンも闇氷河将軍ことタリサ・ハールマンの実力は分かっている。
普通に考えれば1人であたる相手ではない。
人一倍功名心が高く、大きな手柄を求めていたコンスタンもリスクが高すぎる為に、躊躇いの方が強かった。
「モルデリド様に知らせてきます」
「逃げられて終わりますよ」
コンスタンの踏み出した足が止まる。
「逃走ルートはわかっています。私とタリサで共有してたルートです。もしもの為に用意していたもので、どんなルートよりも外に出るのが早い……、普通では今更追いつける相手ではありませんが、相手が私が追ってこないと高を括っていれば、もしかしたら追いつけるかもしれない……」
「ですから、急いでモルデリド様に……」
「今すぐ追っても追いつけないかもしれないのに、そんな時間があると思いますか?」
黙り込むコンスタン。
「止まってる時間が惜しいです。すぐに判断を! 副団長に知らせに行くか? 若しくは……」
急いでると言いながらも、エリフェラスは一瞬言葉を止めた。
「すぐに追いかけるか?」
エリフェラスはコンスタンに選ばせる。
しかし、それはこう言えば彼ならばどうするか解った上での選択肢だった。
(後は任せましたよ……)
エリフェラスにも、その後の展開は予想できない。
ただ、自分が望む形になる事を祈るだけだった。
今回はかなり短いです。




