更なる激動へ予兆
「炎の魔人なんて……予想外過ぎ…でしょ?」
ルーメルは、森の中を走りながら、途切れ途切れの口調で文句を言い放つ。
その表情には明らかな焦りが見て取れ、足場の悪い獣道である為、足も思った様に進まずに、それがより焦りを増す原因となっていた。
「少し落ち着いてください」
ルーメルに少し遅れて進むクエルスが冷静に諫めるが、そんな言葉で冷静になれるなら、初めから慌てなどしない。
走る速度を上げようと必死のルーメルに、クエルスは小さく溜息をつく。
「そんなに息を切らせた状態で到着しても、すぐに魔法を使えなければ意味がないんですよ。少しは余力を……」
「なんで、あんたはそんなに冷静でいれるのよぉ~~~!?」
絶叫に近いルーメルの言葉に、クエルスはそれ以上言葉を出すことを止めた。
代わりに冷静にこの先の事を思案することにした。
(最悪の場合、直接的な干渉が必要になるか……)
クエルスにとっても、たった数名の冒険者の追撃に最上位の精霊を使うなんて予想外の事だった。
モルデリドの考え方に対して、誤った認識で持っていたと考えを改めるしかなかった。
クエルスの予想では、アミス達を逃げる様に仕向けて、それを追撃してやむを得ずに殺してしまったという態をとると思っていた。
しかし、イフリートという最上位精霊を呼び出すには、儀式という前準備が必要であり、普段から使用できるような簡単な存在ではない。
つまり、準備をした上で敢えて逃走させて罠に嵌めた事が、誰から見ても明らかな事であり、どんな言い訳もしようがないほどなのだ。
アミスを殺さないという王命を直接受けたモルデリドの立場を考えると、己を貶める事をするとは、エリフェラスもクエルスも思ってはいなかった。
(それほど、アミスを危険分子と判断してたのか?)
自分達の実力に絶対的な自信を持っているモルデリドが、そこまでアミスを評価しているとは思いもよらなかった。
それはエリフェラスとクエルス側の油断だった。
モルデリドがどれだけ慎重な性格をしているかという事を見誤っていた。
イフリートという切り札は、モルデリドにとってあくまでも万が一のものであり、本来必要とは判断していなかった。
その前に立ちふさがる罠や伏兵で、事は済むと考えていた。
ただ、万が一それらを全て突破できるなら、自らが罪を被っても殺しておかなければいけない。
あくまでも最終手段だったのだ。
「ルーメル……」
「……?」
「すまない……、だが、あれを使ってでもアミス達は助ける……」
「当たり前でしょ!」
「だから、少しペースを落としてください。今のままではあれを使えない……」
「……わかったわ」
ルーメルはクエルスの願いを受け入れて、急ぎたい気持ちを抑えて無理のないペースまで落とした。
クエルスが自分に対して、命令ではなくお願いをしてきた。
そんな珍しい状況に冷静に考え直した結果だった。
呼吸を整え、森から感じる精霊力を少しずつ集めながら進む。
「絶対に死なせない……」
目的の場所が近づき、自然とルーメルの口から出た言葉。
それに対して、クエルスは険しい表情のまま黙って頷く。
そして、目的地直前で2人は立ち止まった。
膨大な熱量を感じ、既にイフリートが呼び出されている事が嫌でも判る。
特に精霊使いであるルーメルには、その高い精霊の魔力をハッキリと感じ取ることができ、一気に助けに入ろうとしていた心にブレーキをかける。
並んで足を止めた2人は互いに顔を見合わせると、どちらともなく頷き、戦場と化しているはずのその場を覗き見ることにした。
「……」
「……これは?」
それは予想外の光景だった。
イフリートの炎に包まれた空間に見えたのは、正確な数を確認しようのない程のモルデリドが率いる兵士達と、それに対して、たった1人で対面している女ダークエルフの姿だった。
「あれは……、もしかして貴方がもう一つの駒と言っていた?」
「そ、そうですが……」
空中に立ち止まって、モルデリド達と相対している彼女は、確かにクエルスが接触し情報を伝えて
アミス救出のための戦力と見ていた存在だった。
会った時に高い魔力とその佇まいからかなりの高レベルな実力者と判断はしていた。が、たった一人の術者の力でイフリートをどうにかできるとは思ってはいなかった。
見渡す限りアミス達の姿は確認できない。
モルデリドは怒りの表情をそのダークエルフに向け、彼女はそれを冷ややかな目で見つめ返していた。
「ア、アミス達は……?」
「もう逃げたんでしょうね」
「何でそんな事がわかるの?」
「彼女の表情ですよ。まだ逃げれていないなら、もっと必死そうな表情を浮かべているはずですよ……」
彼女と接触した時の事を思い出しながら、クエルスはそう確信していた。
(少なくとも、あの時には慌てた様子を見せていましたからね……)
「イフリートが呼び出される前に逃げれたって事? それとも……」
イフリートの炎に包まれた中逃げたのか?
と、もう一つの可能性を思い浮かべながらも、それはあり得ないとルーメルは思っていたが、
「『それとも』の方でしょうね……」
「!?」
ルーメルは驚愕する。
精霊使いだからこそ、最上位精霊の力は誰よりも判っているルーメルだ。
イフリートの存在を知らずにこの場に来たはずのそのダークエルフが、しっかりと準備を整えて、移動系の魔法を遮断した空間を作り出して、最上位精霊の力すらをも用意して迎え撃ったモルデリド達から、アミス達をどう逃がしたというのだろう?
あり得ないとしか思えずに、それ以上何も言えないルーメル。
クエルスもあり得ないと思いはしていたが、あり得ない事が起こっているのが事実な以上、何が起こったかを予想立てた。
そして……
「戻りますよ」
「え? 手助けしないの?」
クエルスはルーメルの返事を待たずに走り出していた。
ルーメルは少し戸惑っていたが、その場に1人で残ってもどうにもならないと思い、慌ててクエルスを追いかけだした。
「どうしたの? あの場をどうにかしなくていいの?」
追いついたルーメルは、クエルスに訊ねる。
「大丈夫ですよ。あの場は彼女1人で問題ないです」
「そんな簡単に……」
「あの副団長も、そんなに馬鹿ではないですよ。仮にも黒魔法の専門家ですからね」
「ど、どういうこと?」
「……おそらく、禁呪です」
「禁呪? 古代魔法の?」
「ええ、それ以外に思いつきません」
「禁呪にあの場を何とかする術があるっていうの?」
「……私にはわかりませんがね……」
クエルスに言葉に、ルーメルは一瞬足の力が抜けて躓きそうになるが、何とか態勢を立て直してクエルスの横に並んで走り続ける。
「少なくとも、敵に回してはいけない相手です。少なくとも充分にその力を把握するまでは……」
この後の事を考えれば兵士を不必要な事で減らす訳にはいかない。
モルデリドはそう考えるはずだった。
そして、そう頭に浮かんだ瞬間、クエルスはもう一つの可能性に気付いたのだ。
「それより、これがきっかけで動き出しますよ」
「……? ま、まさか……」
「ええ、だから、私達も準備しなければなりません」
だから、急いで戻らなければならない。
エリフェラスの下に……
予想外の事態に振り回されてきたクエルスも、今回の予想には100%に近い確信があった。
かねてより水面下で練られていた計画が動き出すことを確信していたのだった。
モルデリドはゆっくりと思考していた。
エリフェラスやタリサを嵌める事はできなかった。
残っているのは、後々の障害になりえる存在であるアミス達の殺す事だけだった。
突然現れたそれを妨害する存在。
その目の前に立つダークエルフの娘を早急に排除して追いかければ、まだ追いつくだろうか?
それはどれだけ素早く排除できるかによってだろう。
目の前のダークエルフに再び目を向ける。
高い魔力を持っている事はすぐにわかる程。
この凄まじい熱量の中、汗1つ流さずに涼しげな表情を見せるその姿に充分な余裕を感じる事ができた。
しかし、どんな実力者でも万能ではないだろう。
イフリートの炎を含めたこの場戦力を使えば倒す事は容易く思える。
問題は、こちらにどれだけの被害が出るかだろう。
今諦めれば、兵の被害なく終える事が出来る。
が、イフリートを使用したという事実は消えない。
隠蔽する事も難しく、アミス・アルリア追撃を諦めれば、己の立場を苦しめただけで何の収穫なしに終わってしまう。
「貴様は何者なのだ?」
モルデリドの問い。
それに対して、ダークエルフはすぐに返す。
「後ろの奴が知っているはずだから、そっちに訊いたらどうだ?」
「後ろ?」
モルデリドは躊躇いながらもゆっくりと振り向いた。
そして、そこに立つ、思ってもみなかった人物の姿に、目を見開く。
「だ、団長……」
「随分と大事にしているな、モルデリドよ……」
「いえ、これは致し方なく……」
「俺に下手な言い訳はいらん。イフリートまで用意しておいて、計画性が無いわけがあるまい……」
「いえ、それはあくまでも念のための……」
続けようとしたモルデリドの言葉は、ゼオル・ラーガから向けられた鋭い視線により止まった。
僅かに殺気が籠ったその目は、これ以上の言い訳を許さないと語っていたからだ。
「まだ研究の途中だったというのに……」
ゼオルは視線を女ダークエルフに移す。
その目から殺気は消えて、口元には僅かな笑みを浮かべている。
「久しいな……。何か月経ったか……」
「さ~な……わざわざ日数を数えていないからな」
「それは俺もだ。まさか、こんな所で会うとは思わなかったぞ……、レンよ」
「それは私も思っていなかった。偶々、この都市に来ていてな。そして、偶々あいつと接触していた知人に会って、もしかしてと情報を集めてみれば、こんな事になってるとはな」
「偶々か……、人の縁とは面白いものだな……」
のんびりと会話するゼオルの姿に、モルデリドは心中では苛立っていた。
しかし、先程の向けられた僅かな殺気が、それを態度に現すのを抑える。
「あの時の男が、まさか暗黒騎士の団長とは思ってもみなかったがな」
笑みを絶やさないゼオルと、無表情なまま威嚇するように殺気をまき散らすレン。
対照的な態度の2人のやり取りを黙って聞いていたモルデリドも、その終わりを待ちきれなくなり口を開く。
「何者なのですか?」
「鉄巨人の大迷宮の時に出会ったダークエルフの魔術師だ。仲間だった訳ではないがな」
「確かに、私は仲間ではなかったが、お前とアミスは仲間だったと認識していたがな……」
「その認識に間違いはない。あの時は共に同じ依頼を受けて共に行動していたからな」
一瞬、レンから放たれていた殺気がゼオルに集中したように感じた。
しかし、ゼオルはそれを気にした様子もなく言葉を続ける。
「あの時は良い経験をさせてもらった。自惚れていた自分に気付く事ができた」
「あの時、私もお前も、アミスのおかげで助かったはずだ。その恩を仇で返すとは……」
「俺もあの時の恩は忘れてはいない。あくまでも今回アミスには助力を求めただけだ。その内容から、力尽くな形になってしまったがな」
ゼオルの口元から笑みが消えた。
「事が終われば、アミスを解放する予定だった。それも馬鹿達のおかげで途中で終わってしまったがな」
鋭い目つきを向けられ、モルデリドは身体を震わせた。
自分が立っている位置はゼオルの剣の間合い内であり、もしゼオルが攻撃を仕掛けてくれば武芸には疎い自分では防ぎようがない事がわかる。
迂闊に動く事が出来ない部下達も、防御しきれないだろう。
「では、もう追撃はないという事でいいのか?」
「それは……」
レンの言葉に反応したのはモルデリドだった。
思わず出た言葉なため一瞬躊躇ったが、今更止めれないと思い、続ける。
「逃がしてはいけません。奴はいずれ我々の障害になります」
向けられたゼオルの目を正面から受け止めて言うモルデリド。
その言葉を機に、部下達がモルデリドを庇う位置へと隊形を変えた。
ゼオルはモルデリドを暫くじっと睨みつけた後に、急に興味を失ったかのように視線をレンへと戻し、
「もし、追撃すると言えばどうするのだ?」
と、問いかけた。
「そうだな、この場にいる8割を道連れに生涯を終えるだけだな……」
「8割だと……?」
どれだけの実力者であろうと、そんな事ができるわけがない。
そう思ったモルデリドは、大口を叩く女ダークエルフを睨みつけたが、ゼオルは再び口元に笑みを浮かべて、
「それは困るな。今は少しでも戦力を失いたくない時期だからな」
「……」
「追撃はかけぬ」
「な? ゼオル様?」
「追撃はかけぬ!」
再び殺気が籠った目がモルデリドに向けられる。
先程とは違い、防御態勢は整っていたのだが、結局は逆らう事ができない。
「ここで素直に退けば、今回の件で罪は問わぬ。しかし、これ以上逆らうなら、それ相応の覚悟はしてもらうぞ」
武芸に疎いモルデリドは、そう言われるまで気づかなかった。
ゼオルがいつでも剣を抜ける体勢になっている事に……
「わ…わかりました……。申し訳ありませんでした……」
モルデリドは諦めた。
ルリッチにイフリートを帰還させるように、兵士達にも警戒を解くよう指示した。
周囲の炎が消えてもレンはすぐには警戒を解かなかったが、周囲に他に気配が無い事を確認してから、ゼオルに背を向けた。
「お前が、命まで懸けてあいつを助けようとするとは思わなかったな」
後ろから掛けられたその言葉に、レンは踏み出そうとしていた右足を止め笑みを浮かべて返す。
「私もだよ。他人の為に命を懸ける事があるとはな……」
「だが、わからんでもないがな」
その言葉を受けて一瞬ゼオルの方へと振り返ったが、何も言わずにその場を後にするレン。
ゼオルの言葉に偽りがないと判断したのか、それ以降は振り返らずにゆっくりとした足取りで歩いて立ち去っていった。
「本当に、良かったのですか?」
「ああ、それより、例の計画の準備に取り掛かれ」
「!?」
ゼオルからの予想外の言葉に、モルデリドは驚き、そして、強張っていた表情を崩した。
「計画実行は2日後の夜だ。遅れは許されんからな」
「承知しました」
厳しいものへと表情を変えたゼオルとは逆に、モルデリドの表情には嬉しそうな笑みが灯った。
流れる雲が月を隠し、辺りが闇に包まれる。
そんな闇に相応しい不気味な笑みだった。
古びた小さな小屋がそこにあった。
元々は何のために用意されたのかわからないほど、違和感のある場所に建つその小屋が、アミス達が潜むためにエリフェラスが用意した場所だった。
入口がある一面を除いた残りの3面が崖下を覗けるように建てられた小屋は、どう見ても目立って見えて、追ってきた者にがいればすぐに確認されてしまうのではと思ってしまい、アミス達は入る事を躊躇っていた。
この小屋に隠匿系の魔法がかけられている事をミスティアルから説明されて、押されるような形で入っていった。
5人が入り、ミスティアルがクエルスより預かっていた碧い石を、部屋の中央に立てられている燭台の様な物の上へと置くと、石が弱い光を放ち、その光は小屋の壁が吸収するように静かに消えていった。
「これで、外からは見えなくなってるはず……」
「そんな物、どこで……?」
ラスがふと疑問を口にしたが、ラディもミスティアルも口を濁すだけで、ミスティアルが同じ石を全員分出し、各員に渡して、何かがあって外に出る時には必ずこれを持って出るように説明する。
隠匿魔法を作動させてしまったので、その石を持っていない者には見えなくなっているとの事だった。
「説明できることはあるのか?」
ラディ達の態度から、全てを語る事はできないのだろうと判断したラスは、質問の仕方を変えた。
躊躇いながらも、頭の中で話を整理しながら2人は語りだした。
自分達はある人物に助けられ、その人物からアミス達を逃がす依頼を受けたが、その依頼者の要望により、その名は言えない。
逃げる為の準備も、逃走経路も、潜伏する為のこの場所も、全て依頼者が用意したモノであり、伏兵の位置もある程度の予想はされてあった。
「最後のイフリートは情報に無かったけどね……」
ミスティアルはあのどうにもならないと感じた炎を思い出したのか、額に汗を滲ませていた。
「そう言えば、最後のあれは何だ? イフリートの炎が突然割けて道ができたが……」
それに関しては、ラディもミスティアルもハッキリとは答えを返せなかった。
ただ、一つの予想として、
「私達以外にも、手助けが2人いるって聞いてたから、その人達かな?」
「どんな奴かは聞いてないのか?」
「ダークエルフと言ってましたね。俺達が聞いているのはそれだけですが……」
ラディは、言いながら視線をアミスに移し、それにつられるように全員の視線が集まった。
アミスは疲れを隠せない様子で、その視線に気づいていなかったが、
「アミス、あの時炎が割けるのが判っていたのか?」
「……? あ、はい」
少し遅れた返事が返ってくる。
誰が見ても、体力的にも、精神的にも、限界なのだろうと思えたが、それだけは確認しておきたかった。
「僕にだけ聞こえる様に声を飛ばしてくれたみたいです。知らない人に聞こえるようにしても返って、疑念を生んでしまうとのことみたいです」
「知ってるやつって事か……」
「はい、最初の冒険で大変お世話になった人です……」
アミスは目を閉じて、何かを思い出している様子だった。
そして、その閉じられた瞳から零れる涙に、リンとミスティアルは驚き、ラスやラディは続けて言葉を投げかける事はなかった。
「あの時も色んな人の助けてもらって、僕の力不足で助けられなかった人がいて、何とか強くなろうと頑張ってきたつもりだったのに……、本当にただの『つもり』だったんですね。今回もティスを助けられなかった……」
一度零れだすと、その涙を止める事はできなかった。
リンはそんなアミスを優しく抱きしめて、ミスティアルはその側で何と言って慰めようかと悩んでいた。
本来なら、冒険者として強く言わなければいけない状況なのだが、外見はか弱い未成年の少女なアミスには、なかなか強くは言いにくかった。
普段なら厳しい発言もするラスですら、今回はアミスが落ち着くのを待つしかなかった。
「相変わらず、泣き虫のままか……」
突然の声に、視線が集まった。
扉が開けられた音も気配もしなかった。
しかし、先程まで居なかった人影が視線に確認できた。
「レンさん……」
ラスは腰のレイピアに手を当てると、視線の先にいる黒い肌の種族に警戒の目を向けた。
先程、ラディから協力者にダークエルフがいる事を聞いていなければ、攻撃していたかもしれなかったが、その情報のおかげで警戒だけに止まった。
が、自然と殺気混じりになってしまったその警戒の視線を向けられても、ダークエルフのレンは気にした様子は無かった。
(攻撃が来ない確信があるのか……、攻撃されても防ぐ自信があるのか……)
ラスはその余裕の姿を前に、警戒を残したままアミスと彼女の間に立った。
それに気づき、レンは小さく笑みを浮かべると、そのままアミスに向かって話し始めた。
「やはり、性格的に冒険者に向いていないんじゃないか? 仲間に気をつかわせて、甘え過ぎじゃないのか?」
その言葉はアミスの胸に突き刺さる。
涙を直ぐには止める事はできない様子だが、アミスは自分を慰める為に抱きしめていたリンの手をゆっくりと解きながら立ち上がる。
そのレンの言葉は、ラスの心にも突き刺さっていた。
本来ならこの言葉は、自分が言わなければならない言葉だったからだ。
甘い考えのアミスや、まだまだ若くアミスの感情に流されやすいリンやミスティアルとは違う自分の役目だった。
しかし、ティスを失った事のショックはそれほど大きく見えてしまっていたのも、ある意味当然と思ってしまっていたのだ。
「お前は、あの時強くなると宣言してただろ? あれはあの場だけの言葉だったのか?」
「そんなことはないです……」
「なら、せめて今回の件が全て片付くまでは、強い心を持て」
アミスは涙を何とか止め、頬に残ったものを拭って頷いた。
そんな姿を確認してから、
「全て終わってから、いっぱい泣けばいい」
と、一転、優しげな笑みを浮かべてレンはそう言った。
それに対しても、アミスはゆっくりと頷くと、
「すみません、ご心配をかけました」
と、ラス達に向かって謝罪をした。
レンと呼ばれたダークエルフがアミスに近づきだしたが、ラスも警戒を解き、普通にそれを許す。
そして、互いに紹介し合い、これからの事を話し合う。
すぐに動く事は危険だというのは全員の共通意見であり、動く時のために休息をとる事となった。
アミス達を休ませて、ラディとミスティアルの2人は偵察のために外に出て、レンは見張りの為に残る。
レンは自分1人で見張りをするので、アミス達3人に眠るように勧めたが、ラスが2人一組の見張りが基本だと言い、自分も見張りに付く事を譲らなかった為、アミスとリンだけが眠りにつく事になった。
それが基本的な考えなのは事実だったが、もし1人見張りにつくのがラディやミスティアルであれば、ラスはその言葉に甘えていただろう。
それほどの疲れがラスの体にも精神にもあったのだ。
だがどうしても、ラスには初対面のダークエルフを信用しきるのに抵抗があったのだ。
信用できると思っていたタリサが敵だった事実が、元々疑い深くあるようにしていたラスのその考えをより強くしていた。
冷静に考えれば、絶体絶命の状況で助けてくれてから、罠に嵌める意味なんてないと判っているのだが、それでも疑念を完全に捨てる事はラスにはできなかった。
余程疲れていたのか、まだ緊張してるはずのアミスもリンも、意外なほどに早くに眠りの世界に入っていた。
2人の小さな寝息が聞こえてくる。
背中同士をくっつけて眠りにつく2人を見て、ラスは考える。
リンも出会ってそれほどの日数は経っていない。
それなのに、そんなリンを完全に信頼しきっている自分に僅かな違和感を感じもしていた。
しかし、それを考えれば、自分やラディやミスティアルも、出会ってまだ100日も経過していない。
だが、今ではアミスの為に命を懸けてもいいと思える程の、仲間意識を持っていた。
(タリサもそうだと思っていたんだがな……)
仲間に裏切られた経験は何度もあった。
それなのに今回のタリサの一件は、思いの外ラスに大きなショックを与えていた。
アミスを中心に、それだけの信頼関係を作れていたという意識が強かった為、それを裏切られた精神的なダメージが大きかったのだろう。
ラスは自分でもこれだけのショックを受けているのだから、まだまだ甘さを捨てれないアミスのダメージは計り知れないと思えた。
今、更に仲間に犠牲者が出たら、この優しいアミスの心がどうなってしまうかと不安に思ってしまう。
「大丈夫か? 無理せずに眠ってもいいんだぞ?」
考える事に集中しすぎていたらしく、突然のレンの言葉に、ラスはビクッと体で驚きを出してしまう。
そんなラスの姿に、レンは小さく笑ってしまった。
「……大丈夫だ」
自分でも強がりにしか思えないような返事を返して、心の中で笑ってしまう。
「……レンだったか……、お前は何でここまでしてくれるんだ? アミスは昔助けられたようなことを言っていたが……」
「助けられたか……、それはこっちのセリフなんだがな……」
「アミスがお前を助けたのか?」
レンは深く思い出すように、視線を上げ天井へと向けた。
「確かに私が助けた状況もあっただろう。しかし、最後に絶体絶命の状況を打破してくれたのは、そこの少年だよ」
「そうなのか……」
「流石にその時の事を話してはいないんだな」
レンのその言葉で、ラスには予想がついた。
その時にも、アミスは心に傷を負ったのだと……
おそらく、仲間を失っているのだと……
「……来たか……」
レンがそう言い意識を他に向けた事に気付き、ラスももう1人気配が室内に増えた事に気付いた。
「心配するな。私の仲間だ……」
そうは言われても警戒をしない訳にはいかなかった。
レイピアに手をあてて、気配を感じるレンの後方へ視線を向けるラス。
「お、お前は……」
ラスが纏ってた警戒の気が強くなる。
ラスが直接戦った相手ではなかったが、アミスやタリサが戦った敵だった男の姿に、心が乱されたのだ。
名前までは憶えてはいなかったが、それは魔族の少年ロルティが連れてきていたダークエルフの暗殺者だった。
「そんな気を発していると、眠っている者を起こしてしまうぞ」
キルのその言葉にも、ラスは警戒を緩めない。
「もう目を覚ましているようだぞ……」
レンのその言葉に、眠ったフリをする意味を失ったリンは、ゆっくりと体を起こした。
アミスを起こさない様に細心の注意を払って……
「確か、キルって名前だっけ?」
「獣耳がないが、あの時の獣人か……」
「正確には獣人じゃなくてシェイプチェンジャーだけどね」
端でやりとりを聞いているラスからすれば大差ないだろうと思えたが、リン本人の中には明確な差があるのだろう。
実際に戦った時に居合わせたはずのリンが、予想以上に冷静な事で、ラスの心にも冷静さが戻る。
「どうだった?」
「とりあえず、仕事に落ち度はない。が……」
「……が?」
レンは、キルの次の言葉を待った。
ラスとリンも2人のやりとりを黙って観察する。
「随分と慌ただしくなってる」
「それは普通のことじゃないのか? けっこう大事になる状況だと思うがな……」
ラスもリンも、レンの言葉の方がもっともだと思ったが、キルは首を横に振り、否定する。
「そうではないんだ。慌ただしくも整然と兵が動き出している。事が終わって解散するわけでもなく、かといって追撃の部隊が用意されるわけでもなくだ」
「他の何かの為に、兵士が動き出しているという事か?」
「俺にはそう感じた。そして、その動きの中に、含まれていない隊が一つあってな……」
「逆に逃げるにはいいタイミングかもしれないな」
レンは冷静に判断して、そう呟く。
情報が確かなら、そう考えるのは当然とラスとリンも思うが、少なくともラディとミスティアルが戻ってからの話になるだろう。
「レン。俺はここで別れようと思うが……」
「? 何故だ?」
ずっと一緒にいた間柄ではない。
この町で偶々再開して、聞いた情報から仕事の依頼という形で今回の共に動いただけだった。
今回の事が終われば別れる予定だったかもしれないが、こんな途中での提案に、レンも首を傾げるしかなかった。
「今回のもう一人の依頼者の下で、少し仕事をしようと思ってな」
「……どういうことだ? 何があったと……」
「動きに含まれていない隊の事が気になってな。情報を求めても簡単には無関係な者には教えないだろう」
「だから、一時的にでも仲間になると……? そこまでする義理があるのか?」
「ま~な。お前がそこの少年に恩があると言っていたように、俺にも恩を返す相手がいるという事だ。ま、俺の事は気にせずに、仲間が戻ったら逃げるといい」
レンは少し戸惑いながら考えた。
軽い口調で言ってはいるが、キルがいい加減な気持ちで言ってる事では無い事はレンには判っていた。
お互いに今何を優先にするべきかを考えて、その提案を受け入れるしかないと結論付ける。
「わかった。今回は助かったよ」
「仕事の依頼なのだから、そんな言葉はいらないさ。充分過ぎる報酬は貰ったからな」
急ぐキルは、レンからの受け入れの言葉を聞くと、別れの言葉も言わずに立ち去った。
最期にこの小屋に入る為の碧い石を置いて……
あまりにあっさりした別れのシーンに、ラスとリンは何も口を挟めなかった。
レンにすら気づかれないように眠ったフリをしたままのアミスだけは、その話を聞いて別の事を考えていた。
それは、キルが恩を返すと言っていた、その相手の事。
そして、アミスは決意していた。
その決意した事を実行する為に、再び眠りにつく。
それを万全な状態で実行できるように……




