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アミス伝 ~聖獣使いの少年~  作者: 樹 つかさ
6・激動のグランデルト
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救出のため

 地下牢からゆっくりと上がってくるモルデリド一行。

 クエルスからの情報を得て、彼と共に牢に向かっていたタリサが地下への入口に辿り着いたのは、そんなタイミングだった。

 不意にモルデリドとタリサの目が合うと、モルデリドは僅かに口元に笑みを浮かべてからその場から立ち去ろうとした。


 「モ…モルデリド様!」


 咄嗟に引き止めるタリサの声に、モルデリドは余裕の表情で立ち止まった。

 その表情を見てイヤな予感しかしないタリサだったが、確認しない訳にはいかない。

 自分も知らなければならないし、共に来たクエルス経由で、エリフェラスにも情報を渡さなければならないのだから……


 「地下牢に何しに?」

 「アミス・アルリアをスカウトしにな……」

 「……上手くいきましたか?」


 アミスが受ける訳がない事は、タリサにも判り切っていた事だったが、そうとしか訊きようがなかった。


 「残念ながら……」


 そう言うモルデリドの表情に、残念さは一切感じる事はできない。

 それが真の目的ではなく、そして真の目的がある程度達成している事を感じる事ができた。


 「なかなか、強情な性格の様だな……」

 「それは共に旅して重々承知しております。それは情報としてお伝えしているはずですが……」

 「そうだな……、だが、仲間を大事にするとも聞いていたのでな、今回の提案も断るとは予想外だったよ……」

 「……」


 嫌な予感が更に強くなる発言だった。

 せめて、提案だけで、まだ実行まで至っていない事を祈るタリサ。


 「ま、使い魔では、仲間として不十分だったかもしれないがな……」

 「つ…使い魔ですか?」

 

 モルデリドは、自身の後ろで待つ魔術師に目を向ける。

 魔術師は、軽く両手を振っていた。


 「どうした? 雷炎将軍(トネールフラム)?」

 「いえ、燃やす対象に対して炎が強すぎたようです。この辺りの判断がまだまだですな、私は……」

 「そうか、なかなかあんな小さな対象を燃やす機会はないだろうが、次に気を付ければいいだろう……」


 タリサに判らすための芝居だったのだろう。

 それにどんな反応を返すか、モルデリドはじっとタリサの表情を観察していた。

 しかし、タリサは表情も変えずに


 「雷炎将軍は魔力が強すぎるのでしょう? ま、無理に調整に拘る必要はないのでは?」


 と、その会話に加わった。

 その言葉に驚いたのは、雷炎将軍と呼ばれたコンスタン・バームの方だった。

 

 「急ぐ用があるのだが、もういいか?」

 「はい、引き止めて申し訳ありませんでした」


 と、頭を下げるタリサ。

 モルデリド達はじっくりと観察する様に見ていたが、その姿に動揺は一切感じ取れない。

 立ち去るモルデリド達を、静かな表情で見送るタリサとクエルス。

 そして、視界から消えると、2人はそこから移動する。

 向かっていた地下牢ではなく、通ってきた道を引き返す。


 そんなタリサ達と離れた事を確認してから、コンスタンが口を開きだした。


 「思ったより、冷静でしたな……」

 「……」

 「あの程度の挑発は、流石に効きませぬか」

 「馬鹿が……」

 「は?」


 モルデリドの表情が不機嫌なものに変わっている事に気付き、コンスタンは焦りの表情を見せた。


 「そんなだから、魔術師として成長せんのだ」

 「申し訳ありません!」

 「観察力を養えといつも言っておるだろう。そして、敵の事を良く知れともな。激情をあれほど抑え込める事が、奴が王や団長から評価されている一つだと判れ」


 雷炎将軍ことコンスタンは、まだ将軍の称号を貰って二月も経っていなかった。

 魔法の腕だけで行けば、ずっと前から将軍クラスと評されていたのだが、こういった観察力や状況判断力が足りないと、直属の上司であるモルデリドからの推薦が出なかったからだ。

 モルデリドも忠義面からの貢献度を見て、漸く推薦し、将軍に引き上げたのだが、まだ早かったかと僅かに後悔の念が出ていた。


 「あの様子から見て、奴は必ず動く。エリフェラスの奴もな。奴等の動きを見落とすな」

 「は、はい!」


 モルデリドの悩みの一つだった。

 自分の直臣の中には、魔法に長けた者にも武勇に優れた者にも事欠かない充分な戦力が揃っていた。

 ただ、足りないのは補佐役だった。

 自分の考えに副い、戦略面で支えてくれる者がいない事。

 それを育てようと、コンスタン、コール、トーマス等を側に置いているのだが、そう言った面での成長が見えてこない事が、作戦の実行に二の足を踏ませていた。


 (焦ってもどうもならないのだがな……)


 今は、ゼオル・ラーガの下でじっくりと機会を待つだけ。

 その都度できる事をしながら待つだけだった。

 




 タリサとクエルスは、とある部屋に移動し終えていた。

 特殊な魔法で隔離された部屋であり、原則、この部屋に入る事が出来るのは、エリフェラスやクエルス等のごく一部の者だけだった。

 タリサが入る事が出来たのも、クエルスの許可の下、共に入ったからであり、タリサも1人で入る事は出来ない部屋だった。

 2人が部屋についてから、ある程度の時間が過ぎていたが、どちらからも言葉が生まれずに静寂の時間が続いていた。

 そんな静寂に音を生み出したのは、その部屋に新たに訪れた知衛将軍エリフェラスだった。

 エリフェラスは、入って早々自分へ視線を向けた2人の表情で状況をすぐに理解したのか、右手で頭を掻きむしって苛立ちを見せる。


 「間に合わなかったか……?」


 予想はつきながらも確認の為に訊ねるエリフェラスに、クエルスが黙って頷く事で答えた。


 「タリサ……」

 「すまない……、もう少し時間をくれ……」

 

 モルデリド達の前で抑えていた感情が、今にも爆発しそうなのをタリサは必死に抑えていた。

 これから、冷静に話し合わなければならない。

 そこに激情は邪魔だけという考えがタリサにはある。


 「一度、発散してもいいんだぞ。何なら、あのジジィのダミー人形でも作ってやるか?」

 「いや、いい。この怒りは溜めておく……」

 「そうか……」


 自分なら、まずは発散してから冷静になろうとする所だったが、この辺りが自分と彼女の違いなのだろうと理解はしていた。

 それぞれの性格が異なっている以上、どちらのやり方が正しいとも言えないと割り切った考えがエリフェラスにはあった。

 再び生まれる静寂の時間。

 今回はそんなに長くは続かなかった。


 「なんだ?」

 「ん?」

 「私に何か言おうとしていただろう?」


 タリサが突然静寂を止めて口を開いたので、エリフェラスも言葉の意味を捉え切れずに、やや間抜けな返しをしてしまう。


 「ああ、とりあえず明日の朝にでも、アミスに会いに行ってもらえるか?」

 「? すぐじゃなくていいのか?」

 「まともに話せる状態じゃないだろ? お互いにな……」

 「……そうだな」


 タリサはアミスの状態を想像してそう返した。

 相当なショックを受けているのは間違いない。

 一晩でどれだけ回復するかもわからない。

 明日の朝でも、まともな話にはならないかもしれなかった。


 (それは私もか……。何と声をかければいいかわからない。ただ、先ずは詫びなければならないだろう。何と責められても仕方ない覚悟をもって……)


 「できれば、どちらかに代わりに行って欲しいところだがな……」


 そうもいかないと判っていながらも、思わずそんな言葉がタリサの口から出ていた。

 

 「すまんな、俺には別に会わなければならない連中がいてな……」

 「……?」

 「とりあえず、アミスやラス・アラーグェ達への対応は、タリサに任す」


 タリサは頷くしかなかった。


 「とりあえず、アミス達には下手な動きを起こさない様に釘を刺しておいてくれ。逃がせるチャンスが訪れるまでは我慢してくれと……」

 「逃がせるのか?」

 「王命があるからな。少なくともアミス達がおかしな行動をとらない限りは安全だ」

 「本当にそう思ってる? ……思ってるんですか?」

  

 クエルスが口を開いた。

 何かをじっくりと考えている様子だったが、エリフェラスの言葉に反応した様だった。


 「間違った考えか?」

 「残念ながら……」


 クエルスに2人の視線が集まる。


 「あの爺さんは動かないだろうけど、その下には気の短い馬鹿が多いからね」

 「バッサリだな……」

 「できるだけ、早くに逃がした方がいいと思う」

 「作戦はあるのか?」


 少しの間を置いてから、クエルスは首を横に振った。


 「残念ながら……」


 クエルスがそう言い、溜息をつく。

 その溜息に偶々合ったのか、エリフェラスもまったく同じタイミングで溜息をついた。


 「チャンスは私が作ろう。だから、準備だけしといてくれ」

 「……タリサ……」

 「おかしな事を考えない方が良いですよ。貴女はすでに奴らに目をつけられている。これ以上の行動は、ゼオル団長にも庇えなくなってきますよ」


 クエルスがタリサの考えにハッキリと反対する。


 「目をつけられているのは、そちらも同じだろ?」

 「そうですね。だから、私達は万全な状況がないと動かない。あと、直接動かなくていいように駒を用意するつもりです。でも、将軍……、貴女はそういった存在を用意していないですよね」

 「駒?」

 「その駒も無駄にはしたくないですからね……」


 クエルスの意見が正しいのはタリサにも判っていた。

 しかし、そんな余裕がない状況だった。

 これ以上の犠牲を出したくはない。

 そんな思いがタリサを焦らせる。


 「将軍……、貴女はやはり優し過ぎる。貴女にとってアミス達は、本来は優先にする相手ではないはずだ。それなのに、今は彼等を助ける事を最優先に思っている。一緒に旅をして情が移っているんですね?」

 「……」


 図星だった。

 だからこそ、共にいる時もアミス達に逃げ道を作るように注意してきた。

 任務を受けた以上、その為に動かない訳にはいかなかったが、もし逃げられて失敗してもいいという思いを持ち、遠回しにアミス達に逃げる様に言ってきた。

 それは意味を成さずに、任務が進みアミス達を捕らえる事になってしまい、そして、犠牲者をつくってしまった。

 それがタリサには辛かった。


 「もう一度、よく考えてみてください。貴女が最優先にしなければならない事を……。我々も、仲間を失うのは厳しいので……」

 「仲間か……」


 タリサは、エリフェラスとクエルスに交互に視線を送ってから


 「その割に、秘密ばかりだがな、お前達は……」

 「そうだな……、だが、俺はお前の力になりたいと思ってるぞ。確かに、こちらにも個別で目的があるから、いざという時には見捨てる可能性はあるがな……」

 「……」

 「だが、今回のことに関しては仲間として意見を言わせてもらう。もう少し待て、クエルスが何らかの策を用意するのをな」

 「丸投げ?」


 クエルスからすぐに出た不満の言葉が、思いの外ツボにハマったのか、タリサの顔の漸く笑みが生まれていた。


 「わかった。私の方でも考えてみる」

 「ああ、焦る気持ちは判るが、こういう時こそ冷静にな……」

 「……わかった」


 再度笑みを浮かべてタリサは部屋を後にした。


 「冷静にか……相変わらず難しい事を簡単に言ってくれるね」

 「そうか?」


 クエルスの言葉に、エリフェラスはさも簡単そうに言葉を返す。


 「ボクも……、冷静ではないよ」

 「だろうな、言葉を選びきれてないからな……」

 「とりあえず、奴の始末はボクが……、いや私がします」


 クエルスは目を細めて鋭い目つきで床を睨みつけていた。


 「殺ったのは誰だ?」

 「コンスタン・バーム……」

 「そうか……、では奴の始末は任す」


 殺気を出しながら頷くクエルスを見て、エリフェラスは小さく溜息をつく。


 (感情を抑えきれていない。策士として、まだまだだな……)


 それはエリフェラスから見て、クエルスに策士として足りない冷静・冷酷さだった。

 だが、仕方ないという思いもあり、敢えて指摘する事はしない知衛将軍だった。





 タリサが信頼できる部下を集めたのはその日の晩の事だった。


 参謀役として様々な面で支えてくれる、シルア・アイン。

 タリサが武勇面で最も頼りにしている、トリッセル・コランジュ。

 戦の神オリヴァンの神官戦士、マリーナ・フォンセルン。

 タリサと同郷の戦士、ヨネン・ゲンシュ。

 騎士職として認められたばかりの新米騎士、フェミリアーネ・ギフト。

 そして、ハーフエルフの精霊使い、ルーメル・フェミオ。


 総勢6名で全員女性。

 勿論他にも部下はいるのだが、今回集められたのはこの6人だけで、秘密裏に行われる作戦会議の時に集められるメンバーとしては、これでもいつもより1人多い。


 「珍しい者が参加してますね……」

 

 トリッセルの言葉で、いつも参加していない一人に視線が集まる。

 

 「そろそろいいかと思って……、シルアと話し合って参加させる事にした」

 「そうですか……」


 タリサとシルアの2人で決めたのなら問題ないだろうと、トリッセルもそれ以上何か言おうとはしなかった。

 ただ、一度集まった視線は、その対象のルーメルから移ってはいない。

 

 「それより、今回の話は?」


 ルーメルから最初に視線を離したのはマリーナだった。

 彼女の興味は、既に今回集められた理由へと移っている。


 「今、牢に入れられているアミス・アルリアについてだ……」

 「タリサ様が捕らえたハーフエルフの少年ですか? 何かありましたか?」


 他に判らない者がいて話の腰を折られない様に、説明じみた言葉を付け加えるのはマリーナの口癖のようなものだった。

 短く切り揃えられた赤毛が感じさせるように、活発な性格の彼女は、話の進行役になる事が多かった。

 疑問を抱え込むような事はせずに、すぐに質問する為、会議をスムーズに進行させる存在だった。


 「彼の者の使い魔が殺されたと聞きましたが、それは関係ありますか?」

 

 トリッセルがつり目で鋭さを感じさせる目を、ルーメルからマリーナ、シルア、タリサという順に移して訊ねる。


 「殺された? 誰にですか?」


 そう驚きの声をあげたのは、皆からフェミルの愛称で呼ばれているフェミリアーネ。

 素直な性格の彼女は、感情を隠したりせずに元々大きな碧色の目を丸く大きくして驚いていた。

 

 「コンスタン将軍と聞いている」

 「トリッセルさん、どこでその情報を?」


 シルアが疑問に思い訊ねた。

 起こったのが今日の事であり、タリサから既に聞いている自分以外に知る者がいる事に驚いてのことだった。


 「本人から聞いた。何を誇っているのかわからんが、自慢げに話してきたぞ」

 「あの方は、トリッセルさんに認めてもらいたいんでしょうね……」

 「どう考えても逆効果としか思えないがな……」


 そう言って呆れ顔になったのは、マリーナとヨネンの2人だった。

 コンスタンが、ずっと前からトリッセルに好意を持っているのは、騎士団に仕える者の中から、知らぬ者を探すのが難しいくらいの周知の事実だった。

 鎧を脱いで女性らしい服装に身を包めば、国で一番の美人と言っても過言ではない程の美貌のトリッセル。

 そんな彼女に好意を寄せる男は多かったが、その中でも、一番積極的にアプローチを仕掛けているのはコンスタンだった。

 

 「彼の者達を完全に敵に回すのは得策ではない。これはゼオル団長も同じ考えのはずだ……」

 「『はず』って……、少し疑ってますか?」


 タリサのハッキリしない物言いに気付き、マリーナが遠慮せずに質問する。


 「いや、この件に関して団長が嘘を言う理由はないからな。彼等を殺す気なら偽らずに実行しているだろう……」

 「ですが、副団長はそうではないようでしてね……」


 と、シルアが代わりに説明を始めた。

 みんなが知っているはずの、タリサがアミスを捕らえる為に策を託された事から説明を始める。

 捕らえた者の生奪の決定権をタリサが預かる事を条件に、その策の実行役を受けた事。

 策は成功し、アミス一行を捕らえた事。

 ゼオル団長との共通認識として、アミス達を敵に回さない様に仲間や聖獣を含めて殺さない様に提案した事。

 念には念を入れて、王に命令を出してもらい、アミス達の安全を確保した事。

 そして、その時に名前が漏れていたアミスの使い魔を、モルデリドの命でコンスタンが殺した事。

 それは、アミス達からこちらへの敵対意思を持たせて、防衛を装い殺そうというモルデリドの策だという事。


 「私は、それを許すつもりはない。必ず、彼の者達を生かしてこの国から解放する……」

 「何故、そこまで、彼の者を?」


 タリサがハッキリと言い切り、すぐさまマリーナが訊ねる。


 「それは王の意思に反するからだ。自分達に敵意を見せていなかった他国の者を、こちらの都合で国外で捕らえて殺すなんて、王は望みはしない……」


 シルアの代弁。

 そして、それにタリサが付け加える。


 「アミスの姉に会って、その実力を目にした。正直、敵に回せばやっかいな実力者だ。しかも、事実かはわからないが、父親はそれ以上の実力だという」

 「タリサ様は恐れているのですか?」

 「……」 


 少しの沈黙の後、

 

 「ああ、できれば敵に回したくないな……」

 「それ程ですか……」


 そう言ったマリーナだけでなく、その場の全員が驚きの目を向けていた。

 彼女達から見たタリサは、決して好戦的な性格ではない。

 無駄な戦いを避ける事もある程だが、その理由が相手の実力の高さだった事はなかった。

 多少の戦力差を覆そうとする気概を持っており、実際に幾度となく劣勢を跳ね返してきた。

 その功績により、将軍職の中で随一の評価を受けている彼女が、仲間内にとはいえ、弱気を見せるのは珍しい事だった。


 「それで、何か手段が?」


 ヨネンが端的に疑問を投げかける。

 タリサと古い付き合いである彼女は、こういった作戦会議で意見を言う事は滅多にない。

 言われた作戦を実行するだけと、割り切っている節がある。

 今回もそうだ。

 タリサ達が、やると決めた事が成功する様に力を尽くすだけだった。


 「考えはある。しかし、皆の考えも聞きたい」

 「正直、難しいと思います。副団長が直接動いている以上、なかなか逃がす隙はできないと思いますが……」

 「それに関しては問題がなくなった。故に皆に集まってもらった」

 「問題がなくなった?」


 そうオウム返しに訊き返したのはマリーナ。


 「ああ、予想外の事態があってな……」

 「はあ……」

 「近いうちに、彼等は自力で脱走を試みるだろう。その時に、こっそりと逃げれるようにするだけでいい」


 予想外の情報がタリサの耳に届いたのは、つい1時間前の事。

 その情報を送ってきた相手にも、その内容にも、驚いたタリサだったが、それはアミス達が逃げれる可能性を生み出す情報であり、それに合わせて行動をする事を決めたのだ。

 この情報は、アミス達やエリフェラスにも届いてる事が予想され、成功率を高める為には、それに合わせて動くしかない。


 「あの……」

 「? どうした? ルーメル……」

 「今回、あたし……、いえ、私は何で呼ばれたんでしょうか?」


 今まで一度も呼ばれた事は無かったルーメルは、普段の彼女の態度、常に明るさを振り巻く性格の彼女からは考えられない程、遠慮がちに部屋の隅で大人しくしていた。

 

 「貴女の事を信頼するに値すると将軍が判断したからよ。遠慮せずに意見を述べていいのよ」


 シルアの言葉を聞いても、ルーメルの表情がいつもの明るさを取り戻すことは無かった。

 何か悩んでる様子で、誰とも目を合わさないでいる。


 「どうしたの? ルーメルらしくない……」


 フェミルがルーメルに近づきながら声を掛ける。

 年齢も、騎士職になってからの長さもルーメルの方が上だったが、タリサの側近としての経験はフェミルの方が上であり、そう言った点で見れば先輩だと言えた。

 そんな先輩としての気遣いを見せたフェミルだったが、ルーメルが近づいた彼女から、少し後退り距離を取ろうとした事に気付いて、足が止まった。


 「ルーメル……?」

 「すみません……、私にはその期待に応える事はできません……」

 

 ルーメルは申し訳なさげな表情で、部屋にいる全員に順々に目を向けて、最後にタリサで視線を固定する。


 「どちらの考えが正しいとかは私にはわかりません。ですが、今回の件は、騎士団を二つに分けての争いになるんですよね?」

 「おいおい、随分と極端な捉え方をするな。別に副団長達と戦おうとしてる訳じゃないんだぞ……」

 

 ヨネンが少し呆れ気味に言う。


 「そうだよ。意見や考え方に相違はあっても、同じ騎士団なんだから……」


 フェミルもヨネンに合わせる様にそう言うが、ルーメルは首を横に振り否定する。

 

 「今回やろうとしている事は、副団長だけでなく、ゼオル団長にも逆らう事になる行為だと思います。これは言い訳ができない反逆行為です」

 「タリサ様……」


 ルーメルの言葉を受けて、困った表情を浮かべる一同の中で、冷静に口を開くのはシルアとトリッセルだった。


 「信頼を寄せるには早すぎたようですね……」

 「そうね。後々どうするかは後で考えるとして、今はその時間も惜しいので取り合えず部屋で待機していてもらいましょう」


 2人の意見を受けて、タリサはルーメルをじっと見つめて少し考えてから


 「そうだな。コランジュ卿、部屋まで送ってもらえますか」

 「承知した」

 

 トリッセルが立ち上がり、ルーメルの側に近づき


 「行くぞ」


 と、短い言葉で促した。

 ルーメルは、再びその場を全員を見回してから、一瞬目を伏せてそれに従った。

 トリッセルに連れられてルーメルが退出した後、残念そうに溜息をついて最初に言葉を発したのはマリーナだった。


 「まさか、あんなにストレートに反論してくるとは思いませんでしたね?」

 「元々、信頼を寄せる判断材料が少なすぎたんだと思うけどね、あたしは……」

 「すまんな……、今回は少し急ぎで戦力が欲しかったからな……」


 ヨネンが続き、それに対してタリサは少し悲しげな表情で謝る。

 

 「私も問題ないと判断したのですが、甘かったですね……、申し訳ない」

 「ま、とりあえず、いつものメンバーで何とかしましょう」


 シルアも謝り、2人の表情を見てマリーナが逆に慌てたようにそう言って皆を纏めようとしたが、部屋はその後トリッセルが戻るまで沈黙に包まれる事になった。

 ルーメルを部屋に届けて、預かっていた魔法道具によりその部屋を封鎖してから戻ったトリッセル

は、皆の待つ部屋に戻ってから小さく溜息をついてから、話し合いの再開を促した。

 それをきっかけに再開した話し合いは、夜中遅くまで続けられた。

 そして、翌朝にルーメルが部屋からいなくなった連絡が入る。

 魔法道具で封じられた部屋から出る事はできない。

 それはどんな高位の魔法の使い手であろうと……

 決められた魔法道具を使わない限り。

 そして、それを持っているのはタリサと彼女が信頼している極一部のメンバーのみであり、そんな部屋からその道具を持たないルーメルが逃げたという事。

 それは一つの意味を示していた。

 裏切者がいるという事を……





 アミスはなかなか寝付けなかった。

 捕らえられている身の上なのだから、正常な精神状態ではないのは当然の事なのだが、今日は特別な感情に囚われていた。

 昼間の事を思い出せば、冷静でいれる訳がない。

 昼間の光景を思い出すだけでも寝れる精神状態にはなれない。

 しかし、それよりアミスを眠れない精神状況にしているのは、その後に自分の頭に語り掛けてきた存在だった。

 僅かに口元に笑みが生まれる。


 (せっかく作ってくれたチャンスだ……、絶対に無駄にはできない)


 脱出する為の作戦は明日にでも決行される。

 その為にも、しっかりと眠っておかなければならない。

 だが、今のアミスに感情の乱れを制御するのは難しかった。


 「絶対に皆で脱出するんだ……、絶対に……」


 小さく呟くアミスに、頭の中で返事が返ってくる。


 (大丈夫だよ、アミちゃん……)


 「うん、信じてるよ……、ティス……」

 

 アミスの強張っていた体から力が抜ける。

 まるで眠りの魔法をかけられたように、アミスの意識は落ちていく。

 魔法が効果を発揮するわけがないこの牢の中で、特殊な魔法の力がアミスの身体を包んでいた。

 それは死んだはずのティスの力。

 アミスを救う為の、ティスの最期の力だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 裏切り者がいるヒキが凄くざわざわする…。 こういうところ、うまいんだよなぁ…。
[良い点] ティスがいないことが辛い。゜(゜´Д`゜)゜。
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