ティスの決意
「動きようがないな……」
地下牢の一室でラスが呟く。
「そうだね……」
何度目かわからないその呟きに、隣の牢から律義に返事を返すリン。
ゼオルや国王が訪れてきたアミスとは違い、2人を訪ねてくる者はいない。
来るのは一日3度の食事を届けに来るものだけで、せめてもの救いが2人の牢が隣接していることだけだった。
最初の内こそ、様々な予想といざチャンスが訪れた時の行動と最優先事項などを話し合ったが、変化がない状況に、話し合う題材も無くなってしまう。
それでも、互いに無事を確認するために時折声を掛け合った。
「リン、一つ訊いていいか?」
特に意味のないやりとりが続いていた中、不意にラスが訊ねる。
「ん? 何?」
少しトーンの変わったラスの声に、リンは少し驚いたような声を返した。
「後悔はしていないか?」
「後悔?」
「流されるままなんとなくついてきて、突然捕らえられて、殺されるかもしれない状況に陥った事を……」
「……ラスは後悔してるの?」
「俺は、こんなことになる可能性があると知った上で、アミスの仲間になると決めたからな」
「それも流されるままにじゃないの?」
リンの声に少し皮肉めいたものを感じたが、そんな彼女の声に、ラスは真剣なトーンのまま言葉を返す。
「最初はなんとなく一緒に行動していた。俺とは考え方も違って、すぐに別れる事になると思っていたさ。でも、気づいたらあいつの力になりたくなってる自分がいた」
「惚れちゃった? でもアミスは男の子だよ。あんな可愛い見た目でもね」
「……」
「あ、怒った?」
「いや、お前が一緒に来ると言った時は、正直良い事だと思った……」
急に自分の話になり、リンが黙ってしまう。
「その暗くなりそうな状況でも、馬鹿な事が言える性格は、沈みかけていたアミスにとってプラスになると思えたからな」
「……そう?」
「でも、それがすぐにこんな事になって、打算的な考えでお前が同行するのを止めなかった事への後悔がある……」
「……」
「……」
少しの沈黙が続いた後、リンが小さく溜息をついた後に口を開いた。
「アミスだけじゃなく、ラスもダメージを負ってたんだね……」
「? 何の事だ?」
「ミスティアルの事……、あと、その前に殺されたって人の事……」
「……」
「仲間を失って傷にならない訳がないか……、でもね!」
リンはラスに引きずられるように下がっていたトーンを無理やり上げた。
そして、ハッキリと言い切る。
「あたしはね! ずっと一人旅だった。それは信頼できる仲間に出会えなかったってのもあるけど、軽い気持ちで仲間を持って、それを失うのが嫌だったから」
リンの声が大きくなっていく。
それはラスに伝えるだけでなく、自分に言い聞かせるかのようだった。
「だから、仲間になった事を後悔するぐらいなら、初めから仲間なんて持たない。そう考えてきたの。だからね!! 仲間になったのは軽い気持ちじゃないの! ラスから見たら軽い性格の小娘に見えるかもしれないけど、あたしはそんな軽い気持ちで仲間を求めない。だから……、だから……」
ラスには見えない隣の牢で、リンは涙を流していた。
ラスは見えないリンが泣いている事に気付いていたが、敢えてそれに触れる事はせずに、リンの言葉を黙って待った。
「あたしも仲間と認めてよ……」
「……わかった。変な事を訊いてすまなかった」
辺りは包む沈黙の時間。
「ま、あとね……」
それを壊すリンの躊躇いがちの言葉。
「正直、あたしが惚れちゃったのかもしれない……」
「……は? 誰に?」
「アミスに……」
「……ま、まじか?」
「女の子みたいに可愛いくせに、ここぞという時は少年らしいカッコイイ表情を見せてさ……。素直で、優しくて、強い気持ちを持っててさ……」
突然出たリンの告白に、ラスは唖然としていた。
「だから、絶対にみんなで脱出してみせる。せっかくの初恋で告白もせずに死んでたまるか」
「そ、そうだな……」
「なんか、呆れてない?」
「いや、ちょっとびっくりしただけだ……」
ラスは、笑みを浮かべていた。
やはり、リンには、重くなる雰囲気を壊す力があった。
それだけで仲間にいてくれる意味は大きかった。
「そうだな……、絶対に脱出しなければな……」
迷いを捨てて、気持ちを強く持つ。
今できる事はそれだけだった。
グランデルト王国王都ランデルのとある建物の一室に一同は集められていた。
真権皇騎士団副団長モルデリドの直臣とも言うべき者達で、総勢20名が集っていた。
「なるほど……事情はわかりました。それで、我々は何をすれば……」
モルデリドから一連の流れを聞き、まず口を開いたのは若く活発そうな騎士だった。
リンクラン・ブレスコートと言う名で、こういった集まりで最初に口を開くのは必ず彼だった。
世間に知れ渡っていた騎士を父に持つ彼は、父のような偉大な騎士になるという気持ちが強く、向上心が高いのが最大の長所であり、最大の短所でもあった。
またか……、という半ば呆れた表情を向ける者が数人いる事にも、本人は気づいている様子はない。
「わしには、いずれ我々の障害になるであろう者を解放する気はないのだ」
「ですが、王命となると……」
ゆったりとした黄土色のローブに身を包んだ男が、状況を理解した上でモルデリドの言葉に否定的な言葉を投げつけた。
ナルゴーラ・ベスティレン。
6大邪神の一柱に名の連ねる絶望の神ガランチャを信仰する暗黒司祭で、モルデリドの直臣の中でも年齢が近い為か、遠慮なく否定的な意見をできる数少ない存在だった。
他の騎士達がいる前では常識的な意見や考えを見せる頼れるベテランといった存在。
しかし、モルデリド等の極一部の者が知る彼の癖は、間違っても他の者に知られる訳にはいかなかった。
彼自身は気にしてはいない。
しかし、頼れる側近の評価を落とす訳にはいかないモルデリドの命でその癖については隠していた。
腐敗を好むその性癖を……
「王命に逆らわない方法を求めているんですよね?」
「そういう事だ……」
若い魔術師の言葉に、モルデリドは笑みを浮かべる。
その若者が自分の考えを理解しているのが判ったからだ。
セケト・アラル。
17歳と、集められたメンバーの中で最も年齢が若い彼だが、既に将軍職に就いている天才と呼べる存在だった。
闇虚将軍の称号を持つ彼は、感情の籠っていない瞳をモルデリドに向けて更に言葉を発した。
「王から出た名前に、捕らえた全てが含まれていない……」
「漏れていた奴なんていましたか? 捕らえたのは3人だったかと……」
そう言ったのはコール・ハイマン、防御魔法に長けた神官戦士。
「……失念していたな。よく気づかせてくれた……」
「いえ、大したことではないですよ」
セケトから出たその言葉は、決して謙遜なのではなかった。
本当に大した事を言ったとは思っていない。
言葉には出すつもりはないが、逆にこの程度に気付かない他の者がどうかしていると思っていた。
「では、その者を……」
と、モルデリドが言いかけた所で、部屋の隅に座っていた男が立ち上がる。
「我は必要なかったようだな……」
剣鬼将軍、ミフネ・ハルバトス。
策謀等に興味を持たない純粋剣士である彼は、呼ばれれば姿を見せるものの、直接戦闘に関わらないと知ると、途中退場するのがいつも通りの流れだった。
しかし、今回はそんな彼をモルデリドが止めた。
「貴殿には、その後に仕事が用意されている」
「……我の力が必要な相手か?」
「ああ、貴殿にしか頼めない相手だ……」
ミフネは、少し考えた後に、
「理解しているとは思うが、我は団長と敵対するつもりはないぞ。請われれば貴公に力を貸すことに抵抗はないが、あくまでも直接の上司はゼオル団長だ」
彼は、完全に副団長の派閥に入っているわけではなかった。
派閥の存在を認めながらも、どちらか一方だけに力を貸すつもりはない。
「判っている。相手は団長ではない。わしも今は団長と敵対するつもりはない」
「そうか……、では誰が?」
セケトが気づかせてくれた事で、モルデリドの作戦は決まっていた。
その説明を始めるモルデリド。
それを聞き、驚く者、無関心な者、そして、喜ぶ者、様々な反応が返ってきていた。
「よかろう……」
ミフネが了承した事で、全ては決まりそれぞれが動き出す。
次々と姿を消す一同
モルデリドも退出した後、最後に残ったセケトが小さく溜息をつく。
「これじゃ、まだ死ねないな……」
彼は死を望む。
誰もそれを知らない。
彼を真権皇騎士団に入れたゼオル・ラーガですら……
「ただいま戻りました」
「お疲れ、待ってたぞ」
文官服に身を包んだハーフエルフの青年を出迎えたのは、知衛将軍エリフェラスだった。
「……? 何かあったの…………ですか?」
エリフェラスに、『待ってた』の言葉で出迎えられるなんて普段とは異なる事であり、それは何か自分の頭が必要な事態があった事を容易に予想させていた。
「まぁな。できればもう少し早く戻ってほしかったのだがな……」
「これでも予定より早い戻りのはずだけどね……」
「そうなんだがな……」
ハーフエルフの青年文官クエルスは、上官である知衛将軍が珍しくも見せる口ごもる姿に、返って笑みを浮かべていた。
それに気づいたエリフェラスは、バツが悪そうに目を逸らしながら机の横に立てかけてある剣の上に手を置いた。
「とりあえず、聞かせてください」
クエルスはそう言うと、エリフェラスと正対する席に腰を下ろした。
バツが悪そうな表情のままエリフェラスは説明する。
アミス一行が捕らえられた事。
団長のゼオルの考えに従わずに、殺そうと企むモルデリド一派への釘刺しの為に一計を案じて、王命を利用した事。
説明を聞いたクエルスは、少し考えた後に
「王命の時の状況って見れる?」
「ああ、魔監玉が一個余っていたから、それに収めてある」
「じゃ、見せて欲しい」
「わかった……」
魔監玉とは、一度だけ映像を残せる古代魔術王国が作った魔法道具で、中々手に入らない貴重品だった。
必要とあれば惜しげもなく使ったのは、物への執着心の無いエリフェラス自身の性格によるものもあるが、それ以上に、目の前にいるクエルスの知謀を評価しているからこそだった。
彼の知謀を求める時には、できるだけの情報を与えるようにしているのだ。
「ハァ……」
魔監玉の映像を見終えたクエルスは、自身の頭を押さえながら溜息をつく。
その仕草に、良くないものを感じ取り、エリフェラスはすぐに訊ねる。
「何かまずかったか?」
「正直良くないです。これって何日前?」
「2日前だが……」
「手遅れかもしれないな」
クエルスは理由を説明する。
それを聞きエリフェラスの表情から冷静さが無くなっていく。
「すぐに動いた方がいい。手遅れかもしれないけど……」
「わかった。すまないが、タリサにも伝えてやってくれ」
「了解」
そう言い部屋を飛び出るエリフェラス。
クエルスが戻ってくるまで待てなかった自分の失敗に、後悔する。
(やはり、俺には向かないな、策士のふりは……)
そんな事を考えながらエリフェラスは急いだ。
それはクエルス帰還の2時間程前の話。
複数の足音が近づいてきている事に気付いたアミスは、床に横たわらせていた体をゆっくりと起こすと、扉へと正対して座る。
扉の前で足音が立ち止まり、続いて扉の鍵が解かれた音の後、少し静寂の中、アミスは緊張して待った。
何が起こっても自分には何も出来はしない事は判っていながらも、いざという時の心構えは崩さない。
扉が開かれると同時に複数の兵士達が駆け込んできたアミスに向かって武器を構えた。
その数は、アミスが想像していた以上で、今の自分に対して何をそんなに警戒しているのかわからなかった。
そんな兵士に遅れて入ってきたのが、先日ゼオルと共に訪れた3人。
モルデリド、コール、トーマスだった。
先日のやり取りで、中央の老魔術師の事が気になったアミスは、その日の食事の時に牢番の男にその身分を教えて貰っていた。
(暗黒騎士団の副団長……)
自分に対して良い感情は持っていない事は判っている。
だが、彼にも、その横に控える2人にも、兵士達にも、自分に対する殺気をアミスは感じない。
モルデリドの要件の予想がつかずに、躊躇うアミスの目に、更に遅れて入ってきた男の手の中で眠る小さな妖精の姿が目に入った。
「ティス!?」
アミスの使い魔であるティスが、その男が両手で作り出している魔法の玉の中で眠っていた。
嫌な予感を感じて立ち上がろうとしたアミスを、兵士達が持つ長物の武器が押さえつけた。
「アミス・アルリア……、再度、お願いにあがった」
「お…お願い……ですか?」
「我が国に仕えよ。断れば、この妖精の命はない」
「……王命に逆らうと言うんですか?」
アミスもあの時の王の言葉で安心していた訳ではない。
しかし、あの時の王命は、この目の前にいる老魔術師に釘を刺すのが目的だったのは、国内の事情を詳しく知らないアミスから見ても明らかな事だった。
「王命に逆らう? そんなつもりはない。あの時の王命にこの妖精の名は無かったはずだが……」
言われてあの時の王の言葉を思い出すアミス。
確かに、出た名前は自分とラスとリンの名前、そして聖獣という言葉だけだった。
だが、それは言葉上で漏れていただけで、あの時の王の言った内容を考えれば、普通はアミスの仲間の1人である使い魔のティスも含まれていると考えるべきだった。
言葉尻だけを捉えた解釈に、アミスは慌てる。
「それは……」
「余計な言葉いらない。イエスかノーで答えろ」
有無を言わせない魔力は辺りを包みだし、アミスは出しかけた言葉を飲み込んだ。
そして、躊躇うアミスの姿に、モルデリドは後ろの男の目配せをした。
すると、ティスを捉えていた魔法の玉に電流が流れ、彼女は苦痛の悲鳴をあげた。
「ティス!!」
「すまんな、わしはあまり気が長い方ではない……」
冷静で冷徹で冷酷さを感じる静かな目をアミスに向けるモルデリド。
激痛で目を覚ましたティスは、ダメージが残った苦痛の表情のまま辺りを見回した。
どう見ても敵にしか思えない連中に囚われている自分とアミス。
主であるアミスは、心配げな表情で自分を見つめている。
何があったのかはわからない。
それでも、アミスが困っているのはわかる。
自分を人質に、決断を迫られているのは予想がつく。
そして、どうにもできない悩ましい状況なのも……
「アミちゃん……」
「ティス……」
「何があったの? 何を迫られてるの?」
「君の命を助ける代わりに、我々に仕えるように誘っている。簡単なことだ……、悩む必要はないと思うがな……」
モルデリドが代わりに答える。
その言葉とその表情で、ティスは気づいた。
(こいつ……アミちゃんに選択肢を与えてるように見せて答えが判ってるんだ。アミちゃんがこんな条件を受け入れる訳がないと……、でもそれなら何を……)
ティスは事態の把握の為に、本来は使用を禁止されている魔法を使うことにした。
それ程切羽詰まった状況だと判断したのだ。
(そっか……、ここまでだね……)
主であるアミスの記憶を見るその魔法で状況を把握したティスは、敵の企みに気付いて、全てを悟り、そして、アミスを助ける為に覚悟を決めた。
(アミちゃん……)
(ティス……?)
(アミちゃん……、絶対に受け入れちゃ駄目だからね……)
ティスは頭の中の通信でアミスにだけ話しかける。
この緊急の状況下で、ダメージを受けながらも落ち着いて通信をしてくるティスに、アミスはモルデリドに気付かれない様に表情を変えずに通信に応じた。
(でも、どうすれば……?)
(チャンスをじっと待って。少なくとも、おかしな動きを見せなければアミちゃんは安全だから……)
(でも、ティスが……)
(あたしことは諦めて……)
アミスは、そのティスの言葉に冷静さを失いかける。
それでも必死に抑えれたのは、ティスがいつもの明るさを抑えてアミスに語り掛けてきていたからだった。
ティスの心の声が途切れた。
心配になりアミスはティスへと目を向ける。
ティスは、追い込まれているこの状況下とは思えない、そして、アミスが今まで見たことのない程、静かで落ち着いた表情で目を瞑っていた。
何かを考えてるように見えた為、アミスも無理に通信を送らずに待った。
ティスは今までの事を思い出していた。
(寂しがりのアミちゃん。
元々はその寂しさを埋める為に召喚されたのがアミちゃんの使い魔としての始まり……
将来的に、仲間を得て、聖獣と契約をしていけばあたしなんて意味のない存在になる事は判ってた。
それでも、アミちゃんはあたしを邪魔者扱いなんてしないのも判ってた。
それに甘えたくなかったから、自分だけにしかできない魔法を必死に探して覚えた。
特殊過ぎて、必要な魔法力が大きすぎて、すぐに気絶しちゃうけど、それでも事態を打破する力を求めてきた。
いずれは代わりの魔法や聖獣が手に入って必要がなくなるのは判っていた。
少し早かったけど、もう今の聖獣達でどうにかなる。
でも、今、彼を救えるのはあたしだけ……
仲間も聖獣も今は側には居ないのだから……
だから……
最後の力を……
アミちゃんにも内緒にしてきた、魔法を……
死と引き換えに使える最後の魔法……
今こそ使う時!)
ティスが目を開けた。
そこに彼女の決意を感じ取ったアミス。
(アミちゃん……、絶対におかしなことはしないで。奴等の狙いはアミちゃんに自分達への攻撃の態度を起こさせる事。そして、それを言い訳にアミちゃんの命を奪う事。だから……、絶対に奴らの思惑に乗らないで。たとえ、あたしが殺されても……)
(ティ…ティス……)
(それが、あたしの最期のお願い……)
(……ティス……)
泣き出しそうになるのを必死に抑えるアミス。
ここで泣けば、通信でやり取りしている事がばれるかもしれない。
魔法の結界が張られているこの牢の中では、本来の使い魔の通信は使用する事はできない。
特殊な術を施した魔法道具を所持していないと、魔法自体が使えない空間なのだ。
故にモルデリド達は安心しきって、アミスの返事をゆっくりと待つ事ができるのだ。
だが、ティスの通信は特殊なもの。
自分だけにできるものとして覚えた、妖精界の特殊な魔法だった。
「そろそろ、決断してくれると嬉しいのだがな……、時間の無駄は好きではないのだ」
焦れてきたのか、挑発じみた言い方でモルデリドがアミスに催促する。
アミスは、モルデリドをキッと睨みつけて返す。
「そんな、簡単に決めれる事じゃないです。時間をください」
「その願いを聞く必要が、わしにあると思うか?」
「せめて、もう少し……」
事態を打破する手を考えるアミス。
だが、そんな方法が思いつくはずもなく心は焦るだけだった。
そして、突き付けられる残酷な宣告。
「もう待てぬな……」
(今は、受け入れるしか……)
落ち詰められてそんな考えがアミスの頭を過るが、それをティスが止める。
(駄目!! この牢には【 強制契約 】の魔法が掛かってるから、口に出した契約には逆らえなくなる。王様もそれが判っててあの言葉を出したんだから……)
(……)
もうアミスにはどうにもできなかった。
ティスの願いを聞くしかなかった。
もし、ティスを助けるために老魔術師に忠誠を誓えば、ティスは自分で命を絶つだろう。
それは常々言っていた事だった。
「では、最後に一つだけ言葉を発する事を許そう。我への忠誠の言葉か、使い魔への別れの言葉かのどちらかを言うがいい」
そう言うモルデリドに一瞬目を向け、すぐにティスへと視線を戻すアミス。
先に口を開いたのはティスだった。
「さよなら、今まで、ありがとう、アミス様」
最期に、出会って最初の呼び方で別れを言うティスに、アミスは大粒の涙を零して返す。
「さよなら……、不甲斐ない主でごめん……」
そのアミスの言葉を聞き、ティスは満面の笑みを浮かべた。
その直後、ティスを取られていた魔法の玉は炎で満たされる。
凝縮された炎を魔力は、ティスの小さな体を燃やすには充分過ぎた。
あっという間に炭のように真っ黒になったティスの体が床に落ちる。
「ふっ……、使い魔を見捨てたか……、仲間思いと聞いていたが、そうでもなかったな。所詮は自分が一番かわいいのだな」
モルデリドは、そう挑発ともとれる言葉をアミスに投げつけたが、それがアミスの耳には届いていない事にすぐに気づいた。
呆然と床に落ちた妖精の亡骸に、目を向けたまま、膝から崩れる様に座り込んだ。
「モルデリド様、今はこれ以上ここにいても意味がないかと……」
そう言ったのは、ティスを燃やした男。
その言葉に、一瞬だけ、アミスの耳が動いたが、それに気づいた者はその場にはいなかった。
モルデリド達が立ち去り、牢の扉が閉められる。
魔法により錠がかられて、足音が立ち去った後、1人残されたアミスの身体が漸く動き出した。
ティスの体を両手で優しく抱きかかえて、静かに魔法の詠唱を始める。
【 癒し 】の神聖魔法だった。
それではどうにもならない事はアミスにも判っていた。
元々、魔法が発動する空間でもない。
しかし、アミスは魔法の詠唱を続けた。
魔法力と精神力を使い果たし、気絶するまでずっと続けたのだった。




