闇氷河将軍
アミス達は、魔獣の大量発生の原因調査団に参加する事にしていた。
タリサの予想では、『紅黒獣』という名の山賊団が関わっているだろうと事での、調査団への参加だった。
今回の魔獣発生事件では、討伐隊と調査団と2人の組織が作られていたが、直接戦闘する討伐隊ではなく、調査団への参加にした理由は、自分達だけでの少数での行動が許されていた事が大きかった。
討伐隊では、百人以上の集団で動かなければいけない上に、自由な行動は許されない。
それでは、タリサには意味のないことだった。
どちらにしろ、今回の行動ですぐに直接倒せるとは思ってはいなかった。
それは他の冒険者や兵士達がいても簡単にはいかないだろう。
魔獣の侵攻を止める事はできるかもしれないが、その元凶であるだろう『紅黒獣』を倒すことができるとは、タリサにも思えなかった。
それならば、今回は情報集めを重視するのが得策と、冷静に考えて仲間に提案したのだ。
ラスは、思ったより冷静になっているタリサに、少しの安心と、それと同程度の不安を感じていた。
(この前とは随分と違うな……)
先の山賊相手には、強硬過ぎる行動をとった者と同一人物の考え方とは思えなかった。
(少しは、こちらの事も考えてくれるようになったという事か……)
正直、毎回仇討ち相手の名前が出る度に、あのような強硬手段に出られたら、堪ったものではないので、ラスとしては正直助かるのだが、僅かに違和感を感じてしまう。
「ん? どうした?」
ラスからの視線に気づき、タリサが訊ねた。
ラスは言葉に少し困った様な素振りを見せたが、すぐに返答を返す。
「いや、今回は冷静なんだな、と思ってな……」
敢えて考えを隠さずに返したラスに、タリサは少し驚いたような表情を見せた。
「力を貸してもらう事を覚悟したからな、できるだけ確実な方法を取ろうと思っただけだよ。自分一人なら多少の強硬手段に出ても自己責任で済むが、仲間がいる以上そうもいかないだろ? 目的を達成を優先する事に変わりはないが、多少はな……」
最後の言葉だけは、はっきりと言い切らなかったが、昨夜の話し合いで、少しは仲間と認められたのだろうと、ラスは思う事にした。
アミスとリンは、そんなタリサの言葉を少し嬉しそうに聞いていた。
「ま、どれだけの情報を仕入れられるかは、まだ確かではないから……。はっきりとした情報が手に入ったらどうなるかわからないさ……」
「ま、そうだがな……」
「最悪な事態も、ある程度の覚悟をしておいてくれよ」
「わかってるさ……」
アミスもリンも、ラスの言葉に頷いてた。
「……私も覚悟を決めたからな」
タリサの言葉は自分に言い聞かせているようだった。
実際にそうなのだろう、自分を納得させる為に、小さな声で再度繰り返しそう呟いていた。
仕事としての調査は順調に進んでいた。
魔獣の存在と凡その数の確認、魔獣の組織的な行動、裏で魔獣を操っている者の存在、そして、確証はないレベルの情報ではあったが、奴等の狙いがオールドレインだという事が状況的に予想がついていた。
これらの情報を報告すれば、後は討伐隊がどうにか対応するだろう。
それだけの戦力は充分に集められていた。
その戦力を率いるのが余程の無能者でない限り、負ける事はない戦力差はある。
後はどれだけ被害を少なくできるかだろう。
調査団の団長と合流し、知りえた情報を報告し終えたアミス達一行は、報酬の半分だけを受け取ると残りを放棄する代わりに、自由行動の許しを得て単独行動に出る事にした。
状況が状況だけに、2人の監視員をつける条件はついたが、その2人がアミス達一行に欠けている偵察に長けたスカウト系と神官系だったので、戦力的には助かる条件だった。
弓使いの中年男性のボリスと、自由と風の神ウインドスターの若き神官戦士コーストーの2人。
2人には、この魔獣発生事件に、『紅黒獣』という名の山賊団が関わっているかもしれない事と、自分達がその山賊団に用がある事だけを伝えておき、もし何かあれば逃げる様に要望だけしておいた。
彼等も、すぐに調査団と合流できる魔法道具を持っているらしく、アミス達が裏切っても、そうでなくてもどうにでも報告できると言う。
ボリスはそれ以上の興味を示していなかったが、コーストーの方が興味本位で一つ訊ねる。
「その山賊団とどんな関係が?」
「……ただの仇討ち相手だ……」
タリサが端的に答える。
その口調からこれ以上質問するべきでない事を悟ったコーストーは、まだ興味はある様子は見せたものの、それ以上訊ねてくる事はなかった。
行動を再開する一行。
事態はそれが怖いと感じるぐらいに、順調に進んだ。
ボリスが見つけた複数人の足跡を追跡すると、森の中での行動に適した軽装の3人組を見つけ、その3人を尾行すると、2体の大熊タイプの魔獣を連れた魔術師風の男に辿り着き、その魔術師は3人組から何らかの報告を受けると、その3人組も連れて森の奥へと移動を始める。
ボリスは思いの外、優秀な偵察員だった。
見失わないギリギリの距離での尾行は見事であり、相手に感づかれることもなく、目的地であるだろう場所まで到着する。
「50体はいるな……」
森の中に突如として現れた渓谷。
そんな開け場所に、魔獣達が集められていた。
ラスが呟いた通り、大小50体を越える魔獣達の姿に、アミスは体を震わせていた。
正直は数が多いので簡単な相手ではないが、今まで戦ってきた魔族や悪魔に比べれば脅える程の相手ではないとラスは思いもしたが、直接的な恐怖を感じさせる風貌や数に慣れていないアミスが身を震わすのも納得はできなくもなかった。
(俺としては、逆にアミスがいるからこそ脅える相手ではないのだがな……)
アミスの聖獣の援護があればこそ、数の暴利を何とかすることができる。
が、それは敢えてこの数に対して飛び込んでいく理由にはならない。
自分達がどうにかしなければならない状況ではない以上、この場に飛び込んでいく必要は一切ない。
自分達は戦闘狂な訳ではない。
タリサの仇討ち相手である確証もなければ、そうだったとしても今飛び込んでく必要などないのだから……
タリサも鋭い目で観察はしているものの、飛び込もうとする素振りは流石に見せない。
あの話し合い以降、返って冷静さが増したようなタリサだったが、仇を前にしてもその冷静さを維持できる保証はない。
充分な注意が必要だとラスもリンも感じていた。
魔獣の数がどんどん増えていき、最初の倍程の数に届こうという所で、一人の男が姿を見せる。
1人黒い金属鎧に身を包んだその姿は、まるで暗黒騎士団の騎士に見えなくもなかったが、タリサはその男を視界に入れても動き出す気配はなかった。
遠目である為、はっきりとした確証はないが、暗黒騎士団員なら身に着けているはずの刻印が見当たらない。
男は手に持っていた剣を抜くと、それを天に向けて高々とかざし、動きを止めた。
その剣にも刻印らしきものは確認できない。
ラスには、それを隠している物もないように見え、前にアスマに教えて貰った事と照らし合わせれば暗黒騎士団ではないと判断するべきなのかと思えた。
そんな観察を続ける一行の前で、天にかざされた剣が振り下ろされた。
その合図に反応して、魔獣達は動き出す。
数名の人間と10体の魔獣が一セットになってるようで、しっかりと隊列を組んで移動を開始していた。
その方角には、オールドレインの町がある。
「報告が必要か……」
ボリスがぼそりと呟き、コーストーがそれに同意する。
ラス達はどうするのか訊ね、残る事を確認すると、『無理はしないように』と釘を刺して2人はその場を後にした。
既に監視する必要はないと判断されていたのだろう。
あっけなくいなくなった監視役の2人に、少し拍子抜けの気分を味わいながらも、アミス達は魔獣達の観察を続けた。
順々に姿を消していき、最後の一団と共に、合図を送った男や魔術師達もその場を後にした。
残されたアミス達は、暫しの時間様子を見てから、次の行動を話し合う事にする。
「とりあえず、渓谷に降りてみるか? 何か残っているかもしれない……」
「ないとは思うが、一応な……」
ラスの提案にタリサが賛同し、一行はすぐに行動を起こす。
渓谷に降りると、先の位置からでは視認できていなかったものがあった。
渓谷の崖に大きく空いた洞穴だ。
滝の影に隠れるように空いているそこに人影はない。
ただ、その自然にできたように見える洞穴には相応しくない、2体の石像が見えるだけだった。
角と蝙蝠を思わせる翼を持ったその姿は、まるで悪魔のようであり、ラスは一つの可能性を呟く。
「ガーゴイルか……」
それは間違いないと思える予想であり、
「魔力を感じますね……」
アミスのその言葉を受けて、それは確証に変わった。
「さて、どうするかな……」
ガーゴイル。
失われた魔法技術によって作られた魔法生物の一つであり、ゴーレムと並んで有名な存在だ。
古代遺跡の入口や通路などで、侵入者を襲う為に設置されている事が多く、その場所やそこにある物の守護者となっている。
背にある翼で空を飛ぶものが多く、それ故に魔法使いがいなければ苦戦する事はあるが、ある程度の実力者であれば、それ程恐れる相手ではない。
ただ、今回目の前にいるガーゴイルに、ラスは違和感を覚えていた。
どう見ても遺跡の入口とかには見えない場所にそれが存在しているからだ。
今の魔法技術でガーゴイルが作れると聞いた事はなく、新たに作られた存在とは考えにくかったからだ。
「命令の差し替えができる魔導士がいるってことですかね……」
アミスの呟き。
アミスもラスと同じ違和感を感じていたのだろう。
その呟きは、まさにラスの疑問に対する答えとなりえた。
作る技術はないが、操る技術を持った者がいるとは聞いた事があったからだ。
「倒すのは難しくないが、すぐに倒してさっきの奴らが戻ってきても面倒だな……」
「なら、少し様子を見てからにするか? 奴等も討伐隊にぶつかってしまえば、簡単には引き返して来れないだろう……」
タリサの提案。
その言葉に焦りは見えない。
不思議なほど冷静な言葉に、ラスはまた別の違和感を覚える。
しかし、その提案が一番確実な行動だろう。
故にラスは否定はしなかった。
ガーゴイルが動き出さないのを再度確認した後、その身を森の中に移して様子を見る事にした。
この後あるかもしれない戦いに備えて、交代で軽い休憩を取り少しの時間が過ぎるのを待った。
そして、充分な時間が過ぎた。
時間をかけ過ぎても、先程の連中が戦闘を終えて帰ってくる可能性がある。
故に討伐隊との戦闘が始まるであろうタイミングで動く事にした。
動き出す前のガーゴイルを倒すには、相当な威力の攻撃が必要である。
特殊な魔法結界に守られている為、簡単には倒せない。
逆に動き出してしまえば、魔力を帯びた石程度の硬さになる為、動き出してから倒すのは普通の対処法だった。
タリサとリンが先頭で近づき、ラスがその後ろで魔法の準備を行う。
アミスも万が一に備えて、いつでも魔法を使える準備だけは怠らない。
滝のしぶきの冷たさを感じる距離に近づいた所で、ガーゴイルはゆっくりと動き出した。
2体のガーゴイルが飛び立とうした瞬間、ラスが準備していた【 水閃槍 】を右のガーゴイルへと放った。
それは見事に翼を捉えて、飛び立とうとしていたそのガーゴイルは地に落ちた。そこへリンの槍が襲い掛かり、槍の穂先がそのガーゴイルの頭を見事に捉えて砕け散った。
それでも動こうとするガーゴイルに、リンが攻撃を繰り返し、すぐに動きを失った。
残りの一体は、空へと大きく舞い上がったかと思うと、後ろで警戒しているアミスに向かって急降下を始めた。
「アミちゃん!! 来るよ!」
懐からのティスの声。
勿論、言われずともアミスも判っている。
アミスは、準備して魔力で自分の周りに防御結界を展開し、これを防ごうとした。
咄嗟に張った結界で防げるほど、ガーゴイルの突進による一撃は弱くはない。
特にアミス自身が魔力が強いタイプではないのだから尚更なのだが、今回は予め魔法を使わずに準備して溜めていた魔力があった為に、それは充分な威力を持ち、ガーゴイルは弾き飛ばされ、そこへタリサが剣を振るい、胴から真っ二つになって動かぬ石へと姿を変えていた。
(戦ってきた魔族に比べれば、確かに随分とランクの低い相手だったが、こうもあっさりと……)
2発目の魔法の準備をする前に終わった戦闘に、ラスは改めてレベルの高いメンバーが集まっているパーティである事を再実感させられていた。
アミスが自分の横に並んだのに気づき、ラスは一言呟く。
「よく、ガーゴイルの突進を防げたな……」
「? そうですね。予め魔力を溜めてましたから、充分な結界を張れたんだと思います」
「……単純に、魔力が高まってないか?」
「……そうですかね?」
アミスはそんな実感は感じなかったのか、首を傾げて考え込んでいた。
「いや、何となくそう感じただけだけどな……」
ラスがそう感じたのは、聖獣を使った戦闘ばかりで、アミスが自らの魔法で戦う姿を見慣れていないせいかもしれない。
ただ、何となくそう感じて口に出しただけだったのだが……
「ラス、アミス、行くぞ」
タリサの呼びかけに、アミス達は反応して、洞穴の入口前に移動した。
罠や、他に魔力を感じるものがないかを調べてから中へ。
洞穴の中には川が流れており、その淵や時には川の中に足を踏み入れて進んでいく。
中にはそれ程多くの足跡は残っておらず、山賊団の一部が、一時的に利用していたのだろうか? という予想が浮かんだが、そんな場所にガーゴイルを配置するのが理解できずに、念入りに調査をする事にした。
時間をかけてじっくりと調べて進む事、2時間。
奥から光が差し込んできていた。
グニャグニャと曲がっていた道だった為、方角が確かでなく予想がつきにくかったが、恐らくは山の麓辺りまで来ているのではないかと思え、抜けた先にこそ、山賊団のアジトがあるのではと警戒を強める。
リンが先頭となり、壁沿いを進む。
罠は見当たらない。
魔力や精霊力の乱れも感じない。
光の先に聞こえるのは、静かに流れる水の音と、風に揺れる木々の音、そして、鳥等の鳴き声。
警戒心を奪われそうになる程の、癒しの音のみの状況だったが、一行は警戒心を弱めずに進んで、差し込む光がギリギリ届くかどうかの位置に辿り着く。
静かに耳を澄ませ、時間をじっくりかけて人の気配を探る。
先程から聞こえる自然の音に変化はない。
続いて、ティスが透明化してから、外に出て確認するも、やはり何かいるような気配は感じなかった。
そこまで確認してから4人は洞穴から出て周囲を調べだす。
洞穴内と同様で、いくつかの足跡は確認できたが、それ以外に変わったものを見つける事は出来なかった。
念入りに調べた後、引き返す事を決めた一行は、帰りも警戒を緩める事は無かった。
そして、入口まで戻ってきた一行が洞穴から出ようとした時だった。
滝の音で聞き取りにくい状況の中でも、リンがその音を聞き逃さなかったのは、シェイプチェンジャーという種族の為なのか、充分な警戒をしていた為なのか
リンに止められて、ラスやアミスも耳を澄ますが、やはり滝の音が邪魔をして確認はできなかった。
「金属製の鎧の音……、それも複数……」
先程の集団の中で、金属製の鎧を着ていたのは、集団のリーダーらしき男だけだった。
「別の集団……、討伐隊か?」
その可能性は充分に考えられた。
ボリスやコーストーが報告の為に戻っている以上、この場所の情報は討伐隊にも知らされているだろう。
魔獣達を撃退、追撃し、この場に辿り着いていても不思議ではない。
だが、正直都合が良すぎる考え方とも思えた。
あれだけの数の魔獣の相手をして、すぐに追撃を掛ける余裕を残すことができるかは、疑問に思わずにはいれなかった。
「どうする? 待ち受けられてる気がするんだけど……」
「そりゃ、奴等のだったら、ガーゴイルが倒されているのを見て、侵入者がいる事には気づいているはずだから、待ち構えている可能性は充分にあるな……」
「でも、あたし達がここまで戻ってきてる事には気づいてはいないはず……」
「……?」
リンが言うには、その金属鎧の音は、あまりに無警戒に出されているとの事だった。
これだけの滝の音の中で、隠密行動をされたら、相手が金属鎧とはいえ、リンでも気づく事はできないはずとの事だった。
「アミス、風の視界遮断で何とかできないか?」
「難しいと思います。こちらに警戒が向いてる中でだと……」
アミスの≪ 風の乙女 ≫を使った視界遮断は、一種の手品のようなものだった。
戦闘で他に意識が向いてる隙をついて、視界を遮断し、再びそちらに意識を集中させない。
その為、相手からその存在を消すことができる。
複数の意識がこちらに向いてる中で使っても、間違いなく見つかってしまう。
「強行突破しかないか?」
策にもならない案が、思わずラスの口から出た。
それに対して少し呆れながらも、代わりの案を出すことができないリン。
「まずは、相手が敵かどうかを確認したいところだな……」
タリサから出た言葉に、ラスとリンは顔を見合わせて考える。
確認する為には、出て行って姿を見せるしかないだろうと思えた。
相手に魔法使いがいる可能性がある以上、ティスの透明化で1人で偵察に生かすのは危険だ。
何よりも、無数の金属鎧の音と言うのが、暗黒騎士団である可能性を高めており、迂闊な行動を躊躇わしていた。
「私が先に1人で出て行こう」
「おい、それは……」
「最初から全員で出るよりは、相手の油断を誘える……」
「1人では、返って違和感を与えます。また、僕が……」
アミスが再び一緒に出る提案をするが、タリサはそれを制する。
「いや、魔法使いのアミスは、後ろに控えていた方が良い」
「それなら、俺とリンで行った方が良いな」
「何故だ?」
「もし相手が暗黒騎士団だった場合、やはりタリサは感情的になりかねない。俺やリンならある程度冷静に対応できるさ」
「そうだね。あたしもそれに賛成。まずは相手が敵かの確認と、上手く話を持っていければ情報を得る事……、そういった事はあたし達の方が向いてると思うしね」
ラスは冷静に表情を崩さずに、リンは笑みを浮かべながら、そう続けて言い放った。
タリサは納得していないようだったが、反論する言葉も浮かばずに黙り込む。
前回、勝手な行動をしてしまっている以上、強く出れない立場だと思えた事も口を止めていた。
「ま、いつでも動ける準備だけしといてくれ」
そう言うとラスはリンに合図を送って2人で、洞穴から出ていく。
洞穴内にいたため、一瞬外が明るく感じたが、目が光に慣れてくると、陽がだいぶん傾いてきてる事がわかった。
とりあえず、何事もなかったかのような芝居をしながら出ていく。
「何もなかったな……」
「そうだね。ガーゴイルなんていたから、遺跡でもあるかと思ったのにね」
そんな会話をするラスとリンの足元の地面に、一本の弓矢が突き刺さった。
わざとらしく驚き、周囲に目を向ける2人は、すぐに芝居ではない驚きを見せた。
ラス達が予想していた以上の数の黒ずくめの集団が、自分達を囲んでいたからだ。
「な!?」
「あんた達は……」
見える範囲だけでも、ざっと数えて、5百は下らないだろう。
そして、弓矢が飛んできた角度で分かったが、更に崖の上にも弓兵が控えているのがわかる。
(これは、強行突破も厳しいか……)
「な、何なんだ? お前等は?」
「芝居をする必要はない。ラス・アラーグェ……」
ラスの名を呼んだのは、正面に立つ全身を黒鎧に包んだ女だった。
フルフェイスの兜を被っているため、顔は見えないが、その声で女である事がわかったのだ。
「……待ち伏せされていたという事か?」
「そう言う事だ」
「もしかしたら、闇氷河将軍の……」
「そういう事だ」
ラスは簡単な言葉を投げかけながら、隙を伺っていたが、目の前の黒鎧の女はラスとリンから一切目を逸らす様子は無かった。
それはしっかりと統率されている周囲の兵士達も同様の様で、その場にいる全員の視線が自分達に向けられている事を感じる事ができた。
下手な動きを見せれば、上空から一斉に矢が飛んでくるに違いない。
アミスの援護があれば、その弓矢事態はどうにかできるかもしれなかったが、周囲を囲む直接戦闘を仕掛けれる距離にいる兵士達の相手がやっかいだろう。
(鎧と兜を見る限り、目の前の奴が親玉……ダークグレイシャーか……? まさか女だとはな……)
張り詰めた緊張に、リンがゴクリと唾を飲む。
周囲の敵の動きだけでなく、後ろにいるタリサの動きも気になった。
闇氷河将軍が目の前にいると分かった以上、強硬手段に出るのではと不安になる。
もしそんな事になれば、この場での全滅が確実なものになると思えた。
(いや、既に全滅は確定か……)
絶望的な考えがラスとリンの頭を過る。
「まさか、ここまでの兵士を使ってくるとはな……」
「町を襲うと見せかけるためには、これぐらいの兵士数は必要なんだよ」
「山賊団と兵士を動かすことによって、お前達を誘き寄せたんだ」
「そこまでしてまでのターゲットなのか? アミスは? それともタリサの方か?」
「……」
黙る黒鎧。
表情が見えない為に、その沈黙が意味する所を、ラス達には知りようもなかった。
「ラス……、逃げるしか……」
リンの小さな言葉にラスも頷くが、その隙を中々見つける事ができないでいた。
2人は、既にアミス達の動きを待つしかない立場だった。
「ラス、リン……」
背後からのタリサの声は、思いの外近かった。
既にすぐ後ろにいる近さだ。
(何で出てきた?)
と、驚き振り返る2人は、更に驚く事になる。
「!?」
「どういう事だ?」
アミスは既に気を失っていた。
タリサの腕によって後ろから抱えられる態勢で。
そして、その喉元には、タリサの剣が当てられている。
「動くな」
「なんで……?」
驚くだけのリンと、タリサを睨みつけるラス。
「どういう事だ?」
「わからないか?」
これまで感じたことのない冷たい口調のタリサに、ラスの眉間の皺が濃くなっていく。
「お前も、ダークグレイシャーの手の者だったのか?」
「……いや、それは違うな」
「なら何故?」
「手の者ではない。私が闇氷河将軍自身だからな」
「な!?」
タリサ・ハールマンの目的。
それは復讐ではなかった。
「お前の言葉で言うなら、私は大した役者なようだな……。私自身はそうは思わないがな……」
タリサは少し寂しそうな笑みを浮かべていた。
その表情が何を表しているのか?
それを知る者はいなかった。
タリサ自身を除いては。
いや、タリサ自身も判っていないのかもしれない。
確かにタリサはアミス達を騙していた。
しかし、見せてきた表情や迷いが全て芝居だったわけではなかった。
故に、ラス達を騙しきる事に成功していたのだ。
それをアミス達が知るのは、もう少し先の事だった。




