アミスの決意とタリサの決意
下りの山道を降りきった先に、次の目的地であるオールドレインという名の町がある。
その西側に面している同じ名の湖は、山から流れてくる雪解け水が綺麗な事で有名であり、山道から見下ろした風景は幻想的なものと他国にも知れ渡っていた。
ただ、今日は残念な事に霧がかかった悪天候により、その風景は完全にかき消されていた。
その光景を見るのが旅の目的ではないとはいえ、少し残念な気持ちになり、リンは小さく溜息をついた。
(悪い空気の時は、天気すら味方になってくれないのか……)
先の山賊との一件以来、悪くなっている一党の空気を少しでも良くするきっかけになるかと、リンはその有名な景色に期待をしていたのだが、それは悪天候と言う自然の力に遮られ、場を明るくしたい彼女の思惑通りにはいかなかった。
再度小さな溜息をつき、リンはタリサへと目を向けた。
元々口数の多いタイプではなかったのだが、あの日以来殆ど口を開かなくなった。
更に声をかけ難い雰囲気を纏い、遠慮するタイプではなかったリンですら、話しかける事を躊躇う程だった。
町に着き、情報集めや仕事を探し出せば、それをきっかけにして話しかける事はできるだろうと、今は大人しく見守るだけのリンの足取りは僅かばかりだが、早まっていった。
アミス達が町に辿り着き、まず気になったのは武装を固めた兵士の多さだった。
慌ただしさも感じさせる兵士の動きに、何か緊急性がある事態があった事が簡単に想像でき、早めに情報を仕入れるべきと思い、ラスは近くにいた冒険者らしき男達に話しかけた。
冒険者が言うには、付近で魔獣が大量に確認されたらしく、その討伐の為に兵士や冒険者が集められているらしい。
突然確認された魔獣達の存在に、町の兵士団も相当混乱しているらしく、冒険者ギルドは冒険者ギルドで別に人を集めだしたばかりで、今なら高額な報酬が期待できるかもと、情報を教えてくれた冒険者の一党も、今は状況を見守っているのが現状との事だった。
「俺等も、まずは情報集めだな……」
ラスの言葉に全員賛同し、まずは冒険者ギルドへと向かう事にした。
(嫌な予感がするがな……)
先の山賊団のビーストテイマーから続いているかのような流れに、偶々かもしれないが、僅かに嫌な予感をラスは感じていた。
辿り着いた冒険者ギルド内も慌ただしい状況だったが、とりあえず、この町の冒険者ギルドのシステムを聞きながら、現在わかってる範囲での情報を得ようと受付嬢に声を掛けた。
ギルドシステムは、魔法を利用して国内で情報が共有された登録制であり、一度登録すれば、違反をして除名処分にならない限り、国内の町は勿論、隣国の一部の町でも改めて登録する必要はないらしい。
暫くは、この国内で仕事を受ける事になるので、4人はまずは登録を済ませることにした。
登録の手続きをしながら、魔獣についての情報をラスは聞いていた。
魔獣の存在が最初に確認されたのは、5日前の事。
この辺りでは滅多に見ない大熊タイプの魔獣が複数確認されて、冒険者を派遣して調査に乗り出したのだが、複数出した冒険者は戻ってこず、2日前に改めて派遣したベテラン冒険者と兵士達の混同メンバーでの調査により、この辺りにはいない複数のタイプの魔獣が確認されたらしい。
その数はわかっている範囲だけで、百体を下らないらしい。
「付近の町や村への被害は?」
「山沿いの村が二つ大きな被害にあい、村人達が避難してきてます」
(やはり、操っている奴がいると見るべきか……)
ラスは、益々嫌な予感が強まり、不安を感じてタリサの表情を横目で伺った。
タリサは黙って受付嬢からの情報に耳を傾けていたが、特に表情を変える事はなかった。
(何も感じていない訳ではないだろうに……)
表情を変えない事が、返ってラスに違和感を覚えさせる。
アミスやリンもそう思っているのだろう事は、横目でちらちらとタリサを見ている様子で感じ取ることができた。
関係ない相手である事を祈るべきなのか、それともタリサの仇相手だと願うべきなのか、複雑な心境の3人だったが、とりあえずはタリサの動向から目を放しては駄目というのが、共通した思いだった。
もし仇が相手だと判れば、タリサは1人でも行動に移すことが先の山賊とのやりとりで判ってしまった。
いや、あの時に見せたアミスへの怒りを見る限り、1人で向かう事を望むかもしれなかった。
それだけはさせる訳にはいかなかった。
それも、3人の共通の思いだった。
仕入れた情報だけでは、何の確定情報も得る事はできなかった。
討伐隊が動くのは明日の朝らしく、アミス達はとりあえずギルド内の宿を取り、今晩話し合い明日の討伐隊に同行するかを考える事にした。
討伐隊への参加は確実にすることになると判っていながらも、話し合いを提案してきたタリサに、ラスには話し合う内容の予想がついてはいた。
そして、その晩、タリサから出た言葉は、予想通りのものだった。
「それは認める事はできません」
タリサから出たのは、アミス達と別れて一人旅に戻るという事だった。
アミスが反対する事も予想通りの流れであったが、アミスは珍しく大声で反論の声をあげていた。
自分でも発した声が大きすぎたと感じたのか、続いて発する声のトーンを落とすことに努めた。
「何でですか? 僕はお手伝いするって言ったじゃないですか……」
タリサをじっと見つめながら言うアミスの言葉。
それもタリサやラスが想像していた通りの言葉だった。
そんな言葉を受けて、タリサは僅かな間だけ目を瞑ったかと思うと、すぐにアミスを見つめ返し、言葉を返した。
「これは私だけの問題だ。私の目的の為に、不幸になるとわかってお前等を突き合わす気はないんだ」
「そんな、1人でなんて無理ですよ……」
「無理でもやるだけなんだ。やらなければならない私と、関わる必要のないお前達とでは違うんだ……」
「そんな……」
タリサは、アミスの目を正面から見つめていた。
その瞳は、今までとは違い簡単には引き下がらないという強い意思が込められている事をアミスも感じていた。
それでも、アミスも引き下がるわけにはいかなかった。
自分の、タリサの目的の為の力になるという思いは、簡単に覆すほど軽いものではないのだから……
「おい、タリサ……」
「少し黙っててくれ」
ラスの言葉に反応して言葉だけは返したが、タリサの目をあくまでもアミスに向いたままだった。
アミスを説得すればそれで話が終わると判断してのことだろう。
アミス達がタリサに力を貸すと言い出したのは、アミスなのだからその考えには間違いはないだろう。
しかし、ラスもリンも、既にタリサへと情が移っているのも事実であり、口を開かせれば、アミスの援護に回るであろう事は、タリサにも判る。
そうなると説得するのが面倒だと考えて、タリサは2人が口を挟むことを拒絶した。
「アミス……」
「僕は絶対に引き下がりませんよ」
アミスの強い意志を向けられて、タリサは僅かに悲しげな表情を返し、それに気づいたアミスの表情が少し緩む。
「お前は、本当に判って言っているのか? お前が思う程簡単な事ではない……」
「だから、1人より……」
「それは、死人が増えるだけの事だ……」
「え……?」
「私は、仇討ちが成功するとは思ってはいない」
「え? どういうことですか?」
タリサの予想外の言葉に、アミスは戸惑うしかなかった。
必ず達成するという強い気持ちで、タリサが仇討ちを考えていると思っていた。
しかし、タリサから出た言葉は、決してそれを感じるものではなく、その予想外の思いに、アミスの思考が上手く働くなった。
「そんな私に付き合う理由はないんだ。そんな私と共に来ても、お前は…、お前等は不幸になるだけだ。だから……」
「タリサさん……、どうして……?」
「……」
タリサはそこで言葉を止めてしまった。
次の言葉を出せなくなった彼女の表情は、あまりにも頼りなく、か弱く見えた。
先程まで感じていた強い意志も、戦闘中に見せる苦境を乗り切る負けない気持ちも、今は感じ取ることができなかった。
それが返って、タリサの気持ちをよく表しているのではと思うラスとリン。
(既に仇討ちは諦めているという事か……)
ラスは、嘗て出会った一人の女性の事を思い出していた。
仇討ちを目的としつつも、その事に迷い、そんな迷う自分に戸惑いながらも、諦める事ができずに、仇討ちの旅を続けていた1人の女性の事を……
彼女もそうだったが、タリサは、仇討ちを達成する事の難しさと、達成したとしても、それに何の意味があるのかと迷いが出だしているのだろう。
それでも止める事ができない。
止めれば、今までの事が全て無になってしまう。
失ったものも、その為に努力してきた事も、全てが無と化してしまう。
それが怖くて、止める事もできないのだろう。
だが、そんな不確かになりつつある仇討ちの為に、アミスや自分達を巻き込む事が新たな恐怖を呼び込んでいるのだ。
そんなタリサの心境がわかったラスは、言葉に迷う。
アミスを説得するべきか、それともタリサを説得するべきかと……
(いや……、アミスを説得する事は無理だな……)
ラスは、あの女性と出会った時の事を思い出し、そして、あの時自分が選んだ選択肢を、アミスが選ぶだろう事が容易に想像がついた。
あの時の自分は、それでも彼女の力になる事を選んだ。
アミスも絶対にそう考えるに違いないと思い、何も言えなくなった。
それが正しい選択とは思えなかったが、自分が選んだ道を、否定も肯定もできる立場ではないと思えたからだ。
「アミス……、お前は優しい奴だ。そんな優しさが心地好く感じている自分がいる。だが、それに溺れる訳にはいかないんだ。そして、そんな私の為に、不幸にならないでくれ……、頼む……」
タリサの懇願。
アミス達に初めて見せるか弱さ。
そんなタリサの態度が、混乱気味だったアミスを落ち着かせる。
冷静にタリサからの言葉を受け取り、彼女の心境を自分なりに考える。
当たっているかわからないながらも、自分なりに予想を立てて、それを改めて思案し直す。
「タリサさん……」
「……」
何かを決めたような表情を向けるアミスに、タリサは黙って見つめて言葉を待った。
「もし、仇討ちに迷いがあるなら、少し時間を置いてみませんか?」
「時間を……?」
「はい。迷ったまま、仇討ちの為に動いても、それは意味を持たないと思います」
「だが、仇討ちの相手を見つけれる好機は、簡単には手に入らない……」
「少なくとも、今回のは好機だとは思えません。その意思があって初めての好機です。迷いながら、慌てて手を伸ばしても、絶対にそのチャンスは活かせませんから」
「……仇討ちに自体に迷いは無い。その答えは出ているんだ。私が迷うのは、お前達を巻き込む決意ができないって事だけだ。1人で実行するなら迷う事はない」
「僕は、タリサさんを1人で行かす気はありません。タリサさんが仇討ちを諦めるなら、それで良いと思いますし、タリサさんが何としても仇討ちをしようとするなら、僕はその力になるつもりです」
「だから……」
「タリサ、諦めろ……」
ラスは我慢できなくなった。
このまま2人で話し合いをさせても、話は平行線のまま、近づきもしなければ遠ざかる事もないまま続くだろう。
どちらにしろ終わらすためには、口を挟むしかなかった。
「諦めろ? どっちをだ? 仇討ちをか? アミスを説得する事をか?」
「どっちでもいい。俺にとってはどちらでもいいんだ」
「同じくで~す」
リンは、そう言って手を挙げた。
わざとらしくおチャラけて見せる。
「お前等は……」
「僕を説得する事はできないと思ってください。少なくとも、そんな考え方のタリサさんを放っておく事は、僕にはできないんです……」
「……わかった、質問を変える」
「……?」
「私が、お前達を騙していたらどうするつもりだ?」
「え……?」
「私が、暗黒騎士団の一員で、お前達を罠に嵌めようとしてるとしたらどうする? その可能性を考えた事はあるのか?」
あまりに突然の言葉だった。
突然すぎて、アミスはタリサがそう訊いてくる意味を図れずにおり、最初に答えを返したのはラスだった。
「もしそうなら、お前が大した役者だって事だろ……」
「……」
「そんな考えは、これっぽっちも頭になかったからな、いや最初はそんな考えも多少はあったが、今となってはそんな考えは消えてたな……」
「少しは疑いの考えはあったんだ?」
と、口を挟むのはリン。そして、ティスだった。
「確かに出会ったばかりの時は、結構疑ってかかる人だったよね、ラスは……」
「そうだな……、そうあるべきと思って行動していたからな……、俺もアミスの甘さに大分毒されてきたな……」
「毒なんて、酷いです……」
アミスがラスの言葉に口を尖らせる。
そんな態度に、ラスやリンの表情に笑顔が灯る。
1人、タリサだけが、唖然とした表情で、全員を見回していた。
そして、最後のアミスと目が合うと、深い溜息をつく。
まるで諦めたかのような、その溜息の後、タリサが浮かべた表情は、何かを決意したものだという事は、アミスもラスもリンも感じ取ることができていた。
「わかった。私ももう迷わない。ただ、最後に一つ言わせてもらう」
「なんだ?」
「どうぞ」
「はい」
ラス、リン、アミス、ティスと真剣な表情のタリサに、同じく真剣な表情を作る。
「私と一緒に来ると、お前達は必ず不幸になる。それだけは間違いない。それでもいいんだな」
タリサのその言葉に、全員頷きで返し、アミスがすぐに言葉を添える。
「不幸になるつもりも、タリサさんを不幸にするつもりもないですけどね」
アミスは笑顔でそう言い切った。
「そうだな……」
ラスもそれに賛同し、リンもティスも満面の笑みを浮かべた。
「そうか……」
タリサはもう迷う事を止めた。
これからアミス達を襲う試練。
それはアミス達を後悔させるに違いない。
怒り、恨まれもするだろう。
アミス達が想像もしない事態が待っているのだ。
それがわかっているタリサは、ただ一つだけ決めていた。
(絶対に死なす訳にはいかない)
と……
不幸にはしてしまう。
それを回避する事は諦めた。
だが、命だけは……
それだけは強く決めたタリサだった。
久々の週の途中の更新です。
短めの話になりましたが、次の少し短めの話での更新になる予定です。




