山賊団殲滅作戦
ロックエラン王国とスリースタック公国の国境に聳え立つリットルース高山。
その麓町の一つであるホウヘイの町を出発したアミス達は、高山を右回りに迂回するルートで、スリースタック公国領のジョワイスと言う名の町を目指す事にした。
グランデルト王国が次の侵攻先と予想されるスリースタック公国領に入るには、現在の場所からもっとも早いのがそのルートと判断しての事だった。
ただ、一つ気になったのは、ホウヘイで仕入れた情報にあった山賊団の存在だった。
選択した道は、しっかりと整備をされており、それを維持する資金集めの為、やや高めの通行料を払う必要はあったものの、最も安全な道のはずだった。
しかし、2月程前からそんなルートに目を付けた山賊団がその付近に出没するようになり、安全が保障されなくなったとの事だった。
普通の山賊団ならば、他のルートでも危険性は変わらない様に思えたが、その山賊団を率いている男が魔獣使いらしく、数多くのモンスターを使役しているとの情報を耳にして、別のルートをとも考えはしたが、その討伐依頼も出ており、状況次第では討伐をも考えて予定通りルートを進むことにした。
もしかしたら、タリサの仇の一つでもある山賊団の情報も手に入るかもしれないとの目論見もあっての選択だった。
「4人パーティで山賊団の討伐とか、普通ならあり得ないけど……」
「相手の規模はそれほど大きそうにないから大丈夫だろ……、使役されてるというモンスター次第ってのもあるがな」
リンの愚痴に、ラスが答えた。
答えたラス自身も、最近やっかいな相手が続き過ぎて、危険と思うレベルが上がっているような気はしていた。
どんな山賊相手でも、魔族に比べればと思ってしまえる自分がいた。
正式に4人パーティとして行動するという事で、ホウヘイで装備を整えた。
リンから前衛職の防御面が甘いとの指摘があり、鎧と盾を新調した。
まずは守りの要を引き受けるかたちとなったタリサは、元から着ていた皮鎧の下にくさび帷子を着込んだ。
だが、元の素早さを殺しては意味がないと考えて、急所となる部分を守るだけの部分鎧での補強だった。
そして、中型の金属盾を持つことにして、状況に応じて攻撃優先か防御優先かを選べるようにした。
魔法も選択肢に持つリンとラスも、それ程使う機会は多くないだろうが、小型の盾を購入し万が一に備えるようにして、パーティ全体の防御態勢はできる範囲で固めることができたと言える。
タリサを防御よりにした事により、パーティバランスは良くなったと言えるが、贅沢を言えば、後衛タイプがもう2人欲しいところだった。
戦闘では飛び道具を使えるスカウト系と回復と防御に特化した神官系か、攻撃に特化した魔術師系か、精霊使い系がいればパーティとしての完成形となるだろう。
ラスとリンも魔法は使えるとはいえ、今のパーティ構成では、アミスの魔法的負担が大きすぎた。
アミス自身はそれほど魔力も法力(確認)も高くはなく、聖獣頼りの所があり、そこに負担が掛かり過ぎると、前回みたいな精神力を使い過ぎてしまって倒れるという事態になりかねなかった。
攻撃魔法ならば、ラスやリンも使える。
威力に関しても単体相手ならばラスの攻撃魔法で充分な効果を得られるだろう。
しかし、問題は回復面だった。
この点に関して言えば、現在のメンバーではアミス一人に頼ってしまう状況であり、他には初歩のものですら使える者がいない。
つまり、アミス一人が倒れるだけで、全滅があり得る状況なのだ。
これに関しては、メンバーを増やす以外に手はないだろう。
今のメンバーが回復魔法を覚えるにしても簡単ではなく、その下地となる法力も低いため、効果は期待できないからだ。
状況や、選んだ仕事次第では、臨時に他の冒険者と協力体制をとる事も必要だろうが、今回は山賊討伐をする事になったとしても、完全に4人だけでの仕事となる。
「ま、山賊討伐に関しては、諦める事も視野に入れてだな……」
一行の優先は、国境越えてスリースタック公国のジョワイスへとたどり着く事。
路銀にもまだ多少の余裕があるので、無理する必要は無かったが、油断すればすぐに尽きてしまうのがお金という物だ。
目的のある旅であり、その目的が優先とはいえ、旅を続けるには路銀が必要であり、冒険者としての依頼を受ける事も大事になる。
木々が繁り、陽の光が届きにくい場所に入ってすぐの事だった。
付近の村人だろうか?
荷車を引いてゆっくりと進む二人組の男達の姿が見えてきた。
国境を越えるには中途半端な量の荷物と姿に思え、それが村人だろうかと思わす要因だった。
関所がある街道沿いに町や村は無いが、少し逸れればいつくかの村があると情報は得ていたので、この辺りの普段の光景なのだろうと思えた。
近づいた所で、2人とも腰の剣を差しているのが確認できた。
山賊の出没情報がある以上、護身用に武器を持つのは当然のことだろうが、どう見てもその武器を使い慣れた雰囲気はなく、もし、襲われれば、荷物を全て差し出してでも命を助けてくれることを懇願するしかないだろうと思えた。
まずは疑う事を頭に入れているラスですら、山賊の仲間である可能性をすぐに頭から消すぐらいに、どこからどう見ても村人にしか見えなかった。
(山賊の退治依頼は、付近の村々が連名で出しているらしいが……)
更に、ラスはその村人が引いていた荷車の状態の悪さに気付いてしまう。
修理する部品にも事欠く状況なのか、回りの悪くなった状態のままの車輪を、力任せにむりやり引っ張ているのがわかる。
「何とかしてあげたくなるね……」
ラスは、一瞬心の中を読まれたのではと思ったぐらいに、リンから出た言葉が自分と同じ意見だった。
目の前の村人の姿は、そう思ってしまうぐらい酷く見えていた。
「山賊現れてくれないかな……、そしたら退治してやるのに……」
再び、ラスの考えと同じ発言をするリン。
ラスは、自分の考え方が、少し前と比べて甘くなったと実感していた。
自分達の立場を考えれば、余計な危険は避けるべきだろう。
特に最近はギリギリの戦いが続いていた事もあり、少し安全の中での旅をしたい所だった。
だが、それとは逆の思いがラスの頭に思い浮かび、それを口にしたリン。
そんな2人の要望に応えたかのように、彼等は姿を見せた。
右側の2本の木が突然倒れだし、村人とアミス達の進行方向を塞いだ。
突然の事態に、村人2人は驚いて動きを止め、ラス達はすぐに武器を準備し、臨戦態勢を取る。
リンとラスは少しだけ村人へと近づき、アミスはその場で魔法の準備をして、タリサはそのアミスの守りに残った。
まずは、アミスを除いた全員が武器を片手に、もう一方の手で盾を持つ態勢を取る。
この4人での旅が決まった直後、装備を整えた時に決めた戦い方だった。
まずは守り主体で相手の出方を伺い、相手のタイプや力量が判ってから動きを変える事にしていた。
警戒するアミス達の前に、如何にもそれな山賊達が姿を現す。
不揃いの皮鎧と、統一されていない安物だろう武器を手にしたその姿が万国共通の山賊ファッションなのだろうか? と、どうでもいい疑問がリンの頭にふと浮かんだ。
だが、その中に一人だけ毛色の違う風貌の男がいる事を確認して、その男の動きに警戒した。
一見して魔術師風と思えるその男の姿に、もしかしたら、あれが魔獣使いだろうかとラスもリンも考えていた。
魔法の為の詠唱を始める男。
すぐにその魔法が解ったアミスは、短詠唱ですむ魔法を村人を含めた仲間達全員に効果が出る様に発動させた。
「【 眠りの雲 】」
アミスの魔法の直後に相手の魔法も発動した。
山賊側が使った魔法は【 眠りの雲 】。
範囲内相手を眠らす魔法で初歩の黒魔法ではあるが、複数を対象にできる為、うまく決まれば効果は絶大な魔法だ。
しかし、それはうまく決まればの話であり、慣れた冒険者なら比較的対処は楽なものだった。
詠唱に時間が掛かり、多少の経験ある者なら誰もが知っている魔法であり、ある程度集中するだけで抵抗できる程度の力しかない。
更にアミスが行った様に、魔法の抵抗力を上げる魔法を使用するだけで、一般の村人でも抵抗できるレベルなのだ。
確かに、村人達だけならば眠らされていたかもしれないが、対処法を知るアミスの【 抵抗 】の魔法で無効化できた。
おそらく、アミスの魔法が無くても、充分な抵抗力を備えた上に警戒していたラス達には効果は無かっただろうが……
「……!?」
その程度の魔法を防がれただけなのに拘らず、【 眠りの雲 】を使用した魔法使いも、その傍らにいた頭領らしき男も驚きの表情を浮かべていた。
そんな山賊達に、ラスは訝しげな表情を作った。
「……ん?」
「なんかあったらよろしく」
リンは、そんなラスの後ろからそう言うと、盾を投げ捨てて大きく跳躍した。
ラスも感じた山賊達の低レベル感を、リンは感じてすぐに行動に移したのだ。
様子を見なければならない程の相手ではないと、リンは即座に判断したのだ。
実際に、リンの突然の跳躍に反応できた者は山賊の一味の中にはいなかった。
側に降り立ったリンの姿に慌てて武器を振るう者はいたが、その武器はリンが振るったヘヴィランスの一撃で全て弾かれてしまい、返す槍の一撃で、魔術師は杖ごと吹き飛ばされ、三振り目の槍を鼻先で寸止めされて、山賊の頭領はすぐさま白旗をあげていた。
あまりに早い展開に、2人の村人も事態を把握するのに時間を要したが、助けられたことがわかると、すぐに礼の言葉を述べて、この近辺にはまだ他の山賊がいる事を話し始めた。
今回、襲い掛かってきた連中は、その山賊団に便乗した新参者だったらしく、この辺りに最近出没しているのは、町で仕入れた通り、魔獣を操る男が率いているらしかった。
ただ、連中は比較的大物狙いが主であり、少人数で少ない荷物を運ぶ時には滅多に襲ってこないらしく、最近は村の者達も今回のように2人で馬等を使わずに運べる量だけを運ぶようにしているそうだった。
依頼を受けた冒険者が退治してくれるまでは、非効率だがこのような輸送手段で仕事をするしかないと言い、そして、地域柄、冒険者は滅多に来ないらしく、半ば諦めてるような口ぶりだった。
最悪、荷物を全て差し出せば殺される事はないと思っているのだ。
「そっか……、じゃあ、こいつらを役所に突き出しても大した報酬は貰えないんだね……」
ぼそりと言ったリンの言葉に反応して、摑まってた魔法使いが慌てだした。
「す、すまない!、ほ、ほんの出来心だったんだ。役所に突き出すのは勘弁してくれ!」
「都合の良い話だね。そんな言い訳で許されると思ってるの?」
ジト目でリンが返していた。
ラスやタリサは、そんなやり取りも気にせずに、魔獣使いの山賊団を退治に赴くべきか考えていたが、山賊の頭領から出た言葉に、タリサの表情が変わった。
「俺達は、『紅黒獣』のアジトの場所を知ってる、だから……」
情報を差し出す事と条件に、許しを請おうとした山賊の頭領だったが、それまで興味なさげの様子だったタリサから、突然睨みつけるような視線を向けられて、それ以上の言葉が口から出なくなる。
常に冷静さを失わなかったタリサの表情の変化に、ラスも驚いたが、
「それって……、タリサさんの……」
一足先に気づいたアミスの呟きを聞き、ラスもその出てきた名前に聞き覚えがあった事に気付く。
1人気づけずにキョトンとしているリンや、脅える山賊達に気遣える余裕は3人にはなかった。
アミスとラスが、『紅黒獣』という名の山賊団の名前を初めて聞いたのは、タリサと出会い一緒に行動を共にする事を決めた時だ。
タリサの旅の目的を聞いた中に出てきた名前。
タリサの生まれ育った村を、襲った山賊団の名前だった。
グランデルト王国の暗黒騎士団の1人、闇氷河将軍で傭兵として働いた山賊団。
そんな彼等への報酬として許されたというとある村への襲撃。
その村の数少ない生き残りであるタリサは、そんな指示をした『闇氷河将軍』と、それを実行した
山賊団『紅黒獣』への復讐の為だけに生きてきたと、自分達に言っていた事を思い出したアミスとラスは、タリサの表情の変化に、どんな声を掛けるべきか悩んでいた。
「タリサ……、知ってるの?」
仲間の中で、唯一詳しい話を聞いていなかったリンは、率直に訊ねる。
3人が醸し出す雰囲気で、訊き難い話だとは感じていたが、訊かない訳にはいかなかった。
「ああ……」
タリサは、そう肯定だけすると、アミスとラスに目を向けた。
「私は行くが、お前達は?」
「もちろん、行きます」
タリサの言葉に、アミスはすぐに返答する。
そして、ラスもそんなアミスを見ながら、頷くしかなかった。
「なるほど……」
仇討ちがタリサの旅の目的である事は聞いていたリンは、そんな3人のやりとりで理解できたようで、黙って3人についていくことにする。
この事に関しては、口を出せる立場ではないが、仲間として手伝う事は許されるだろうと解釈していた。
タリサは、アミス達3人が一緒に来ることがわかり、僅かに呆れ顔を作ったが、すぐに憎しみに満ちた目と剣の先を山賊の頭領へと向けた。
「偽りがあれば即斬る…、死にたくなければ、本当の事だけを教えろ。今の私はそんなに気が長くはない」
タリサの言葉に、頭領は何度も頷く。
頭領以外の山賊達を全員木に縛り付けると、状況についていけずに黙っていた村人達に見張りを頼んだ。
2人は、理解しきれていないながらも、山賊達を放っておく事はできない事は判るので、黙って頷いて従った。
「もし、半日しても戻らなかったら、こいつらを町に突き出して村から逃げ出すんだ。奴等がどういう行動に出るかわからないからな……」
ラスがそう付け加えてから、一行は山賊の頭領だったゾランを連れてその場を後にした。
ゾランの道案内で、一行は林の奥へと進んでいく。
常にタリサからの強い殺気を向けられているゾランは、生きた心地がしていなかった。
ただ、助かる為には、自分の知っている『紅黒獣』のアジトに連れて行くしかないという思いだけで動いていた。
そして、無事にそのアジトが視界に入る場所に到着した。
元は何か大きな施設だったらしきその建物の入口には、見張りらしき男が2人立っていた。
その光景を見て、『紅黒獣』が立ち去っていない事を確信し、ゾランは少しだけ安堵していた。
もしアジトを移していたらどうしようと、不安を抱えていたのだ。
「これで許してもらえるよな……」
小さな声で懇願するゾランに、タリサは引き続き冷たい目を向けたままだった。
「まだ、奴等が『紅黒獣』という確証はない」
「おいおい、一緒に突入しろって言うのか? 勘弁してくれよ……」
「しかし、お前をここで解放して、俺達に害をなさない確証はないだろ? だから、事が終わるまでは一緒にいてもらわないと……」
ラスが代わりに答える。
今のタリサでは、問答無用で切り捨てかねないと思ったからだ。
「マジか……? 奴等にはビーストテイマーがいるんだぞ? どんなモンスターを飼ってるか……」
「問題ない……」
そう言ったかと思うと、タリサは見張り達の前に出ていった。
あまりに急な動きに、ラスもリンも止める暇がなかった。
まさか、こんな短絡的な行動に出るとは思ってもいなかったが、
(よく考えてみたら、最初に会った時も何も考えずに危ない目にあってたな……)
と、ラスはタリサとの初対面の時の事を思い出していた。
無策で、10名近くに1人で挑んでピンチになっていたタリサの事を……
「とりあえず、僕も行きますね」
「…ああ、頼む」
既にタリサが出て行ってしまった以上、じっくりと考えている暇はなく、アミスのひらめきに任せる事にしたラス。
アミスは、荷物からバンダナを取り出すと、少し長いハーフエルフ特有の耳を隠すように頭に巻き、タリサを追っていった。
ラスとリンはゾランと共にそのまま隠れて様子を見る。
もし室内に入られたとしても、ティスの通信能力を使えば会話を聞く事は可能であり、何かあれば即時の対応できるだろうと考えていた。
「なんだお前等?」
「『紅黒獣』だというのは本当か?」
問いに問いで返され、見張りの男は槍を突き付けて警戒を示した。
「すいません、こちらに魔獣使いさんがいると聞いて……」
アミスが慌てて間に入った。
「魔獣使い? もしかして、お頭の事か?」
「やっぱり居られるんですか? お仲間になって、その術を教わりたくて……」
アミスの言葉に、見張りの2人は顔を見合わせる。
「そんな理由で、女2人でこんな所に来たのかい?」
「女2人……?」
半ば呆れながらも、気を抜いた様子で言う見張りの言葉に、アミスは訂正・反論をしようと思ったが、誤解させていた方が都合が良いかもしれないと思い直して、僅かに不機嫌そうにするだけで我慢した。
「駄目でしょうか……?」
アミスは開き直り、女であると見せるような表情を敢えて取る事にした。
かと言って、演技の自信がある訳でもなく、下手に違和感を与えては元も子もないので、自然な普段の口調で話す事にする。
元々が丁寧な口調がベースのアミスなので、特別な芝居をしなくても、見張りの2人が男だと思い直す事はなかった。
ただ、その横にいるタリサの表情が、僅かな警戒心を男達に与える。
「ハルさん、こちらから警戒心を顕わにしては、受け入れてもらえませんよ」
男達の警戒心に気付いていたアミスは、咄嗟にタリサの表情への言い訳を始める。
「すいません、我が儘ばかり言う私の事を心配してついてきて来くれたんです。女1人で行ってもひどい目に合うだけだって……」
「……すまんな。警戒をする事が私の役目なんでな……」
アミスが必死に言う思い付きによる弁明を無駄にしない様に、タリサもそれに合わせた。
「……」
「……」
再び顔を見合わせる2人の見張り。
そんな2人を警戒心を崩さずに観察するタリサも、お願いする態度を崩さないアミスも気づいていた。
見張りがこの二人だけではない事に……
アミスは、ティスの通信を使ってラス達にもその事を知らせる。
流石に遠目での観察だったラスとリンの2人は、それに気づいてはいなかったが、アミスからの情報により気づくことができた。
2人の見張りと、アミス・タリサ達を囲む様に囲んでいる無数の鳥達の不自然な動きに
(流石はビーストテイマーという所か……、小動物を操ることなんて造作もないんだな)
ラスは周囲に目を向ける。
殆どの鳥達の視線はアミス達へと向いている。
何匹かは他の近づく者がいないかを警戒して周囲へと目を向けていたが、草木で上手く隠れる事ができているラス達に気付いているものはいない様子だった。
「植物の精霊に隠してもらってるから、簡単には見つからないから安心して……」
ラスが警戒心を周囲に飛ばしている事に気付いたリンが、小声でラスにそう言った。
戦闘用以外の精霊魔法にも通じている一面を見せるリンに、意外に器用だなと思うラス。
そんな考えが表情に出てしまったのか、リンが不満げなジト目を自分に向けられている事にラスは気づき、居心地が悪そうに視線を逸らす。
魔法を覚えるのはそんな簡単な事ではない。
故に、ラスやリンの様に前衛職の者ならば、戦闘用の魔法を優先的に覚えてそれ以外の補助的な魔法は、専門職に任せるのが普通だ。
リンが今まで一人旅をしてきたとはいえ、そんなに魔法習得を優先してきたとは考えるのは普通ではなく、ラスがそんな考えを持つのは当然の事だった。
実際、ラスも覚えている魔法は、全てがそうではないとはいえ、殆どが戦闘用のものだった。
「とりあえず、会わせてもらう事だけでもできないでしょうか?」
アミスの懇願の言葉が続いていた。
どうしようか見張りが悩んでいると、建物の中から2人の男が出てきた。
見張りの交代だという新たな2人に、事情を説明する。
そして、その内の1人が奥へと戻っていく。
(鳥を使った監視に気付かれないような芝居か……)
見張りの交代が偶々出てくるにはタイミングが良過ぎるとラスもリンも思っていた。
恐らくは、鳥達を使って状況を見ていたビーストテイマーの指示で出てきたのだろう。
そして、態々出てきたという事は、恐らく中に連れて行かれるだろうと予想ができ、その通りに話は進んでいった。
奥から戻ってきた男に連れて行かれる形で建物内へ入っていくアミスとタリサ。
5人一緒に向かっていれば、こうも簡単に中に入れられることは無かっただろう。
女の二人組と思わせれた事、そして、その1人が決して実力者に見えないアミスの様な見た目だったのも相手の油断を誘えたのかもしれなかったが、相手がこちらの実力を理解した上での罠を用意している可能性も充分に考えられる。
様々な事態を想定して、様々な対応を頭に入れておくと決めたラスとリンは、ティスによる通信で耳に入るアミス達の会話に集中していた。
「お前も珍しい奴だな……、魔獣使いになりたいだなんて……」
「田舎暮らしで小さな頃から、人間の友達ができなくて……、友達と言えば動物達だったんです。でも、どんなに懐いてくれても意思の疎通ができないのが悔しくて、悲しくて……、そんな中、そういった術がある事を知ったんです」
すらすらと出てくるアミスの言葉を耳にし、打ち合わせもなし入ったこの状況で、よくもここまでの話が咄嗟に出てくるものだとラスとリンは驚いた。
そんな偽りの話に、真実の言葉も混じっている事を2人は知らない。
人里離れた山奥に住んでいたアミスは、時折近くの村に赴く事はあっても、友達と呼べる存在はいなかった。
兄や姉に可愛がってもらっていたし、森の動物達とも仲良しだった為、遊び相手はいたが、寂しさを味わう時が無かったと言えば嘘になる。
そんな体験をそのまま話したアミス。
僅かに昔の寂しさを思い出してはいたが、それが逆に話に真実味を作り出して相手を疑わせない要因になっていた。
そんな会話をしながら奥の広い部屋に通されると、十数名の山賊達が待っていた。
そんな中、他の山賊達に守られるような位置に座る男が、小さく笑いだす。
「俺の術を習いたいって奴が来たからどんな奴かと思えば、こんな小娘とはな……」
「……?」
「とりあえず一つ質問させてもらう」
「なんでしょうか?」
「見返りは何だ? 俺がそれをお前に教えると、俺にどんな良い事がある?」
余裕の表情で訊ねる男。
その言葉に、アミスもタリサもすぐに返答しなかった。
相手も、こっそりと聞いているラス達も、その沈黙に頭に疑問符がついた。
「どうした? 何故答えない?」
「いや、少しがっかりしたのでな……」
「何がだ?」
タリサはアミスへと目を移す。
アミスも同じことに気付いているようで、どうしたものかという表情で、首を傾げていた。
「貴様等……」
「……ふぅ……」
意味が解らずにイラ立つ男を前に、タリサは深い溜息をついた。
そして、アミスに対して頷くと、腰の剣を抜いた。
その動きに反応して山賊達が一斉に武器を構える。
タリサはそんな山賊達の動きを気にした様子も見せず、中央の男に対して剣の先を向けた。
「他に頭領はいないのか? それならば話はここで終わりだが……」
タリサから感じる冷たい殺気に、男の背筋に冷たい物が走る。
「ど、どういう事だ!?」
「貴様は魔獣使いではないだろ?」
「な、なに?」
「ビーストテイマーの能力はあるみたいですけど、魔獣を使役するのは厳しいかと……」
「き、貴様等ぁ~!!」
中央の男が合図をすると、山賊達が2人を囲みだした。
何があったかはわからないが、その会話で交渉が終わった事に気付いたラス達が動き出す。
ゾランをその場に残し、2人は飛び出すと、慌てて反応した見張りを一撃で倒して中に入っていった。
「逃げて……いいんだろうか……」
1人事態が把握できていないゾランは、取り残されて呆然とするしかなかった。
ラス達が部屋につくと、既に戦闘は終わりかけていた。
その場に立っている山賊は、既に3名まで減っていた。
床に倒れている数名の男達と、その数より多く転がっている武器が、逃げ出した者達の数を表していた。
残っているのは、頭領らしき男を守る2人の男と、一体の獣だけだった。
「それがお前が操れる最大の獣か?」
それは狼だった。
その狼も、タリサの殺気に気圧されており、毛を逆なでて威嚇だけはしているが、飛び掛かってくる気配はない。
「貴様等、『紅黒獣』ではないな?」
「『紅黒獣』の一党だ。その名で仕事をする許可は貰っている」
頭領は、既に戦意を失っており、情けないと分かっていながらもそう言うしかできずにいた。
『紅黒獣』の名前だけで、相手が引き下がる事に縋るしかなかった。
それが無駄だと分かっていながらも……
「貴様等、何が目的なんだ?」
「『紅黒獣』を殲滅する……」
「本気で言っているのか? 数にして2千人を超える大山賊団だぞ。そんなのを……」
「関係ないな……、どんなに時間が掛かろうと、実行するだけだ」
「……」
タリサのその言葉に、頭領は完全に諦めて座り込んでしまう。
その姿を見て、その頭領を最後まで守っていた二人も武器を下ろし、狼も威嚇を止めて逃げ出していく。
「1つ訊ねる」
「な…なんだ……?」
「今、『紅黒獣』の首領がどこにいるか知っているか?」
「……知らん……。が、恐らくはスリースタック公国にいる……、と聞いたが……」
「そうか……」
予想通りの答えだったためか、タリサの反応は鈍く、既に興味を失った様に武器を収めて背を向けた。
頭領達が完全に戦意を失っていた為に見せた、タリサの油断だった。
頭領の前で倒れていた男が、殺気を隠す事に長けているなど、一切に可能性として頭に持っていなかった。
その為に許した不意打ち。
それを咄嗟に庇ったのはアミスだった。
慌てて振り向いたタリサの目に飛び込む鮮血。
タリサに背中から襲い掛かった男の剣が、アミスの左手を切りつけた鮮血。
男は、タリサに抜き身で斬られて、一刀の元で斬り倒された。
タリサはすぐにアミスに駆け寄るが、アミスは笑顔で返す。
「大丈夫です。かすり傷ですよ。毒も塗られてないみたいなので、すぐに治せま……」
「何やってる!!」
タリサから出た怒鳴り声に、アミスも笑顔を消して驚いた。
駆け寄ろうとしていたラスとリンも動きを止めた。
タリサは、アミスの正面に立つと、その胸倉を掴んだ。
その表情には、はっきりとした怒りが感じ取れる。
「タ…タリサさん……?」
「なぜだ? なぜ庇った?」
「え? だって、危なかったから……」
「お前にとって、私の代わりに死ぬことが力になるってことなのか?」
「そ、そんな……大げさな……」
「即効性の毒が塗られていたら、お前は死んでいたんだぞ。それがわかって言ってるのか?」
もし毒があれば、それを癒せるのは、パーティの中ではアミスだけだ。
そのアミスが毒を受けて倒れれば、治療する術はなく終わってしまう。
言われてアミスも気づいたが、咄嗟の事でそこまで考える余裕がなかった。
「そんな、軽い考え方で力になると言っているなら、お前の力など私には必要ない」
「タリサさん……」
言葉を失うアミス。
そこへ、ラスとリンが近づいて声をかける。
「とりあえず落ち着け……」
「頭に血を昇らしていたら会話にならないよ」
「……」
肩に置かれたラスの手に目を向けて、タリサはアミスから手を離した。
少し持ち上げられ気味になっていたアミスは、突然離されてバランスを崩してふらつく。
そんなアミスを心配していたティスが、今度は怒り出した。
「ちょっと、庇ってもらってこの仕打ちはないんじゃない!」
「ティス、いいんです……」
「でも、アミちゃん……」
「いいんです。僕が悪かったんですから……」
「アミちゃん……」
もし逆の立場だったら、怒らずともそれを良しとは思えなかっただろう。
逆に庇われる事は迷惑でしかない。
そんな事をしてしまった自分が、悪かったのだとわかったアミスは、謝るしかなかった。
「すみませんでした……、以後気を付けます……」
「……」
アミスは謝罪して、タリサの言葉を待った。
「それより……」
そこへラスが口を挟んだ。
「今回、勝手に動いた事への謝罪はあってもいいんじゃないか?」
それは話の入れ替えによる、アミスへの助け舟だった。
「……」
タリサは少し黙っていたが、少し冷静さを取り戻してきたのか、小さく頭を掻くような仕草を見せた後に、小さな声で、
「すまなかった……」
と、言った。
「謝られたなら、許すさ。仲間だからな……」
少しわざとらしく、大きな動きを入れてラスはそう言った。
だから、タリサも謝るアミスを許すべきだという意味を込めて。
「わかったよ……」
タリサはそう言うと、黙って剣を収めてアミスへと目を向けて頷いた。
アミスはすまなそうな表情で小さく頷いた。
タリサは心の中で悩んでいた。
アミスも、ラスも、リンも、自分にとってみんな優し過ぎた。
その過ぎる優しさが辛かった。
そんな彼等を不幸にしてしまう事が、とても辛かった。
それは、冷たくなりきれないタリサ自身が、優し過ぎるのかもしれない。
(やはり、自分には向かないな……)
ふと思うタリサだった。
用意していた引き出しは、前回で使い尽くしました。
次回から、物語が大きく動き出します。
週一回の更新に間に合うか微妙なラインになってきていますが、何とか頑張って書きたいと思います。




