温泉
国境沿いに聳え立つリットルース高山。
その麓にあるホウヘイの町は、この地方では比較的有名な町だ。
この町を有名にしているモノこそが、今回のアミス達の目的のモノだ。
昼過ぎに町に到着した一行は、すぐさま宿を取る事にした。
旅人向けの良い宿を探した。
今回の目的を考えれば、料金を渋ってランクを落とすのは得策ではなかった。
早い時間というのも影響してか、希望に沿った宿を取る事に成功した一行は、早速この町の売りを堪能する事にした。
このホウヘイの売りとは地中から湧き出る湯、つまり、温泉であった。
火山であるリットルース高山の麓には、いくつかの温泉が湧き出ている地域があり、その中でも、このホウヘイの町は、それを生かした入浴施設に力を入れており、国の主要道路から外れた位置にありながらも、ここを訪れる旅人は多い。
先の戦いで受けた心身へのダメージを癒そうと、アーメルの提案によりこの町へ来たのだった。
数名、乗り気ではない者もいたのだが、アーメルの言葉に乗せられて断り切れずに、店がある事を理由に断ったゴグラードを除いたメンバーで訪れていた。
「くぅぅぅぅ~~~」
アーメルが大きな声でをあげながら背筋をぐっと伸ばしているのは、宿内の女風呂の中。
「やっぱり、温泉っていいよねぇ~」
自分の言葉に、1人で納得しているアーメルに、タリサ、リン、ユーウェインの目が集まっている。
「ん? 良くない?」
3人の視線に気づき、アーメルはその表情を見渡しながら訊ねた。
「いえ……、良いとは思いますけど……」
「寛いでいれる立場なのか?」
言いにくそうに言葉を選ぼうとしていたユーウェインとは違い、タリサははっきりと言い放った。
真剣な表情のタリサに、アーメルはニッコリとした笑顔で返した。
「肉体的な疲労なら、魔法である程度癒せるけど、精神的な疲労はそう簡単にはいかない。厳しい戦いが続いたし、大変な目にあったんだから、少しはそれを忘れて心身を休ませるべきだと私は思うの……、こういう所では、深く考えないのが一番よ」
アミスと同じで童顔な顔立ちは、成人前の少女にしか見えないのだが、実はこの中で一番年上のアーメル。
言ってる事はもっともな事に聞こえるのだが、如何せん外見と口調が説得力を出すのに向かなかった。
タリサの口から溜息が漏れる。
「まぁ、確かに休める時にしっかりと休んでおくのは、大事だと思うけどね……」
リンはそう賛同しながらも、気になる事があって表情は浮かなかった。
リンが気にしていたのは、今、男風呂に入っているだろう、アミスの事だった。
あの後、現れた暗黒騎士団の知衛将軍の使いを名乗る男の言葉に、精神的ダメージを受けたアミスの表情が頭に浮かんだ。
『我が主、知衛将軍との戦いにより、盗賊の少女は黒い翼の少年の後を追った。そして、風使いの少年は、暫く合流できなくなった。私はそれだけを伝えに来た』
男の言葉。
その中のミスティアルの死を示す言葉が、アミスの心にダメージを残していた。
「弟の事をもっと気遣ってやったほうがいいんじゃないか?」
「アミスなら、大丈夫よ」
タリサの言葉に、アーメルは即答で返す。
その笑顔での返しに、3人は目を丸くする。
「随分と楽天的なんだな……」
「そう? ま、兄弟の中では一番そうかもね」
アーメルは笑顔を絶やさない。
「アミスには頼れる仲間がいるもの……、だから大丈夫よ」
「……それはどうかな?」
「え?」
タリサの返しに、アーメルの表情から一瞬笑顔が消える。
タリサは、真剣な表情のまま言葉を続けた。
「私にしてもラスにしても、そういった精神的な癒しを与えられる性格ではないと、私は思う。アスマやミスティアルもいなくなり、あんた等も一緒に来るわけではないんだろ?」
「ま、一緒には行くつもりはないわね……」
アーメルもリンもユーウェイン達も、この町で別れる予定だった。
「私にしてもいつまでも一緒にいる訳ではない。私には目的があるからな……」
「でも、すぐに別れる訳ではないんでしょ? タリサさんもラスさんも、アミスの心配をしてくれてるじゃない。そういった心を感じ取れないアミスじゃない。その気遣いがアミスの心を癒してくれるわ」
「やはり、楽天的だな……」
タリサはそう言うと、アーメルから目を逸らした。
「私も一緒についていきたいんですけど……」
2人の会話が止まるのを待っていたのか、そこでユーウェインが口を開いた。
「仕方ないわよ。ゼラさんの気持ちはわかるからね」
そう言ってくれるアーメルに、ユーウェインは複雑な表情を浮かべていた。
申し訳ないという気持ちが前面に出たその表情を見て、アーメルは笑顔を浮かべる。
感情が戻っているからこその表情を、彼女が浮かべている事が嬉しかったからだ。
アーメルは、ユーウェインの頭をそっと抱きしめた。
彼女は少し驚いたが、その行動の意味を感じ取り、アーメルの小さな胸にそのまま体を預けた。
出会ったばかりの自分に対して、これほどの慈愛をで包んでくれるアーメルの心の方が、よりユーウェインの心を癒してくれるような気がしていた。
タリサもそれを感じ取り、やはり彼女こそがアミスと一緒にいてあげなければならないのでは? と、改めて考えるが、既にその話はし尽くしたと言える程話し合っていた。
「私が一緒に居たら、アミスの成長の妨げになる」
そう言ってアーメルは、アミス達への同行を断っていた。
危険な相手に狙われている事。
その相手が複数であり、その中には暗黒騎士団という組織もいる事。
魔族ロルティの事。
そして、ラスやタリサは、自分の事情すらも話して、アーメルの同行を希望したのだが、それでもアーメルは首を縦には振らなかった。
アミスもそれに納得した様子を見せた為、その話はそこで終わってしまっていた。
(後で、再度言うか……)
タリサはそう考えながらも、説得は難しいだろうと思っていた。
意外に頑固な一面は、弟であるアミスからも感じ取れるものだったからだ。
「先に上がる……」
「あら、もう? もったいない……」
「お前等の使い魔の相手が必要だろ?」
夢魔という性質上、宿側から入浴を断られたアスタロスと、そんな彼女の暇つぶしの相手として入浴できていないティスは、部屋で荷物番をしていた。
ティスは妖精界から戻って早々、アミスがどれだけ危険な状況にあったかを知らされて驚き、アーメルとの再会に歓喜し、そして、入浴出来ない事にガッカリと、浮き沈みの激しい状況だった。
タリサは、そんな2人を言い訳にしてその場から離れた。
部屋で2人がどんな状況か、少し不安なのは確かだったのだが……
男風呂内は、静かだった。
じっくりと初めての温泉を堪能するアミスと、少し考え込んでいるラスと、言葉を出そうとしながらも、そのきっかけに迷っているゼラ。
アミスには、どれだけ感謝しても、し足りない程の気持ちを持っていた。
≪ 白翼天女 ≫と≪ 水霊 ≫≪ 氷霊 ≫の力を用いたアミスの癒しの魔法は、ユーウェインの傷を癒し、命を救っただけではなく、エンチャントドールとなっていた彼女を人間に戻すという奇跡を起こしていた。
決して、それを狙っての魔法でもなければ、どうしてその様な現象が起きたのかは、術者だったアミスにも、魔法に詳しいアーメルやゼラにもわからなかった。
一日を置き、魔法力が回復した後、同様の魔法をラスに使用してみたが、ラスには何の変化は起こらずに終わり、それ以上に知る材料がなくなったのが現状である。
ただ、ゼラからしてみれば、アミスがユーウェインを助けてくれた事と、ゼラの希望を叶えてくれた事実に間違いはない。
「何かで返したい所なんだが……」
「ゼラさん、もういいですってばぁ~」
「ユーウェのあんな笑顔を見れたのは何年振りか……、諦めていたつもりはなかったが、やはりもう2度と見れないかもという思いはあったからな」
そんなゼラの言葉に、アミスは笑顔を浮かべながらも少し困っていた。
癒したことに対しての感謝だけならば、アミスも普通に受け取っていたかもしれない。
しかし、感謝の内容は、自分でもそうしようとしてできたわけではない現象に対してであり、それは水霊達の力のおかげかもしれない。
可能性は低いが、もしかしたら魔族から受けた氷の銛の力かもしれない。
極論ではあるが、その傷を癒した事に関しても、元々は自分を助ける為に負ってしまった傷を癒したのだから、逆に自分が感謝しなければならないという思いが、アミスの中にはあった。
しかし、ここでそれを言うのは、返ってゼラやユーウェインに気を遣わせてしまうと考えて、その思いは口にしないことに決めていた。
「要因が解れば、ラスさんを元に戻す事も可能かもしれないんですけどね……」
ゼラの感謝の言葉が止まりそうにないので、アミスは話を変えようと、ラスへと言葉を向けた。
ラスは、少し素っ気ない口調で、
「俺の事は気にしなくていい」
と、返し、アミスも言葉を詰まらせた。
「でも……」
「今は、戦闘力が必要だからな……、今、魔力を下げてしまうのは得策ではないさ」
「……」
「アミス、お前は良い仲間を持ったようだな……」
ゼラがそう言うと、ラスに向けて笑みを浮かべた。
「ラスは、自分の目的より、お前の力になる事を優先しているみたいだぞ」
「!? いや……」
「今の言葉を聞く限り、そうとしか思えないぞ・・・、な? アミス?」
「……はい!」
アミスは満面の笑みで返事をし、ラスはバツが悪そうに頬をかいた。
「本来なら、微力だが一緒に行って力になるべきなんだろうけどな・・・」
「仕方がないですよ。ゼラさんがユーウェインさんの事を最優先にして、危険を避けるのは当然の事ですから……。もし、一緒に来たいと言われても、僕は断りますよ」
ゼラの考えが変わらないように、敢えてアミスはそう言い切った。
その気遣いに気付き、ゼラは本当にすまなそうに目を伏せる。
「すまんな……」
3人の言葉が止まり、静かに時が流れていく。
戦い続きのアミスとラスにとって、久しぶりに思える休息の時間であった。
「きゃははははははは♡」
完全に酒が回り、ハイテンションになってしまったアーメルの笑い声が、辺りに響き渡っていた。
テンションが上がっているのはアーメルだけではなく、リンも時折大きな笑い声をあげては、アーメルと楽しげに、さして意味もなさそうな内容の話で盛り上がっていた。
先程まで一緒に騒いでいたアスタロスと、それに仲良く付き合っていたティスは、既に酔いつぶれて眠りの世界に入っていた。
そんな3人に付き合っていたユーウェインも、もう眠いらしくうとうとと体を揺らしている。
騒ぐ2人を尻目に、他のメンバーは静かに酒を傾けていた。
ふと、ラスの目がアミスへと移った。
それに気づき視線を追ったタリサの目もだ。
先程から見る限り、アミスが飲んでいる酒の量は、既に出来上がっているアーメルと同量かそれ以上だった。
にも拘らず、アミスの表情に大きな変化はない。
僅かに頬が赤らんでいる程度であり、アーメル達を見ながら楽しげな笑みを浮かべていた。
ラスは一度立ち上がると、アミスの側に移動し、その隣に腰を下ろした。
「お前、酔ってないのか?」
「? そうですね、そんなには……、お酒には強い方なので」
「強い方って……」
正確に把握している訳ではないが、アミスが飲んだ量で酔わないなんて、酒豪の種族で知られているドワーフ並みだとラスは思っていた。
アミスの意外な一面に、ラスは正直驚きの表情を見せていた。
「それにしても飲み過ぎだと思うがな……」
いつの間にか側まで来ていたタリサの言葉だった。
「アスマの事が気になるのか?」
タリサの遠慮のない質問に、アミスの表情が少し曇った。
気にならない訳がなかった。
どれだけ飲んでも、ラディとミスティアルが死んだ事が頭から離れる事もなければ、アスマの行方が気にならなくなる事はない。
仇討ち、復讐という考えが一瞬、アミスの頭を過るが、それは彼の心には不似合いなものであったが、2人の死を簡単に流せる事もできずに、複雑な心境の中に、アミスの心はあった。
「アスマとはいずれ会える。ミスティアル達の事は忘れろとは言わないが、あまり考えすぎるな……。せっかくこういう所に来たんだ。今は休むことを優先した方が良い。心身ともにな……」
ラスは、できるだけ優しく言う。
自分でもらしくないと思う程に……
「はい、わかってます。でも……」
分かってて簡単に割り切れるなら、こんなに悩むことはない。
アミスは、手にあるグラスの酒を一気に飲み干すと、小さな溜息をついた。
ラスもタリサもそれ以上何も言わなかった。
そんな静かな3人の目の前で、アーメルとリンのどんちゃん騒ぎは続いていた。
その姿を前に、アミスの表情に笑みが零れる。
そんな笑みを見てタリサは思った。
やはり、アーメルの様な存在がアミスには必要であると……
それから時間が過ぎ、流石にアーメルとリンも騒いでの疲れからか、眠りについていた。
雑魚寝状態の面々に、ふと目を覚ましたアミスは毛布を掛けて回り、全員に掛け終わると、杖だけを手に1人外へと出た。
真夜中の時間帯。
野営の見張りの時に見る星空が、目の前には広がっていた。
星を隠す雲がまったくない快晴の夜空だった。
少し赤みを帯びた顔に当たる冷たい風が心地好い。
アミスは澄み切った空気を思いっきり吸い込むと、集中し、魔力を杖へと収束させた。
その魔力に呼応し、杖に埋め込まれている聖契石の内、契約済みの5つが光だし、その中から5体の聖獣が姿を現した。
アミスが最初に契約したのが、≪ 風の乙女 ≫。
薄く透き通った肌と、それ以上に透き通った視認する事が難しい透明な翼。
まるで、自らの風に揺れる様に長い髪が舞っている。
セラリスと名付けられた彼女の能力は、風の刃による攻撃、嵐の防壁による防御等が使用でき、攻防にバランスが良い。
それ以外でも、風は様々な変化をすることができ、使役者の思考に合わせて様々な力を発揮できる万能性に優れた聖獣だ。
契約の時のとある事情により、アミスの心を最も把握してくれる存在だった。
その性質上、アミスが最も召喚する機会が多いのが、≪ 白翼天女 ≫だ。
名前はラシェール。
白き翼を背に持つ美しい女性型の聖獣。
数多の聖獣の中でも、その法力の高さは群を抜いており、彼女が使う神聖魔法は高い防御力と治癒能力を持っており、防御を優先にするアミスの性格にはピッタリ合う聖獣だった。
≪ 魔女 ≫、名はニーネル。
元々は高レベルな人間の魔術師だった事もあり、様々な魔法を使える聖獣だ。
中でも、支援系の魔法を得意としており、アミスや他の聖獣のサポートに回る事が多く、アミスの突拍子もない策を理解し、それに合わせて対応ができ、既にアミスに無くてはならない存在となっている。
特に、複数召喚の時には欠かせない存在だ。
そして、新たに契約を結んだのが、≪ 水霊 ≫ことシルアと、≪ 氷霊 ≫ことクリス。
先の3体と比べて、万能性には劣るが、剣を用いた接近戦を得意をしており、これからは攻撃魔法がそれほど得意ではないアミスの、メインの攻撃手段となっていくだろう。
水の精霊や氷の精霊の力を集める力にも長けており、それが多くいる場所でなら、魔法の援護に回る事もできる。
五体の聖獣に揃って言える事は、聖獣、獣と言う呼び名が似合う外見をしていない事だろう。
全員が人型の聖獣であり、しかも全員が美しい女性なのだ。
アミスは五体を全て召喚して、改めてその事実に気付いた。
そんな美しい女性たちを目の前にして、アミスの顔の赤らみが強まった。
アミスの性格を充分に理解しているセラリスや、少しわかってきたラシェールやニーネルは、少し呆れながらも、仕方ないと思ったが、契約したてのシルアとクリスは、アミスのその表情を見て、不思議そうに眉間にしわを寄せた。
「どうした?」
「あ、すいませんっ……」
シルアの問いに、アミスが返したのは、謝罪の言葉だった。
意味がわからない2人は、更に不快そうな表情を浮かべる。
「私達のマスターは、女性が苦手なのよ」
ニーネルが優しい声でそう説明した。
「苦手って、我等は人間とは違うんだぞ?」
と言うクリスに、ニーネルが反論する。
「女性には変わりないでしょ? それに私は元は人間なのよ」
「わたくし達のご主人様は、可愛いこと……」
ラシェールは、楽しげな笑みで言う。
アミスの前で詠唱以外の声を出すのは初めてだった。
外見に合った柔らかく優しい口調で言葉を続ける。
「守り甲斐がありますわ」
ラシェールはそっとアミスに近づくと、両手で優しくアミスを抱きしめた。
「あ、ちょ、えっと……」
更に顔を赤らめ、まともに言葉を発する事ができないでいるアミスに、シルアとクリスは呆れ顔を、ニーネルはくすりと笑みを浮かべた。
「アミス……」
「はい……」
セラリスの真剣みを感じる声に、他の4体の目が集まった。
「不安なのはわかる。だが、お前が甘える相手は私達ではない。お前には仲間がいるだろう? 頼るならその仲間達を頼るんだ」
「はい……」
「彼は私達のマスターなのよ。何故、力になってあげないのです? 私は色々な意味で力になってあげたいと思っています」
ニーネルが抗議の言葉をあげた。
「わたくしもできる限り力になるつもり……、だから、ニーネルの味方」
アミスに抱きついたままのラシェールは、ニーネルに賛同する。
「お前達はわかっていない。アミスはな……」
「セラリスさん!」
アミスに名前を呼ばれて、セラリスの言葉が途中で止まった。
「違うんです」
「違う?」
「僕がみんなを呼び出したのは、甘える為じゃないんです。その気持ちが全くなかったって訳ではないですけど……。正直、逃げ出したくて、誰かに頼りたくて、自分が情けなくなるのも事実です。でも……」
「……」
「今の自分の力を試したかったんです」
その言葉に、セラリスは少し驚き、そして、口元に笑みを浮かべた。
「なるほどな……、5体もの聖獣を一斉召喚しても、まったく疲労した感は見えないな……」
「はい、少し前なら、もう気を失っているかもしれません」
アミスは、ラシェールの両手を優しく振りほどくと、5体の聖獣から少し離れた。
「みんなの力を発動させれば、流石に大きく疲労するでしょうけど、それでも聖獣使役に関しての力が上がってると思います。でも……」
「お前の考えで行動すればいい」
セラリスは静かにアミスに近づくと、その金色に輝く頭を『ぽんっ』と軽く叩いた。
少し乱暴な口調だが、どこか優しさを感じられる声。
「力になるんだろ? その為に力を求めたんだろ? 私達を求めたんだろ?」
「……はい」
セラリスの言葉の意味を、他の聖獣達には理解しきれていない。
部屋で眠っている仲間達にも理解はできないだろう。
それは、セラリスと契約する事になった、アミスの冒険者としての最初の仕事が関わっている話だった。
大きな目的を持たずに冒険者としての旅に出たアミスに、一つの道筋を作った経験。
それを知る者は、セラリスだけだ。
「みんなには、またこれからも力を貸してもらう事になると思います。その時はよろしくお願いします」
アミスは、落ち着いた表情でそう言うと、聖獣達へと頭を下げた。
アミスを主とする主従関係にあるが、アミスは上から命令する事はしない。
あくまでも、アミスは力を貸してもらっている立場だと思っていた。
そんなアミスから下げられた頭に、その意味を理解した彼女達は、呆れる者、微笑ましく思う者、様々だったが、
「わかっていますよ」
「任せてください」
「言われるまでもない」
「その為に契約したのだからな」
ニーネル、ラシェール、シルア、クリスと頷いた。
「1つ、条件を出させてもらう……」
セラリスだけが、すぐに頷かなかった。
「条件……ですか?」
「隠し事はするな。私達には偽りの言葉を出すなよ」
「……はい。すいません……」
「あと……『さん』付けは止めろよ……、マスター」
セラリスはもう一度アミスの頭を軽く叩くと、笑顔で聖契石に戻っていった。
それに続くように、他の聖獣達も聖契石へと戻り、アミスだけがそこに残される形となった。
「頑張らなきゃ……」
アミスは自分にできる事を頑張ろうと、決意を新たにした。
とりあえずは、今は体を休める事が大事と考え、眠りにつく前に再度温泉に入ろうと脱衣所へと向かう。
そんな彼の後ろに、一つの人影が近づいている事に、完全に気を抜いているアミスは気づいていない。
ゆっくりと両手を上げる影。
そこでようやくアミスはその気配に気づいたが、振り向くより先にその両手により捕獲される。
「わわわ……」
「ア・ミ・ス♡」
「え? 姉さん?」
「なぁに? 私じゃわるいですかぁ?」
「姉さん……酔ってますね?」
「うん、酔ってますよぉ~」
アミスは顔を赤らめていた。
それは、アーメルの酔っているための赤さとは違う。
アミスを背中から抱きしめているアーメル。
それ程大きくはないとはいえ、やはり胸の膨らみがあり、それをアミスは背中に感じていた。
女性に対しての耐性のないアミスは、姉とはいえその女性らしさを感じとると緊張してしまっていた。
「姉さん、眠っていたんじゃ……」
「お風呂に入ろうと思ってね。アミスも一緒に入る?」
「僕も入るつもりでしたけど、一緒には入りません」
「えぇ~、なんでぇ? 一緒に入ろうよぉ」
「そういう訳には……」
反論しようとするアミスの足を払い転倒させると、その両足を抱き込むように抱えて引きずりだすアーメル。
「ちょ、ちょっと、姉さん?」
「黙ってお姉さんの言う事を聞きなさい」
アミスは抵抗をやめる事にした。
こうなっては、反論も抵抗も無駄な事を知っているからだ。
兄弟一の酒癖の悪さは、アーメルの大きな欠点の一つだった。
「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~! やっぱり気持ちいいわね」
「そうですね……」
深夜と言う時間もあり、2人が入っている男湯には、他に誰もいなかった。
「久しぶりの姉弟水入らずなんだから、もっと嬉しそうな顔をしなさいよ」
「は、はい……」
確かに、久しぶりアーメルに会えたことは嬉しかった。
だが、今のこの状況は、姉が相手とはいえ恥ずかしくて仕方がないアミス。
広い温泉の隅で身を縮めるように丸くなっているアミスとは対照的に、思いっきり体を伸ばしているアーメルは、ムッとした表情をアミスに向ける。
「何? 嬉しくないの?」
「う、嬉しいですよ……」
「……嘘言ってる」
「え?」
シュンと落ち込んだ表情を見せるアーメルに、アミスは少し慌てた様子を見せた。
「アミスは、私の事が嫌いなんだね……。子供外見で胸も小さいし、酒癖は悪いし、姉らしくないし、いっつも、我が儘言ってアミスを困らせてるもんね……。嫌われて当然だよね……」
目に涙を浮かべだすアーメル。
「そんなことないですよ。僕がアーメル姉さんを嫌うわけがないじゃないですか!」
「嘘!」
「嘘じゃないです!」
「……ホントに?」
首を傾げるアーメルは、とても可愛らしかった。
そんな姉の可愛らしさに、アミスは顔を赤らめた。
「ホントです。僕は姉さんの事が大好きです」
アーメルの表情がパッと明るい笑顔に変わると、す~とアミスに近づいていき突然抱きついた。
「ちょ、ちょっと、姉さん?」
「アミスって、可愛い♡」
アミスはすぐに抵抗を止めた。
感じる事ができるアーメルの懐かしい匂いに、アミスは安らぐ。
アーメルが家を出てからどれだけの時が過ぎただろう。
甘えん坊だったアミスと、誰よりもアミスを可愛がっていたアーメルの関係は、兄弟達の中での特に深かったかもしれない。
そんな姉が、自分に黙って旅に出た時は、食事もまともに喉を通らなくなるぐらいに落ち込んだ記憶がアミスにはあった。
そんな、大好きだった姉が目の前にいる。
それが嬉しくないはずがなかった。
すぐにまた別々になるのは分かってはいた。
だからこそ、今は存分に甘えるべきなのだろうと、抵抗する事を止めたのだ。
「姉さん……」
「ん? 何?」
「アーメル姉さん……」
「……」
アミスは、そのままアーメルの腕の中で眠ってしまった。
そんな弟を起こさないように気を付けながら、小さな声で
「一緒に入る?」
と、脱衣所の方へと声を掛けた。
「聞こえない? ラスさんとタリサさんでしょ?」
「よくわかるな……」
タリサの声が返ってきた。
姿は見せないが、そこにいるのは確かにラスとタリサの2人だった。
「真面目そうな顔して、覗き?」
「そんなわけが……」
「でも盗み聞きはしてたんでしょ?」
「……」
姉弟水入らずのやり取りの邪魔をするのに、気が引けただけだったのだが、結果的に盗み聞きのような形になってしまったのは事実であり、少し黙り込む2人。
「興味があったからな……」
タリサが言う。
「興味? 私の裸に? それともアミスの……」
「そう思うか?」
「あ~ん♡ タリサさんてば、ノリが悪いわね~」
甘えるような声を出すアーメル。
そんな彼女の声を聞きながら、呆れてしまうラスとタリサ。
「アミスを起こしたくないから、あまり大声で話したくないの……。お話があるなら、入ってきてよ。こんな形での話もなんだからさ……」
「おいおい、ここは混浴じゃ……」
と、続けて呆れて否定しようとしたラス。
ラスとは逆にタリサは、
「そうだな」
と、提案を呑み、驚くラスの前で上着を脱ぎ始めた。
「お、おい!」
「ん? どうした?」
顔を赤らめながら慌てるラスに対して、タリサは涼しげな顔で、服を脱ぐ手を止めた。
「どうしたって……」
「入らないのなら、覗くなよ」
と、言うと、タリサは再び手を動かし始めた。
呆然とするラスの目の前で裸になり、そのまま湯舟へと向かっていった。
脱衣所に残されたラスが小さく溜息をつき、タリサの向かった先では、アーメルが小さく感嘆の声をあげる。
「いいなぁ~」
「……?」
アーメルの反応を、タリサは不思議そうに見つめていた。
興味津々の目で見つめ返すアーメルは言う。
「私って、子供体型だから、タリサさんみたいな女性らしい体に憧れちゃうわ……」
「…そんなことはどうでもいい。それよりも……」
一流の戦士であるタリサの体は、程よく引き締まっていた。
かといって筋肉隆々なタイプではない。
もちろん、戦士であるのが充分に分かる筋力を保持してはいるが、その上で女性らしさが充分に感じられる絶妙なバランスを感じさせていた。
それは美しさを求めて作り上げた体だった訳ではない。
だが、アミスが眠っていなければ、見蕩れていただろうと思える程の裸体だった。
アーメルが憧れを込めた声をあげるのも、当然と言えた。
しかし、タリサにとっては美しさなど興味のないことであり、自分が興味を持っている事について質問を始める。
「あんた達、姉弟は何なんだ? 姉弟揃って異常とも言える力を持っている理由を知りたい……」
「…んん~? そうね……私達の父の存在が大きいかもね」
「……」
タリサのストレートな質問に、アーメルは少し考えただけですぐに答えた。
あまりにもあっさりとして簡単な答えに、タリサは次の言葉を出せなかった。
「娘の私が言うのもなんだけど、私達の父はかなり高レベルな魔導士だからね。父と比べたら、私なんてまだまだね。私が100人いても父には及ばないわ……」
「いや、そんな大げさな……」
思わず大きな声がラスから出た。
アミスが起きてしまわないか、動きと声を止めるアーメルとタリサ。
よほど深い眠りに入っているのか、何の反応も示さないアミス。
「…すまん。だが、それが本当なら、そんなの人間じゃないぞ」
「そう言われても、私はそう思ってるだけだからね」
アーメルはそう言うと、優しげな笑みをタリサへと向ける。
「ま、少なくとも、私の魔法に関する力は父から受け継いだものよ。アミスや他の兄弟の力に関してはわからないけどね……」
「他にも兄弟が?」
そう訊ねたのはタリサ。
「ん? 全部で7人兄弟だよ」
そう言われて、ラスとタリサは一つの想像を頭に思い描く。
アミスやアーメルと同じ顔が7つ並んでいる光景を……
身震いしそうな体を抑えながら、ラスが訊ねる。
「みんな、同じ顔なのか?」
「え? …他の兄弟は、そんなに似てないよ。私達が特別似てるだけ」
「そうか……」
「他の兄弟の力って、どういうことだ?」
タリサは冷静にアーメルの言葉からの疑問点をついた。
「みんな、それぞれが特殊な才能を持ってるの……、アミスが持つ聖獣に関しての才能みたいにね。それらは父から受け継いだ訳ではないから、それについてはわからないわ」
「母親も、特殊なのか?」
「予想はついてるとは思うけど、私やアミスの母はエルフよ。…だから、特殊と言えば特殊よね」
でもそれだけが、アミスの聖獣の才能に繋がるわけではない。
それならば、他のハーフエルフの中にも同様かそれに近い才能の持ち主が現れても不思議ではないのだから……
アミスの素質はかなり特殊であり、大陸全土を探しても、同様の素質者はいないと思える程のものだった。
「才能の特殊性だけで言えば、アミスは段違いでしょうね」
「そ…そうか……」
少し安堵するラスとタリサ。
「それに特殊性だけで言えば、ラスさんも相当だと思うけどね……」
「……」
感情豊かで、魔力のみならず高い精霊力を持ったエンチャントドール。
大陸全土を探して、他に見つけれるかという点で言えば、アミスと同レベルの特殊性と言えるだろう。
「とにかく……他の兄弟も色々な素質を持っているという事だな……」
「そうね……、あなた達が他の兄弟達に会う事があるかはわからないけど、アミスとの縁を切らなければ、どこかで出会うかもね。いや……、意外にもう会ってたりしてね」
冗談めかしていうアーメルの言葉。
それがあり得ない事ではないと2人は思っていた。
強い冒険者に会う機会はいくらでもあった。
その中に、アミス達の兄弟がいなかったと言い切れはしない。
「ま、敵として会わない事を祈るよ……」
ラスはそう言うと、部屋に戻る事にした。
アーメルとタリサに、あまり長湯するな、と注意を促してから、部屋へと向かう。
(少し、ハーフエルフには気を付けた方がいいな……)
そう思うラスの考えには、一つ見逃している事があったが、それに気づくのは随分と先の話になるのであった。
「他に訊きたい事があるの?」
ラスの気配が消えた事を感じながら、アーメルはタリサに訊ねた。
敢えてアーメルからそう切り出したのは、話が終わっていれば、タリサならすぐにでも湯舟から出るだろうと思っていたからだ。
「……」
タリサの口から言葉は出なかった。
なぜなら、その答えがわかっているからだった。
タリサの視線は、湯舟に浮かぶ小さな木っ端に向けていたが、彼女の認識内にその木っ端は存在していない。
じっくりと考え込む彼女を見つめてアーメルが口を開く。
「優しいのね……」
「!? 私がか?」
「ええ……」
僅かに慌てた様子を見せるタリサだったが、すぐにいつもの冷静な表情へと戻る。
「そんなことはない……」
タリサの力ない反論。
その理由をアーメルは知らない。
アーメルは、ただ、自分が感じた感想を言っただけだった。
そこに深い意味はない。
だが、その言葉には妙な自信が感じられて、タリサは少しだけ感情を乱していた。
「やさしくなんて……」
それ以上の言葉はタリサから生まれなかった。
アーメルもそれ以上何も言わない。
アミスの小さな寝息と風に揺れる木々だけが、静かな音色を奏でていた。
「それじゃあまたね」
明るくそう言うアーメルは、少し寂しそうな表情を見せているアミスの頭を軽く撫でる。
既にゼラとユーウェインは、ホウヘイの町を後にしていた。
町の入口にある門の前で、今度はアーメル達が旅立とうとしていたのだが、再び姉と別れなければならない寂しさに、アミスは感情を隠せないでいた。
「甘えん坊な所は変わらないわね。もう成人を迎えてんだから、もっと大人にならないと……」
「はい……」
アミスにだって、そうしなければならない事は判っている。
しかし、その性格上、そんな簡単に割り切れない事も、姉であるアーメルには判っていた。
そんなアミスだからこそ、アーメルは大好きであり、そんなアミス相手だからこそ、ある程度割り切った対応をしなければならなかった。
正直言えば、自分だってアミスの事は心配で、ずっと一緒にいてあげたい気持ちが強くある。
しかし、それはアミスを甘やかせるだけであり、それは冒険者として生きると決めたアミスの妨げにしかならない。
それが判っているからこそ、アーメルは別行動を提案し、アミスもそれを受け入れているのだ。
「ラスさん、タリサさん。アミスを……弟をお願いね……」
2人も、気づいていた。
昨晩まではさらっと発言していたので、気づけずにいたアーメルの心内に……
弟の事が心配でたまらない事に……
「わかった。任せておけ……」
ラスがそう言うと、アーメルは少し安心した様子を見せて、アミスの頭から手を離した。
アミスが寂しげな表情を強めた事に気付いたが、敢えて気づかぬ振りをして、アーメルは彼等に背を向けて歩き出す。
「姉さんも気を付けてください」
「は~い」
アーメルは振り返らない。
ただ、右手を挙げて軽く振るうだけの返し。
アミスは、じっとその背を見送っていた。
どんどん遠ざかっていく姉の姿に、僅かに目を潤ませていたが、その姿が完全に見えなくなると、アミスは一度目を閉じ、一拍、
「では、僕達も行きましょう」
元気よく目を開け、元気よくそう言った。
アーメルが去っていった方向とは、逆方向になる国境側へと足を向けるアミスを、タリサが不意に呼び止めた。
「アミス…」
「はい?」
「本当に、一緒に来るのか?」
「…? はい、そのつもりですけど……」
アミスは戸惑っていた。
一瞬、タリサが言い出した言葉の意味に気付けなかった。
しかし、すぐにタリサの目的である仇討ちの事を思い出す。
「お前に、仇討ちの手伝いなんて似合わない。だから、考え直すべきだ」
タリサは睨みつける様にアミスの目を見つめていた。
アミスは、一瞬気圧されそうになるが、すぐに決意の目を向け返した。
「タリサさん1人で出来ることではないと思います。1人で行けば、タリサさんが死ぬだけです。仇討ちなんてできるはずがない。でも……」
「お前が…、お前等がいたって成功する保証はないんじゃないか?」
「それでも、可能性は……」
タリサの目付きが更に鋭さを増した。
「そんなことの為に、お前等が命を懸ける意味はないと言っているんだ!」
「そんなことって……」
「私にとっては大事な事だが、お前等にとってはそうではない。暗黒騎士団は、そんな中途半端な考えで相手にできる組織じゃないんだぞ!」
戦闘中ですら見せないタリサの表情に、アミスは僅かに後退った。
そんな2人のやり取りを黙って見つめるラス。
ラスの考えは、どちらかと言うとタリサよりだったが、アミスの決定した事を尊重するつもりだった。
どうするかは2人で決めればいい。
仇討ちをするなら、ラスも全力で手伝うつもりであり、それを諦めるなら、それでも良いと思っていた。
「このまま私と来れば、お前は不幸になる。私はお前に不幸しか呼びこまない。だから……」
「もし、そうでも…」
「 ? 」
「僕が不幸になっても、僕はタリサさんを恨まないですよ。だって、僕が決めた事なんですから……」
「お前…、自分が言ってる意味が……」
「僕は、タリサさんの力になりたい。タリサさんの望みを叶えてあげたい。ただ、それだけなんです……」
「だから……」
「ここでタリサさんを1人で行かせて、タリサさんが殺されて、手伝わなかった事を後悔する方が、僕には辛いんです!」
「……」
「タリサさん……、お願いです。僕に手伝わせてください」
アミスは、タリサのように睨みつけているわけではない。
決して威圧する表情を見せているわけではない。
それでも、ありったけの決意を込めたその言葉と表情に、タリサは反論できなくなり、黙り込んでしまった。
「駄目…ですか?」
「タリサ、諦めるしかないぞ……」
ラスがそこで初めて口を挟む。
「仇討ちを諦めるか、アミスを説得するのを諦めるか、どちらかしかない」
そう言ったラスも、少し諦めたような表情だった。
初めからアミスを説得しようと思ってなかったが、やるつもりのなかったそれを諦めていた。
「……」
タリサは、一回ラスへと移した視線をアミスに戻す。
その目を只見つめて、そして、諦めてしまった。
「わかった……、今回は諦める。この話はまた今度だ……」
まだ、少し昨夜の酒が体内に残っている。
こんな状態での話し合いは、感情が先走って意味がないと、タリサはこの場は諦める事にした。
「いつでも、別れてもいいからな」
「僕から別れるつもりはないので……」
と、アミスは笑顔をタリサに向ける。
タリサとラス。
二つの溜息が重なる。
「あのさ……」
そんな2人の後ろからの声。
その主に、視線が集まった。
その声の主はリン・トウロンだった。
「あたしもいいかな?」
「は?」
「何がだ?」
「一緒に行って……」
リンの言葉に、3人は動きを止めた。
そして、まずはラスが訊ね返す。
「お前……、話を聞いていたか?」
頷くリン。
「どんなに危険な旅か予想がつかない訳ではないだろ?」
2度目の頷き。
「暗黒騎士団や魔族が絡んでる旅だぞ。それなのに何で……」
「それを知ったからこそ、放っておけないと思った。どう理解しても、3人で何とかなる相手じゃないでしょ?」
「だからって、それが4人になったところで……」
ラスは自分で言った言葉に、自分達が置かれている状況の厳しさを改めて理解させられていた。
つい先日の魔族との戦いを3人で切り抜けられただろうか?
ラディやミスティアル、アスマでも敵わなかった知衛将軍相手に、3人で何とかできるだろうか?
そう考えると、仲間を増やすことは当然の考えであり、リンの提案は有難くも思えた。
だが、相手の厄介さを知っているからこそ、直接関係のない彼女を巻き込むことを了承するべきなのか? と、思ってしまう。
「もう一度、よく考えて……」
「昨晩、ずっと考えてた。お酒が入っていたのに全然寝付けずにさ……、そうしたら、アーメルもゼラもユーウェインも別れて、アスマやミスティもいなくなったあんた達の事が心配になった。ずっと一緒にいるかはまだわからないけど、しばらく一緒についていきたいと思ったんだ」
リンの表情は真剣だった。
ラスもタリサも、そんなリンに真剣な表情を返す。
「ま、深く考えないで、戦力が1人増えたと思ってよ。あんた達が持ってない力を持ってるつもりだからさ……」
確かに瞬間的に出した力とはいえ、リンが見せたパワーはラス達にはないものだ。
どうしても力押しが必要な時には、役に立ってくれるだろう。
「いいんじゃないか? アミスの考えを受け入れるなら、戦力は多い方が良いからな」
タリサの方が先に受け入れるような発言をした事に、ラスは少し驚きはしたが、そうなればラスが拒否する理由も特になかった。
「ま、俺はどっちでもいいがな……」
「そう? アミスはどう?」
リンは、僅かに口元に笑みを浮かべてアミスに話を振った。
アミスの答えなど分かり切っている事だったが、
「よろしくお願いします。リンさん」
満面の笑みで答えるアミスの言葉に、リンの表情も満面の笑みとなった。
そして、アミスをぎゅっと抱きしめて、
「よろしく♡」
と、返した。
「え? え? リンさん?」
突然抱きつかれて、慌てるアミス。
その光景を目を丸くして見ているラスと、呆れ顔のタリサ。
「アーメルが抱きつく姿を見てて、何か抱き心地良さそうに見えてたんだけど、最高だな」
「え? えぇ~!!?」
響き渡るアミスの声。
アーメルの明るさや性格とは、異なるかもしれないが、リンの明るさはアミスの沈んでいた心に明るさをとりもどすきっかけとなりつつあった。
 




