ミスティアルの仇討ち
『奇跡の泉』の別名を持つ水霊の泉。
その泉に満ちた水の精霊の精霊力と魔力を借りて、アミスを目覚めさせる為に癒しの魔法の準備が行われていた。
準備の中心にいるのはアーメル、サポートをするのは水属性のラスと司祭であるユーウェインで、他のメンバーは念のために周囲への警戒に当たっていた。
少し離れた範囲の偵察を行っていたアスマとミスティアルが戻ると、準備が終わった所だった。
「何もなかったか?」
「う~ん、この森の普段の状態を知らないから確証を得れないけど、普通の森の状況ではなかった。それがこの森だからなのか、何かいる影響なのか、それがわからない」
「なるほど・・・、普通ではないって事か」
「たぶん、両方だと思う。もしかしたら・・・」
アーメルは、魔法を始める前の精神統一を始めていた。
ラス、アスマ、ミスティアルを除く者達は、それぞれ周囲への警戒を継続している。
ミスティアルの言葉に耳を傾けているのは、ラスとアスマだけだった。
「両方?」
「元々、この森が普通じゃない事を利用して隠れている奴がいる。正直、明らかな殺気を出してくれないと、感知するのは難しいと思う」
ミスティアルは、確実に何かを感じ取っている様子だったが、膨大な水の精霊だけでなく、風の精霊や土の精霊、木の精霊も普通の森に比べて活発な動きを見せており、それ等が渦巻いている為、感知能力が乱されていた。
元々、感知に関しては職業柄優れているミスティアルでもこの状態である。
現状では、これ以上の対策を立てようはなかったが、何かがいるという事で、警戒だけは強めるしかない。
それがアーメルから聞いた魔族なのかは、ラスにも判断はつかない。
しかし、アミスを狙っていたロルティという魔族とは考えにくかった。
アミスの反撃を受けて、死んでいるかは定かではないが、肉体的にも精神的にもかなりのダメージを受けているのは間違いなく、すぐに攻撃に出て来れるとは思えなかった。
他に考えられるのは暗黒騎士団と魔剣士だったが、この状態で魔剣士ヴェルダが襲い掛かってくることはないとラスは確信が持てた。
自分やアミスに試練を課す事をやる可能性はあるが、今はそれが止めになりかねない事は明らかであり、それを行うメリットはヴェルダにない。
「暗黒騎士かもしれない・・・」
ミスティアルの呟きに、ラスは充分にある可能性とは思ったが、やはり一番可能性が高いのはアーメルを狙う魔族ではないかという思いが強かった。
どちらにしろ、実力が読めない相手だった。
特に魔族というのは厄介である。
様々なタイプの種族がおり、現在でも完全な解明がされていない存在だ。
大多数は、単純に魔力が強い、単純に力が強い、身体能力と魔力に優れている等の、シンプルなタイプなのだが、特異な魔族もいる。
相手を知らないというのは、戦闘する上で最も危険な事だ。
逆に相手の事が分かりさえすれば、実力に優る相手に勝つことができるものだ。
実際、ヴェルダやロルティや悪魔等に勝てたのは、相手がこちらの能力、特にアミスの能力を知らなかった事、そして、アミスの相手の事を知る事に徹してから反撃に出る戦い方が成功したおかげだった。
しかし、このまま敵に狙われ続けて行けば、こちらの全てを知られて、力に優る相手には勝てなくなる日が来るだろう。
故に、自分達はもっと冷徹にならなければならない立場だとラスは思い出していた。
一人でいる時はそう徹していたが、アミスと行動するようになり、そのアミスの考え方に引き寄せられている自分がいる事には気づいていたし、それを快く思っていた。
しかし、それが駄目だという事を実感した。
少なくとも、アミスの優しさや甘さを止める存在が必要だと、それが自分の役目なのだと、もし、アミスが敵を許し敵を逃がすと言っても、自分はそれを無視してでも敵に止めを刺さなければならないのだと、改めて思い知らされた。
少なくとも、あの少年魔族のロルティが、次に姿を見せた時には、確実に殺さなければならないと、強く思っていた。
今回襲ってくる可能性の高い魔族も、確実に殺す必要があるのだと・・・
「!? ・・・ラス?」
ラスの表情とその体から発せられた殺気に気づき、アスマとミスティアルは驚きの表情を向けていた。
「・・・ん? どうかしたか?」
「気づいてなかったの? 凄い殺気出してたけど・・・」
ミスティアルに言われて、ラスは冷静になろうと思い直そうとした。
普段から殺気立つ必要はない。
敵が確認できた時だけでいい。
そう思おうと深く息を吸い、そして吐いた。
「ラス・・・、何を考えているのかは何となく分かるけど、その考えは強く持ちすぎるのは危険だよ」
「・・・?」
「そんな考えを持って、昨日戦っていたら、君は闇の魔に憑りつかれていた」
「!?」
言われて、ラスも気づく。
今の強く持とうとした心が、あの人形使いの感情に類似している事に・・・
「ぼくやミスティは、ずっと君達と行動するとは限らない。ぼくにはぼくのやらなきゃいけない事があるからね」
心が乱されているラスを見て、返って冷静になる事ができたのか、少し前のアスマへと戻っているようにラスには感じられた。
14歳という未成年の少年とは思えない大人の顔で、アスマはラスに言う。
「現状、ずっとアミスと一緒にいそうなのはラスだけだよ。そのラスが、アミスの考えと反対の気持ちになってしまったら、どうなると思う?」
ラスは黙って聞いていた。
アスマの表情が、余りにも真剣なものだったからだ。
ミスティアルも、真剣な表情で黙って聞いていた。
「ある程度の冷静さや、冷たいと思える発言はしなければならないのは間違いではないけど、アミスの優しさを完全否定するのは、彼の仲間としてやってはいけない事だと、ぼくは思うよ」
「私も、そう思う」
ミスティアルは、アスマの言葉に賛同すると、にぱっと笑顔を浮かべた。
それはラディが死ぬ以前には見せていた、その死を境に見せなくなっていたミスティアルの本来の笑顔だった。
「ラスさんがそんなんじゃ、安心して離れられないよ」
「・・・・・・」
ミスティアルのその言葉に、アスマは少年らしい笑みを浮かべて、ラスは唖然としてしまった。
先程の真剣な表情が嘘のような、少年と少女の笑顔を自分に向ける2人に、ラスの表情も自然と笑顔に変わっていた。
「わかったよ・・・。何にしろ、話し合って決めるようにするさ」
「それがいいよ」
「うんうん」
そう頷いたミスティアルの表情が、再び真剣なものへと戻った。
「申し訳ないけど、もし、奴が現れたら、私はラディの敵討ちを優先する」
「・・・・・・」
「ミスティ・・・」
「・・・・・・」
3人は黙り込んだ。
そして、揃ってアーメル達へと目を向けた。
アーメルは精神統一を続けて、ユーウェインとアスタロスはその傍らでアーメルの心が落ち着くのを待っている。
ゴグラード、タリサは歩きながら周囲を警戒している。
リンは、戦闘があるかもしれないと、武器の手入れを行っている。
銀狼のゼラは、その姿では何もできないからなのか、最初から興味がないのかわからないが、木陰で眠りについているような態勢だった。
ラスの目が、再びアーメルに向いたその時、精神統一を終えたのか、アーメルが不意に目を開き、ラスと視線が合った。
ゆっくりと頷くと、口から音を発さずに、
「お願いね・・・」
と、口を動かした。
その目は魔族の襲撃がある事を確信した様子だった。
そして、それに対して自分は何もできないから、ラスに託す事をラスに向けていた。
ラスは頷くと、アスマとミスティアルに「始まるぞ」と言った。
昨日のものより、厳しい戦闘になる予感を感じているラス。
ふと、昔に妹が言っていた言葉を思い出していた。
悪い予感だけはよく当たるものだという言葉を・・・
「どうするか・・・」
魔族オックが率いる一団を、簡単に一蹴した知衛将軍エリフェラスが、次の行動を取るべきかと頭を悩ませていた。
正直、アミス一行に気づかれないように、使用する魔力を抑えての戦いだったので、もう少し手間取ると思っていたのだが、魔族達のレベルはエリフェラスの予想を大きく下回る程低かった為、何事もなく終わってしまった。
このまま、もう少し彼等の敵を減らしておくべきかと悩む。
暗黒騎士団員としても、一個人エリフェラスとしても、彼等を助ける理由があるのだが、干渉し過ぎるのに躊躇いがあった。
あまりにあっさりと終わった戦闘で、気が緩んでいたのかもしれない。
普段のエリフェラスなら、外で活動する時には充分な警戒アンテナを張っており、不意打ちを受ける事などあり得なかった。
そんな彼が不意打ちを許してしまったのは、油断の他に、それを行った魔族の隠密能力の高さもあるだろうが、所詮エリフェラスの敵ではなく、完全に不意を突いたにも関わらず、その魔族の攻撃はエリフェラスに傷一つつける事はなかった。
しかし、その不意打ちは無意味には終わらなかった。
その不意打ちにより、エリフェラスが咄嗟に行った防御行動と反撃に使用した魔力は、オック達を相手にした時に様な抑えが利いておらずに、僅かだが込められた魔力が強まっていた。
そんな僅かな差により、2人の人物の進む道が変わろうとは誰も思ってもいなかった。
「!? やっぱり・・・」
ミスティアルがその魔力に気づけたのは、元々優れていたその索敵能力を、ラディの仇である知衛将軍を見つける事に費やしていたからだった。
アスマやラスによって、少し前の自分を取り戻しつつある事もそれを気づかせた要因の一つでもあったのだが、それが事態を複雑な物へと変えていく。
「どうした?」
癒しの儀式の準備を終え、アミスを泉の中央へと連れていこうと抱き上げたラスが、ミスティアルの変化に気づき声を掛けた。
アスマやアーメルも気づき視線を向けた先で、ミスティアルは、少し悩んだ素振りを見せた後に、
「ごめん・・・」
と、小さく謝った。
「私はここまで・・・」
「ミスティ・・・?」
アスマがミスティアルに近づきその手に触れようとしたが、彼女はそれを払うと、再度「ごめん」と言うと、背を向けて走り出した。
「おい!!」
呼び止める声も聞かずに走り去るミスティアルに、一同は一瞬唖然としたが、
「追いかけていい?」
アスマが最初にそう言うと、ラスは少し考えた後に頷いた。
正直、アスマとミスティアルがいなくなるのは、戦力的に痛い。
風の精霊による防御魔法があるなしにより、飛び道具への耐性が大きく変わる。
しかし、もしミスティアルを1人で行かせれば、彼女の死は確実なものになるだろう。
事情を知るラスとアスマには、ミスティアルの突然の行動の理由は簡単に予想ができた。
知衛将軍が近くにいるのを感知した事は一目瞭然であり、ラディ程の実力者がやられた相手に、戦闘職ではないミスティアルが1人で勝つことなど想像がつかなかった。
故に、アスマはその援護に回る事を提案し、ラスはそれを否定する事は出来なかった。
ラスの了承を得て、ミスティアルの後を追おうと動き出すアスマ。
ラスはそれに対し、たった一言を投げかけた。
「頼んだぞ!」
アスマは右手を挙げるという返事を返すと、そのまま消えていった。
それが暫くの別れになる事を、彼等は知らない・・・
自分に明らかな憎しみの目を向ける存在を前にして、彼は軽く溜息をつくしかなかった。
充分に注意はしていたはずだったが、地面に倒れている魔族のせいでそれも無駄に終わってしまったようだった。
僅かに、八つ当たりに近い考えが頭に浮かんだが、
(いや、自分の未熟さだな・・・)
と、思い直した。
「ラディの仇をとらさせてもらうよ」
目の前に立つ少女の、あまりに予想通りの言葉にエリフェラスは苦笑いを浮かべた。
ミスティアルにもその苦笑いの意味がわかったが、気にした様子はない。
自分はただ、その口に出した願いを実行するだけだった。
自分でも厳しい相手なのは判っている。
仇討ちを願いにしても、今は強くなることを優先にするべきな事も、今はそれ以上にやらなければいけない事がある事も、充分に理解していた。
しかし、割り切って、今目の前にいる仇を無視する事が出来るほど、ミスティアルは達観している性格ではなかった。
今回、知衛将軍を見つけれずに、時が過ぎて行けば、仲間たちと共に広い視野を持った考え方ができるようになったかもしれない。
だが、気づいてしまった。
見つけてしまった。
出会ってしまった。
今、ミスティアルにとっての最優先事項は、目の前にいる男を倒す事だった。
「あなた1人でできますか? どうやって?」
エリフェラスから出た言葉は、馬鹿にしていると思われかねない言葉だった。
しかし、それを言ったエリフェラスに、馬鹿にしている気持ちはない。
目の前の少女の強い気持ちを感じ取れる瞳に、エリフェラスは単純に興味を示していた。
「1人じゃないよ」
ミスティアルの後ろからの声に、エリフェラスとミスティアルの目が向けられた。
「ア・・・アスマ・・・」
「アスマ・ドリーマーズ・・・」
アスマは、姿を見せてすぐにミスティアルの前に出ると、右手に持った剣の先をミスティアルに向けた。
そして、剣を持っていない左手でミスティアルを止めるような態勢を取る。
「アスマ、何でここに? あなたはアミス達の側にいなきゃ駄目でしょ」
「君が勝手な行動取るからだろ? 君1人じゃ死にに行くだけだから・・・、そう思ったからラスもぼくが追いかける事を駄目と言わなかった」
「・・・・・・」
アスマの真剣な返しに、ミスティアルは言葉を呑んだ。
その2人を見て、知衛将軍は提案をする。
「逃げるなら逃げて良いですよ。元々、私にはあなた方と戦う気はないのですから・・・」
エリフェラスはそう言いながらも、目の前で覚悟の瞳を自分に向ける彼女が、それを受け入れる事は無い事は予想はしていた。
だが、その言葉はエリフェラスの素直な考えであり、願っている事だった。
この2人が離脱すれば、この森の中でアミス一行は全滅する可能性がある。
それほど、厳しい状況にある。
目の前の2人も、その可能性を考えていない訳ではないだろうが、エリフェラスから見れば見通しが甘かった。
アミス・アルリアという、一党内での守りの要を失った状況に対する危機感が薄すぎた。
特に、今回の彼等が本来やらなければならない事は、仲間を守る事だ。
それが如何に難しい事かがわかっていないとしか思えなかった。
「そんなこと・・・」
「もし、私を殺し仇討ちが成功したとしても、新たな仇ができるだけと予想はできませんか?」
「え・・・?」
一瞬、知衛将軍が言った言葉の意味を理解できなかった。
いや、言葉自体の意味は解る。が、それが何を意味するかを把握するのに僅かに時間を要した。
「なんか、やばい奴が狙ってるの?」
「ええ、魔族が率いる一団が狙っています。あのハーフエルフの娘を・・・」
それが如何に危険な状況なのかは、ミスティアルにもすぐに判った。
今から、アミスの治療の為の魔法に集中するアーメルは、完全な無防備状態になり、そこに魔族等の複数の敵が狙っているとなると、誰がそれを防げるのか?
相手に複数の飛び道具持ちがいるだけで、それを防ぐことは難しくなる。
なぜなら、それを防ぐ手段を持つ2人が、あの場を離れてここにいるのだから・・・
自分の軽率な行動が、一行をピンチに陥れた事に気づいた。
その覚悟は多少はあったが、事態は自分が思っている以上の事だと気づいて、ミスティアルは血の気が引くような感覚に襲われた。
「わかりましたか? 今なら間に合うかもしれません。急いで戻りなさい」
彼女が、話を聞ける状態になった事が判り、エリフェラスは再度そう促した。
「なぜだ?」
「ん・・・?」
「何で暗黒騎士がぼく達を助ける発言をする? 君達は何を企んでいるんだ?」
完全に心を揺さぶられていたミスティアルとは違い、アスマは冷静だった。
敵であるはずの暗黒騎士団の1人が、自分達を助けようとしているのだ。
アスマがそれを疑問に思わない訳がなかった。
「今回の件は、暗黒騎士団とかは関係がない、私個人的な理由です」
「その理由とは?」
「急がなければならない状況だというのに・・・」
「あんたに背を向けた瞬間、『ぐさり』は嫌だからね・・・」
アスマの目付きが鋭くなった。
エリフェラスはそのアスマの目を、受け流すように軽く笑う。
「教えてもいいのですが・・・」
「なら、教えてもらおうか・・・」
「・・・だが、これを知ってしまえば、彼等の元に戻す訳にはいかなくなる・・・」
アスマやミスティアルからの敵意や殺気を、余裕の表情で受け流していた知衛将軍のその目に、今回初めて殺気が籠った。
アスマとミスティアルは、咄嗟に間合いを広げながら武器を構え直す。
「最後の提案です。今ならまだ間に合うかもしれません。急いで彼等の元に戻りなさい」
その提案に乗る事が、最も正しい選択なのだろう事は、2人には気づいている。
しかし、これは彼等の性格なのだろうか?
それとも、それ程強い感情が彼等を狂わしたのだろうか?
彼等は別の選択肢を選ぶ。
「お前は何者だ?」
「あなたは何を考えてるの?」
知衛将軍は2人の問いに深い溜息をつくと、それに答える事にした。
「私の名は、エリフェラス・F・デリエルス・・・」
「デリエルス・・・? 大魔導士の血縁者?」
この大陸内で、デリエルスの姓で浮かぶ存在は1人だった。
20年前に魔人王を撃退した英雄一党の1人、大魔導士の称号を持つ男。
クレアシオン・B・デリエルス
アスマもミスティアルも驚きはしたが、それは彼等からの問いの答えにはなっていなかった。
「・・・そして・・・」
少し躊躇いの後に、続けて出した言葉がその答えだった。
アーメルの魔法の詠唱が始まっていた。
泉の中央に浮かんでいるアミスの目の前で、アーメルが水面に立ち、周囲に満ちている水の精霊力を集める事に集中している。
膨大な精霊力を制御する為、アーメルに掛かる精神的負担は大きくなる。
一度失敗すれば、再度の挑戦には時間がかかり、成功確率も下がってしまうだろう。
故に、一回で成功させる為に、充分な精霊力を集める必要があり、今の段階はまだその精霊力集めの詠唱だった。
黒魔法も白魔法も精霊魔法も使用できる魔導士であるアーメルだが、その中で一番得意としているのは、精霊魔法だった。
特に自らの属性でもある水の精霊魔法に関しては、上位の魔法も使用することができ、故に今回の精霊による癒しの魔法も覚えていた。
しかし、実際に使用するのは初めてであり、特にここまで強い精霊力の中で精霊魔法を使う事も初めてだった。
「凄いね・・・」
リンがぼそりと呟いた。
それ以上、言葉を続けなかった為、他の者には何が凄く感じたのかはわからない。
どんどん集まってくる精霊力の事なのか、そんな精霊力を集めつつ制御しているアーメルの実力の事なのか、その集中を続けれるアーメルの精神力の事なのか、定かではなかった。
既に詠唱を初めて、30分程の時が流れていた。
端から見れば、充分な精霊力が集まっているように見える。
ある程度の精霊魔法を使用できるラスが見ても、もう魔法自体の詠唱に移行しても良い頃に思えた。
だが、アーメルは精霊力を集める詠唱を続けていた。
(そろそろだな・・・)
集まっている精霊力は、既に危険なレベルを超えていた。
これだけの精霊力が制御を失えば、この場にいる全員を消し去るレベルの精霊暴走が起こるだろう。
一度暴走した精霊達を制御する事は、高レベルの精霊使いでも困難であり、特にこの量の精霊量の暴走を止める事は不可能に思えた。
つまり・・・
(襲撃を掛けるチャンスという事だな・・・)
ラスは、精神を研ぎ澄ますのだった。
そのチャンスを魔族達は見逃していた。
アーメルを狙う魔族リアッカは、部下が計画通りに動かない事に苛立ちを覚えていた。
スリッドとオックが、時間差をつけて襲撃を掛ける手はずだったが、相手が予定通りの行動に入っているというのに、2人に動きがなかった。
自分が先に仕掛ける手もありはしたが、集まっている精霊力が万が一自分に向けられれば一溜まりもない事が判っている為、手を出せずにいた。
故に、部下を捨て石として囮に使う予定だったのだ。
(まさか、あいつらも気づいていたか?)
部下たちには、その危険度は教えていない。
精霊魔法について知識の薄いメンバーを選んでいるのも、そういった理由からだった。
そうでなければ、もっとマシなレベルの部下は、他にいるのだ。
(魔法の詠唱が始まってしまえば、逆に簡単にはいかなくなるじゃないか・・・。しかし・・・)
リスクを恐れたリアッカは、待つことにする。
他にも狙うタイミングはある。
最悪、そちらを狙う事も視野に入れていた。
(後で、制裁は加えねばな・・・)
スリッドとオックを殺す事を決めて、リアッカはチャンスを待つ。
既に2人が、死んでいる事も知らずに・・・
「・・・・・・」
「・・・・・・」
アスマとミスティアルは言葉を失っていた。
エリフェラスが告げた言葉に対して、そして、自分達を囲む様に召喚された大量の剣に対して・・・
その数は、ラディを倒した時の比ではなかった。
予想を超えた数に、ミスティアルは理解に苦しむ。
アスマも、ミスティアルから聞いてた話より、多くなる事は覚悟していたが、その覚悟の範囲からかけ離れた状況だった。
「あの時は・・・」
ミスティアルが漸く言葉を出し始めた。
「本気じゃなかったって事?」
憎しみを込めて訊ねる。
遊ばれた戦いにより、ラディは死んでしまったのだと思うと、やるせない気持ちと、腹立たしい気持ちが混在しだす。
「いえ、最後には本気にならせてもらいましたよ。戦闘終了後は魔力が殆ど残っていませんでしたからね」
「じゃ、今回のこの数は・・・」
「前回の反省を踏まえて、準備だけは充分にしてきましたから・・・」
魔力の消費を抑えるアイテムか、魔法力を増やすアイテムか、何らかの準備をしてきたのだろうと、アスマは判断。
それでも、魔力の消費は抑えられないはずと、防御に徹する事を決めて知衛将軍の動きを待つ。
「さて、最終勧告です」
既に自分達を殺そうとするのは確定だと思っていたアスマは、その言葉に疑いの目を向ける。
ミスティアルに至っては、更に怒りを大きくした表情で、睨みつけている。
「アミス達の元に戻る事はさせませんが、殺さずに遠くに飛ばす方法もあります。あなた方が、それを了承するならですが・・・」
「何故? 何で私達を生かそうとする。いや、私がそんな提案に乗ると思っているの? 馬鹿にしないで!!」
「私としても、あなた方との戦いで無駄に魔力を消費したくないんですよ。私にもこの後やらなければならない事があるのでね。それは理解できると思いますが・・・」
「・・・うううっ・・・」
ミスティアルは怒りを抑える事に必死だった。
今にも飛び掛かりたい気持ちでいっぱいだったが、僅かに残っている理性が、無策に飛び掛かる行動を止めていた。
それでも、目の前で自分を止めるかのように添えられているアスマの左手が無ければ、どうなっていたか分からない程ギリギリな状況だった。
「これだけの魔剣があるなら、あっという間に終わらせれるんじゃないの?」
アスマはあくまでも冷静に装った様子で訊ねる。
「アスマ君、君があの黒い翼の少年と同じことができるとは思えないが、風のクリスタルを持っている以上、可能性はゼロではないのでね」
「風のクリスタル・・・、そう言えば、あなたが持ってるんだったね」
自分の一番の目的であるそれを忘れていた事に、アスマは自分が思った以上に冷静になれていない事に気づかされた。
改めて、冷静になろうとしたアスマの頭に、一つの勝機が浮かんだ。
知衛将軍から、風のクリスタルさえ奪えれば勝てる方法があると・・・
「ええ、持ってますよ。団長にお願いして譲ってもらいましたからね」
「そうかい・・・」
その言葉は、アスマからしてみれば失言だった。
自分がそれを持っている事を認めた事がどういう意味を成すか、知識や知恵に長けた知衛将軍も知らなかった為に犯したミスだった。
「ミスティ・・・、ぼくを信じてもらえるかい?」
「えっ?」
「ぼくが必ず仇討ちのチャンスを作るから、それまでじっと待ってて欲しい」
「・・・アスマ・・・」
「もし、ぼくが殺されそうになっても、もう駄目だと思ったとしても、そのチャンスだけを待ってて欲しい・・・」
アスマがやろうとしている事は、ミスティアルには想像もつかなかった。
絶望的と言うべき状況を目の前にし、彼女は玉砕覚悟の攻撃に出ようと考えていた所だった。
だが、そのミスティアルが見つめるアスマの瞳は、決して諦めの入った玉砕を覚悟した者のそれではない事だけが判った。
故に、ミスティアルは、アスマの言葉に対して黙って頷く事にする。
ただ、信じる事にした。
「何か浮かんだようですが、上手くいくでしょうか?」
エリフェラスは、そう言うと右手を大きくゆっくりと2周させた。
その右手の動きに合わせて、24本の剣が2重の円を作り出すように並んだ。
1つの円が攻撃用、もう1つの円が防御用なのだろうか?
と、ミスティアルはふと思った。
アスマもふと思う。
全てが攻撃に使われた方が、対処がしやすいと。
チャンスは一度。
失敗は許されなかった。
決意の表情を浮かべながらも、動きを見せないアスマに、エリフェラスは軽く笑みを浮かべると、
「待ちの策ですか? では、希望通りこちらから行きましょう」
そう言い、右手の人差し指をアスマに向けた。
それが号令だったのか、12本の剣が一斉にアスマに向けて飛び出した。
ただ、躱す訳にはいかなかった。
躱せば、自分を信じてチャンスをうかがっているミスティアルにも被害が行く。
この攻撃は、全て防がなければならなかった。
アスマは、懐に左手を入れると、そこにあった4つの石を取り出し、前方に放り投げた。
「!? 風のクリスタル?」
それは、エメラルド色の半透明な宝石だった。
それらは、アスマの意思に従い、高速な動きで宙に魔法陣を描いた。
その魔法陣から突風が生まれると、一糸乱れずにアスマに襲い掛かろうとしていた12本の剣は吹き飛ばされる。
それでも、動きを完全に阻害された訳ではなく、アスマへと飛んでいくが、タイミングのズレたそれらを剣で弾くことは、多少の傷を負う事を覚悟しているアスマにとっては、さして難しい事ではなかった。
無数のかすり傷を負いながらも、剣を払い続けるアスマ。
このままでは、無駄な時間を使う事に気づいたエリフェラスは、12本の剣を自分の元へと戻した。
「まさか、既に4つも集めているとはね・・・」
僅かに驚いた表情を見せる知衛将軍だったが、すぐにその驚きの表情が強くなった。
自分のローブ内に隠していた風のクリスタルが、そこから勝手に飛び出してきたからだ。
「なに!?」
知衛将軍の元から飛び出てきた2つの風のクリスタルは、アスマの4つのクリスタルと合流する。
「2つも持っていたんだね。これで勝機が高まったよ」
「何を?」
知衛将軍の表情は驚きの装いが強くなったかと思うと、冷静さが消えていった。
予測が得意な天才程、予想外への耐性が低いと聞いた事があったアスマは、それがこの知衛将軍エリフェラスに当てはまったと思う。
「次は・・・」
風のクリスタルが、5つと1つに分かれた。
5つのクリスタルはそれぞれが線を結び、五芒星を形どる。
それは転移等の移動系の黒魔法に使われる魔法陣だった。
「逃げる気か!? だが、この空間から出る事は・・・」
もし、アスマが【 転移 】の魔法を使えたとしても、今この空間から出る事は不可能だった。
会話をしながらも、エリフェラスはそれが出来ないような空間を作っていた。
それが完成した事を確認してから、自分の正体を明かしたのだ。
逆に【 転移 】を使えば無駄に魔法力を消費するだけの事だった。
元々移動系の魔法は消費する魔法力が大きく、連続して使えるようなものではない。
しかし、エリフェラスの予想外の事が再び起こる。
アスマが使用する移動系は黒魔法ではなかった。
魔法に詳しかったはずのエリフェラスの知識外の魔法が発動する。
「【 疾風速 】!」
目に前にいたはずの2人の姿が一瞬消えた。
驚愕と慌てた表情を見せるエリフェラスの目と鼻の先にアスマが姿を現した。
更に慌てる姿を顕わにする知衛将軍は、守りの剣12本を動かすが、その全てをアスマに向けた。
(勝った!)
知衛将軍の予想できない、知らない力を駆使して攪乱した。
予想外な事ばかりに冷静さを完全に失った知衛将軍は、アスマの作戦に乗って、全ての力をアスマに向けてきた。
もう一つ残していた風のクリスタルで、もう一つの魔法を使っている事に気づかずに・・・
アスマは、再び【 疾風速 】を使って、エリフェラスから離れた。
今回は、わざと動きが見えるように使用する事で、攻撃用の12本と守備用の12本、合計24本の魔剣を全て引き寄せる事に成功した。
魔剣を全て手放した知衛将軍の背後に、風のクリスタルの力で、気配も殺気も消したミスティアルが姿を現した。
知衛将軍に冷静さが残っていれば感知できたかもしれないが、今の彼には無理とアスマもミスティアルも思っていた。
ミスティアルも切り札を出す。
嘗て、護身用にとラディから貰っていた、一撃必殺の短刀でエリフェラスに襲い掛かろうとした。
しかし、それは彼の身体を捉える事ができなかった。
代わりに響き渡るミスティアルの悲鳴。
アスマの目に映ったのは、雷に打たれて倒れるミスティアルの細い体だった。
「ミスティ!!」
今度は、アスマが冷静さを失った。
そう装っただけのエリフェラスとは違い、本当に驚愕し慌てていた。
集中が途切れて、風のクリスタルの制御ができなくなり地に落ちる。
そこで無数の魔剣がアスマを捉えた。
両腕と右足を全部で4本の剣が貫く。
辛うじて無事だった左足で跳んで、続けて飛んできた魔剣を躱す。
「お、まだ頑張りますか」
エリフェラスの表情には、余裕さが戻っていた。
いや、元々余裕も冷静さも失っていなかったのだ。
アスマの作戦の予想はつかなかったのは事実だったが、冷静さを失ったふりをして、わざと隙を作り、そこに誘導する事で、攻撃する方向やタイミングを予想したのだった。
「賢き者は愚かに見せる。これが策というやつですよ」
「・・・参考になったよ・・・」
アスマは勝機を失っていた、が、不思議と死ぬという事が頭に浮かばなかった。
自分に向けられている知衛将軍の表情が、あまりに穏やかだったからかもしれない。
エリフェラスとアスマの間に、一体の獣が姿を現す。
全身に雷を帯びたその姿を見て、先程ミスティアルに雷を落としたのが、この聖獣なのだと解った。
エリフェラスが、その聖獣に手を翳すと、その雷の獣は一振りの剣へと姿を変えた。
エリフェラスはそれを手に取ると、高く振りかざした。
「これで終わりですね」
その雷の剣が振り下ろされる瞬間だった。
2人の間に一つの風が吹いたように感じた。
そして、雷の剣は、その風を貫いて止まった。
「ミスティ!」
風の正体であるミスティアルが、ゆっくりと後ろに向かって倒れ込む。
アスマは、その体を動くはずのない両手を無理やり動かして、必死に抱き止めた。
「ミスティ!!」
剣は、確実にミスティアルの胸を貫いていた。
それを癒す力を持たないアスマには、それをどうにもできない。
どうすればいいかわからないアスマの目の前で、エリフェラスもゆっくりと倒れた。
その胸には、ミスティアルが投げた一撃必殺の短刀が突き刺さっていた。
「・・・ア、アスマ・・・」
「ミスティ・・・」
「ありがとう・・・」
「え?」
アスマには、そのお礼の意味がわからなかった。
「い・・・言った・・通りに・・・・チャンスを・・・作ってくれた・・・」
「!? いや、ぼくは・・・」
自分の策は失敗したのだ。
約束は守れなかったはずだった。
「おかげで・・・ラディの・・・仇を・・・」
「ぼくは、何もできてない・・・」
「・・アスマのおかげだよ・・・・、ありが・・・・と・・・・」
ミスティアルの言葉はそこで止まった。
続きとなる言葉がもう出る事はないとアスマにはわかった。
完全に力を失い、その重みだけがアスマの両手に伝わっていた。
両方の瞳から零れそうな涙を必死に堪えて、ミスティアルの身体をゆっくりと優しく寝かせる。
そして、剣を杖代わりに、無理やりと立ち上がった。
「とりあえず、お礼は言わせてもらうよ・・・。あなたのおかげで、ミスティは・・・満足の笑みを残したまま眠りにつけた・・・。ありがとう・・・」
アスマの視線の先にいるエリフェラスが、ゆっくりと起き上がる。
「気づいてましたか・・・」
「お礼は言った。その上で、ぼくはあんたを許す訳にはいかない。仲間を殺したあんたを許す訳には・・・」
地に落ちていた風のクリスタルが、再び浮力を取り戻し、宙に浮かびアスマを囲んだ。
既に作戦などなかった。
間違いなく自分も死ぬだろうと思いながらも、アスマは不思議なぐらいに冷静に考えていた。
もう相打ち狙いしかなかった。
「君の覚悟はわかるが、ここで死んでもらう訳にはいかないな・・・」
「なに・・・?」
「今の君では力が足りない。風のクリスタルを集めなさい。集め終えるまではアミスとの合流は禁じます」
エリフェラスのその言葉に反応してか、6つのクリスタルの内、2つが不思議な光を放ちだした。
それは、元々エリフェラスが持っていた2つだった。
「ま、待て・・・!」
アスマの静止の言葉は意味を成さずに、6つの風のクリスタルと共にアスマの身体は消えていった。
風のクリスタルに予め掛けてあった、転移の魔法によって・・・




