魔族達の襲来
シャープテイルの東に位置する深淵の森。
魔族ロルティとの戦いのダメージで眠るアミスを目覚めさせる為、姉アーメルを含めた一行は、その深淵の森の中にあるという水霊の泉を目指していた。
先頭は、道案内役で同行中の重戦士ゴグラード。
その後ろにアスマとミスティアルが続き、アミスを背負ったラス、アーメルとアスタロス、ユーウェインとゼラ、そして、最後尾にタリサとリンという隊列で進んでいた。
木々の密度の高い森の中だったが、それを考慮したとしても辺りは暗く感じられた。
光の少ないその空間は、町を出る時は暑く感じられた一行に、不気味な肌寒さを与えている。
ミスティアルは一瞬身震いし、それが嫌な予感を感じてると思わせた。
「ラスさん、ちょっといい?」
アーメルが、自分の前を歩くラスに声を掛けた。
風の精霊の力を借りたその言葉は、ラスにしか聞こえておらず、それに気づいたラスもそちらに目を向けずに黙って頷いた。
「実は、ラスさん達に出会う(?)直前の朝に揉めて戦闘にまでなった相手がいるの」
アーメルは、申し訳ない様子で言葉を続ける。
「それが原因で、アスタロスとも逸れていたんだけど、もしかしたら恨まれているかもしれない」
「やっかいな相手なのか?」
「魔族・・・」
「!?」
ラスの体が一瞬だけ止まった。
それは刹那の時間だった為、ラスに意識を向けていたアーメルにしか気づかない程度の反応だった。
「間違いないのか・・・?」
「人間と明らかに異なる特徴があった訳じゃないから、絶対ではないけど・・・おそらく・・・」
「・・・・・・」
ラスは、溜息をつきそうになるのを我慢する。
(また魔族か・・・、こんな短期間で何体もの魔族と関わるものなのか)
「戦っている時はそうは思ってなかったんだけど、相手が撤退する時にもしかしてと感じて、そして、昨日の『闇の魔』と対して、あれと近い魔力を放っていた事に気づいたの」
「恨まれている・・・のか?」
「普通の考え方ならそこまではいかないと思うけど、普通の考え方の相手だったら、戦闘にすらなってないレベルの揉め事だったから・・・」
「可能性はあると・・・?」
「本当に魔族なら、充分にあり得るかと・・・」
ラスは、辺りに意識を向けた。
その事を知ると、この空間自体が怪しく感じてしまう。
どのような能力を持った魔族かは知らないが、隠密スキルが高い者なら尾行するのは比較的簡単な空間だった。
森自体が魔力を帯びている為、もし敵意を持った者がいたとしても感知しにくいだろう。
尾行の障害になるとすれば草木をかき分ける音だが、ラス達の10名もの足の音に紛れてしまえば聞き分けれるはずがなかった。
「そうか・・・」
目的の場所である『水霊の泉』がどんな場所なのかにもよるが、魔族からの奇襲を受けるにはやっかいに思えて、ラスは僅かな溜息が漏れてしまう。
「どうかした?」
アスマが気づき問いかけるが、
「いや、少し疲れているだけだ・・・」
と、誤魔化すラス。
違和感を感じながらも、アスマはそれ以上何も言わなかった。
「もし恨まれていたとしても、昨日の今日で襲ってくるとは思えないから、他の皆には余計な不安を与えたくないんだけど・・・」
「俺だけが頭に入れておけばいいんだな?」
アーメルは頷くと更にお願いを続けた。
「治療の為に魔法を集中してる時にそれを感知する事が難しいから・・・」
「わかった・・・、代わりに警戒して、もし襲撃があれば守ればいいんだな」
「お願いね・・・」
ラスは頷きながらも、その難しさに悩む。
万が一の襲撃に備えて、現状の戦力での作戦だけは考えとこうと思うラスだったが、一番問題なのは、相手が高レベルの範囲系の攻撃魔法を持っていた場合の対応だった。
範囲を守る防御魔法を持つ魔法使いのアミスとアーメルの力が使えない状態で、無防備状態になる2人を守らなければならない。
自分達だけがターゲットになるのなら、やりようはあったが、動く事が出来ない者を守るとなると、原則的に前衛職であるラスやタリサ達では対応しきれない。
頼りはユーウェインだが、エンチャントドールになって法力が弱まっている現状で、どれだけの防御結界を張れるかは未知数だった。
弓矢などの飛び道具は、アスマやミスティアルの風の魔法で逸らすことぐらいはできるだろう。
下策ではあるが、攻撃は最大の防御の考えで、より早く敵を殲滅するのも現状の戦力では選択として頭に入れておくべきだろう。
「あまり、考えすぎないでね・・・」
ラスの悩む姿に、アーメルは少し心配になってしまう。
「ああ・・・」
そう返しながらも、ラスは考える事を止める事はなかった。
そんな会話があった少し前、ラス達が森へ入っていく姿に視線を向ける複数の目が合った。
様々な種族が入り乱れたその一行の中でも、特に殺気が籠った目を向けているのは、一見すると人間の魔術師にしか見えない若い男だった。
だが、彼は人間という種族ではない。
魔界を故郷とする魔族に分類される一種族の生まれであり、そして、彼こそが前日にアーメルと揉めた相手だった。
「『奇跡の泉』を目指してるみたいですよ、あいつら」
傍らに近づきながらそう言う男は、明らかに魔族と判る風貌。
頭に湾曲した角を二つ持つ、魔族の中でも比較的多く見られる魔族種であった。
「そうか・・・、あの背負われている奴を治療しようとしてるのか・・・」
「その通りです。流石、リアッカさんですね」
太鼓持ち如く持ち上げるように言い放つその魔族の言葉は、逆にリアッカと呼ばれた魔族を苛立たせたが、彼がそれに気づく様子はなく、いやらしさを感じる笑みを浮かべ続けていた。
その魔族オックとは違い、リアッカの不快感に気づいた青白い肌の魔族が口を開いた。
「リアッカ様。随分と戦力を増やしましたが、それほどの相手なのですか?」
「・・・ああ。私が知る中では、一番の魔法の使い手だ」
「リアッカ様や、ベル様よりですか?」
青白い肌の魔族スリッドは、驚きの表情を浮かべた。
「我より未熟なら、昨日の内に殺している」
「・・・・・・」
予想外の答えに、スリッドは黙り込んだ。
自分の主として、敬愛し実力を誰よりも認めている魔術師であり、それを普段から豪語しているほどプライドの高いリアッカが、自分より上と認める相手がいるとは思いもよらなかった。
しかもその相手が、優れた種族である魔族ではなく、彼らに取って下等な種族だったはずのハーフエルフの女なのが、よりスリッドを驚かせていた。
「そんなバカな・・・」
オックが失笑しながら、否定しようとした瞬間、殺気が籠った目がアーメルから彼へと移った。
オックの笑みまじりの表情が凍り付く。
「求めた情報以外で口を開くな」
「・・・は、はい」
体も声も震わせながら、オックは頭を下げて小さく返事を返した。
(・・・馬鹿が)
スリッドは蔑みの目をオックに向けて心の中で呟く。
こんな小者が自分と同格だと思うと、腹正しさで体が焼けそうになる。
その気持ちを持ち前の冷静さで冷まそうと、ターゲットとなる一行に目を向け直した。
「ですが、相手の人数も随分と増えてますな」
「戦力を増やしておいて正解だったな。お前等はそれぞれ5人ずつ連れて、途中で襲撃をかけろ。殲滅より、人数を減らすことを優先してな。但し・・・」
「あの女だけは、リアッカ様の為に残しておきます」
その言葉に対して頷くリアッカの表情から、怒りの色は消えていた。
オックとは違い、スリッドはリアッカの心内を読むことに長けており、言葉を選ぶことができた。
しかし、彼は所詮はオックと同格だった。
その同格の能力はリアッカに特化しているだけのものであり、他を見る目を持っていなかった。
自分が蔑み認めていないオックより、他の点では劣っている事を考えてもいなかった。
アーメル達を観察している自分達を、観察する目がある事を気づいているのはオックだけだった。
しかし、オックはそれを言わない。
求めた情報を以外で口を開くことを認められていないからだ。
気遣いのできないオックも、リアッカが指示に逆らう部下を本当に殺しねない性格をしている事を知っていたからだ。
そんな3名の魔族のそれぞれの性格が、自分達を滅ぼすことになるとは、彼等は思ってもいなかった。
「さて、どうするかな・・・」
魔族を観察する目は、二つあった。
その一つである知衛将軍エリフェアスがぼそりと呟いた。
一度国に戻り報告を済ませた後、どうにも気になりアミス一行の様子を見に来ると、たった数日で事態が急変していた。
「しかも、なんであいつまで・・・」
一行に、一つ知っている顔が増えている事に僅かに呆れ顔を浮かべた。
「このままでは、間違いなく全滅するな・・・」
「あなたもそう思いますか?」
不意に声を掛けられた。
「貴方もですか?」
声を掛けた者は、不意の声に驚きも見せずに質問を返すエリフェラスに、僅かに驚きの表情を向けた。
隠密行動には自信を持っていた彼は、それに気づかれていた事を少し悔しく感じながらも、相手が思ったより実力者だった事への喜びの方が大きく、すぐに口元に笑みを浮かべていた。
魔族達を観察していたもう一つの目の主、ヴェルダ・フィラインだった。
「自己紹介をしあっても?」
「いいですよ。ま、本名は明かせませんが、称号だけなら・・・」
「? グランデルト王国の・・・?」
「ええ、国では、知衛将軍と呼ばれています」
ヴェルダは興味深げに知衛将軍を観察していた。
噂では知力だけの存在と聞いていたが、その噂が誤りであることがすぐに判り、
(面白いな・・・、ラス達の一件が無ければ、勝負を挑むところだったが・・・)
そう思うヴェルダだったが、すぐに知衛将軍が笑みを浮かべて自分の言葉を待っている事に気づき、
「私は、ヴェルダ。少し、ラス君やアミス君と縁があってね」
「ほう・・・、それは敵として? それとも・・・」
「基本的には、敵・・・だが、死なれても困る。という立場です」
必要以上の言葉を述べないが、嘘も言わない程度の情報をヴェルダは流す。
それに対して、エリフェラスも問題ない情報だけ言う事にした。
「私も、アミス一行とは敵対勢力の存在ですが、死なれては困る立場なんですよ。仕える勢力的にも、個人的にも・・・」
「個人的?」
「あ、その辺は勘繰らないでもらいたい」
なら言わなければ良いだけだろうと、ヴェルダは思いもしたが、わざと流した情報なのかもしれないと考え直した。
「奴等は、3つに分かれるみたいですが、メインではない2つを我々で潰すというのはどうでしょうか?」
知衛将軍から突然出た、あまりに直球な提案に、ヴェルダは僅かに驚きの表情を浮かべた。
思いの外、思考が読めない相手だった。
提案された事自体は、ヴェルダも考えていたものであり、その為にコンタクトを取りに近づいた自分としては、断る理由はなかった。
しかし、素直に受けるだけというのも面白くなかった。
「では、勝負といかないか?」
「勝負・・・ですか?」
今度はエリフェラスが驚きの表情を浮かべた。
「担当した相手を全滅させて、先にここに戻った方が勝ち」
「・・・・・・」
「負けた方は、勝った方の質問に一つだけ拒否権無く答えなければならない。というのはどうです?」
「それは受けかねますね」
「訊かれて困る事があると? そんなの・・・」
負けなければいいだけ、と言おうとしたヴェルダの言葉は、エリフェラスの言葉に遮られる。
「勝ち目が薄いですからね」
「!?」
あっさりと負けを認めるような発言をする知衛将軍に、ヴェルダはこの期に及んで実力を隠そうとしているのかと思った。が・・・
「勝負自体は、いい勝負になりそうで面白いのですが、奴等を殲滅した後にすぐにここに戻れない理由がありましてね・・・」
知衛将軍のその言葉で、それが誤解だとすぐにわかりヴェルダは笑みを浮かべた。
「では、勝負は次の機会という事で・・・」
「ええ、また会う事はあるでしょう。では、どちらの相手をしますか?」
「どちらでも大差なさそうだが・・・、あの冷静を装った奴の方を引き受けよう」
「わかりました。では、私は唯一こちらに気づいているようなあれの相手をしましょう」
そう言うと同時に姿を消す知衛将軍。
ヴェルダはそれを見送ると、ターゲットの動きの観察に移ったが、知衛将軍の存在は頭からすぐには消えなかった。
(私でも勝てないかもしれないな・・・)
思いもよらない存在を知り、ヴェルダの高揚する気持ちを抑えきれずにいた。
奇跡の泉に満ちた膨大な精霊力に、その場の全員が圧倒されていた。
泉や湖に水の精霊が大量に確認できるのは、ごく普通の事であるのだが、この場に存在を確認できるその量は、普通では考えられるものではなかった。
この泉の精霊力に期待し、頼る為に訪れたアーメル達でも、ここまでのものを想像はしていなかった。
アーメルは、これだけの精霊力があれば何とかなると、確信しつつも、一つの疑問点により不安さを持っていた。
なぜ、これだけの泉の存在が知られていなかったのか?
最近だけの事を考えれば、ラング司祭が教えてくれた水の神殿の情報操作というだけで納得できたかもしれない。
しかし、これだけの精霊力が突然湧き出てきたとも考えにくく、情報操作が行われる前からあったと考えられた。
たった3年の情報操作で、その前から語られてもおかしくないこの泉の存在を隠せるものだろうか?
他に、何か知れ渡らない要因があるのではないかと思えるのが、アーメルの懸念点だった。
「大丈夫そうか?」
ラスは、アーメルの横に立ち訊ねた。
ラスも、この精霊力を前に不安さを感じていた。
アーメルのものとは異なるものだったが、互いの不安さを感じ合いながら、警戒を強める。
(こんな精霊力を制御しきれずに暴走したら、ひとたまりもないな・・・)
ラスの不安さは強すぎる精霊力だった。
先の戦闘でアーメルの実力を目にしている為、充分に評価しているつもりだったが、それでももしもの事を考えてしまうラス。
この精霊力を集め制御しようとしている時に、敵の襲撃があったらと思うと、不安にならない訳がなく、特にラスだけはアーメルから魔族の襲撃があるかもしれないと聞いたばかりで、それが不安さを増長させていた。
「不安さはあるけど、なんとかするしかないわね・・・」
「そうだな・・・」
不安さを感じていたのは2人だけだった。
他の者は、その精霊力があればアミスを救えるかもしれないという期待の気持ちが大きく、不安さを感じる事は殆どなかった。
冷静に現実的な思考ができるはずのアスマですら、その精霊力に飲まれているのか、その危険さを認識していない様子だった。
(まだ、引きずってるのか・・・・)
まだ若く、初めての挫折を味わったばかりなのだから仕方ないとは思えたが、アスマを高く評価していたラスは、その回復の遅さに納得しきれていない心境だった。
しかし、自分自身も冷静になり切れていない事がわかる。
(引きずっているのは俺もか・・・?)
思ったよりの実力を持つと思い始めていたラディの死。
それを実行した、知衛将軍という男の強さ。
エンチャントドールを求めた者との戦いと結末。
自分では到達できないと思われるレベルの戦い。
頼りにしていたアスマの消沈。
頼りにしていたアミスの深い眠り。
自分を動揺させる様々な要因が思い浮かんだ。
(こんな状況をあいつが見ていたら、何て言うだろうな・・・)
自分に強さを求め、自分を観察対象と言い切っていた、あの魔剣士の顔が頭を過る。
追い詰められたような心境の今、その顔が浮かんだ事に、苦虫を噛んだような表情を浮かべるラス。
「・・・・・・?」
「厳しい?」
ラスの表情に気づき、アーメルがその表情を作った原因が、今の状況の厳しさと勘違いして訊ねた。
そんなアーメルが浮かべた表情が気を遣う時のアミスと重なり、ラスは強く思い直した。
「いや、大丈夫だ。お前は心配しなくていい」
その言葉はアーメルだけに言った言葉ではなかった。
これ以上、心に傷を負わす訳にはいかない。
アミスにも、アスマにも、ミスティアルにも、まだまだ若い彼等を守る事が、今の自分の役目。
そう強く思うラスだった。
魔剣士ヴェルダは、ラスが自分の事を思い浮かべているとは思ってもいなかった。
ただ、思ったより魔力が強くなっている事に、僅かばかりの嬉しさを感じていた。
自分が療養中にも戦いを重ねてきたのだろうと、予想はついた。
ラスがまだまだ強くなることを確信していたが、今回ばかりは、このままでは死から逃れれないだろう。
故に、陰ながら援護をする事にしたのだ。
(さて、どうするか・・・?)
対象の殲滅だけを考えるなら、あの魔族がラス達に襲撃を掛けるそのタイミングを狙って、こちらが襲撃を掛けるのが一番確実だろう。
だが、相手の攻撃方法がわからない現状では、ラス達への攻撃を中断させることができないかもしれない。
それではターゲットである魔族達を倒す意味がない。
(彼等が攻撃を受けない事が優先だな。それなら・・・)
ヴェルダは決めた。
戦略としては、下の下の方法に出る事を・・・
「誰ですか?」
(流石に気づきましたか・・・、ま、気づいてくれないと困りますが・・・)
わざと気づかれるように、魔族スリッド達に近づいたヴェルダ。
そんな事とつゆ知らずに、ヴェルダに気づいた事に優越感を見せるスリッド。
そんな感情を隠さずに見せる姿に、程度の低さを感じ取り、ヴェルダは心の奥で落胆する。
(これはつまらない戦いになりそうだ・・・)
せめて強敵である事を願っていたヴェルダは、心の底からがっかりしたが、相手と違いそれを見せる事はしない。
軽く笑みを浮かべて、相手の出方を待った。
「奴らの仲間ですか?」
「いや・・・」
つまらない質問に、言葉一つだけ返す。
「では、私に恨みでも?」
「いや・・・」
「?・・・、では、他の者に?」
「いや・・・」
「・・・・・・」
余裕を見せていたスリッドの表情が変わる。
目つきを鋭くし、ヴェルダを睨みつける。
人間無勢に馬鹿にされている気分になっていた、が、実際に馬鹿にされているとは思ってもいない。
上位種族である自分達魔族が、下等種族と蔑む人間に馬鹿にされるなんて、想像の片隅にすらないだろう。
ヴェルダから見れば、目の前の魔族の方が下等に見えていた。
自分を楽しめさせてくれる存在ではないだろう。
「ただ・・・」
ようやく、何らかの答えが返ってくると期待し、スリッドはヴェルダの言葉を待った。
「・・・下級魔族を殺しに来ただけだ」
「・・・・・・」
スリッドからの感じられる殺気が高まった。
それに反応してか、他の者が動き出す。
魔法使いタイプであるスリッドの下には、前衛職のメンバーが揃えられていた。
ドワーフの重戦士、人間の剣士、魔族の戦士、魔族の魔法剣士、魔族の精霊使いだった。
ドワーフと精霊使いはスリッドの側に残り、他の3人がヴェルダを囲むように動き出す。
ヴェルダは、動かずに黙ってその動きを観察していた。
あっという間に3方向から囲まれるが、慌てた様子もない。
それが返って不気味に感じたのか、包囲した3人が一瞬攻撃を躊躇った。
「雑魚だな・・・」
ヴェルダは、徐に右手に剣を呼び出した。
突然召喚された剣に驚き、攻撃に出ようとした魔族の戦士が、一振りのヴェルダの攻撃で切り捨てられた。
他の2人は驚き、ヴェルダとの間合いを広げる。
ヴェルダは、素早い動きで魔族の魔法剣士へと詰め寄った。
「【 火弾 】!」
下がりながら、無詠唱で魔法を放つが、普通の武器では斬ることなどできるはずもないその魔法を、ヴェルダは雑に振るった剣の一刀で切り裂き、魔法を無に変えた。
「な!?」
威力が高く、爆発する性質を帯びているはずの火炎系の攻撃魔法が、剣の攻撃により消滅した事に驚愕する魔法剣士は、次の迎撃行動に出る前に、剣を持った右手を斬り落とされた。
人間の剣士が慌て気味にヴェルダの後ろから襲い掛かるが、それは、ヴェルダを中心に起こった突風に弾き飛ばされる。
ヴェルダは、吹き飛ばされた剣士に一瞥することすらせずに、冷静さもなくに斬られた右手を探す魔族の魔法剣士に止めを刺すと、すぐに少し離れたスリッド達へと向かって走り出す。
あっという間に、2人を斬られたスリッドは、まずは敵であるヴェルダを近づけない事を優先することにした。
ドワーフの重戦士は、両手斧であるグレートアックスを構えてヴェルダが近づいてくるのを待ち、精霊使いは闇の精霊を呼び出した。
呼び出されたシェイドは、人型の影の姿で現れると、ドーワフの横に並んでヴェルダを迎え撃つが、ヴェルダの姿は目の前から突然消えた。
「な!? どこに・・・?」
「冒険者になりたての15歳の少年でも、殺気に反応して方向とタイミングを掴めたがな・・・」
その声は、2人を盾代わりに、その場から離れようとしていたスリッドの背後から聞こえた。
慌てて振り返るスリッド。
しかし、ヴェルダの剣は、更にその後ろから突き付けられる。
首筋に突き付けられた剣の先端を感じ取り、スリッドは動けなくなる。
「別に、お前等がいても何の問題なく対応していたかもしれないが、万が一というのがあるからな・・・」
「な・・・何を言っている? なぜ私を殺そうとする?」
「簡単な事ですよ・・・」
ドワーフ、剣士、精霊使いは慌ててスリッドを助けようと動くが、この状況でそれが間に合う訳もなかった。
「貴様等が、私の楽しみを奪おうとしたからだ」
「ど・・・」
どういう事だ? と訊こうとしたスリッドの声は、それを生み出す喉元を貫かれて遮断された。
それと同時にヴェルダの殺気は精霊使いに向けられて、主を失った精霊使いは、恐怖で逃げ出そうとしたが、ヴェルダが放った【 魔弾 】が魔族精霊使いを貫いた。
「終了だな・・・」
「貴様!!」
ドワーフと剣士を残して立ち去ろうとするヴェルダを、残されそうになった2人が引き止めた。
「なぜ、ワシ等を?」
「さっき、私の目的を言ったじゃないか」
「目的?」
「私は下級魔族を殺しにきたとな。それとも依頼主がいなくなったこの状況で、魔族として死にたいか?」
ヴェルダのその言葉に、2人は考える。
冒険者から暗殺者へと身を落としていた彼等は、冒険者に戻る事にして2人でその場を後にした。
見送るように2人が立ち去るのを見届けた後、ヴェルダはラス達へと僅かな間視線を向け、
「後は自分達で何とかする事だ。だが・・・」
ヴェルダもその場から立ち去る事にした。
「・・・間違っても死んでくれるな。ラス・アラーグェ、そして、アミス・アルリアよ・・・」
2人の成長へと繫がる勝利を信じて・・・・・・
これからは、原則的に毎週日曜日の10時に更新する予定にします。
たまに別の曜日にも更新するかもしれません。




