眠るアミス
シャープテイルにある聖なる水の神アクアリーフの神殿。
町を横断するように流れるセントシャープ川の、河川敷に聳え立つ薄い青を主体としたその神殿は、町の主要な通りのどれを歩いていても、いずれ目に入るようになっている。
まるで、この神殿を中心に町が作られたのではないかと、勘違いする旅人もいるぐらいであり、それ程存在感のある建物だった。
この町で癒しに関して最も信頼できるこの神殿以外に、今のラス達に頼れる場所はないと言ったのは、アスマだった。
アスマの提案がなくとも、最終的にはここに行きついていただろうが、その提案は迷いのない早い行動へと導き、一行はその神殿前まで来ていた。
「綺麗な建物ね・・・」
ミスティアルが口に出したのは、素直な感想だった。
確かに誰もがそう感じていたが、今の状況を考えると余りにも呑気な発言に思えた。
(期待できないかもね・・・)
アーメルはふとそう思ってしまった。
彼女が他の町で訪れた事があるアクアリーフ神殿は、どれもこんな立派な建物ではなかった。
建物が立派で駄目という事はない。
しかし、この町で最も信仰されているのは、水の神ではなく、至高神ワールドレアであり、その至高神の神殿は、アクアリーフ神殿に比べると、二回り以上小さな建物が、ひっそりと建っている程度なのだ。
最も信者の多い神の神殿が、他の神殿より小さいという事が、何を表しているのかが、アーメルには予想できてしまったのだ。
それを感じているのは、ラスやユーウェインもだった。
更に、ラスはこの神殿に一度来たことがあり、その実態を知っていたというのもあり、その神殿の入口の聖印を見上げながら、険しい表情を浮かべていた。
ロルティとの戦闘後に、倒れたアミス。
あれから一晩明けた今でも、アミスは目を覚ましていなかった。
ラスやアーメル達が合流した時点では、かなり危険な状態だったが、ユーウェインとアーメルの癒しの魔法によって、一命を取り止める事はできた。
だが、神聖魔法の源である法力がそれ程強くない2人の魔法では、それ以上の回復は無理であり、癒しの神殿を頼る事にしたのだ。
神殿に祭られている神への信仰者以外の神殿を利用する事はできる。
勿論、邪神への信仰者や、悪と認められる存在は入殿を断られるのは当然の事だが、そうでない限りは、その神殿の神官や司祭達の神聖魔法を受ける事ができるが、寄付金を収める必要がある。
その寄付金の額は、魔法の使用者の位や魔法のレベルによって異なる。
更に、各神殿ごとでも違いがあり、至高神の神殿と水の神の神殿の規模の大きさの差は、そこから来ていた。
国境に近い位置にあるこの町は、グランデルト王国の領土拡大の煽りを受けてか、近年、傷を負った者が多く訪れており、癒しの魔法を求めて神殿を訪れる者は多い。
中でも、癒しに関して他の神より優る水の神の神殿を頼る者は多く、寄付金が多く集まっているらしかった。
特に、現在の大司祭が着任した3年前からは、求める寄付金も多くなりだし、それでもより効果の高い神聖魔法を求める者達は後を絶たずに、水の神殿はその規模を大きくしていったのだった。
ラスもアーメルも、正直な心境ではそんな神殿を頼る事は嫌だったが、アミスの状態を見ればそれは単なる我儘であり、2人はそんな個人的な心を優先する事はなかった。
ユーウェインも本来であれば、自分が信仰する知識の神コネスの神殿を頼りたかったが、この町の知識の神殿は規模がかなり小さく、それほど位の高い者は在籍していないことを知っているので、口を出すことはない。
「何とかしてくれるなら、どこでも構わないがな・・・」
一行は神殿に足を踏み入れる。
入口で、複数の神官に目を向けられる。
複数のハーフエルフと銀狼の姿が目を引いたのだろうが、奇異の目を向けられる事に慣れているラスやアーメルは、気にした様子もなく奥へと進んでいった。
倒れたアミスをほっておけないと、ユーウェインもゼラもリンも共に行動する流れになっていたが、流石に夢魔のアスタロスは、神殿に連れて行く訳にはいかず、面倒見役を押し付けられたタリサとリンと共に宿で待ってもらっていた。
「ようこそ、水の神殿へ。私は水の神アクアリーフに仕える信徒のラングと申します。冒険者の方々のようですが、どんな奇跡をお望みですかな?」
ラングと名乗った司祭と2人の神官が一行を迎えた。
中央の司祭が、ラスの背で眠っているアミスに気づいたらしく、「そちらの方ですかな?」と、要件を予想してきた。
アーメルが頷くと、神官の1人が側にある木製の台へアミスを寝かすように指示をした。
ラスは、背からアミスをその台へと下ろすと、少し疲れた様子で体を伸ばした。
戦闘により、精神力を使い果たして倒れてしまった事を説明し、自分達の癒しでは目を覚まさなかった事を述べると、司祭はアミスの状態を目視で確認する。
「・・・詳しい原因は、奇跡を使わなければなりませぬな・・・」
ラング司祭の言葉の真意をすぐに理解し、ラスが側に立つ神官に「いくらだ?」と訊ねると、神官は他の者に聞こえない程の小声で答えた。
(思った以上だな・・・、がめつい連中だ・・・)
ラスは、自分が知る相場の5倍もの額を要求された事に、心の中で呆れたが、それを表情に出さずに言われた額を支払う。
司祭は、それを横目で確認すると、神聖魔法の詠唱を始めた。
対象の身体の異常を調べる魔法だった。
アミスが法力の光に包まれ、ラス達の目がそれに集まった。
徐々に弱くなり光が完全に消えたと同時に、司祭が小さな溜息をついた。
「・・・どうですか?」
そんな溜息に不安さを感じながらアーメルが訊ねた。
それに対して、司祭は首を横に振りながら答える。
「残念ながら、我々の力ではどうにもなりません」
「そんなにダメージが重いんですか?」
「どうすれば、精神にここまでのダメージを負うのか、我々には予想ができません」
ラング司祭は、説明を続けた。
もし、気を失うギリギリまで精神力をすり減らした後に、精神にダメージを与える高レベルの攻撃魔法を受けたとしても、ここまでのダメージを負う事はないと司祭は言う。
更に、ここまでのダメージを負った状態で生きていること自体が不思議だと付け加える。
そして、自分の使用できる魔法での回復は無理な事。
この神殿で最も高い法力を誇る大司祭は、今不在であり、暫く戻る予定はない事。
その大司祭でも、アミスを目覚めさせる事はできないかもしれない事。
その説明を終えたラング司祭は、最後に謝罪の言葉を述べた。
突き付けられた現実に、一同は愕然として神殿を後にする。
ラスとアーメルは、別の意味での驚きを感じていたが、それよりアミスを助ける方法を見つける事が大事と考え、別の驚きを無視することにした。
遠ざかる神殿を背に、次はどこに行くべきかと悩む一同。
水の神殿の姿がかなり小さくなった所で、不意に声を掛ける者が現れる。
「? あなたは・・・」
それは、顔や聖印を隠すようにフード付きのローブに身を包んだラング司祭だった。
その名を口にしようとしたアーメルの言葉を制し、着いてくるように言うラング司祭に対し、ラスとアーメルは、少し顔を見合わせて互いに頷くと、彼についていくことにする。
連れて行かれたのは、裏路地にある小さな酒場だった。
「お? リック、こんな昼間から来るなんて珍しいな」
酒場の主人にしては、随分とガッチリした体の男がラング司祭を迎い入れる。
リックと呼ばれた司祭は、僅かな笑みを主人に向けてから、
「ちょっと、奥の部屋を借ります」
と、足早にカウンターの奥へと入っていく。
僅かに戸惑いはあったが、司祭や酒場の主人から敵意を感じなかったため、ラスが先頭になり司祭の後をついていった。
「ラス、話を聞くのは任せるよ」
「ああ、お前等は待っててくれ」
アスマとミスティアルは、そのまま酒場の席に座る事にした。
出会ったばかりの司祭に、その立場に相応しくない場所に連れて来られたのだ。
多少の警戒をしない訳がなかった。
故に、アスマの咄嗟の判断により、二手に分かれた。
それは杞憂に終わるとは思いながらも・・・
アスマ達が残った酒場には、昼間の早い時間ということもあり、他に客はいない。
おかしな雰囲気も感じずに、アスマは主人の反応を観察しながらも、ミルクを二人分注文した。
苦笑いをしながらも、主人は素直に注文通りの物を2人の席へと運んでいた。
「あの人とは、どういう関係ですか?」
ミルクを受け取りながら、ミスティアルはストレートに訊ねた。
あまりの直球ぶりに、アスマが驚いたぐらいだ。
「あいつとかい? 冒険者時代の仲間だ」
「冒険者・・・」
「この町には、水の神に仕える司祭であるあいつが、冒険者だった事を知ってる奴はいないな。仲間だった俺ぐらいだ」
主人は、そう言うと髭に隠れていた大きな口を開けて笑い出すと、元重戦士のゴグラードだと自己紹介をしてきた。
既に警戒の必要はないと判断したアスマも名を名乗り、ミスティアルも躊躇いながらそうする。
「あいつが態々ここに連れてきたって事は、何かやっかいな事があったな?」
「ま、そうなんだけどね・・・」
口を濁すアスマに、ゴグラードも無理に訊いてはこなかった。
話を聞くなら、交渉が終わってからだと判断してのことだ。
(中々、実力者・・・かな?)
さりげない動きややり取りで、アスマはゴグラードをそう評価していた。
今でも鍛えているのは一目瞭然だった。
(もしかして・・・)
アスマは一つの可能性を頭に浮かべながら、ラス達が入っていった酒場の奥の方へと目を向けていた。
「リックと呼ばれていたが・・・」
ラスが進められた席に着く前に、呟くように訊ねた。
それに対して、ラング司祭はその質問されるのが、当然とばかりにすぐ答える。
「嘗て、世を忍ぶために使っていた偽名です。彼は、その時に出会った為に、本名を教えてもその偽名でしか呼んでくれないんですよ」
苦笑いを浮かべながらも、ラスが新たな質問を出す前に、先にその答えを述べる。
「私は神に仕える神官という立場だったにも関わらず、友の復讐の手助けをしましてね。一時は追われる立場だったのです」
「復讐・・・? 殺しか?」
ラング司祭は目を逸らさずに頷くと、話を続けた。
「その友と偽名を使って冒険者となり、その時に出会ったのが、ここの主人のゴグラードです。私はそのまま冒険者として死ぬことを願っていました。それしか神を裏切った私ができる償い方法はないと思っていましたのでね・・・」
「そこまでの信仰心を持ちながらも、友の復讐に付き合ったんですか?」
そう訊ねたのはアーメル。
「ええ・・・最初は、復讐を諦めさせようと説得を試みましたがね・・・、それが無理とわかった時点で、私に迷いは無かった。ですが、迷わなかった事を後々後悔する事になりました・・・」
「・・・・・・」
少しの間、その場の全員が沈黙の空間を作り出した。
「彼は、私の事を気にしていました。冒険者時代の私には、迷いも後悔もなかったというのに・・・、神官としての力を・・・法力が弱くなっていく私の事を見ていれなくなったらしいです」
ラング司祭は、少し悲しそうに苦笑いを浮かべた。
そして、他の者が口を挟む前に、言葉を続け出した。
「それを知ったのは、彼が死ぬ直前でしたがね・・・」
誰も口を挟めなくなっていた。
挟める内容の話でもなかったのもあるが、それ以上にラング司祭の口から続けざまに出る言葉にそのタイミングを掴むのは難しかった。
「彼は自首し、私を人質にして逃げていたと言ったそうです。私を神官に戻す為に、自らの命を捨てたのです。私は何も言えなかった。それを否定する事は出来ましたが、それは何も意味をなさない・・・、彼の死を無駄にしない為には、彼の好意を受けるしかなかったのです」
ラング司祭が言った『後悔』の意味を悟って、アーメルは目を伏せた。
他のメンバーも意味を理解はしていただろう。
友の為に行った好意が、友を苦しめ、友を死に追いやったのだ。
復讐を諦める説得を続けるべきだった、という後悔が・・・
復讐を手伝うべきではなかった、という後悔が・・・
アーメルには容易に想像できた。
(復讐か・・・)
ラスの頭に、ある女性の悲しそうな顔が浮かぶ。
数か月前に出会った、復讐の為に旅を続ける女司祭の姿が・・・
暫しの沈黙による静寂。
その静寂を壊したのは、やはりラング司祭だった。
「失礼・・・、関係ない話をして、場を暗くしてしまいましたな。本題に入ろうと思います」
「あ、はい・・・、ご用件は?」
かける言葉に困っていたアーメル達は、話を変えるきっかけをくれたラング司祭の流れに乗った。
「彼を助ける方法についてです」
司祭はそう言い、眠っているアミスへと目を向けた。
「方法があるんですか?」
「確実とは言い切れない方法を一つだけ知っています」
「それは・・・?」
ラング司祭が説明を始めた。
町から東へ2日の所に深淵の森というのがあり、その森の中に精霊の力に満ちた『水霊の泉』という小さな泉があるらしい。
その泉には伝説があり、嘗て魔族の軍の侵攻に悩まされた人々を救った勇者が、その魔王との戦いで受けた致命傷ともいわれた傷を癒したのがその泉らしく、別名『奇跡の泉』と呼ばれているとの事。
そんな泉の噂は、アーメルやラスも聞いたことはあったが、それは眉唾物としか思っていなかった。
もし本当に存在するなら、そんな泉の側にあるこの町の水の神殿に、癒しを求める者が多く訪れるはずがなかった。
しかし、そんな疑問にラング司祭はその答えを述べる。
水の神殿の情報操作によるものと・・・
「そこまでするのか・・・」
ラスの目付きが鋭いものに変わる。
アーメルも明らかな嫌悪感が見える表情を浮かべる。
魔法による癒しの奇跡により、神殿にお金を落としていく者を増やす為に、それ以外の治療法を無くしたのだ。
「でも、そんな一神殿の情報操作で、ここまで情報を遮断できるかしら?」
「・・・・・・」
アーメルの問に、ラング司祭は黙ってしまう。
ラスは、その沈黙がラング司祭の言っている事が嘘で、アーメルの疑問に明確な答えを提示できずに黙り込んだのだと、一瞬と誤解しかけたが、その表情がそうではない事を物語っている事に気づき、別の可能性を考える。
そんなラスが答えを出すより先に、アーメルが一つの答えを呟く。
「その泉を知る者さえいなくなれば・・・」
「はい、神殿の一部の人物を除き、それを知る者はいなくなりました。それが、5年程前の事です」
「いなくなった? どうやって・・・?」
嫌な予感がしつつも、ラスは訊かない訳にいかなかった。
ラングは答える事が出来なかった。
知らない訳ではない。
ただ、それを言う事が躊躇われたからだ。
しかし、その躊躇いが、ラスの嫌な予感が当たっている事を教えてくれる。
「マジか・・・」
いなくなった理由が、死という事。
そして、それは誰かの手により起こされたものだとラスは判断する。
アーメルやユーウェインもそう思ったのだろう。
明らかな動揺と怒りが見て取れた。
そして、ふともう一つの疑問がアーメルの頭を過る。
「司祭様・・・答えにくい質問になるかもしれませんがお訊ねします。あなたは・・・、なぜそれを生きたまま知っているのですか?」
ラスとアーメルは、弱めていた警戒を、再び強めだす。
ラング司祭の言う言葉は、それが真実の事であれ虚偽の事であれ、どちらにしても理解に苦しむ事だった。
「それは、私が水の神の司祭ではないからですよ」
「・・・!?」
ラスは椅子から立ち、腰のレイピアを抜く。
アーメルも、椅子を下げて、相手の出方を伺う。
2人の動きに驚いたのは、ラング司祭ではなくユーウェインとゼラだった。
ラング司祭は、ラスにレイピアの先を向けられても慌てた様子を見せない。
「お前は何者だ?」
レイピアを気にした様子も見せずに、ラスの目を見つめるラング司祭に対し、ラスの方が取り乱しそうになる。
それをアーメルが止める。
「ラスさん、大丈夫よ。私達は誤解してしまってたみたい・・・」
「誤解?」
アーメルは、椅子の位置を戻すと、笑みを浮かべてラング司祭を見つめた。
「信仰を偽るなんて、随分と神官らしからぬ事をされるのですね・・・」
「これも信仰の為ですよ・・・。彼等の方が信仰を偽っていますからね」
司祭の言葉の意味を理解できているのは、アーメルだけになっていた。
しかし、アーメルは敢えて説明をする事も、説明を求める事もしなかった。
「私達に、奇跡の泉の事を教えてくださったのも、信仰の為ですか?」
「ええ、それこそが、コネス様の望む事ですからね・・・」
「コネス様?」
ユーウェインが表情を変えずに驚きの声をあげた。
知識の神コネスは、ユーウェインも信仰する神。
「なるほど・・・、全て繋がりました。お友達のお話も、意味がある事だったのですね・・・」
「それをお話ししたのは、本当に単なる雑談ですよ。ただ、確かに関係はあるかもしれませんがね・・・」
「おい、どういう・・・」
「ラスさん、後で私から話すわ。今は、泉の情報をもらう事が先決」
「あ、ああ・・・」
納得はいかなかったが、ラスは黙るしかなかった。
「水の精霊魔法で癒しの魔法がある事は知っていますか?」
「私が使えます」
「それなら、良かった。水霊の泉で、その魔法を使えば何とかなるかもしれません。あとは、貴女の魔力次第です」
「わかりました。では、急ぎたいので・・・」
「ええ、ゴグラードに泉の所まで案内してもらいますので、ご安心を・・・」
「ありがとうございます。無事に済みましたら、改めてお礼に伺いますので・・・」
ラング司祭は満足そうに頷くと、席を立ち、酒場へと歩き出す。
そして、ゴグラードに泉への道案内を頼むと、その場を後にした。
「すぐに向かいましょう」
「おい、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。アスタロスには私が使い魔通信で知らせるから、東門前で合流しましょう」
言い切るアーメルに、唖然とした表情で互いに顔を見合わせるラスとアスマ。
道案内を頼まれたゴグラードは、すぐに準備をしますと奥の部屋へと入っていく。
「準備の間に、全員に納得させとけ」
と、アーメルに言い残して。
「全部説明しろとは言わない。奴を信じた理由を説明してくれ」
「信じた理由は、簡単。彼に強い信仰心を感じたから」
簡単なアーメルの理由。
当然、納得できようもなく訝しげな表情を見せるラスと、理解に苦しむアスマやミスティアル。
「ラスさんは、この町の水の神殿の話って聞いた事は?」
「ある・・・、金集めの事だよね・・・」
「そう、より多くのお金を集める事に執着し、神殿を大きくしていってる。それが全て悪いとは言わないけど、正直私はあまり良くは思っていなかった。けど、今回神殿に行った時に噂とは違うと思った。今思えば、ラング司祭の対応だけが違ったのかもしれない」
「噂と違う?」
「魔法を使い状態を調べる事に対してのお金は取ったけど、噂通りなら、更に失敗覚悟で治療もすると思っていた。より多くの寄付金を得るために・・・」
それはラスも考えていた。
神殿で受け取るお金は、依頼料ではなく寄付金という名目であり、もし治療等に失敗しても寄付金の返還はないのが一般的だった。
それは場所や信仰の対象となる神が違っても、大きく変わる事がないこの世界の一般的常識だった。
お金に執着を持つここの水の神殿が、それを利用しない理由はないと思っていたので、アーメルやラスは、違和感を覚えていたのだ。
アーメルは言う。
ラング司祭の話を聞いて、それはラング司祭の配慮であり、司祭の地位にある人物が、神殿の意思に逆らった行動を取っておいて、法力が落ちないのはおかしい事だった。
法力の源である信仰等、信じる者への思いの強さが関わってくるものだからだ。
ラング司祭が話した友の復讐をする手助けの話も、信仰とは異なった行動と神殿を完全に離れてしまった事が、法力を失った原因となり、それを見るのに堪えれなかったその友が、死を選んだ。(のが多かったので直そうと思ったけど難しかった、、、)
神殿へ戻すために・・・
しかし、アーメルはその話に一つの矛盾点を感じていた。
水の神アクアリーフは、決して復讐等の行為を信仰外の行動としていない。
あくまでも水へ敬意を持ち、その水の清らかさ等を維持するように努めていれば、信仰に逆らった事にはならない。
神殿自体にそういった規律が設けられているのなら別だが、もしそうなら、友がその死と引き換えにラングを神殿に戻したとしても、法力を取り戻す事はできない。
つまり、法力を失った理由が復讐行為自体ではないのではないかと考えていたアーメルは、彼の信仰の対象が水の神ではなく、知識の神と知って得心が行った。
アーメルが知る限り、知識の神の教えにも復讐への取り決めは無かったはずだが、その教えで最も重要なものが「真実」と知り、その「真実」を皆に教え広める事。
偽りの情報を広め続ける事は、その教義に反する行為なのだ。
つまり、偽名を名乗り続け、身分を偽り続けた事が、知識の神の教義に逆らった行為だったのだ。
「つまり、水の神殿の為に私達を騙す理由はないのよ。寄付金が目的なら、治療を試みれば良いだけだから・・・」
ラスは理屈は通っているとは思いはしたが、それだけで信じていいものかとも考える。
元々信仰する対象もなく、法力が弱いラス達には、完全に理解する事は難しい世界の話だった。
「疑いは晴れてないみたいね。でも、私は司祭様を信じる事にした。ただ、それだけよ、私達にもうそれしかアミスを目覚めさせる手はないもの・・・」
時間をかければ他に手が見つかるかもしれない。
しかし、アミスの身体がこの状態でいつまで持つのかがわからない以上、急ぎたいのも事実だった。
「わかったよ」
ラスが諦め気味にそう言うと、アスマやミスティアルもそれに従う事にする。
「話は終わったみたいだな」
そう言いながら、奥から装備を整えたゴグラードが出てきた。
片手でも両手でも使用できる斧・バトルアックスに、大きめの金属製の盾に鎧は鎖帷子という姿だった。
どれも年季が入っており、斧からは魔力を感じる事ができた。
その姿だけで、ある程度の実力があるベテランなのだろうと予想はつく。
「聞いてたくせに・・・」
ぼそりとアーメルが言うと、笑みを浮かべて肯定する。
鎖帷子を着て隠密行動なんて、無理な話だった。
「では、行きましょう」
完全に一行のイニシアティブを握ったアーメルの姿に、ラスは苦笑いを浮かべながら従った。
自分達以上に、本当なら焦っているのがわかるからだ。
(何事もなければいいが・・・)
アミスと出会ってから、思った以上の敵との戦闘が続いていた。
疲れが抜けきっていないのは明らかであり、神を信仰する事のないラスも、何かにそう祈りたい気持ちにはなっていた。
しかし、それは何の意味もなさない祈りであった・・・




