ギリギリの中で・・・
「ちょっと訊いていいか?」
「 ? 」
不意に掛けられた声に、アーメルは目だけをその声の主であるラスに向けた。
直ぐに目を前方に戻すが、耳を傾けているのは分かったため、ラスは質問する。
「アミスって、昔からあんななのか?」
「あんなって?」
「あんなに甘い性格だったのか?」
ラスの質問にアーメルは少し考える。
アミスとは2年前に自分が家を出てから会っていなかった。
故に、『あんな』と言われても、今のアミスを知らないアーメルは『知らない』と言いそうになったが、ラスのその言い方から、昔と変わらないアミスが頭に浮かんできた。
「そうね、昔から優しい子だったわね」
と、アーメルは答えた。
想像できた昔のままのアミスの姿に、アーメルは少しホッとしながら、しかし、昔のままのアミスの性格には、冒険者という世界は厳しく感じられて、少し複雑な心境だった。
僅かに表情を暗く落としたアーメルに気づくラス。
「聞いてはいけない質問だったか?」
「いえ・・・」
気づかうラスに、アーメルの表情が自然と安心の笑みへと変わる。
一見冷たい雰囲気を受けるラスが、アミスや自分を気づかってくれる事。
ハーディアン戦でも、敵に冷たく言い放ちながらも、その心境に理解を寄せながら戦っていた。
そして、今も自分に気づかいながら言葉を選ぼうとしている。
その急ごうとしている足取りを無理やり抑えてアーメルに合わせてくれている事は、アミスを心配しつつも、自分の考えを理解し尊重してくれている事がわかる。
アミスは15歳になったばかりで、15歳になるまで家を出る事を許さなかった父の元で、魔法や冒険者としての勉強をしてたはずと、アーメルには解っており、冒険者になったのは最近のはずだった。
それなのに、既に魔族に狙われている事。
それを知りながら共にいてくれる仲間がいることは、アーメルを安心させ、その一人がラスという優しくも冷静に厳しく支えてくれる存在である事が、アーメルを表情に笑みを変えたのだ。
「ラスさんは気づいていると思うけど・・・」
「・・・やはり、あの魔族と・・・?」
アーメルは頷く。
「どの程度わかる?」
「そんなに細かくは分からないけど、少年の様な風貌の魔族と戦闘中みたい」
「あの相手を2人でか・・・、厳しいな。アーメル、お前の使い魔は・・・」
「2人? 私の使い魔を除いても、もう一人いるわね」
「もう一人?」
訊ねかけたラスの質問は、アーメルの言葉で中断された。
タリサ以外にもう一人いる事に、驚くラス。
アスマかミスティアルが、早くも辿り着いているとは流石に思えなかった。
そんなに早く辿りつける距離なら、アーメルも多少は無理して急ぐはずだ。
無理しないという事は、無理すると体力が消耗してしまうぐらいには離れているはずなのだ。
「でも、既に2人は倒れているみたい。気絶みたいだけど・・・」
「おい、それって・・・」
「厳しいわね・・・。ラスさんから見て、アミスと相手の魔族との力関係って・・・」
「圧倒的に不利。だが、聖獣の使い方しだいだな・・・」
ラスは、アミスが既に6体の聖獣と契約している事を教える。
アーメルは、それに対して驚きを見せつつも、それだけでどうにかなる状況なのか不安になる。
アーメル自身は聖獣とまだ契約していないが、その力を使役するためには多くの魔法力、精神力を消費する事は知っている。
しかも、相手はアミスを知っている相手で、その対策もしてきている事は、予想がつく。
「少し、急ぎましょう・・・」
「私達も先行しますか?」
2人の会話に、言葉を挟んだのはユーウェイン。
そんな彼女の言葉に最も驚いた様子を見せたのは、ゼラと呼ばれている銀狼だった。
簡単な事情は聞いたが、銀狼は元々この姿に変わることができるシェイプチェンジャーの魔術師の男らしく、ユーウェインと共に旅をしている相棒らしい。
しかし、ハーディアンに攫われた時、それに協力したロルティの魔法による呪いによって、姿を固定されてしまったらしい。
銀狼からすれば、助けてもらった恩はあるが、率先して力を貸すことで再び危険に襲われるのに抵抗があるのかもしれなかった。
(特別な感情があるなら、危険には巻き込みたくないでしょうね・・・)
アーメルは、そんなゼラの心情を読み取り、ユーウェインの提案を断った。
魔法使い系である彼女は、戦い前に余計な消耗をするのを避けた方が良いと理由づけて、自分達と一緒に行く方が良いと返した。
「・・・こんな時にティスがいないのは痛いな・・・。一回使用した力を使えないとはいえ・・・」
アミスの使い魔のティスがいれば、あの時のように合流が可能だったはずだ。
しかし、現在、ティスは主人であるアミスの側にはいなかった。
「ティス・・・? そっか、妖精界の式典中か・・・」
「あいつのこと知ってるのか?」
「あの子がティスと契約したのは、私が旅に出る前・・・、アミスが10歳の時だからね」
ピクシーであるティスが、本来の住む世界である妖精界。
聖獣程の厳しいものでは無いが、やはり、妖精界の住人であるピクシーにもこの世界にいる為の縛りがある。
契約者がなくとも、この世界で生活することはできる。
そして、使い魔契約により、更にその上の力を使う事は可能だ。
しかし、この時期の20日間、妖精界の住人は妖精界に帰らなければならない。
既に妖精界との結びつきが希薄になっているエルフやドワーフ等には、関係ないものになっているが、未だに妖精界から離れる事が叶わないフェアリーやピクシー等の妖精族は、妖精界の発展を祝う式典への参加が義務付けられている。
その式典の準備から式典当日迄の期間は、ティスは妖精界におり、通信もできなくなってしまう。
故に、今はアミスの側にいないのだった。
「相手は、ティスの力を知ってたの?」
「ああ・・・、前回はそのティスのおかげで奴の罠から逃げる事ができた。まさか・・・」
「ええ、多分、ティスがいなくなるこの時期を狙って、計画が実行されたと見るべきでしょうね・・・」
ティスが不在になり、ラディを失い正常な精神状態でないタイミングで、ラスを狙う者と手を結び戦力を分散し、襲い掛かる。
満を持したこの襲来が、只の力押しでくるとは思えなかった。
更に幾重にも、罠を張られていると思うのが普通だろう。
そんな考えがラスとアーメルの頭を過り、焦りを生んだ。
力の温存の為に走らなかった事を、アーメルとラスは後悔していた。
しかし、もう急いでも手遅れであり、今は、アミスを、タリサを、アスマを、ミスティアルを信じて進むしかなかった。
アミスの作戦の準備は終わった。
風の精霊の力を借りて、タリサ、リン、アスタロスにも言葉を飛ばしてある。
後は、タイミングを計り、相手の動きに備えるのみ。
失敗すれば死ぬだろう。
そんな考えが頭を過り、体が極度の緊張に強張りそうになるのを感じるが、もう開き直るしかないのを実感していた。
「・・・はぁ」
アミスが緊張を和らげる為についた一息。
それが合図となったかのように、ロルティは戦況を変化させようと動いた。
再び、≪ 剣聖 ≫を使い強力な一撃を放つ。
それは、ロルティの予想通りに≪ 白翼天女 ≫によって防がれるが、魔法力・精神力に余力が残っているのは自分だと判断して、アミスの魔法力を削りにかかった。
2体の炎の聖獣の縛りを解けば、ピンチになると考えているはずのアミスは、必要以上にそちらに魔法力を込めているはずであり、その上で、防ぎきれなかったら致命傷を受けかねない≪ 剣聖 ≫を防ぐにもギリギリは狙えないと判断していた。
しかし、それも聖獣の事を把握しているアミスの事を甘く見ていた評価だった。
そのアミスに聖獣の知識量では劣っているとはっきり言われた事が、そんな意固地な考えに繋がっているのかもしれなかった。
そんなロルティの甘い考えから実行されている力押しは、アミスを冷静にさせる。
しっかりと落ち着いたアミスが、動きを見せた。
「≪ 白翼天女 ≫!」
何度目の≪ 剣聖 ≫の一撃だっただろうか?
強力ながらも単調になっていたその攻撃に合わせて、≪ 白翼天女 ≫の防御結界を強めて、アミスはカウンターを狙った。
強力な力がぶつかり合い、≪ 剣聖 ≫が弾き飛ばされた先には、封じ込まれていた2体の聖獣がいる。
アミスは、そのタイミングで刹那の聖獣操作を見せる。
ロルティが気づいた時には、3体の聖獣は風の結界に閉じ込められていた。
「な!?」
何が起こったかわからないロルティが、アミスに目を向けると、その後ろに≪ 魔女 ≫
が確認できた。
(さっきまで風の聖獣と・・・)
≪ 風の乙女 ≫と共に、2体の炎の聖獣を封じていたのが≪ 魔女 ≫だったはずだ。
それがいつの間にかアミスの後ろに移動している。
「ば、ばかな!? それなら何故3体の聖獣が・・・?」
ロルティはすぐに気づいた。
今、≪ 風の乙女 ≫の風の結界を強化してるのは、≪ 白翼天女 ≫の方だった。
いや、ロルティにそう見えただけで、そうではない。
風の結界を強化しているのではなく、風の結界と神聖魔法の防御結界が重なって掛けられているのだ。
2つの結界が、完全に重なっている為、相乗効果により、より強い結界となっていた。
しかし、それは言うほど簡単なことではない。
それを行えた事は、≪ 魔女 ≫の補佐のおかげもあるが、それ以上に聖獣を信頼しきって実行しようとしたアミスの思いの強さがあってこそだった。
失敗すれば死ぬと分かっていながらも、死ぬつもりは一切ないその心の強さが・・・
3体の聖獣を2体の聖獣で封じるなんて、しかも魔力・魔法力に勝っているのにも関わらずに、それが行われている事に、ロルティは信じられずに混乱する。
それが次の行動への差となって現れる。
「汝、氷結の姫、我が身体、精神を経て・・・」
「汝、火炎の王、我が身、魔力を経て・・・」
ロルティは、同時に始まった二つの詠唱で我に返った。
アミス、そして、≪ 魔女 ≫の口から生まれるその詠唱の意味を理解し、驚愕する。
「まさか、融合魔法か!? そんな事ができるはずが・・・」
魔法に詳しいロルティでも、話に聞いた事があるだけであり、実際に使用されたという話も、伝説で伝わる英雄譚でしかない。
対極の位置する属性の同レベルの魔法を、同レベルの魔力により、同時に同じ場所に放つ事により生まれる魔法の科学反応ともいうべきもので、使用者の魔力から見て桁違いの威力の攻撃魔法となると言われている。
この『同』という要因のどれ一つがずれても、それは成功せず、逆に対極の属性に位置する魔法が互いに打ち消し合い魔力を無駄に消費して終わってしまう。
「・・・!!」
ロルティは気づいた。
それは成功するはずがない事に・・・。
同レベルの魔法を使おうとしている事は分かる。
同時に同じ場所にというのは、正直難しいだろうが、絶対に不可能と決めつける訳にはいかない。
ロルティが、失敗の理由として思ったのは、同レベルの魔力だった。
アミスと、あの聖獣が同魔力とは考えにくい。
聖獣がアミスに合わせて魔力を落とすことも考えられるが、それでも調整は難しく、更に魔力を落としてくれれば、融合が成功しても威力は高が知れている。
そして、他に使える聖獣もいなければ、前回苦渋を嘗めさせられた使い魔の妖精もいない。
(勝った・・・)
今度こその勝利を確信し、ロルティはアミス達の魔法が発動するまで、迎撃魔法の為に魔力を集中させることにした。
後は、失敗か中途半端に終わった魔法を待つだけだった。
アミスの魔法の準備は終わった。
後は発動の言葉を発するだけで、魔法は効果を生む。
しかし、アミスにも今のままでは失敗は確実なのは分かっている。
故に少しの間待った。
「「【 極炎氷嵐華 】!!」」
アミスは、融合魔法を発動させた。
ロルティの予想に反して、それは確かな威力を持って発動した。
ロルティは慌てずに高めた魔力で迎撃に出る。
「【 電雷激乱魔波 】!」
二つの魔法がぶつかり合う。
アミスから生まれた予想外の威力の魔法に、ロルティは驚き、そして、アミスに後ろから抱きついている存在に気づく。
それは、取るも足らない者として、相手戦力としていなかった小さな存在だった。
夢魔としても半人前にしか見えないアスタロス。
そんな夢魔が、魔力や精神力を奪わずに、逆にアミスに分け与えていた。
(あんなのが、魔力の差を埋めただと・・・?)
ロルティは、又もや予想外の事に、一瞬頭に血が上りかけるが、その手に伝わる魔法のせめぎ合いの感触に余裕を取り戻す。
アミスの融合魔法は完全なものではなかったのか、自分の魔法の方が僅かに威力に優っている事が分かったのだ。
魔法力にもまだ余裕があり、このまま押し切れると確信、最後の最後に冷静さを取り戻した。
だが、アミスの考えた作戦は終わらない。
風の精霊により、助力を求めた相手はアスタロスだけではなかった。
不意に飛んできた冷気を受けて、ロルティの右半身が凍りかける。
それはタリサが切り札として隠していた、剣に埋め込まれていた聖契石内にいた氷の聖獣の力だった。
敵だったキルの介抱で、直前に意識を取り戻したタリサは、その均衡した場を崩しにかかったのだ。
そこへ、リンが続く。
残った魔力を全て槍に込めて、それを凍っていくロルティの半身へと投げつけた。
凍り付く所へのその一撃は、確実にロルティを破壊するものはずだった。
しかし、そこで見せたのはロルティの意地だったのだろう。
「させるかぁぁぁぁ~~~~~!!!」
ロルティが着ているローブに埋め込まれていた無数の石が光り始める。
それは熱を帯び、凍りかけた体を溶かし、その体を動かした。
そして、リンの槍は、僅かに体の位置をずらしたロルティを捕らえる事は出来なかった。
もうタリサにも、リンにも、そして、アミスに魔力を全て渡したアスタロスにもできる事はなかった。
アミスが用意していた作戦は、全て発動していた。
アミスにはもう何もない。
もうすぐ尽きるであろう魔力を除いて・・・
だが、アミスは諦めなかった。
悪足掻きにしかならないのは分かっている。
しかし、タリサやリンやアスタロスを助けたい一心で足掻いた。
全てをぶつかり合う魔法に、目を瞑って集中しありったけの魔力を込める。
その足掻きも意味がなさないとロルティは感じていた。
アミスの魔法の威力が変わる事がないのが分かり、ロルティの勝利への確信は変わらない。
止めとばかりに、ロルティの方が魔力を込めようとした瞬間だった。
突然現れたそれに、その場にいた全員が動きを止めた。
目を瞑り集中していたアミスを除いて・・・
目の前に現れたのは、頭と蹄のみが馬で、残りが人の生き物だった。
ラスからの伝言を持って、アミスを探していたテイオー・シンボルという名のケンタウロス(?)だった。
見た事も聞いた事もないその存在に、その場の緊張が削がれる。
「おっと、戦闘中でしたか・・・、伝言の箱を置いていきますので、後で確認を・・・」
と、言い残すと、そのケンタウロスは姿を消した。
それは僅かな時間の間を生み出しただけだった。
ロルティはすぐに気を取り直して、アミスの魔法を押し返しにかかり、そのまま押し切れるはずだった。
だが、そのケンタウロスが作った僅かな間が、彼等を間に合わせた。
猛烈な速度でアスマが現れ、風を全身に纏わせながらロルティに特攻をかける。
だが、ロルティにはまだ魔法力に余力があった。
その余力の魔法力をアスマが現れた方向に集中させて、アスマの体を弾いた。
だが、ロルティの余力は、一方行への防御分しか残っていなかった。
ロルティの背中に、別方向から現れたミスティアルが投げた数本の短刀が突き刺さり、ロルティの集中力が途切れた。
「≪ 風の乙女 ≫≪ 白翼天女 ≫!」
ここしかないと判断したアミスは、3体の聖獣を束縛していた結界を解き、その魔力をロルティに向けた。
それにより完全に均衡が崩れ、余力を使い尽くしたロルティは、融合魔法の光に飲まれていき、そのまま姿を消す。
魔法により消滅したのか、転移魔法で逃げたのかは、アミスやタリサ達にも分からなかったが、逃げる余力はなかったと思われ、アミスを憎み敵対していた魔族は死んだのだと思っていた。
一同はホッとする。
弾き飛ばされたアスマも、ミスティアルに肩を借りてゆっくりと起き上がり、タリサもリンも武器を杖代わりに立ち上がった。
一同の視線は、アミスへと向けられる。
アミスは、裏切りの杖の束縛から解放されて宙に浮かんでいる3体の聖獣へ手を差し伸べた。
戻ってきてと言わんばかりの仕草だったが、その表情には悲しみがあった。
3体の聖獣、≪ 炎獣 ≫、≪ 二角炎馬 ≫、≪ 剣聖 ≫もアミスのその動きに対して、戻る動きは見せない。
互いに諦めが見えていた。
そして、3体は僅かに黒みがかった光を放ちだす。
それを見て、アミスは3体に向けていた手を下ろすと、ゆっくりと目を伏せた。
そして、再び目を向けると、
「今まで、ありがとう・・・、また会える日を願ってるよ・・・」
と、アミスは静かな声で言った。
その直後に3体の聖獣は、薄暗い光となり、姿を消していった。
「・・・さよなら・・・」
アミスは涙を堪えながらそう呟き、≪ 風の乙女 ≫へと目を向けた。
すると、≪ 風の乙女 ≫はアミスへ近づき、優しく抱きしめるように包み込んだ。
「な・・・何が・・・?」
事態を把握できないアスマとミスティアルが、混乱気味にアミスへと歩み寄ったが、2人が側に行く前に、アミスの体が力を失う。
残っていた3体の聖獣がアミスの杖の聖契石に戻ったかと思うと、支える者がいなくなったアミスの体は、そのまま倒れていった。
アスタロスが慌てて支えようとしたが、軽量なアミスの体とはいえ、更に軽量なアスタロスには支える事は難しく、そのまま一緒に倒れ込んだ。
「あ、アミス?」
一同は慌てて駆け寄り、アミスの名前を呼ぶが、全ての力を使い尽くしたアミスが反応を返すことはなかった。
本来は負けていたギリギリの戦いを勝ちへと変化させた代償は、少ないものではなかったのだった。
次回更新日は決めない事にしました。
今週中に1回は更新したいところです。




