危機に陥る
目の前で、自分に対して明らかな敵意を向ける2体の聖獣。
つい先ほどまで、自分が契約し、自分の杖の中にいた聖獣だ。
それが今は自分の敵として、自分を憎む魔族に使役されている。
何が起こったか判らずに、動揺するアミスに対して、ロルティは落ち着いて説明を始める。
「この杖は、裏切りの杖と言ってね、一時的に心の弱い者を裏切らせることができるんだよ」
「裏切り・・・の杖?」
「君は本契約をしていないみたいだから、聖獣を使うたびにそれを裏切らせることができそうだ。はははっ・・・つまり・・・」
アミスはロルティの言いたい事を理解する。
「君は聖獣という切り札を封じられたって事だよ。いや、使ってボクを倒す方法はあるよ。呼び出したその一回で倒せればいいんだよ。どうだい? 簡単だろ? 君程の聖獣使いならさ・・・」
ロルティのそれは明らかに挑発だった。
アミスに他の聖獣も使わせる為の・・・
特に一撃でロルティを倒せる可能性のある一撃必殺の≪ 剣聖 ≫を使わせようとしているのだ。
それしか、自分を倒す方法をアミスは持っていないと判断しており、≪ 剣聖 ≫を自分の物にさえすれば、勝ちは確定。
それがロルティの勝ちへの道筋だった。
「では、いくよ」
ロルティは2体の聖獣へ、攻撃の指示を出した。
2体は飛び回りながら炎を吐く。
アミスはそれを【 水膜 】で緩和させながら躱す。
思いの外身軽なアミスに、ロルティも僅かに評価を高めた。
防御面では、≪ 白翼天女 ≫に頼り切ってる印象があったため、回避能力はそれほど高くないと思っていた。
単純な攻撃には対応できるぐらいの回避能力はあると、アミスへの評価を変えて、ロルティは次なる手に出ることにする。
完全な使役状態になっているわけではない為、2体の聖獣に細かい指示は出せない。
故に、聖獣にはそのまま攻撃を継続させて、それに合わせて、自分が魔法で援護するのが一番確実な方法だろうと判断し、ロルティはとりあえず簡単な攻撃魔法で牽制する。
まずは様子見で、相手の動きの傾向を見る事にしたのだ。
(焦りはしない・・・)
ロルティは待った。
自分が張った罠に、アミスが再び嵌る事を・・・
キルの掌から放たれる黒い針をタリサが弾く。
動きは速くてもあまりにも単調なその攻撃に、タリサは少し考える。
自信満々な言葉を吐くこのダークエルフが、これしきの攻撃だけとは思えなかった。
間違いなく、何かを企んでいる。
それを感じ取りながらも、このままでは埒が明かないと思えた。
僅かに焦りを見せるタリサに、キルは楽しげに笑みを浮かべる。
タリサは、時折、アミスの方へ目を向けているのだが、良い状況ではないように見える。
流石に2人の会話までは聞こえない。
しかし、ある程度は状況が把握できる。
初めて見るが、アミスを襲っている2体の聖獣は、本来アミスの物だったのだろうが、それを奪われているのがわかる。
手段は解らないが、他の聖獣を使わないのは、それが奪われるきっかけになるからだろうというのも予想がついた。
相手の魔族の表情や戦い方を見る限り、幾重の罠で、徐々に追い詰めるつもりなのだろう。
自分が加勢するのが遅れれば遅れるほど、アミスは窮地に追い込まれる事がわかり、タリサから焦る気持ちが消える事はなかった。
「気にしてるな。仲間の事が、そんなに大事か?」
キルが、笑みを浮かべたまま言葉を投げ掛けるが、タリサはそれを完全に無視する。
焦っているとはいえ、会話ができない程余裕がない訳ではない。
ただ、この戦いを早く終わらすことに考えを集中させていた。
(何か企んでいるなら・・・、その企みごと潰す!)
タリサは間合いを詰めた。
その動きに対して、キルの動きに変化が起こる。
黒い針を生み出すために空けていた手に、黒い剣を二本生み出していた。
「二刀流?」
どれだけの腕前かは知らないが、タリサにとってしてみれば、単調とはいえ、黒い針を続けざまに放たれた方がやっかいに思えた。
先程からの状況を見る限り、黒い針は奴の掌からしか出ていない。
(!? それ自体が罠か?)
もしかしたら、掌を空けなくても針を飛ばせるのかもしれないと、タリサは頭の片隅に入れた。
針が出ないと見せかけた罠。
もし、その程度の罠で、自分をどうにかできると思っているなら、随分嘗められたものだと思う。
だが、タリサは油断をして、足元をすくわれるつもりはない。
ダークエルフの一挙手一投足を見逃さないつもりでいる。
二本の剣を手に、キルも間合いを詰めて攻撃をしてきた。
数度の攻撃を受け、躱しているうちに、ある程度の実力が見えてくる。
流れを変化させながらの攻撃のため、タイミングを計ろうとするのは、返って危険に思えた。
故に、ただ一回の攻撃を読み切ることにタリサは集中する。
そこでタリサが待っていた攻撃が繰り出された。
右手の剣を振り下ろす。
ただそれだけの攻撃を・・・
タリサは即座に反応し、キルが放った右の剣を払う。
それにより、キルの体が剣ごと横に流れる。
タリサは、慌てずにしっかりと相手の動きを目で捉えながら剣を振るう。
キルは黒い針で迎撃する。
剣を持ったままの左手から生み出されたそれを、タリサは僅かに体を横に捻るだけで躱すと、そのまま剣を薙いだ。
躱しようもない体勢だったはずのキルは、神業ともいうべき動きを見せて躱すと、タリサから離れようとした。
しかし、タリサの動きはその上を行く。
離れる以上の速さで詰め寄ると、無理な動きだったせいかバランスを崩しているキルに、必中の一撃を繰り出す。
この勝負、タリサの勝ちだった。
一対一ならば・・・
ずしゃっ
その不意の一撃は、背後からタリサの脇腹を捉えていた。
「くっ・・!?」
顔を歪めて動きが一瞬止まるタリサ。
体勢を立て直したキルの一撃が、止まったタリサの左の肩口を捉える。
バランスを完全に崩し倒れ込むタリサ。
咄嗟に体を捻って、致命傷は避けたが傷は深い。
それでもすぐに片膝をつき、相手の追撃に備えた。
「色々と予想をしていたようだが、まだまだ甘い」
キルは追撃をかけずに、タリサの目の前に立つ。
彼にとって、タリサが攻撃に出てもどうにでもできる間合いなのだろう。
タリサは、キルがすぐに動かないと確信し、背後に目を向けた。
そこにいたのは、ただ黒い存在だった。
人の形をしてはいるが、目も鼻も口もない、
まるで人の影が、起き上がっているかのようだった。
「ま、魔族か・・・」
タリサは、充分警戒をしていたつもりだった。
様々な可能性を考慮しているつもりだったが、敵が2人という考えは持っていなかった。
自分の短慮な考えに腹が立つ。
ただ、頭に血が上るのを必死に抑えて、状況把握に努めた。
今思えば、確実に捉えたはずの一撃を躱した、幻の術もこの魔族がやった事なのだろう。
あの時、ダークエルフが術を使ったように見えなかったのは、そういう事なのだ。
「止めを刺さないのか?」
口の無い魔族が、どこから出してるかわからない言葉を発した。
「判っていないな。この女、簡単には倒せない・・・」
キルはそう言うと、タリサの脇腹に目を向け、
「面白いことをするな・・・」
その脇腹が凍り付いていることがわかって、感嘆の声をあげる。
タリサは、止血の為に傷口を凍らせたのだ。
だが、ふと肩口を見ると、そこの傷はそのままだった。
腕の動きに支障が出ることが嫌なのだろうと、キルにも判る。
しかし、肩の傷も浅くはない。
次から次へと血が流れ落ちている。
(一か八かで来るな・・・)
そう考えていたキルは、タリサが立ち上がり、剣を水平に上げ、その剣先を自分にまっすぐ向けた事に、体がビクッと反応して、僅かに後退る。
キルは感じていた、自分に向けられた冷気のように感じる殺気を・・・
絶対的有利に立ったはずのキルから笑みが消える。
(こいつ・・・何者だ?)
剣の腕前も称賛に値する相手だ。
戦術、冷静さもそうだ。
しかし、それ以上にキルを驚かせるのは、精神力。
この絶体絶命の状況で、弱気な様子を一切見せないこの精神力が恐ろしかった。
(傷を負っている事を忘れた方がいいな・・・)
笑みを浮かべる余裕はなくなっていた。
しかし、二度と出会えないレベルの敵であると思うと、キルは楽しく感じた。
たとえ、自分が敗死しても後悔がない相手だと・・・
互いに気を集中させるタリサとキル。
そんな中、黒い魔族だけは余裕を見せていた。
アミスもロルティも牽制し合いながらチャンスを待っていた。
聖獣を呼び出すことができず、魔力、魔法力共に相手に劣るアミスに比べて、2体の聖獣を使う事ができ、強力な魔法を幾つも持つロルティが圧倒的に有利な状況だった。
それなのに戦況は膠着状態にある。
ロルティの予定では、徐々にアミスを追い詰めていけるはずだった。
そして、切り札となる≪ 剣聖 ≫か防御の要の≪ 白翼天女 ≫のどちらかを呼び出させればそれで勝利は確定。
そんな戦略が、アミスの予想以上のしぶとさのせいで進まない。
逆に、ロルティが痺れを切らしそうになるが、我慢して待つ。
勝ち方を決め、その為の準備に時間を費やしてきた。
その為に、拘り過ぎているかもしれないという考えが頭を過る事もあった。
実際、決め手になりそうなチャンスがあったのも事実だ。
それを敢えて見逃してきたのが、戦いが長引いてる一因でもあるのも事実。
が、しかし、相手にも逆転の一手になる聖獣がある以上、それは罠の可能性もある。
そう思う事で、必死に我慢する。
アミスも考えていた。
一つの勝利への一手は浮かんでいる。
しかし、アミスには戸惑いがあった。
(これしかない? でも、この手は・・・)
あるものを、自ら捨てる覚悟が必要な策だった。
ロルティの慎重すぎる戦い方を見る限り、狙いは一目瞭然だった。
アミスが持つ最大の攻撃力である≪ 剣聖 ≫を使わせる事。
それを使えば、勝てるとロルティは思っているに違いない。
(だから、この手なら勝機を見出せる・・・。でも・・・)
それは勝機であって、確実な勝利ではなかった。
この策を使っても、勝利の確率は3割、いや2割にも満たないかもしれない。
その為に、自ら手放していいものかと悩む。
(でも・・・、このままではジリ貧になるだけ・・・)
アミスは、タリサの方へ意識を向ける。
肩からの血を流すタリサの痛々しい姿が目に入る。
奥では、リンやアスタロスも悠然と空を舞う黒鳥に追い詰められている。
それらの姿がアミスを決意させる。
悠長に迷っている時間はないのだ。
(ごめんなさい・・・)
アミスは心の中であるものに謝ると、策を煮詰める事に考えをシフトしていった。
リンも勝機の到来をじっくり待っていた。
頼りにならないアスタロスを守りながら、黒鳥の動きを観察する。
上空からの絶対に有利な状況を手放す事はしないだろう。
リンは絶対的不利のまま勝つか、無理やり有利な状況に持っていくかを少し悩んだが、すぐに考えを纏めた。
悠長に構えることができない性格なのは、自分が一番わかっていた。
自分の性格を一番把握しているのはリン自身なのだ。
(勝機は自分で作るもの!)
リンがそう決めたその時、黒鳥が動きを変化させた。
黒鳥自身も痺れを切らしたのだろう。
更に高く舞い上がったかと思うと、リンに向かって一気に急降下を始めた。
「速い! が・・・」
リンはその攻撃をふわっと跳び躱す。
アスタロスも、悲鳴を上げながら躱していた。
黒鳥は地面に衝突するギリギリで、体の向きを変え上昇する。
宙で反転すると、再びリン達目掛けて降下する。
それを数度繰り返すが、しつこい攻撃とはいえ、攻撃前に一度上昇する為、リンは余裕を持って躱す事ができる。
更にタイミングを計る事もできる。
(これはチャンスなのか?)
わざわざ、こんな攻撃に変化させる意味がわからない。
攻撃速度は速くなったが、その速さ故に、相手も直線的な攻撃しかできなくなっている。
それなら、さっきまでの様に、機会を伺いながらの攻撃の方が、アスタロスという足手まといがいる自分としては、厄介に思っていた。
アスタロスも直線的な攻撃に、危なっかしさを見せながらも対応していた。
違和感を感じて、罠を疑うリン。
しかし、このまま躱し続けても、体力だけが消耗されていくだけであり、既に動く事を決めていたリンの判断は早かった。
(罠なら、罠ごと握りつぶす!)
何回目の降下だっただろう。
リンは、黒鳥の攻撃に合わせて、気の籠った槍を気合と共に繰り出そうとした。
直線的な動きだけの黒鳥には、それを躱す事ができない。はずだった・・・
いや、確かに攻撃は直線的だったが、黒鳥自身の体より先に、黒鳥の口から吐かれた炎の鳥がリンを襲う。
2段構えの攻撃。
リンだけならそれを躱す事はできたかもしれない。
しかし、アスタロスの存在がリンの頭を過る。
この二つの攻撃を彼女が躱せるとは思えない。
その考えが、リンの行動を一瞬遅れさせ、リンは予定していた攻撃を炎の鳥に放つしかなかった。
気を込めたその一撃は、武器自体が魔法の武器なこともあり、魔法であるだろう炎の鳥を消し去った。
そして、渾身の一撃後の硬直中のリンに、その後から来る黒鳥の一撃を躱す方法などあるはずもなかった。
タリサとリンが夫々の罠に嵌った姿を視界に入れ、ロルティの心に余裕が生まれる。
待てば、絶対にアミスは罠に嵌ると確信に近い気持ちも生まれる。
そんなロルティの目の前に、待ちに待った勝機が訪れた。
それは一瞬の事だった。
疲労からか足をもつれさせ、バランスを崩すアミス。
そこへ2体の聖獣が同時攻撃をし、アミスはギリギリで躱すも、爆風に巻き込まれて宙に浮かぶ。
ロルティは、チャンスを得たとばかりに近づいて見せた。
ロルティのその動きは罠だったが、アミスはこっそりと準備していた魔法を放った。
「【 大火球 】!」
それは、先の町で購入した巻物から呼び出された魔法だった。
アミスでは作り出せない大きさの火球が、ロルティを襲った。
「なっ!?」
驚き、ロルティもアミスに放つために用意していた【 火球 】をぶつけて相殺しようとしたが、巻物の大火球は威力で上回り、ぶつけられた火球と共に、ロルティを飲み込んだ。
「チャンス! 行け、≪ 剣聖 ≫ぁ!!」
追い打ちとばかりに呼び出されたその聖獣は、ロルティを襲わない。
「え?」
驚くアミスに対して、≪ 剣聖 ≫は剣を払った。
それを咄嗟に≪ 白翼天女 ≫で相殺するが、互いにぶつかり合った後、2体の聖獣は、炎の聖獣達と揃って、ロルティの横に並んだ。
「ああああ・・・」
アミスの顔面が青白く染まる。
目が泳ぎ、既に先程までの冷静さはない。
「あああぁぁぁ~~~~~!!」
アミスは叫びながら、残りの2体の聖獣、≪ 風の乙女 ≫と≪ 魔女 ≫を呼び出し、それらも何もすることもせずにロルティの横へ寄り添った。
「ははは、ごめんね。タイミングさえ計れば、呼び出すと同時に裏切らせれるんだよ」
ロルティからは満面の笑みが零れた。
100%の勝利を確信した笑顔だった。
慎重に機会を待った自分の勝利とロルティは思っていた。
既に冷静さを失って見えるアミスに、どうにかできるわけがなかった。
あとはどう止めを刺すかだけ、ロルティはそう思っていた。
しかし、ロルティは知らなかった。
過ぎる慎重さで使った時間が、アミスを救う事・・・
それは分からずに、ロルティは余裕の笑みを浮かべていた。
次回の更新は、5月16日19時予定です。




