ロルティの罠
「はぁぁ~~・・・」
深いため息をつくと、ラスは床に座り込んだ。
ふと目を向けると、アスマとミスティアルが近づいてくるのが目に入る。
その奥では、ソファーに座り込むアーメル達の姿も確認できた。
ソファーの上で、アーメルがその右目から一滴の涙を零して、すぐに次の涙を必死に我慢するかのように立ち上がる姿が目に入り、ラスも複雑な気持ちになる。
(二人を助けたかったんだろうな・・・、外見だけでなく、心も似てるんだな・・・)
そう思った事で、ラスはアミスの事を思い出し、慌てて立ち上がろうとするが、足に力が入らず仰向けに倒れる。
「ちょっと、大丈夫?」
横まで来ていたミスティアルが手を伸ばしたが、間に合わずに、その手は空を切る。
「あの魔族が、アミスを狙ってる。急いで戻らないと・・・」
と、言いながらも、ラスの体は自分の意思に逆らって動かなかった。
そこへ、遅れて近づいてきたアーメルとユーウェインが、その側に座ると、2人で回復魔法の詠唱を始めた。
精神的なダメージが大きいと判断してか、ユーウェインは精神力回復の魔法を、アーメルは魔法力を相手に移す魔法を唱える。
「ちょっと待て、お前も魔法力残ってないだろ?」
と、寝たままでそう言うラスの言葉に、アーメルは「大丈夫よ」と小さく呟いて、魔法の詠唱を続けた。
そんなアーメルの右手に手を向けると、小さな宝石が握られていることに気づく。
ラスがよく見ると、魔法石であることに気づいた。
魔法力を貯めておいて、いざという時にそれを使って魔法を使う事ができる魔法道具だった。
「そんなものどこから?」
「彼が死ぬと同時に、私達を拘束するために使っていた土のゴーレムが崩れてね。その中から出てきたのよ。恐らくあれを制御するために使っていたんでしょうね」
「なるほど・・・」
ラスはそれ以上は何も言わずに、魔法による癒しを受けることにした。
止めたくても、実は言葉を発することですらキツイ状態だった。
「ま、でも、そんなに魔法力は残ってないから、暫くは戦えそうにないけどね・・・」
魔法を発動させてからそう言うアーメル。
自分以上に、焦っていてもおかしくないはずだが、と、ラスは思う。
「ラス、とりあえずは動けるようになってからの話だよ。焦る気持ちはわかるけどね・・・」
そう言うアスマの表情にも、いつもの明るさがない事に気づくラス。
焦りなのか、今回の戦いの結末に思う所があるのか、ラスにそれを確かめるつもりは、少なくとも今は無かった。
(後でゆっくりと聞くか・・・)
ラスはそう考えると、自分の足に力が入るか確認してから、ゆっくりと立ち上がる。
他のメンバーが立ち上がっている事を確認し、「もう大丈夫だ」と一言言うと、出口へ向かって歩き出した。
他の者達も黙ってそれに続く。
最後を歩き出したユーウェインは、部屋を出る時に振り返り、信仰する知識の神へと二人の冥福を祈った。
それを黙って待つ銀狼。
「さ、行きましょう、ゼラさん・・・」
その言葉に、銀狼は歩みを再開し、ユーウェインはその後に続いた。
ゆっくりとした歩調のまま、一同は遺跡の出口に辿り着く。
「さて、ちょっと待ってね」
アーメルがそう言うと、目を瞑り意識を集中させた。
ラス達はそれを黙って待ち、少ししてアーメルの目が開かれる。
「こっちよ」
アーメルはそう言うと、ラス達の反応を待たずに歩き出す。
ラス達は互いに顔を見合わせたが、とりあえずついて行くことにする。
「どこへ向かってるんだ?」
少し進んだ所で、ラスはアーメルに訊ねた。
「アミスの所よ」
然も当然とばかりに端的な言葉で返すアーメル。
そんなアーメルに、ラスは説明を求めた。
「私の使い魔が、今アミスと一緒にいるみたい」
「使い魔?」
先程までは遺跡を包んでいた魔力のせいか、使い魔との通信ができなかったらしく、遺跡を出た事でようやく繋がったとの事だった。
使い魔のアスタロスの性格を把握しきっているアーメルは、もしかしたら自分を探しているうちにアミスを見つけて、勘違いからコンタクトを取っているかもしれないと予想していたのだが、まったくその通りの結果だった。
使い魔検索により場所を特定できたので、向かおうとしているのだ。
ただ、アーメルは得ることができた情報を全ては言わなかった。
魔族に襲われているという事を・・・
言えば、ラス達は絶対に無理してでも急ごうとするのがわかっているからだ。
急げば、少ない体力を無駄に消耗し、結果的に戦力にならない。
いや、逆に足を引っ張る事になるのが目に見えていた。
故に、アーメルも急いだ素振りを見せないようにした。
今は、向かいながらも、呼吸や魔力を少しでも回復させることに集中する。
勿論、アーメルも急ぎたい気持ちは強かった。
だが、我慢する。
アミスを信じて・・・、簡単に殺される訳がないと信じて・・・
戦力を二分化された。
アミスとタリサの2人が、ロルティとダークエルフの相手。
そして、リンとアスタロスが、空を舞う黒鳥の相手という形になっていた。
戦力が分散したのは、敵も同様なのかもしれないが、それを狙って行ってきたのなら、危険な状況なのだと判断できる。
タリサは、自分の後ろにアミスを庇いつつ、ダークエルフの攻撃を捌きながらもロルティへの警戒は怠らなかった。
だが不思議と、ロルティは先程大きな魔法を使ってからは、大きな動きを見せなかった。
初歩的な攻撃魔法を、属性を変えながら時折放ってくるぐらいだ。
何を企んでいるか予想がつかないタリサは、今はダークエルフへの攻撃を防ぐことに重きをおいた戦い方をしていた。
ダークエルフから放たれる黒い針状の飛び道具が、思いの外厄介だった。
威力は高くなくとも、急所に当たれば絶命も有りえ、武器を持つ手に当たっても、危機に陥ってしまいかねない。
(盾でも持ってくるべきだったか・・・)
ある理由で防御面を疎かにしてしまった事に、少し後悔しながらも、タリサは状況の分析を続けた。
ダークエルフの黒い針も、無限という事はないだろう。
それが尽きるか、尽きる事を意識して使用を躊躇うまで待つしかないか?
それとも、隙をついて一撃で倒しにいくか?
考えるタリサの前で、ダークエルフの動きに変化が出る。
左右に細目に動き、フェイントをかけながらもタリサへ攻撃することが多かったのが、急にタリサ達の周りを円を描くように回りだした。
「!?」
時折、黒い針を打ち出して牽制をしながら、その円を徐々に小さくし間合いを詰めだす。
ダークエルフだけが相手なら、タリサにとってどうとでもない動きだと思えた。
だが、ロルティへの警戒を解けない状況下では、思いの外やっかいな動きだった。
どうするか悩むタリサより、先に動きを見せたのはアミスだった。
ダークエルフの素早い動きに、攻撃魔法を使用するタイミングを掴めずにいたアミスだったが、相手が円を描きだしながら近づいてきたため、そのタイミングに合わすことができるようになったのだ。
それに気づかれないように注意を払いながら、無詠唱で使えるようになった【 風斬 】で牽制する。
その援護で、時折タリサが攻撃する隙を得ることができたが、ロルティからの魔法援護もあり、しっかりとした間合いの入った攻撃には出れなかった。
しかし、それらの攻撃は、ダークエルフが間合いを詰める事を躊躇わせる。
そして、それを繰り返すうちに、アミスが待ったタイミングが訪れた。
タリサの攻撃、僅かに間合いを遠ざけるダークエルフ、ロルティの魔法による援護、小さな爆風が一瞬視界を遮る。
その一瞬を利用して魔法の詠唱を始めるアミス。
ダークエルフがそれに気づいた時には、詠唱が終わっていた。
「【 旋風 】」
アミスが生み出したつむじ風が、土埃を巻き上げながらダークエルフが進む予定の前方に生まれる。
それに気づき慌てて身を翻して進路を変えるダークエルフに、一気に間合いを詰めて斬りかかるタリサ。
ロルティの魔法援護も僅かに遅れ、タリサの攻撃は体勢の崩れたダークエルフを捉えれるはずだった。
が、その剣は空を切る。
「な!?」
タリサが捉えたはずのダークエルフは、幻となって消える。
いつの間にそんな術をと、驚きながらもタリサは次なるダークエルフの動きに反応していた。
「そこだ!!」
自分の左側からの殺気に反応して、タリサは剣を振るう。
その攻撃を余裕を持って躱し、不気味に笑うダークエルフ。
その笑みは、アミスの次なる動きにより一瞬で消える。
アミスがタリサの側から離れて、ロルティに向かって駆け出したからだ。
それにはタリサもダークエルフも驚いたが、互いに警戒を解けない間合いにいたため、何もすることができなかった。
「アミス!! 私から離れるな!!」
その言葉も意味はなさずに、アミスはタリサの行動範囲内から出て、ロルティに近づいてしまう。
「何を・・・?」
「何を企む。アミス・アルリア?」
自分から30m程の距離で立ち止まったアミスに、ロルティは落ち着いた様子で訊ねた。
それに対して、アミスも緊張を抑えて答える。
「あのままでは、僕を庇うために、タリサさんが追い詰められてしまいます。僕が範囲から離れてしまえば、あのダークエルフも無理にこちらを狙えない。狙えば、今度こそタリサさんがその身を切り裂くから・・・」
「なるほど・・・、足手まといにならないために、死ににきたか・・・」
「死ぬつもりはありません」
真剣な表情でそう言うアミスに、ロルティは言葉を止め、笑みを浮かべる。
「ボクに一人で勝てるつもりか・・・、面白い、面白い男だ」
「・・・?」
「そして、愚かな男だ・・・」
そう言ったロルティから、感じたことのない魔力を感じ取り、アミスの緊張は強まった。
「なんで、あたしがあなたと一緒なわけ?」
「そう言わないでください。ボクだけじゃ、あんなの相手にできないんだから」
緊張感のないやりとりをするリンとアスタロスの視線の先には、2人が手の届かない上空で悠々と飛び回る黒鳥の姿があった。
リンの頭に、自分は巻き込まれただけであり、逃げれば黒鳥は追ってこないだろうという考えが浮かぶが、すぐに側にいる小さなサキュバスに目を向けた。
視線を感じ、可愛らしく照れたような表情を浮かべるアスタロス。
その表情は無視して、考える。
もし、今自分が逃げれば、このサキュバスは簡単に黒鳥に殺されるだろう。
そして、黒鳥は他の2人をターゲットにするだろう。
そうすれば、現状均衡を保っているように見える状況は、一変し、アミスもタリサも命を落とすだろう。
自分の命を最優先にするなら、それが一番だろう。
(それは無理だな・・・)
リンはその考えを頭から消すことにした。
そう決めればもう迷う必要はない。
とりあえず、あの黒鳥を倒すだけだった。
「あんた、何ができるの?」
「へ? ・・・魅了と、精力吸収かな?」
「・・・」
リンは、期待はしていなかったが、思った以上に役に立たないアスタロスに、戦う事を決めた事を少し後悔した。
「ま、とりあえずは、本当の姿に戻ってもらうか・・・」
「・・・? あの黒鳥のこと?」
「そう、あれは仮初の姿だ。とりあえず触ることができれば【 魔法解除 】が使えるんだけどな・・・」
ジャンプで届く距離ではなく、不用意に跳んでも簡単に迎撃をされる事は目に見えていた。
一つの手が浮かぶリンだが、
(これは絶対に痛いな・・・)
と、僅かに躊躇するが、それしか自分には手がないと、決断した。
後は、チャンスを待つだけだった。
ラスは気づいていた。
アーメルが使い魔から得ている状況に隠している事があるという事に。
冷静を装いつつも、その足取りが僅かながら早まっていくのを感じていた。
「何かあったのかな?」
最後尾を歩いていたアスマが、ラスにだけ聞こえるように話しかけた。
アーメルを先頭に、それに並んでミスティアル、その後ろにユーウェインとゼラが、最後にラスとアスマが少し距離を空けて進んでいた。
「恐らくだが、アミスが例の魔族と交戦しているんだろうな」
「やっぱりそう思う?」
「お前も気づいていたか・・・」
冷静に返すラスに、アスマは少し慌てた様子を見せる。
「なら急がないといけないんじゃないか? 何でこんなゆっくりと・・・」
「今の俺達では、これ以上体力を消費して駆けつけても戦力にはならない。少しでも体力と魔法力を回復させて駆けつけなければならない。その為のこの速度だろう。そのために、アーメルは危機を隠してるんだろうな」
「・・・なんで?」
アスマは納得していない様子だった。
話が理解できないアスマではないと、ラスは思っていたため、その反応に違和感を感じていた。
ハーディアンとの戦い後から、どうもおかしいと感じてはいたのだが・・・
「どうした? お前、少しおかしいぞ」
「おかしい? おかしいのはラス達の方じゃないか? 体力を残しても、アミス達が死んでから辿りついても意味ないんだよ」
アスマは、大声になりそうな感情を必死に抑えて、ラスだけに聞こえるように文句を言った。
ミスティアルに聞こえれば、アスマの意見に同調して走り出すのは目に見えている。
「焦る気持ちはわかる。だが、今はあいつを信じるしかない。あいつの姉であるアーメルが信じて我慢している以上な・・・」
「・・・何で?」
「ん?」
「何で、そんなに冷静なんだ? 仲間を失っても、追い詰められても冷静でいられるなんて、ラスはどういう心境で考えてるんだい?」
「ア、アスマ?」
完全に冷静さを失いつつあるアスマを、ラスは宥めながら訊ねる。
「どうした? 少し前まで、逆に違和感を感じさせる程冷静だったお前が・・・」
「・・・自信をもってたから・・・」
「・・・」
「今は、もうその自信がないんだ・・・」
その言葉に、ラスは察する事ができた。
仲間であるラディの死、そして、ハーディアン戦で、自身の失敗により危機を招いてしまった事が堪えているのだろう。
年齢に見合わない冷静さも、一つの失敗で崩れてしまったのだ。
「アスマ・・・」
「・・・何?」
「お前、冒険者歴は?」
「約2年・・・」
「仲間を失ったのは、初めてか?」
「・・・そうだよ」
「なるほどな・・・」
「なに? 心の弱さに失望した?」
アスマの心が弱まっていくのを感じ、ラスは次の言葉を考える。
自分がアスマぐらいの年齢だった頃を思い出しながら・・・
「いや、逆に安心したな・・・」
「安心?」
ラスの言葉に、怪訝な表情を浮かべるアスマ。
馬鹿にされたような気分になるが、ラスの表情を見て、それは思い違いだろうとわかる。
「今までが、14歳らしくなかったからな。10近く歳が違う俺と大した変わらない実力と思考を持っている事に、頼りにしつつも、少し恐怖を感じてたよ」
ラスは、今まで感じていた感想を述べる。
それは、アスマがどれだけ規格外の存在だったのかを、本人に伝える事になる。
自分でも、実力にある程度の自信は持っていたが、他者の目に映る自分というのを、しっかり聞くのは初めてだった。
それは自分が思っている以上であり、どれだけ年齢に相応しくない事をしてきたのかを教えてくれた。
「お前の成長はこれからだろ? 今回の事で、成長を止めるか、更なる成長をするかは、お前次第なんだよ。俺だって、8年という冒険者歴の中で、どれだけ痛い目を見てきたか・・・」
「ラスも、痛い目を?」
「そりゃ、そうだ。俺はエンチャントドールにされてるんだぞ。忘れてたか?」
「・・・うん、忘れてた。エンチャントドールらしくなかったから・・・」
笑みを浮かべてアスマが言った言葉に、ラスは一言「ひでぇな」と笑い返した。
アスマの調子が戻ってきている事を感じ、ラスは更に続けた。
「正直、お前もアミスも規格外だ。俺が勝ってる事といえば、経験からくる分析力といざという時の冷静さぐらいだな。それすら大差はないがな・・・。ま、だからな・・・」
「・・・」
「精神面では、もっと頼ってくれていい。一応、年上なんでな」
ラスは、自分がそんな頼られるタイプではないとは自覚してはいたが、それでもアミスとアスマを見てると、年長者として支えなければと思ってしまう。
そんな心境も感じてか。アスマは決意したかのように表情を引き締めた。
「ありがと、参考にはさせてもらうよ。でも、ぼくはぼくの生き方や考え方があるからね」
「ああ、それでいい」
「じゃ、早速自分らしく動くよ」
「なに?」
アスマはそう言うと、ラスを抜きアーメルの横まで移動した。
「アーメルさん、ぼくとミスティで先行しようと思うんだけど、向かう先ってぼくに伝える事ってできないかな?」
「え? 先行?」
驚くラスとアーメルに、アスマは笑顔で説明する。
アスマとミスティアルは、ハーディアン戦で多少のダメージだけで、魔法力等の消費はそれほどない。
だから、先にアミス達と合流して、もし何かあれば、時間稼ぎだけでもできるとの事だった。
既に何かある事に気づいてる事がわかったアーメルは少し悩むが、それが最良と判断して、小さな光の球を生み出すと、「これについてけばアミスの元に行ける」と説明した。
「おい、アスマ・・・」
「大丈夫、無理はしないよ。何もないかもしれないし、もしかしたら、あのケンタウロスが伝言伝えてないかもしれないしね」
と、言うと、ミスティアルを促しながら、アスマは走り出した。
ミスティアルも、少し驚きはしたが後に続き走り出した。
あっという間に見えなくなる2人を見送るラスとアーメル達。
「大丈夫かよ・・・あいつ?」
「大丈夫だと思うよ。それより、私達も私達のペースで急ぎましょ」
アーメルはそう言うと、明るくウインクを一回してから、歩みを再開した。
どう考えても、一番焦る立場のアーメルのその仕草に、
(こいつも、規格外だな・・・)
と、思ってしまうラスだった。
「・・・」
タリサはアミスの行動に、呆れていた。
自分より他の人の事を最優先にする、そんな甘い考えが信じられなかった。
長年苦楽を共にした仲間とかなら判る。
出会ったばかりで、素性も確認できていない自分の為に、危険に身を投げるその姿は、冒険者として長生きできない者の典型に見えてしまう。
少なくとも、自分の考え方とは違う思考の持ち主だ。
長くは一緒にいない相手かもしれない。
だが、今は仲間として行動している。
死なす訳にはいかなかった。
「1対1になったな。お前は強くて面白い相手だ」
ダークエルフが不気味な笑みを浮かべながら言う。
正直、あまり見ていたくない表情だった。
「俺はキル。自分を殺す相手の名前ぐらい知っておきたいだろう」
「・・・興味はないな」
冷淡な口調でタリサがそう言うと、キルと名乗ったダークエルフはその口から笑みを消した。
そんなキルに対して、タリサは剣をまっすぐ向けると、
「殺してやるから、さっさと掛かってこい。・・・黒いの」
敢えて名を呼ばずに、「黒いの」と呼ぶタリサに対し、キルは、一瞬鋭く目を細めたが、すぐに再び笑みを浮かべる。
「面白い女だ。楽しめそうだな」
「楽しむ? お前は自分が殺される事が楽しいのか? もしそうなら、単なる変人だな」
キルは目を丸くする。
長く、殺しを生業にしているが、こんな返しをする女は初めてだった。
本来なら、暗闇での暗殺を得意としていたが、たまには正面からの殺しをやりたくなる。
今回は、依頼者との共闘。
そして、依頼者のターゲット以外の命を奪う事が仕事。
どうやって、分かれさせるかを考えていたが、相手が勝手に分かれてくれたため、自分はこの女と、その後、あの獣人と夢魔を殺せば良いだけになった。
少し戦っただけで判る。
今回の獲物はとびっきりの相手だと。
久しぶりに、自分の術の神髄を出せる相手だと。
「できるだけ早くにアミスの応援に回りたい。だから、追いかけっこでの時間稼ぎは勘弁してくれ」
「・・・わかった。楽しみたかったが、希望に副ってさっさと殺してやる」
キルはそう言うと、殺気を高めだした。
暗殺時にはできるだけ消すようにしている殺気を、できるだけ高めようとしていた。
ロルティは動きを見せなかった。
あまりに静かな表情を浮かべている事が、返ってアミスの警戒を強める。
「ロルティさん。とりあえず、あなたの聖獣はお返しします。その上で戦いたいなら、正々堂々挑戦は受けます。だから、他の人を巻き込まないでください」
痺れを切らしたアミスが先に話しかける。
「聖獣を返す?」
「はい。 ≪ 二角炎馬 ≫は元々あなたの聖獣です。だからこれは・・・」
「今から返してくれると?」
「はい。・・・だから」
「それは無理だと思うよ」
「え?」
ロルティの言葉の意味を理解しかねるアミスの目の前で、左手に持った杖の意思が光を放ちだす。
「な・・・?」
光と共に、それは姿を見せる。
頭に二本の角が生えている炎に包まれた馬が・・・
「リ・・・リンク・・・?」
「もう帰ってきてるからね」
≪ 二角炎馬 ≫は、アミスから一度離れたかと思うと、敵意が籠った目をアミスに向けた。
「!? ≪ 炎獣 ≫!!」
アミスは咄嗟に≪ 炎獣 ≫を呼び出し、≪ 二角炎馬 ≫の攻撃に備えた。
しかし、≪ 炎獣 ≫の目にも自分に対する敵意を感じ、驚愕する。
そんなアミスに対して、2体の聖獣から炎が放たれた。
アミスは、それを必死に躱すが、広範囲に吐かれた炎を完全に回避する事など、アミスにできる事ではなかった。
装備や肉が焼けた臭いが漂う中、アミスは必死に立ち上がる。
「な、なんで?」
「今回はね、準備万端なんだよ。特に、君の一番やっかいな聖獣に対しての対策はね。さっき、ボクの魔法を防ぐために呼び出した時に、この二体はボクの物にさせてもらったからね」
そう言って笑うロルティの右手に握られた杖が光り輝く。
呼び出された聖獣と、仮初、偽りに契約をする魔法の杖。
それが、今回ロルティが用意した切り札だった。
聖獣さえ奪えば、絶対に負けない自信があるロルティにとっての・・・
次は5月13日19時更新予定です。




