闇の魔からの支配
「もう限界ね・・・、リクテルさん。申し訳ないけど、止めさせてもらうね」
そう言ったアーメルに対して、人形はじっと見つめた後、「どうぞ」と呟くように言った。
アーメルはにっこりと微笑みと、ユーウェインを拘束する鎖に手を当てた。
「ユーウェインさん、できるだけの魔力を鎖に込めて」
「え? でも魔力が・・・」
ユーウェインも魔力を吸収する鎖と気づいていたようで、戸惑いながらそう返す。
アーメルは軽く「いいから、いいから」と、ユーウェインに魔力を込めるように依頼する。
そこまで言うならと、ユーウェインはできるだけの魔力を放出する。
アーメルは落ち着いた様子で、ユーウェインから放たれる魔力を自分の魔力と融合させると、それを両手に分けて片方の手を自分の鎖へと添える。
何をしているのだろうと、ユーウェインが観察しているとその両手の魔力は消えていった。
「失敗ですか?」
「成功ですよ」
と、笑顔で返すと、続いて【 解錠 】の詠唱を始めた。
「それでは無理」と、ユーウェインが否定するより先に、二人を拘束していた鎖がその足から外れた。
アーメルは、鎖で繋がれていた土のゴーレムの動きを待ったが、動き出す様子は見せなかった。
命令外の動きはできないらしかった。
「え?」
「ユーウェインさんは、何ができますか?」
「え?」
急なことに思考が追い付かない様子にユーウェインに、アーメルは笑顔で「大丈夫」と言い切る。
その自信満々な表情に、ユーウェインも小さな笑みを浮かべた。
「回復魔法と防御魔法が主です。一応、初歩の黒魔法も・・・」
「了解、傷ついた人に、ここに来てもらうから、治療をお願い」
「わかりました」
ユーウェインの返答を受けて、アーメルは魔法の詠唱を始めた。
「清らかなる水の流れ、自然の摂理に反する力を・・・」
ゆっくりとした詠唱と集中により、魔力が集まる。
アーメルの腰にある水袋より、どう見ても、その容量以上の水が宙に流れ出す。
「行け、水霊!」
水が女性の形を作った後、ハーディアンに向かって空中を流れるように飛んで行った。
敵に近づき過ぎ、意識がそちらに集中していたハーディアンは、そのウンディーネの接近に気づくのが遅れて、そのまま包まれてしまう。
「【 水縛 】!!」
そのままウンディーネはハーディアンの自由を奪った。
突然の事だったが、思いの外冷静さを残してアーメルへと目を向けた。
「・・・どうやって拘束を? 簡単に眠らされたから、弱いと思っていたのだがな・・・」
「そんなことはどうでもいいでしょ? それより、こんなことに意味があると思ってるの?」
「・・・どういう意味だ?」
「こんな事して、お姉さんが・・・リクテルさんが嬉しいと思ってるの? あなたならお姉さんの考えがわかるはずでしょ?」
突然の事態だったが、ラス達はこのチャンスを逃さなかった。
アスマとミスティアルは、ハーディアンの横を通り抜け、ラスを追い詰めていたゴーレムへ攻撃を仕掛けた。
それによって生じた間を逃さずに、ラスは一気に3本の【 水閃槍 】を作り出し、3体のゴーレムに放った。
それらは全て命中し、ゴーレムは砕け散った。
一本でも魔力消費の大きな魔法を纏めて発動させた為、ラスは足の力を失う。
アスマとミスティアルが咄嗟にその体を支える。
ハーディアンは、そんな状況を見ても表情を崩さない。
それは余りに異常な反応だった。
それに気づいたアーメルは、流石に眉を顰める。
人形の体なため、それは表情には出ないが、リクテルもそれを感じていた。
「ハーディ?」
「姉さん、大丈夫だよ。絶対に生き返らせてあげるから・・・」
そう言って、人形であるリクテルへ向けた瞳に光が灯っていなかった。
「大気に渦巻きし魔力の源・・・」
ハーディアンの詠唱により、部屋全体が光を放ちだす。
元々、部屋に準備がなされていたのだろう、床に魔法陣が浮かび上がってきた。
その魔法陣の種類に気づき、アーメルは驚愕する。
「ま、まさか!?」
「【 魔龍魔波 】」
魔法陣から黒い霧が吹き出し、霧は闇の龍と姿を変えた。
数匹生まれた闇の龍は、水の乙女を包み込む、その束縛の力を消し去る。
それは暗黒魔法と呼ばれる分類の魔法であり、暗黒神や邪神に与する者が使う事ができる特殊なものだった。
「邪魔できるなら・・・すればいい」
「ハ・・・ハーディ・・・?」
ハーディアンの瞳が光を持っていない事に気づき、リクテルはその普通でない弟に恐怖した。
「闇の魔・・・」
「そ、それは何?」
「心の隙に入り込み支配する姿のない魔物・・・と、聞いてます・・・」
「・・・ハーディは・・・どうなるの?」
リクテルの問にアーメルは目を伏せた。
言いづらかった。
姉を助けようとしていた優しい弟が、その為に闇に付け込まれた事に、何とも言えない気持ちになる。
自分も兄弟がいるから、気持ちが痛い程わかる。
「外からは・・・彼を救う方法はない」
「え・・・?」
「後は彼の心が・・・、彼自身が魔を追い出さなければならない。でも・・・」
アーメルは、リクテルに残酷な現実を突きつけるしかなかった。
でも、それが自分がなさねばならない事と思い、それを口にした。
「かなり心の奥まで支配されてるみたいだから・・・それも難しいと思う」
「・・・」
「ずっと前から、支配されてたんじゃないかと思えるわ」
「ずっと前からハーディじゃなかったってこと?」
「・・・」
「私は・・・それに気づいてあげれなかった・・・」
それ以上何も言えないアーメル。
ユーウェインがその横に来て、心配げに見守っている。
「その闇の魔というのは、何が目的なの?」
「一つは、彼の願いを叶える事。どんな手段を使っても・・・」
思わず、下唇を噛むアーメル。
その心情を察してか、ユーウェインがその肩を優しく抱いた。
「その後は、完全に彼の心は食べつくされる。それが願いを叶える報酬とばかりに・・・」
それを告げる事が辛かった。
だが、これを知らされる方がもっと辛いだろうと思い、我慢する。
もう助ける事はできないと、はっきり言い切るべきかとも思ったが、もうこれだけで、彼女なら理解してしまうだろう。
「で? どうすればいい?」
その声に気づけば、ラス達も側まで来ていた。
「助ける方法は・・・ない」
「そうか・・・それなら、そっちの人形には悪いが、奴を倒させてもらう。防御に徹して時間を稼げる相手ではないしな」
「倒す? ・・・ハーディを殺すの?」
リクテルの気持ちは分かるアーメルだったが、ここでは心を鬼にして言い切る。
「それしかないわ」
「駄目・・・ハーディは私のために・・・わたしを生き返らすために・・・それなのに・・・ハーディは優しいだけなのに・・・私のせいで死ぬなんて・・・」
「!?」
アーメルは驚く。
人形の涙を見て・・・
涙腺がないはずの人形が涙を流していた。
おそらく、生涯二度と見る事はないだろう。
このリクテルの涙を除いては・・・
「すまない・・・」
リクテルに聞こえるかどうかわからない程小さな声。
ラスは、それ程小さくそう言うと、ハーディの前に出ていく。
せめて一撃で殺そうと、殺気を込めた目をハーディに向ける。
「ラス」
「お前等は手を出すな。俺一人で殺る!」
「私も駄目なの?」
アーメルの問にラスは頷く。
「その人形の面倒を見ててくれ」
「・・・わかったわ」
アーメルはそう言って頷くと、両手でリクテルを抱きしめた。
「ごめんね・・・リクテル」
念を入れて、両手に魔力を込めてリクテルの動きを封じる。
「き、貴様! 姉さんから手を放せ!」
ハーディアンが闇の目をアーメルに向けて、魔力を向けようとしたが、そこへラスが攻撃を仕掛ける。
「くっ」
解放しかけた魔力の目標をラスに向け直す。
ラスは、その魔力に向かって氷の矢をぶつけたが、それは魔力に飲み込まれる。
威力も落とさずに襲い掛かる魔力を、ラスは後ろに上がりながら躱す。
ハーディアンも深追いはせずに、その魔力の自分の元に戻し、自身を守る結界に変化させた。
「ま、予想はしてたが、尋常な威力じゃないな・・・」
「大気に渦巻きし・・・」
「さっきの魔龍か!?」
ラスは慌てて、魔法の詠唱を始めるが間に合わない。
「【 魔龍魔波 】!」
数匹の闇の龍がラスを襲った。
防ぎようのない攻撃に思えたが、それは横から飛んできた大量の聖水に流されて消えた。
「やっぱり一人じゃ無理よ。私も手伝うわ」
その聖水を作り出しのはアーメルだった。
魔力が尽きないかぎり、闇の龍は防げる自信があるアーメル。
「無駄な事を・・・」
ハーディアンの口から生まれた声は、既に彼のものではなくなっていた。
瞳だけでなく声まで濁りだしているのだ。
リクテルの事をユーウェインに託し、アーメルはラスの横に並ぶ。
そして、ハーディアンとアーメルが同時に詠唱を始めた。
「魔と結びし門の守護者よ、闇を冥、全てを塵へと導き・・・」
「水の聖王リヴァイアサン、我が召喚に応じ、かの力を無と化す障壁を!」
「・・・無を作り出す魔の世界へと誘え」
先に詠唱が終わったのはアーメル。
その直後にハーディアンの言葉も出来上がった。
「【 水王壁 】!!」
「【 真魔滅消 】」
ハーディアンより、漆黒の闇が生まれる。
闇は目の前に生まれた水の壁に食らいつき、精霊界でも最上位に位置する水龍王リヴァイアサンの力によって生み出されたその水壁は、闇を食らいつき、共に消滅した。
「あれを防ぐのか・・・」
ラスは迫りくる闇の存在に諦めが起こっていた。
それを消し去ったアーメルの力に驚愕し、素直に称賛する。
2人が作り出した力を防ぐ方法を自分は持たない。
どう足掻いても到達できる域ではないと思えた。
「ふぅ・・・」
アーメルの体が横に流れた。
それを咄嗟に支えるラスに、アーメルは言う。
「これで、向こうも暫くは強力な力は出せないでしょう。もし出せたらお手上げね・・・」
魔力を使い切ったのか、アーメルから大量の汗が噴き出している。
そう言った彼女自身も、同じ魔法を使うことは暫くできないだろうと、ラスにも分かった。
「・・・退くわけには・・・いかないのだ・・・」
ハーディアンは濁った瞳をラスに向けて呟く。
彼を包む黒い霧が、漂うように広がりだす。
それは周辺の光を包み込み、ハーディアンを包む闇が増したように見せた。
それにより、魔力が増したと勘違いし、ラスやアスマは警戒を強めた。
アーメルだけが、それはハーディアンの魔力の制御が乱れて、魔力が霧散しだしているための減少と把握していた。
「みんな、できるだけ光系の魔法をぶつけて!」
「どういう・・・」
「急いで! 彼の魔力が安定する前に」
理由を訊く時間はないと判断し、ラスとアスマは言われた通りに光の精霊魔法を放つ。
元々、得意な系統の魔法でないため、初歩的な【 光霊召喚 】ぐらいしか使えない。
だが、できるだけの光の精霊を呼び出し、ハーディアンに向けて飛ばし続けた。
ミスティアルも少し遅れてそれに倣う。
光の精霊がぶつけられる度に、ハーディアンを包む黒い霧は、その濃さを失っていく。
そうなって初めて、ラスやアスマもアーメルの指示の意味を理解した。
制御が効かなくなっている今のうちに、闇の魔力を弱めようとしている事を・・・
しかし、もう一つの考えには気づいていないかもしれない。
アーメルは、可能性は零に等しい事がわかっていながらも、一つの可能性に賭けていた。
ハーディアンを助ける可能性に・・・
ラスは、自分にはもっと効率的なやり方がある事に気づき、光の精霊を呼び出す事を止めて、ハーディアンに向かって走り出した。
光をアスマ達に任せて、精神面での攻撃に出る事にしたのだ。
自分が持つ能力、そうなっている理由は未だに不明だが、精神の精霊の力が強い事。
思い浮かぶ精神の精霊をレイピアに纏わせて、斬りかかる。
光放つその剣は、光の精霊より強い効果を見せ、より多くの闇を霧散させた。
それにより、漆黒の闇の色だったハーディアンの瞳に、僅かな光が差した。
これがチャンスと判断したアーメルは叫ぶ。
「ハーディアン・ディラン!! 闇を解き払いなさい! 今を逃したらあなたは二度とお姉さんに会えないのよ!」
アーメルの言葉にユーウェインも反応した。
「お姉さんをこれ以上、悲しませないで!」
出せる最大限の大声で言い放つ。
「あなたはそれでいいの? 闇に囚われている限りは、リクテルを救えないのよ!」
「そう、彼女は悲しんでる。自分の為に闇に落ちてしまった弟を見て!」
「自分のせいで道を誤ったあなたの姿を見て!」
「だからぁ!!」
「今こそ、光を受け入れなさい!!」
2人の必死の説得に、リクテルも叫ぶ。
「ハーディ! 私は本当のあなたを見たい!!」
ハーディアンを包む闇が一気に消えていく。
ラスやアスマは攻撃の手を止める。
そして、止めてしまったハーディアンの次の動きを待った。
「・・・さい・・・」
「?」
「・・・るさい・・・」
アーメルは気づいてしまった。
もうどうにもならない事に・・・
リクテルもそれに気づいていたが、一途の望みに賭けるように、もう一度声を張り上げる。
「ハーディィィィ~~~!!!」
「うるさい!!」
ハーディアンの全身から、再び闇の魔力が噴き出すと、それは一瞬にして固まり、槍を作り出す。
「そうはいくかぁ!」
ラスは一気に間合いを詰めて、その槍をレイピアで斬り消した。
ハーディアンの目にはリクテルの姿しか見えていない。
それは人形に魂を封じられた今の姿ではない。
嘗ての、自分に優しい笑みを向け続けてくれた姿だった。
ラスは続けて斬りかかろうとしたが、ハーディアンの体から、次から次へと闇の魔力が噴き出てくるため、レイピアの間合いに入れずにいた。
何とか精霊を纏わせた剣で切り払うが、生み出される闇が多過ぎて、思うようにいかない。
「・・・ハーディ・・・、やっぱり、私がいては駄目なのね。全て私がいけなかった。成仏もせずにあなたの側を離れなかったのが悪かったのね。私はもう・・・」
「リクテル・・・」
「アーメルさん、私を燃やして・・・」
「・・・いいの? 本当にそれでいいの?」
もう無理と分かりながらも、まだ足掻く気でいたアーメルは、そう訊ねた。
「そうしなければいけないの・・・。初めからそうするべきだった・・・」
「姉さん!! 馬鹿なことを言わないでくれ!」
「馬鹿なのはお前だろ! お前が闇なんかに支配されるから!!」
ラスは、ハーディアンの視線の前に出てそう言い放つ。
精神の精霊を纏わして戦っているせいか、ラス自身の精神が高ぶっている。
「お願い・・・」
リクテルの人形からは、はっきりと感じ取れるほどの悲しみが溢れていた。
それを受けて、アーメルは目を潤ませながらその手に火の精霊を呼び出した。
「やめろぉ~~!!」
「【 火炎弾 】」
アーメルの手の火の精霊は形を変え、リクテルへと飛んだ。
その小さな人形は、炎に包まれたと思うと、一瞬にして消し炭となり消えていった。
「・・・き・・・貴様・・・」
「まだわからないの? 何の為にリクテルが・・・お姉さんがいなくなったか?」
「貴様等のせいだ・・・」
「そう・・・わからないのね・・・。なら、私があなたを殺すわ」
悲しみの表情から、怒りの表情へとアーメルは変わる。
「俺を・・・殺すだと・・・?」
姉を殺され、憎しみの心に支配されるはずのハーディアンから、その感情は生まれてこなかった。
自分が守ろうとした、大切に思っていた肉親の存在を消されて、本来ならその瞳に憎しみの色が現れるはずだった。
しかし、今、彼の瞳に映る色は、完全な闇だけだった。
「もう救えないから・・・、いえ、貴方を助けるために・・・」
瞳から零れそうなものを必死に堪えながらアーメルは言う。
「貴方を闇から救い出すために・・・、貴方を殺すわ」
「・・・そうか・・・」
ハーディアンの口調は、余りにも静かだった。
何の感情も込められていない。
「やればいいさ・・・殺せるならな」
「そうさせてもらうわ!」
睨みつけるアーメルに対して、ハーディアンの表情はあくまでも静かなものだった。
「おい、大丈夫なのか? 魔法力は残ってるのか?」
「・・・残ってない」
「おい・・・」
目をハーディアンに向けたまま苦笑いをするラス。
「でも・・・やらなきゃいけない」
ラスには、自分の背にあるアーメルの表情が、わかっていた。
無茶をいう時のアミスと同じ顔が、頭に浮かんできていた。
「姉弟だな・・・」
「え?」
ラスの言葉の意味が解らずに、アーメルは一瞬戸惑う。
「俺達が・・・、いや、俺がやる」
「・・・大丈夫?」
「お前よりは、大丈夫だ」
「そう・・・、じゃ、任す」
アーメルはあっさりと譲った。
正直、本当に魔法力が尽きかけていて、できることは僅かだった。
「できる範囲で援護してくれ」
ラスはそう言うと、ハーディアンとの間合いを詰めにかかった。
「ミスティは、アーメルさん達の側で一緒に援護してて・・・。最悪な場合は、2人を連れて逃げて・・・」
アスマもそう言い、ラスの後に続いた。
全身の痛みは治まっていないが、今は動かない訳にはいかなかった。
ミスティアルは、アーメル達の前に立って、光の精霊を呼び出しそれを飛ばす。
本来得意な風の精霊魔法は、このような遺跡の奥深くでは効果が薄いため、ミスティアルにできるのはこれぐらいのことで精一杯だった。
しかし、タイミングが良かったのか、その飛ばされた光の精霊は、目くらましの効果を生み、それに気を取られたハーディアンは、ラスとアスマの接近を簡単に許した。
アスマが至近距離からぶつけた光の精霊が、ハーディアンが纏っている闇の結界を僅かに弱め、そこへラスの一撃が貫通し、ハーディアンの右腕を貫いた。
しかし、次の瞬間、先程以上の闇の魔力が噴き出し、ラス達を弾き飛ばす。
そして、それはより強力な闇の防御結界を生み出した。
はっきり感じる事ができるその防御結界を前に、
「こんな結界張れる奴なんて、大陸でも数えれる程しかいないだろ・・・」
「それも闇の魔の力の一つ。その闇自体がその魔物の正体だから、とにかく光の力で攻撃して!」
「光の力か・・・」
ラスは、ハーディアンから間合いを取ると、右手に持ったレイピアに左手を添えて集中し始めた。
短い詠唱の後、そこに力が生まれる。
「【 聖波剣 】」
レイピアをラスが生み出した光が包む。
初めてみる魔法に、アーメルが感嘆の表情を見せた。
(オリジナル?)
そうアーメルが思った先で、ラスが再び斬りかかる。
ハーディアンは闇を収束させた右手でそれを受けるが、ラスの光が上回り、受けきれずに鮮血が飛ぶ。
しかし、ハーディアンの手の闇が消えた代わりに、レイピアの光も消えてしまう。
「その方法じゃ駄目! 先に君の魔法力が尽きる。もっと強力な一撃で一気に倒さないと・・・」
「何とかするから、黙ってろ!!」
ラスも、まさか一撃で消されるとは思ってはおらず、少しの焦りを感じてしまう。
そのため、思わずに怒鳴り声をあげてしまった。
「アスマ、風の結界を頼む。その後は、後ろに下がってあいつ等の守りを・・・」
「・・・わかった」
アスマは剣に封じてあった風の精霊を解放し、その力で風の結界を作り出した。
その風がラスを包むのを確認するとアスマは下がった。
自分にはこれ以上はできることがない事を悟り、悔しく思う。
だから、精一杯の願いをラスに込めた。
「あとは頼んだよ」
アーメル達の前までいくと、残った魔力をつかって風の結界の強化に努めた。
ラスは再びレイピアに光を纏わす。
その間にハーディアンの闇も強まっていた。
ハーディアンの瞳は、既に人の色ではない。
禍々しい魔族を思わせる瞳になっていた。
(勝負は一瞬。失敗すれば・・・死ぬな・・・)
ラスもハーディアンも動きを止めていた。
お互いの光と闇だけが徐々に高まっていく。
先程はラスの光が上回った。
しかし、今回高まっている力は闇が上回っていう事は、ラスの目から見ても明らかだった。
アスマの風を合わせてもそうだろう。
だが、ラスは動く。
ハーディアンに向かって真っすぐと。
「死ね!」
そのラスの突撃に合わせて、ハーディアンは闇を打ち出した。
その瞬間、アスマが精一杯の魔力を放ち、風の結界を強めた。
そこには、アーメルも、ユーウェインやミスティアル、そして、銀狼の魔力も込められていた。
闇の力は全て風によって流され、その闇の中をラスを突き抜ける。
何も言わずに鋭い目をハーディアンに向けて突撃を掛けたラスの目に、不思議なものが飛び込んだ。
(笑み?)
そう、ハーディアンは笑みを浮かべていた。
リクテルの人形が燃えてしまってから、何の表情も見せていなかったハーディアンが笑っていたのだ。
一瞬、何か罠があるかという考えが、ラスの頭を過ったが、もう止まる訳にはかなかった。
そして、そのまま、ラスのレイピアはハーディアンの心臓を貫いていた。
味わったことのない感触だった。
ラスは、冒険者歴もそれなりにあり、モンスターは勿論、敵対組織等の人間を殺した経験はある。
しかし、それは結果的に死んでしまったものであり、確実に殺すつもりで心臓を貫いたのは、初めてだった。
状況次第ではあり得ることと考えてきたラスだったが、実際に経験すると、何とも言えない不快なものを心に生み出していた。
ハーディアンの体が力を失った。
ラスが彼の体からレイピアを抜くと、ドサッと音を立ててその体は倒れ込んだ。
(な、なんで笑みを・・・?)
ラスは動けなかった。
ただ、倒れているハーディアンをじっと見つめていた。
間違いなく即死で、もう息はないはずだった。
そのハーディアンの体から、闇が消えていく。
「駄目! 気を緩めないで!!」
アーメルの叫び声に、はっとするラスの体を闇が包み込んだ。
咄嗟に払おうとしたが、既にレイピアに光はなく、あっという間にラスの体に闇は入り込んでいった。
「あ・・・」
闇の魔が次の依り代として、ラスを選んだのだ。
説明する暇がなかったとはいえ、伝えていなかったことに後悔するアーメル。
こうなっては自分達にはどうもできない。
後はラス自身がどうにかするしかない。
しかし、それは難しいとアーメルは感じていた。
既に全力で魔力を放っているラスに、そんな精神力が残っていると思えなかったのだ。
「ぐっ・・・」
闇は既に体だけでなく、ラスの心にまで入り込んでいた。
(今度はお前の体をもらう)
ラスの頭に声が響いた。
闇の魔の声である事は明らかだ。
「馬鹿が・・・」
「なに?」
ラスの呟きに、疑問を投げかける闇の魔。
「嘗めるなぁ~」
ラスの叫び。
それで終わっていた。
既にラスの体から闇の魔は消え去っている。
「ラス!」
一同がラスに駆け寄る。
アスマもアーメルも相当無理してなのか、少しふらついている。
「大丈夫だ・・・」
そんな仲間達に、ラスは静かな言葉で返した。
(もし、俺が、エンチャントドールじゃなかったら・・・。特殊なエンチャントドールでなかったら・・・)
精神的な抵抗力に強いエンチャントドール。
そして、精神の精霊力を強く持つ特殊なエンチャントドールであるラス。
その二つが無ければ、闇の魔に憑りつかれていただろう事が、はっきりとわかり、ラスは複雑な心境だった。
(今はこれでいい・・・、今は力が必要だから・・・)
そう自分に言い聞かせてるラスだった。
次回は5月10日19時更新予定




