蘇生のために・・・
その大きな扉がゆっくりと開いた先は、広い部屋だった。
元々、何のために作られた部屋なのかは、今となっては知りようがない。
そんな遺跡内の大きな部屋で、その魔術師は待ち構えていた。
遠くからも充分にそれを認識できる程、明るいこの部屋に、ラスを誘き寄せた魔術師も、アミスと間違えられて攫われてしまったハーフエルフも確認できる。
それ以外にも1人の女性、そして、2体の人型の物の存在が確認できた。
(いや、もう一つあるか・・・)
その遠さと小ささのため、小さな椅子の上の人形には、流石にすぐには気づかなかった。
気配や音で、他に存在する者がいないかをじっくりと確認する。
それはラスだけでなく、アスマもミスティアルも、もしかしたら銀狼もそうしているのかもしれなかった。
入口から足を踏み入れる事をしないラス達に、魔術師・人形使いハーディアンは口を開いた。
「まずは座ってくれ。とりあえず、俺の希望を伝えようと思う」
「希望だと? それなら最初からそう言えばいいだろ?」
「普通に願っても、希望に応えてくれる確証はないからな・・・」
「・・・」
「まずは座ってくれ。椅子に何も仕掛けはない。不安ならじっくり調べればいい」
「わかった・・・」
ラスは、調べる事もせずに並んでいる三つの椅子の真ん中に座った。
調べると思っていたミスティアルは、少し驚き戸惑うが、苦笑いしながらアスマも座ったため、少しの不安さを感じながらも最後に席についた。
3人が座るのを見届けてから、ハーディアンも腰を下ろした。
「俺の名は、ハーディアン・ディランという。聞いたことないかもしれんが、アルディマ王国の宮廷魔術師を務めていた、ディラン家の現在の当主だ」
「アルディマ? 知ってるか?」
ラスは聞いたことがない国名だった。
訊かれたアスマも首を横に振って、知らない事を伝えた。
「もう120年前に滅んだ国だ」
「その元宮廷魔術師の家系の者が何の用だ? いや、それより、まず誰に用がある?」
「エンチャントドール・・・おまえだよ」
ある程度は予想していた返答だった。
見知らぬ者に狙われる理由を持つ者などそうはいない。
自分のような特殊な存在でない限りは・・・
そう思いながら、ラスは冷静に状況を理解するように努めた。
「それで、先程連れ攫った者は、俺等と直接関係ないのだが、解放してやってくれないか?」
「ほう・・・関係ない人物だと分かっていながら、助けに来たのか? 随分とお人好しだな」
「ま、完全に巻き込んでしまったからな、見捨てるのも躊躇われた・・・」
そう言ったラス自身、甘い考えだと思った。
少し前の自分なら、関係ないと助けに来なかっただろう。
優しく甘いアミスの影響だろうか?
面識の薄い人を助けるために命を懸け、出会ったばかりの者の心情に寄り添い悲しみ、時には涙を流し、危険と分かりながらも、自分も危険な敵に狙われながらも、人の手助けを優先するアミス。
彼といる事が、自分にとって良くないのではと思う事もある。
そう思いながらも、放っておくことができないのは、アミスの魅力のせいなのか? 自分自身の性格が元々は甘いものだったのか?
最近、時折思う事でもあった。
(優しいか・・・)
嘗て、自分を「優しい」と評した人の事を思い出す。
もし自分が変わったとしたら、その時からなのかもしれないと、ふと思うラスだった。
「で? どうなんだ? そいつは俺達の仲間ではない。仲間と勘違いしたのなら解放してやれ」
「勘違いはしてない。最初はおかしいと思いはしたがな、あそこにいるはずがない奴がいたと思ったからな」
「?」
ハーディアンの言葉の意味を捉えかねて、ラスは少し考えた。
そして、一つの意味に行きつく。
「まさか・・・ アミスにも何か?」
「ふっ・・・、互いの目標を引き離す。それが奴と手を組んだ意味だからな・・・」
「あの魔族か!?」
ラスの言葉に、ハーディアンは目を細めた。
それが肯定を現したのかはラスにはわからないが、否定とも取れなかった。
(魔族? あの子は冒険者になったばかりで随分とやっかいな事に巻き込まれてるのね・・・。できるだけ早くにここを出た方がいいかな)
アーメルはそう考えると、いつでも鎖を解けるようにこっそりと準備をし始めた。
人形使いのハーディアンの意識は、彼等に向いてる。
もう一つの存在の意識も同様だと感じる。
今なら、多少の魔力を使っても気づかれないだろうと考えた。
但し、あの部屋を出る時に、ハーディアンが鎖に魔力を込めているのをアーメルは忘れてはいない。
【 魔力解析 】の魔法でその魔力を解析すると、予想通りの結果が出る。
解除系の魔法を中和する魔法がかけられていた。
これは、魔法での解錠への対策だろう。
その上、拘束された者が放つ魔力を吸収するようだった。
それほど魔力を必要としない【 魔力解析 】のために随分と魔力を消費してしまった。
攻撃魔法で援護をさせないためだろうか?
(でも、これなら・・・)
「話があるなら、さっさと話せ」
「焦っているな。まあいい、俺にも長引かせる理由はないからな・・・」
ずっと表情を変えなかったハーディアンが、僅かに微笑んだように見えた。
一瞬のことであり、今では元の無表情へと戻っている。
「ラス・アラーグェよ、お前の体を解析させて欲しい」
「解析? どういうことだ?」
「訳があって、エンチャントドールについて調べている。ま、滅多に見つけることができない存在だが、同時に二体も見つける事ができたのは・・・僥倖」
ハーディアンの二体という呼び方に、彼が人扱いをしてないことを感じる。
そして、もう一人捉えられている女性が、エンチャントドールなのだろうと予想がついた。
「なるほど・・・、この狼さんは、あの女性を助けるためにここに来たってことかな?」
アスマがそう言うと、一同の視線が銀狼へと集まった。
「そうだろうな。あの時の男か? ロルティに姿を固定されて人型に戻れていないようだな」
ハーディアンの言葉に、銀狼は唸り声をあげて威嚇する。
怒りを顕わにしているが、無策のまま飛び掛かる程、冷静さは失っていないようだった。
変身能力があるシェイプチェンジャーなのか、若しくは魔法で姿を変えているのか、元が人間型なのは、ハーディアンの言葉でラス達にも予想がついた。
「それで、ここまでして何のためにエンチャントドールを調べる?」
「姉を・・・」
ハーディアンは無表情のまま口を開くが、その声のトーンが少し変わったことで、ラスは感情に乱れを感じる。
「姉を生き返らさなければならないのだ」
「姉を? エンチャントドールとしてか?」
「まずはそれでもいい・・・」
ハーディアンは、魔術師としても禁忌に手を出すつもりだった。
それ自体に対して、ラスの思う事はない。
それに対して依頼を受けているわけではない。
魔術師ギルドと半専属の契約をしているアスマがどう思っているかは、ラスにはわからないが、ラスには直接は関係ない話だ。
自分に関わりない所での研究ならば・・・
「特に・・・感情を強く持ったエンチャントドール・・・、精神の精霊に嫌われていないエンチャントドールなんて、初めて聞いた。調べない訳にはいかないだろう?」
さも当然とばかりに、ラス達に賛同を求めるハーディアン。
そう言ったハーディアン自身も、賛同されるとは思ってはいないのだが・・・
「で? 何を調べるつもりだ?」
「まずは魔力解析をし、それだけではわからないだろうからな。専用の魔法機の中に1月程入ってもらう。それでもわからなければ・・・」
「解剖か?」
その言葉に、ハーディアンは目を閉じた。
ラスの言った言葉は正解なのだろうが、はっきり言って良いものかと一瞬悩んだのだろう。
しかし、誤魔化しても仕方ないと思ったのだろう。
ハーディアンは目を開けると、ゆっくりと頷く。
「なるほど・・・、だから力づくという訳か・・・」
「もしかしたら、解剖まではいかないかもしれない」
「だから、協力しろと? そんなこと言われて聞くと思っているわけではないだろ?」
「そうだな・・・」
2人の間に、緊張感が走った。
いつ戦闘が始まってもおかしくない、敵意が込められた緊張感が・・・
「どうやって、力づくでそれを可能にするつもり?」
アスマが不意に放った言葉で、その張り詰めた緊張感が少し緩んだ。
今にも飛び掛かろうとしていた銀狼も、拍子抜けといったばかり、その場で体を一周させる。
ミスティアルも、軽く息をつく。
「・・・」
「研究対象のラスを殺したら元も子もないよね? かと言って、誰かを人質に取ったって、それが可能になると思えないけど・・・」
「・・・」
ハーディアンは何も言わない。
だが、アスマの指摘に慌てた様子も見せない。
何らかの方法はあるのだろうと、ラスにもアスマにも予想はついた。
「ラス、君を中心にあまり離れず戦うことになる」
ラスもミスティアルも、すぐにその真意がわかり頷いた。
側にいるラス達にしか聞こえない大きさの声だったが、おそらくハーディアンにも分かっているだろうことは予想できた。
ラスの様な特殊なエンチャントドールに会える機会は、二度と訪れないのは確かだ。
そんなラスを間違っても殺すわけにはいかないハーディアンは、間違えて巻き込み兼ねない範囲魔法は使わないだろう。
離れずに戦えば、範囲魔法は、眠り系や麻痺系等に限定されるが、それらに対する手段はあった。
「やはり、協力は無理か?」
「今の話で、受ける奴がいるなら、そいつは頭がおかしいとしか思えんな」
ラスはそう言うと、挑発混じりの笑みを浮かべた。
ハーディアンは、それを気にした素振りも見せずにラスをじっと見ていた。
自分を見つめる冷たい瞳に、ラスは強い違和感を覚える。
何の感情も感じさせない瞳だった。
ラスは、そんな瞳に出会った経験はない。
感情に乏しいと言われているエンチャントドールに会った時ですら、もう少し感情を感じたものだ。
「では、力づくでいいな」
「できるならな」
ハーディアンが魔力を高めて、魔法の詠唱を始めた。
ラス達は椅子から立ち上がり、武器を抜きながらハーディアンに向かって走り出した。
銀狼はそれより先に動いていた。
一瞬、ハーディアンへ向かうように見せ、素早く進行方向を変えてユーウェイン達の方へ向かいだす。
「馬鹿が・・・」
その銀狼の動きに、ハーディアンは詠唱の合間に呟く。
人質がいるのに、そこが無警戒な訳はなかった。
しかし、銀狼もそれは心得ていた。
牙か爪しか攻撃手段がないと思われていた銀狼は、口から小さな火礫を放った。
それは彼が無詠唱で使える数少ない攻撃魔法だった。
威力は高くないが、調べるためには充分な効果のものだった。
ユーウェインと鎖で結ばれた土ゴーレムへ放ったその火礫は、その目の前で雷の壁によってかき消された。
「やはりな・・・」
ラス達も予想している範囲のことだった。
人質との間に、何らかの罠があることは・・・
(助けにいけば雷で麻痺って終わりということか・・・)
「引っ掛かる馬鹿はいないか・・・」
ハーディアンは、詠唱の終わった魔法を放った。
特殊な魔術により強化された無数の【 魔矢 】を・・・
ラス達3人に向けられたそれが火蓋となり、戦いは始まったのだった。
「始まったわね・・・」
アーメルは戦いが始まるのを待っていた。
ハーディアンの意識が完全にこちらに向かなくなるその時を・・・
「確か・・・リクテルさんだったかしら?」
「え?」
アーメルの不意の言葉に、意味が解らずに振り返るユーウェイン。
振り向いてすぐに気づいたが、アーメルの目は自分に向けられていない。
ユーウェインはその視線の先に目を向ける。
小さな椅子の上の人形に・・・
「なぜ、名前を?」
人形は訊ねた。
アーメルは、人形が喋った事に一切驚かずに、笑みを浮かべて答える。
「ディラン家の今の当主はリクテルって名前だったはずだからね」
「そう、物知りなのですね」
人形からの優し気な声がする。
それに対して、感情に乏しいユーウェインも驚くしかない。
「彼って、エンチャントドールを作れるの?」
「いえ、情報は集めているのですが、エンチャントドールに関して、秘匿度高すぎて・・・」
「なら、ユーウェインさんや彼を調べてもどうもならないんじゃ・・・」
元も子もない事を言うアーメルに、リクテルという名の人形は笑みを浮かべたように見えた。
いや、表情を作れない人形が笑みを浮かべるはずはない。
しかし、アーメルやユーウェインにはそう感じたのだ。
「そうは言ったんだけど、見た感じ程冷静じゃないのよ」
無理やり冷静に見せているだけだと彼女は言った。
アーメルはそんなハーディアンをじっくりと観察する。
見ると、ラス達に一回は近づかれるが、その後は冷静に無数のゴーレムを呼び出し、対応していた。
その姿は、アーメルには冷静そのものに見えた。
(あのゴーレムは・・・)
アーメルには見たことのないものだった。
特殊な宝石で魔法陣を書き、その宝石が少し小柄なゴーレムに変化したように見えた。
宝石自体が特殊なのか? 人形使いの特殊な術なのか? その両方なのか?
知らない以上、アーメルからはその答えは出ない。
宝石より作られた4体のゴーレムが、ラス、アスマ、ミスティアル、銀狼、各々を敵と定めて襲い掛かっている。
見る限り、金属製に見えるそれを倒すのは簡単ではないだろう。
(支援をしたいところだけど・・・)
戦闘の状況をじっくり見渡した時だった。
誰に気づかれない程一瞬の事だった。
アーメルも偶々目線が合ったために偶然気づけたが、ゴーレムに追い詰められているように見えた少年アスマが、アーメル達の状況を確認した事に・・・
(彼の動きを待つか・・・)
「リクテルさん、あなたはどうなの? この状況をどう思ってる?」
「何とかしたい・・・、私はこのままでもいいの、いえ、死んでしまったままで良かったの・・・」
リクテルは静かに話し出した。
アーメルとユーウェインは黙って聞く。
「元々、依頼とはいえ私の不注意での事故だったから、死んでしまったのは自己責任だったから・・・、でも弟は納得しなかった。『姉さんは死んでは駄目な人だ』なんて言って、生き返らせようと考えたの」
人形であるリクテルから、確かな感情を感じる事が出来た。
悲しみという感情を・・・
「先に魂を引き留め、この人形に封じ、後になって体を作ろうと研究を重ねた。一度死んだ人を生き返らすなんてできる訳がないのに、許されるわけがないのに・・・、でも私には止めれなかった。止めて消えてしまえば、弟も死んでしまう。そうわかったから・・・」
アーメルは悩む。
止めなければならない状況には変わりはない。
問題はどう止めるかだ。
少し考えたが、一人でどうにかなる状況でないので、アーメルは流れを見ながら行動することに決める。
「ところで、あなた達はアミスの仲間ってことでいいのよね?」
アーメルの突然の言葉に、リクテルもユーウェインも意味が解らずに彼女に目を向ける。
注目されたアーメルの目は、2人には向いていない。
「気づかれるとはね」
その声は、ソファーの陰から聞こえた。
ユーウェインは驚きの声を上げかけたが、咄嗟に口を塞ぎ我慢する。
姿を隠したままだが、その声の主はアスマだった。
いつの間にか戦闘の場から移動してきたようだった。
「どうやってここに?」と、疑問に思いながらも、ユーウェインは口に出さなかった。
戦闘の相手から気づかれずに、戦闘の場から姿を消し、雷の結界で遮られているはずのこの場に近づく事は尋常ではない事だった。
「奇術師か何かなの?」
言葉を発する事を我慢するユーウェインとは違い、普通にアーメルは言葉を発する。
「相手に気づかれてしまうのでは?」という考えがユーウェインの頭を過る。
「大丈夫ですよ。声はあっちには聞こえないはずだから」
アスマがそう言うと、ユーウェインは躊躇いがちに言葉を出す。
「でも、大丈夫なのですか?」
と、ユーウェインは視線を人形であるリクテルへ向ける。
ハーディアンの姉であるリクテルが、敵が近づいていることをばらすのではないかと思ってだった。
アーメルは気にした様子もなく、アスマとの会話を続ける。
「アミスは元気?」
「あなたはアミスの・・・・」
「私はアミスの姉よ。アーメルっていうの、よろしくね」
笑顔で名乗るアーメルに対して、緊張感を一切感じないことに違和感を覚えながらもアスマは自分の名前を教えた。
自分も、普段から緊張感を和らげるために、どんな時でも明るめに話すことを心掛けていたが、彼女には自分以上の反緊張感の存在と思えた。
「アスマ君、この鎖って解ける?」
「・・・ちょっと難しい・・・かな」
アスマの返答に、アーメルは少し残念そうな表情で、頭に手をあてて考える。
「ま、いいわ。これはこちらで何とかするから、戦闘に戻って」
「え? 大丈夫なの?」
「大丈夫よ。それより、あっちがやばそうだから・・・」
と、アーメルはラス達の方を指さす。
「流石に姿を消したことに気づかれたみたいだし、急いで戻らないと、こっちも疑われるもの」
「・・・わかった」
その言葉を残して、アーメルだけが僅かに感じていたアスマの気配が消える。
直後に、ハーディアンの頭上にアスマが姿を見せ、斬りかかった。
ハーディアンはそれを簡単に躱すと、無詠唱で小さな火の球を生み出しアスマに向かって放つ。
アスマもそれを躱して、ラスの側まで下がった。
「アミスのお姉さんらしいよ」
「姉? 双子か?」
「あ、そこまでは聞いてない。ただ、随分と落ち着いていたから、見た目より年上かもしれないね」
「そうか・・・」
ラスは一瞬だけ、そちらに目を向けたが、すぐに目の前のゴーレムと、少し離れているハーディアンへと意識を戻した。
魔弾で牽制し、魔力を込めたレイピアの一撃を放つ。
それは共に簡単にゴーレムに命中はするが、然したるダメージを与えているようには見えなかった。
「それで、助けられなかったのか?」
お互いに背を合わせる体勢になり、ラスがアスマに訊ねた。
それに対して、アスマは風の刃をゴーレムに飛ばしながら答える。
「ぼくではどうにもならない魔法が込められてる鎖だったよ」
そう言ってから、アスマはミスティアルの方へ向けて走った。
直接戦闘に向かない彼女の体力が、徐々に削られているのがわかったからだ。
ミスティアルが相手にしていたゴーレムに対して、魔力を込めた蹴りを放つ。
ダメージを与えるための蹴りではなく、ゴーレムのバランスを崩すためのものだった。
そこへ詠唱を唱えながらラスが近づいていき、至近距離から【 水閃槍 】を放つ。
水の槍は確実にゴーレムに風穴を空けたが、ゴーレムは起き上がり攻撃態勢に入ろうとしていた。
そこへアスマが再び渾身の蹴りを食らわす。
するとゴーレムは力なく倒れ動かなくなった。
「アスマ! 危ない!!」
ミスティアルの言葉に、アスマは自分の後ろからゴーレムが襲い掛かろうとしていることに気づいたが、蹴りに力を込めていたため、対応に遅れ、その体当たりをまともに受けて壁の近くまで飛ばされる。
思いの外の一撃の重さに、次の動きができなかった。
そこにチャンスとばかりに近づきながら魔法の詠唱を始めるハーディアン。
その動きに気づいたラスだったが、【 水閃槍 】を放った直後で精神力を消耗していたためか、反応に遅れ、不意のゴーレムの攻撃を躱すことしかできなかった。
そのラスの目に映ったのは、ハーディアンが生み出した黒い炎が放たれ、その直撃は躱したものの、爆風で壁に打ち付けられて倒れるアスマの姿だった。
次の動きをまったく見せないアスマの姿に、ミスティアルが叫ぶ。
「アスマァ!!」
ラディが死んだときの光景がミスティアルの頭を過る。
これ以上仲間を失いたくない。
その思いだけに支配されたミスティアルは、敵が近くにいるアスマへ向かって走った。
「ミスティアル! 駄目だ!!」
ラスの叫びに、ミスティアルは一瞬冷静さを取り戻したのか、立ち止まりハーディアンの方を見た。
すでに攻撃魔法の準備を終え、笑みを浮かべているハーディアンがすぐ近くにいる事に気づく。
冷静さのないミスティアルにもわかった。
もう自分にはどうにもできないことを・・・
ラスは動きたくとも、2体のゴーレムに行く手を塞がれどうにもならない。
「これで・・・」
ハーディアンの言葉を遮ったのは、彼にとっては思いもよらない者だった。
既に気を失っているだろうと思っていたアスマが突然起き上がり、風の刃を放ってきたからだ。
不意の事に集中力を乱し、準備が終わっていたハーディアンの魔法も消え失せる。
「ちっ・・・しぶといな」
舌打ちしながら、僅かに後退るハーディアン。
アスマは、全身に強い痛みを感じながら立ち上がった。
「あ、アスマ・・・」
安堵の声をあげるミスティアルを睨みつけるアスマ。
滅多に見せないその表情に、ミスティアルは駆け寄ろうとしていた足を止める。
「ミスティ! これ以上、仲間を死なせたくないなら、ちゃんとして!」
アスマは厳しく言い放った。
このような切羽詰まった状況でなければ、もっと言葉を選べていただろうが、今はそんな余裕はない。
だが、死んだと思っていたアスマのその言葉は、ミスティアルの胸に突き刺さる。
この状況でのアスマからの言葉だからこそ、ミスティアルに強い気持ちを生み出させた。
「ごめん、アスマ・・・」
アスマもミスティアルの瞳に宿った強い意志を感じ取り、僅かだ安堵した。
しかし、状況は良くない。
正直、アスマのダメージは大きく、決定的な攻撃能力を持たないミスティアルとの2人でハーディアンの相手をするのは厳しかった。
ラスも2体のゴーレムを相手に、魔法の詠唱をする余裕も作れていない。
牙と爪しか攻撃手段を持たない銀狼には、1体のゴーレムを倒す事すら出来はしないだろう。
アスマは感じていた。
一見バランスが悪く見えないパーティに思えても、純粋な魔法使い系がアミス一人である点と、前衛職に、高い攻撃力と敵の攻撃を受け止める防御力がない点が欠点だと。
今回は、完全にその二つの欠点が浮き彫りになった。
魔法使いのアミスを欠き、半端な攻撃が効かない特殊なゴーレムを相手に、劣勢になってしまった。
純粋な戦闘力では、負けてはいなかったはずだ。
ラスや自分の強さに自信を持ち過ぎていたかもしれない。
一時的とはいえ、ラス達にゴーレムの相手を任せて無理に人質に近づいた。
人質を助けることもできないまま、意味のない消費をしてしまった。
戦闘力が高くないことが分かっていたはずのミスティアルに、一体のゴーレムの相手を任せてのその拙策は、自分の力への自惚れが招いたことだった。
強く後悔するアスマ。
ミスティアルが強い気持ちを取り戻してくれたというのに、これではどうにもならないじゃないか?
冒険者になって、初めてに近い挫折を味わっている気分だった。
まだ14歳の少年が味わう、初めての・・・
(もう限界ね・・・)
元々、普段は影が薄めな主人公ですが、今回は、名前しか登場しませんでした。
もしかしたら、次回も?
次回は、5月8日19時更新予定です。




