人形使い
ロルティ。
聖獣を求めてアミスと争い、敗れ、頸を刎ねられた魔族。
人間の少年に見える外見だが、魔術師としての腕はアミスを大きく上回っており、油断や不運が重なり一度は敗れる事になったが、戦闘力も魔法の腕もアミスよりずっと上だった。
本人にもその自負があり、故に一度自分を倒したアミスが許せなかった。
その気持ちは、前回ロルティが仕掛けた罠を、簡単に打破した事で更に強くなった。
罠を破られた時には、慎重に判断しすぐに引き下がった。
その後、悪魔化した協力者が倒された事を知り、自分の判断に間違いがなかったということに対しては、多少の充実感はあったが、アミスに対しての憎しみは強くなっていく一方だった。
そのアミスを倒すために、今回は準備を整えた。
アミスの能力の中でもっとも警戒すべきは、複数の聖獣の存在だ。
強力な聖獣を持ち、それを柔軟に使いこなすセンスも持つ。
だが、その聖獣さえ何とかできれば、魔法使いとしては恐れる要素は一切ない。
調べ、探し、手に入れた、ロルティの右手にある杖さえあれば、アミス等恐れるに足らないはずだ。
念には念を入れ、やっかいそうなエンチャントドールも風使いの少年も一緒にいない状況を作った。
ただ、それだけの為の、ハーディアンとの協力関係も意味をなした。
全ては思い通りに進んでいる。
(大丈夫だ・・・)
自分に言い聞かせて、ロルティはアミス達に近づいていった。
ラス達は、北の遺跡を探していた。
充分な情報もなく、情報を集める時間もなく、今日中という条件をクリアできないのではないかと思い始めていた。
そんな中、それは突然姿を見せた。
焦るラス達の前に、現れたのは一匹の狼。
銀色の柔らかそうな毛に覆われたその狼は、ラス達に襲い掛かる訳でもなければ、逃げ出す事もしない。
ただ、ラス達の正面で、その動きをじっと見つめていた。
「魔力を感じる・・・」
アスマの呟き。
ラスもそれは感じ取っており、普通の狼ではないと判断できた。
「あの魔術師と関係あるのかな?」
「!!」
ミスティアルの声に、銀狼が反応したように見えた。
咄嗟に構えを取る3人に、銀狼は小さく鳴き声を上げると、林の奥へと歩き始めた。
戸惑いそれを見送りかけた3人に、銀狼は再び小さく吠える。
「着いてこいと言ってるのか?」
銀狼は、そのアスマの言葉を肯定するかのように、喉を鳴らした。
「そうみたいだな・・・」
「行くの?」
ラスは頷いた。
敵意は感じない。
だが、あの魔術師と何らかの関係はあると、ラスには思えた。
どちらにしろ、手詰まりの状況で、藁にもすがりたい気持ちなのも、その銀狼についてくことにした要因の一つだった。
慎重な足取りで進むラス達。
周囲への警戒も疎かにはしない。
それが分かっているのか、銀狼もゆっくりと進む。
その銀狼の先導により、程無くして目的地であるだろう遺跡に到着していた。
先導が無ければ、近くを通ったとしても見落としてしまいそうな程の奥地で木々に隠された場所にあったその遺跡は、見つけられてそれ程経ってないだろう状態だった。
出入口前の草がまだ数名にしか踏み荒らされていない状態な上、埃にまみれた通路の床も、数名分の足跡がはっきりと見て取れるだけだった。
その足跡の中には、銀狼が一度侵入したであろう跡も確認できた。
(案内人ってところか・・・?)
ふとそう思ったラスの考えを否定するかのように、銀狼の足跡は一つの扉前で引き返していた。
巨大で、重そうな金属製の扉だった。
魔力感知の術がなくても感じ取る事が可能なほどの、強い魔力を帯びた扉だった。
銀狼はその扉の前で立ち止まり、ラスやアスマへと目を向けた。
(この狼・・・ここに入りたいのか? しかし、この扉の開錠ができずに、それを出来る者を探していた・・・?)
ラスは銀狼に目を向ける。
もしかしたら、誰かの使い魔なのかもしれないという可能性が頭を過った。
その主がこの中にいるのかもと・・・
敵意を感じないその銀狼を見る限り、その主はあのアミスに似た者なのかもしれない。
そんなことを考えながら、ラスは銀狼と並んでその扉の前に立つ。
どうすればいいのか?
一同が悩んでいると、扉がゆっくりと開きだした。
まるでラス達を迎え入れるように、いや、実際に迎え入れているのだろう。
扉が開くと銀狼はすぐに進もうとしたが、
「待て、一緒に入った方がいい」
ラスの引き留めの言葉に、銀狼は思いの外、素直に従いラスの横に並ぶ。
その光景に、少し驚くアスマとミスティアル。
そんな2人に、軽く肩を竦めるような素振りを見せるラス。
「進むぞ・・・」
ラスのその言葉を合図に、ミスティアル、ラス、銀狼、アスマの隊列順で進んでいくこととなった。
ラスやアスマも1人での冒険している期間が長いため、探索や罠対応はできるのだが、やはりその方面の専門職であるミスティアルにその辺りは任すことにした。
ラスには、彼女にそれらを任すことによって、余計なことを考えられなくする狙いもあった。
落ち着きを取り戻しつつあるように、ラスには感じはするが、奥底の心情までは分かる訳がなく、敵にだけではなく、味方のミスティアルへ警戒しなければならないのが現状だった。
「あの魔術師の狙いはなんだろう・・・?」
「・・・一番、可能性が高いのは、俺だろうな・・・」
「ラスが?」
ラスが狙いとなると、理由は分かりやすい。
エンチャントドールに用があるという事だろうと・・・
少なくとも、今回に関しては暗黒騎士団は関係ないだろうと予想される。
アミスに似た者を、アミスと勘違いして攫っている。
暗黒騎士団なら、そのアミス自体が狙いのはずだ。
これ自体が陽動という可能性もないわけではないが、どれも予想の範囲を越えない。
「とりあえず、奴に会ってみるだけだ・・・」
今はやるべきはそれだけだった。
「扉が見える・・・」
先頭のミスティアルの言葉に、暗がりの中、目を凝らすラスとアスマ。
先程の扉と同じ大きさで、同じように魔力を帯びているのが分かる。
罠の心配はないと予想できたが、念の為に調べるミスティアル。
先程同様に、勝手に開くことを期待し待つ一同。
その期待に応えるように、その扉はゆっくりと開きだし、その先の光が隙間から差し込む。
ラス達は、体勢を整えて警戒し、扉の先から目を逸らさなかった。
時間は少し戻る。
アーメルとユーウェインはお互いの情報を交換し合い、情報を整理していた。
他にやることもなく、途中で話が脱線したりもしながらじっくりと考えを纏める事ができた。
とはいえ、何も予想は立たなかった。
エンチャントドールという存在自体がかなり特異なもの。
その研究だけに没頭している連中もいる。
大きな魔力を持つとされているエンチャントドールを、戦の道具と見る連中もいる。
神ではない、人間に作られた仮初の存在。
一般的には良くは思われない存在。
地方によっては、人権も認められず、迫害を避ける為に、ひっそりと暮らす者が多いとアーメルは聞いている。
それらの要素や、元となる種族に比べて極端に短命なこともあり、そうそう見かける者ではない。
魔術師ギルドには、その研究自体が禁止されている。
そんなエンチャントドールが生み出されるのは、当然その陰でこっそりと行われていることだ。
アーメルも、エンチャントドールと会うのは初めての事だった。
それでも、気付ける程にはっきりとした違和感を感じた。
(これじゃ、エンチャントドールであることを隠して人里に住むことも難しいか・・・)
ユーウェインに訊きたい事がもう一つあったが、軽く訊けることではないと思い、アーメルは躊躇っていた。
彼女をエンチャントドールにした存在と理由。
「優しいんですね」
突然のユーウェインの言葉に、アーメルは目を丸くする。
何でその言葉が出たのか解らずに、言葉に困っていると、ユーウェインが続けて言葉を出す。
「なぜ? だれが? と訊ねるかどうか悩んでる・・・」
「・・・」
心を見透かされたような感覚を覚えたが、すぐに笑顔を浮かべるアーメル。
「そうね・・・、訊いてもいい? 無理強いはしないから、良ければ教えて」
相手に気づかれたのならと、アーメルは素直に訊ねることにした。
教えてくれなければそれでも良かった。
絶対に知らなければならない事でもないのだから・・・
「私は、一度死んでるんです。本当なら・・・」
「・・・」
ユーウェインの話は、最初から重い言葉から始まった。
アーメルはそれを黙って聞いた。
急かすことも、話を止めることもせずに・・・
冒険者として、とある依頼を受けた仕事中にユーウェインは致命傷を負ったらしい。
その場にいた者の神聖魔法でも治すことできない程の傷だった。
仲間が、そんな彼女を助けるために使ったのが、禁忌とされていた魔術が封じられた巻物だった。
誰がそんな巻物を作り出したかもわからない。
エンチャントドール化の魔術を封じられた巻物なんて誰が・・・
命を落としかけたその仕事中に手に入れた巻物だった。
それが運命だったのかもしれないと彼女は語った。
自分はエンチャントドールになる運命だったのだと・・・
そして、それ故に今回狙われてしまった事も・・・
「誰か、助けに来てくれる人はいないの?」
「・・・たぶん助けてくれようとはしてると思います。ただ、彼にはここを見つける事ができるかどうか・・・」
「そう・・・」
「あなたは?」
「ん?」
「あなたを助けに来てくれる人はいるんですか?」
アーメルは考えた。
使い魔であるアスタロスは、今の現状を知らないはずだ。
探してはいるかもしれないが、ここを見つけられるとは思えなかった。
使い魔特有の通信を試してはみるが、魔力に遮断されてできなかった。
アスタロスに期待はできないだろう。
しかし、助けは来る。
仲間ではない彼らが助けに来てくれるような気がしていた。
弟の仲間と思われる彼らが・・・
「たぶん・・・来るわ」
「そう・・・では、それに期待しましょう」
「・・・!?」
扉が突然開いた。
室内に緊張感が走る。
アーメル達が開かれた扉の方へ目を向けると、そこには一人の魔術師が立っていた。
すぐに自分達を攫った魔術師だと分かるが、何も言わずに相手の出方を伺う。
魔術師の後ろには小柄な土人形が2体控えていた。
おそらくゴーレムの一種だろうとは予想できた。
(ドールマスター・・・?)
別名、人形使いとも呼ばれている魔術師の一種で、今では失われた魔術と呼ばれている特殊な魔法を使って簡易的なゴーレム等作り出す者達がそう呼ばれている。
失われた魔術と呼ばれている魔法なだけあり、今ではその中でも初級のものしか伝わっておらず、その術自体も、仮初の命を吹き込むものとして、人道的な観点から、魔術師ギルドでは認められてない術だった。
高位の魔法は、実際に使える者は現代にいないとされており、ゴーレムの中でも低レベルなウッドゴーレムすら作り出す魔術は伝わっていないのだ。
目の前の魔術師が、どれほどのゴーレムを作り出せるかはわからないが、僅かな警戒を強める必要があるとアーメルは思い直していた。
「目を覚ましていたか・・・、そろそろお前らにとっての助けの手が到着する。一緒に来てもらおうか」
魔術師はそう言うと、鎖の封が解かれていないのを確認してから、まずはユーウェインの方へ近づき、
その鎖の端を土のゴーレムへと繋げる。
続いて、警戒した面持ちでアーメルの側まで来ると、同様に、鎖の端ももう一体の土のゴーレムに繋げた。
そして、彼が小さく魔法の詠唱を唱えると、鎖が僅かに光を放つようになる。
聞いたこともない種類の詠唱だった為、何の魔法を使ったのかは、アーメルにも分からなかった。
(ある程度の予想をつけることはできるが・・・)
「さあ、行くぞ・・・」
魔術師はそう言うと、ソファーの上の人形を手に取り、部屋をあとにする。
土のゴーレム達もそれに続き、アーメルとユーウェインもゴーレム達に引かれるように続いた。
「やっぱり・・・」
「?」
アーメルは一つの可能性を予想していたが、魔術師のある行動により、それが正解なのだと確信していた。
呟いた後、僅かに微笑むアーメルに、ユーウェインは不思議そうに首を傾げる。
アーメルはそんなユーウェインに気づき、「気にしないで」と言いたげな素振りを見せた。
一同はゆっくりと進み、先程の部屋と比べて、かなり広い円形の空間に連れて行かれた。
生活感は全くないが、そのだだっ広い空間には不自然な配置で、入ってすぐの所に長めのソファーが一台と小さな子供用の椅子と思われる物が一脚、部屋の真ん中に立派な椅子が一脚置かれていた。
その椅子を挟んで反対側には、大きく立派な扉が見え、その扉から中央よりに入った場所に三脚の椅子が置かれている。
助けに来てくれる彼等は、あの扉から来るのだろうと容易に予想でき、その相手用の椅子なのだろうと予想がついた。
壁には等間隔で、30程の数の魔法の照明が添えつけられており、充分な明るさを部屋に与えていた。
アーメル達はソファーに座らされ、その両脇に土のゴーレムが立つ。
魔術師は、小さな椅子に持ってきた人形を座らせると、自分は中央の椅子へと移動しその前に立つ。
そして、招待した相手が来るのを待った。
知らせによれば、そんな長い時は待たなくて良いだろうと思いながら・・・
まるで、その意を汲んだかのように、扉はゆっくりと開きだす。
それは彼等が到着した事を現していた。
自分達の目の前に現れたのは一人の少年だった。
笑みを浮かべているその少年の姿に、警戒の意識を向けていたタリサやリンの気が少し和らいだ。
敵ではないのかと思ってしまう程に・・・
しかし、タリサはすぐに気を持ち直す。
自分の後ろに立つアミスが、緊張を含んだ警戒心を纏わせている事に気づいたからだ。
そこにいるのは間違いなくロルティであり、タリサも敵の存在を聞いた時に少年の容姿の魔族の存在は聞いていた。
(こいつが・・・?)
と、警戒を強めたタリサの横でリンが動きを見せた。
「な、何? 君は・・・」
気が緩んだまま、そう言い近づきそうになったリンの腕をタリサが慌てて掴む。
「待て」
「え?」
2人の意識が互いに向いた瞬間だった。
強い殺気を頭上に感じ、2人はその場から下がる。
間一髪だった。
2人が立っていた地面に、黒い針が何本も刺さっていた。
それに気づくのに少しでも遅れていたら、その針に貫かれてただでは済まなかっただろう。
もしかしたら即死だったかもしれないその状況に気づき、リンは背筋に冷たい物を感じていた。
「ほぉ・・・、今のを躱すとは、中々の実力者と見える」
見上げるとそこには黒い大きな鳥に摑まれて浮いている、黒い肌のエルフの姿があった。
「ダークエルフか!?」
タリサがそう言うと同時に、かぎ爪から放されたダークエルフは重力のまま落下してくる。
その手には、その身と同じように黒い刃の片刃の短刀が握られていた。
タリサが、咄嗟にダークエルフに目掛けて剣を振るうが、ダークエルフは一瞬重力を失ったかのように身を翻してそれを簡単に躱した。
「くっ!」
確実に捉えれると思っていた一撃を躱され、「簡単にはいかない相手」と認識したタリサは、次の攻撃に備えて、重心を落として構える。と、その肩に一瞬重みを感じた。
リンがタリサの肩を足場にして、大きく跳び上がったのだ。
人間のものとは思えないその跳躍力は、ダークエルフを放し、宙に大きく舞い上がろうとしていた黒鳥の高さまで届く。
急に視線の高さに現れたその姿に、黒鳥は驚きを見せて、咄嗟にかぎ爪で攻撃を仕掛けるが、それを予想していたリンは、それよりも先に槍を繰り出した。
リンの一撃は、攻撃の動きに入りかけていた黒鳥の足を捉えたが、やはり空中ではしっかりとした力が伝わらずに、浅い傷を与えただけだった。
「ちぇっ」
舌打ちに悔しさを現しながら、リンはタリサの横に着地した。
そんなリンを横目で見ながら、獣特有の身体能力の高さを感じるタリサ。
「次からは気をつけなよ。簡単にジャンプしてたら狙い撃ちされるから」
「わかってる。だから、今のである程度のダメージを与えておきたかったな」
タリサの言葉に、リンは頭を掻きながらそう返す。
「ま、まずは本来の姿に戻ってもらわないとね」
(本来の姿?)
リンの言葉の意味を捉えることができずに、一瞬悩むタリサ。
そこに、ロルティの魔法の詠唱が始まり、それに合わせてダークエルフも間合いを詰めてくる。
「【 火球 】? いや、もっと強力な魔法です!! みんな散開してください」
アミスの慌て気味の叫びに、リンは咄嗟に横に跳びアスタロスも宙に飛んだが、タリサは動けなかった。
今、自分が横に避ければ、ダークエルフの攻撃がアミスを捉えてしまう。
火球の対応の為に、魔法の準備を始めたアミスではそれを防ぐことはできないと判断し、タリサはダークエルフに対して牽制の攻撃を繰り出す。
ダークエルフは、それを一度短剣で受けてから、残りはバックステップで間合いを取り躱す。
「【 魔炎弾 】!」
「≪ 炎獣 ≫ ≪ 二角炎馬 ≫ お願い!!」
ロルティが生み出した黒い炎を、一体では防げないと判断したアミスが、二体の聖獣を呼び出しぶつけた。
それが功を奏してか見事に防ぐことに成功したが、攻撃を防がれたロルティは口に笑みを浮かべていた。
まるで、それが思い通りの展開だと言わんばかりに・・・
アミスとロルティ、3度目の戦いの始まりだった。
次回は5月6日19時更新予定。




