二つの罠・2
アスマの予想は当たっていた。
朝になり、ラス達が戻ってこないためアミスも探索に出たいと言い出した。
勿論、タリサは宿で待ってるべきと反対し、アミスを止めた。
最初は素直に言う事を聞いていたアミスだったが、朝食を取り、少し経った所で、再び探索に出ると言い出した。
アミスは、遠くまではいかない事、そして、長い時間は出ない事を条件に出し、タリサを説得する。
タリサは自分も連れてくならばと、短時間の探索を許可したのだった。
「アミス・・・、ちょっと訊いていいか?」
町を出てすぐにの事だった。
自分の前を歩くアミスに向けて、タリサが不意に切り出した。
「なんでしょうか?」
アミスは振り返り訊ね返す。
タリサは一瞬の躊躇いの後、
「アミスはわかっているのか?」
具体的な事は言わずに訊ねるタリサ。
アミスが鈍くなければ気づくだろうという、期待を込めての質問だった。
はっきりとは言いにくかった為でもあった。
「・・・わかってます」
タリサの真意を察してなのか、アミスはそう返す。
その瞳には悲しみの色が見える。
「だから・・・、心配なんです。ラスさんが、アスマさんが、ミスティアルさんが・・・」
「そうか・・・」
そこにラディの名前がない事が、アミスがタリサの問いの真意を理解していることを表していた。
ラディが死んでしまったという事実を・・・
「あなたの年齢では厳しい事実なのはわかる。だがな・・・」
再び躊躇いで言葉が詰まるが、すぐに続きを切り出した。
「これを堪えれないと思うのなら、私と一緒にいる事をやめた方がいい」
「・・・タリサさん」
「私と一緒にいると、もっとひどい目に合う。今回の事だって、私の敵が絡んでいるかもしれない。今なら・・・、今ならまだ引き返せる。まだ・・・情が移ってない今なら・・・」
それはタリサの説得だった。
タリサには分かっているのだ。
自分がアミスを不幸にすることを・・・
それは間違いない事だと、タリサには分かっているのだ。
だが、アミスにはわからない。
タリサがそんな事を言う理由が・・・
それでも、アミスにも分かる事があった。
この言葉を受け入れてしまったら、自分が後悔する事を・・・
受け入れなくても後悔するのかもしれない。
だが、自分の心に逆らって後悔するより、自分の信じる行動で後悔する方がいい。
そう思うアミスだった。
「私は、お前にとって害をなす存在だ。元々関係ない私を見捨てても、それは大した事ではない。だから・・・」
「一人で・・・」
「・・・?」
「一人では何もできませんよ。人という生き物は、一人では生きていくことはできないと教わりました。なのに、タリサさんはなんで一人になろうとするんですか?」
「私の事はいいんだ。お前はお前自身のことを最優先に考えてくれ」
「僕の希望は、タリサさんやラスさんの力になることです!」
アミスは強く言い放った。
その言葉の強さに、タリサの言葉は止まった。
「・・・意外に頑固なんだな・・・」
軽く溜息をつくタリサ。
説得を続けるか? 諦めるか? 悩むタリサの目の前で、アミスが背を向け再び辺りに気を向ける。
タリサとのやり取りを打ち切り、ミスティアルやラスの捜索を再開した様子だ。
そんなタリサの目の前のアミスとの間に、一つの影が割り込む。
「みぃ~つけた♡」
その小さな影は、そう言ってアミスの後ろから抱き着いた。
「ひゃう!」
突然の襲ってきた柔らかい感触に、アミスはおかしな声をあげた。
タリサも敵意を感じない突然の襲撃(?)に、唖然とする。
「あれぇ?」
背に抱きついている小さなそれは、違和感に気づき不思議そうな声をあげた。
そして、アミスの背中より腕を前に回し、その両手でアミスの胸の部分に膨らみを探すが、それを見つけられずに不思議そうな表情を強くする。
「おい、おまえはなんだ?」
唖然としていたタリサが、ようやく声を出した。
それに反応して振り向いたその小さな少女は、タリサの顔を見て・・・
「おねえさま・・・♡」
そう目を輝かせて、背にある羽を嬉しそうに羽ばたかせた。
そう彼女には羽があった。
蝙蝠のそれを思わせる黑い羽が・・・
「ちょっと待て。お前はいったい・・・」
「ボクはアスタロス。夢魔です」
「「サキュバス?」」
アミスとタリサの声が重なった。
2人はそのサキュバスを名乗る少女をじっと観察し、その視線を受けて、夢魔アスタロスは首を傾げている。
背丈はアミスより更に低く、一見した感じ10歳ぐらいの子供といった所に見える。
短いボーイッシュな黒髪には2本の角があり、背の羽とお尻から伸びている尻尾が揺れている。
服装は、色気のある大人の女性なら更なる色気を引き立たせるものだろうが、この子供体型ではそうもいかなかった。
逆に妙に可愛らしい雰囲気になっていた。
胸元にはディフォルメされた髑髏のブローチがあり、それだけが肌同様に白く、それ以外は黒で統一されている服装だった。
その外見年齢を除けば、夢魔と思えなくもないとタリサは思う。
「そのサキュバスが何の用だ?」
「う~ん、用というか・・・」
「あのぅ・・・」
「ん? どうした?」
アミスが不安そうにタリサに訊ねる。
「サキュバスって・・・、確か・・・」
「ああ、夢魔、若しくは淫魔ともいわれる悪魔の一種だな」
タリサの返答を聞き、アミスは身を震わせてタリサの後ろに隠れた。
「おい、わたしを盾にするな」
「あ、すみません・・・」
と、謝りながらも、タリサの後ろから出ない。
「ボクは悪い事はしないですよ。それにサキュバスって言っても、ボクは男って嫌いなんですよね。だから・・・」
と、アスタロスはタリサへと目を向ける。
その瞳の奥に怪しい雰囲気を感じ取り、タリサは思わず後退った。
「おまえ・・・何で女の私にそんな目を・・・」
「それは君が綺麗だから」
「わ、私にそんな趣味はないぞ」
「大丈夫♡ 初めはみんなそう言うから・・・」
やや顔を引きつらせながらタリサは、更に後退り彼女から距離を取ろうとする。
「逃げないでいいですよ」
と、風貌に合わない優しげな口調でいうアスタロスの言葉は、逆にタリサをより警戒させた。
「逃げないで!」
アスタロスが飛びついた。
タリサは、姿勢を低くし身がまえたが、アスタロスの体は宙で止まる。
「ふぇ?」
いつの間に側に来ていたのか分からなかった。
だが、突然現れたその少女は、アスタロスの首元を、まるで猫にそうするかのように掴んでいた。
その少女は、自分の手元でバタバタともがくアスタロスをじっくり観察し、
「サキュバス・・・なのか?」
と、疑問を投げかける。
暴れていたアスタロスは、その少女の姿を見て動きを止めた。
「こちらのおねえさまも、素敵ね♡」
「は?」
また、目をキラキラと輝かすアスタロス。
それに身の危険を感じた少女は、
「てい!」
という掛け声と共に、投げ飛ばす。
「うひゃう!」
変な悲鳴を上げながらも、背の羽で器用に体勢を制御して、アスタロスは宙に止まった。
「なにするんですかぁ?」
「あたしにそんな趣味はないから・・・」
「大丈夫♡ 初めはみんなそう言うから・・・」
タリサの時と同じやり取りをするアスタロス。
かなり言い慣れた感じがし、何度も言ってきた言葉なのだろうと思えた。
「アミス、お前に任す」
タリサはそう言うと、自分の後ろに隠れていたアミスを前に押し出す。
「ふえぇ~、何でですかぁ~?」
「お前は男だろ? びしっと言ってやれ」
「ほえぇ~」
悲鳴なのかもわからない声をあげるアミスに、アスタロスは今度は別の反応を見せた。
「アミス? まさか、アミス・アルリア?」
「ほえ?」
不意に尋ねられて、アミスは変な声を再び出す。
そして、驚きの表情のまま
「そうですけど・・・」
と返答する。
するとアスタロスは、満面の笑みを浮かべてアミスに近づく。
それに対して、アミスは再びタリサの後ろに回る。
タリサが「こら!」と注意をするが、それより先に、先程の少女が割って入る。
槍を構えて牽制していた。
タリサは気づく、その後姿の彼女のお尻に揺れている尻尾に。
「?」
よく見ると、頭にも先程までなかったはずの耳が生えている。
人間の物とは異なる獣の耳が、「ひょこっ」と姿を見せていた。
「獣人? あ、勘違いしないで。襲うつもりじゃないから・・・」
慌てて、警戒を解こうとするアスタロスはそのまま言葉を続けた。
「アミス君、ボクはあなたのおねえさまの使い魔なの」
「? ・・・ひょっとして・・・」
「そう、アーメルおねえさまから、弟さんの事はよく聞いていました」
「アーメル姉さんから?」
その名を聞き、アミスはタリサの背から前に出てくる。
「アミス、姉がいるのか?」
「あ、はい・・・」
「さっき飛びついたのも、おねえさまと間違えて・・・」
「似てるのか?」
タリサの質問に、アスタロスが答える。
「はい、そっくりですよ。服装が違ったから変だなとは思ったんですけど・・・」
「変だと思ったなら、飛びつくなよ・・・」
「は~い、ごめんなさい」
素直に謝るアスタロスに対して、微妙な面持ちの獣耳の少女。
「あの~、あたしって何のために割り込んだんだろう?」
「あなたは・・・?」
「あたしはリン・トウロン。黒い翼の悪魔に襲われているみたいだったから助けようとしたんだけど・・・いらなかったみたいね」
リンと名乗った彼女は、自分の行動に意味がなかった事に少し戸惑った表情を浮かべた。
「ありがとうございます」
アミスにお礼を言われて、リンはますます戸惑った。
無意味だった行動に礼を言われてしまい、対処に困る。
その表情に気づいて、アミスは敢えて言葉を続けた。
「リンさん、その耳って・・・」
アミスは不思議そうに、リンの頭にある猫のような耳を見つめていた。
間違いなく、現れた時にはなかったものだ。
「これ? 白虎の耳だよ。あたし、シェイプチェンジャーなんだ」
「シェイプチェンジャー?」
人の姿と獣の姿。
二つの姿を持つ亜人種とアミスの知識にはあった。
「部分的な獣化もできるのか・・・?」
タリサが、ふと疑問に思った事を口にする。
「完全に獣化したら槍が使えなくなっちゃうからね。獣の身体能力で武器戦闘できるように修行したんだ」
色々訊かれて、少し楽しくなってきたのか、明るい表情で話し出すリン。
「お仲間じゃなかったのね? 助けに入ってきたから、てっきりそうなんだと・・・」
3人のやり取りを見て、アスタロスがそう呟く。
今度は、そんなアスタロスに対して、アミスは質問を投げかけた。
「アスタロスさん、姉さんがこの近くにいるんですか?」
「あ、はい。一緒にこの辺りまで来たんですけど、逸れちゃって・・・」
と、アスタロスは恥ずかしそうに笑う。
「それじゃ、一緒に探しましょう」
「おい、アミス、ミスティアル達はどうするんだよ?」
「勿論探します。ただ、姉さんがいるなら力を借りたいですから・・・」
「力を?」
アミスの言葉に疑問を投げかけるタリサに、アミスは笑顔で答える。
「姉さんの魔法の力は凄いんです。だから、力を借りれればすぐに見つかりますよ」
「そうか・・・、なら、そのお姉さんとラス達とミスティアルのいずれかを見つけるための捜索だな」
「はい」
2人は探索を再開することにした。
夢魔のアスタロスと、なんとなく手伝うことにしたリンを含めた4人での探索。
(真面目な話の途中だったんだがな・・・)
ふと思い出すタリサ。
このままアミスと行動する事への迷いは残っている。
アミスを説得できないなら、いっそのこと自分が立ち去るという考えもあるのだが、タリサにその意思はない。
(私からは・・・)
あくまでもアミスの意思での別れを願うタリサは、この後も時折説得をするつもりでいた。
そんな事を考えながらの探索だったからだろう。
本来のタリサなら気づけるはずの、アスタロスの接近に気づかなかったのは・・・
そして、今も自分達を観察し続けている目がある事に気づかなかったのも・・・
アスタロスの主にして、アミスの姉であるアーメル・アルリアは、北の遺跡に監禁されていた。
目を覚ました彼女は、落ち着いた様子で周りを見回す。
ぱっと見た感想は、普通の部屋だった。
女性のために用意されたような、若い女性が住んでいるかのような生活感のある部屋だった。
特に、少し離れたソファーの上に置かれた、女の子の人形がその考えを強める。
(さて、どうしようかな・・・?)
自分は右足を鎖で拘束されている状態だった。
人形が気になりはするが、鎖をどうにかしなければそこまで行くことも、部屋に一つだけある扉の前に行くこともできない。
アーメルは慌てずに更に観察を続けた。
そうしてようやく、もう一人の人物がいる事に気づく。
ソファー上の人形に気を取られていて、そのソファーの陰にある人影を見落としていた。
「誰かいるの?」
「!?」
アーメルの声に、その人影はびくっと反応し、その体を起こす。
体を起こした事により、その姿がアーメルの目にしっかりと映るようになる。
その目に映ったのは、一人の女性だった。
20歳程に見える大人の女性で、その服装がはっきり見えた事によって聖職者なのだろうとアーメルには分かった。
胸元に着けられた装飾品が、聖職者が持つ聖印だと分かる。
(あの形は、知識の神コネスだったかな?)
そちら方面には詳しくないアーメルだったが、その知識に間違いはなく、それは知識と研究の神であるコネスの聖印だった。
少し脅えた表情を見せる彼女に、アーメルは笑顔を向ける。
よく見ると、自分と同じように右足を鎖でつながれていた。
「少し、質問していい?」
「・・・」
聖職者の彼女は、少し迷った様子を見せた後に黙ったまま頷いた。
「あなたも、あの魔術師にさらわれたの?」
「はい・・・」
「・・・?」
その女性の反応に、アーメルは少し違和感を感じた。
反応が鈍く、最初は脅えているためそうなのかと思っていたが、そうではないようだった。
アーメルは、小さな声で詠唱しその女性が纏った精霊力を調べた。
精神の精霊の力が極端に弱い事を感じ、一つの可能性が頭を過った。
「気づかれましたか?」
「え? ・・・」
不意の質問に、アーメルは言葉を出せずにいた。
それに対して、彼女は言葉を続けた。
「私の名前は、ユーウェインと申します。あなたが感じたように、私は普通の人間ではありません」
「・・・それじゃ、あなたは・・・?」
ユーウェインと名乗った女性は、頷き答える。
「はい、エンチャントドールと呼ばれる存在です」
「エンチャントドールの聖職者・・・」
ユーウェインは、少し悲しげな表情を見せたが、すぐに笑顔をアーメルへと向けた。
優しげな笑顔に、アーメルも少し安心感を得ることができた。
「私はアーメル・アルリア。見ての通り、ハーフエルフよ。よろしくね♡」
「はい、よろしくお願い致します」
明るく言うアーメルに対して、ユーウェインは礼儀正しく礼をする。
流石に聖職者と思わせるものだった。
「おそらく、エンチャントドールだから攫われたんだと思います・・・」
「つまり、あの魔術師はエンチャントドールを求めてるってこと・・・?」
「そうだと思います。でも、アーメルさんは違いますよね?」
「うん、違うけど・・・」
(さっき会った人達の中にエンチャントドールが・・・、アミスのことを知ってるみたいだったし、抵抗せずにいた事がどうなるかな?)
アーメルは、あの時に即座に判断し、わざと攫われていた。
あそこで迎撃しても良かったのだが、アミスの仲間と思わしき彼らの事が気になって試そうと思ってしまったのだ。
その後の予想ができているわけではない。
それに対して後悔することがないと、思えるほど達観してるわけではなかった。
ただ、自分の考えを信じて生きる。
それがアーメル・アルリアの生き方だった。
それに最初に気づいたのはリンだった。
半獣化してる状態だったため、いち早くその物音に気付いた。
「ちょっと待って」
最後尾を歩いていたリンは立ち止まり振り向いた。
その声に、3人も振り返ると、リンの視線の先に目を向けた。
「・・・せっかく、あのやっかいな2人を引き離す事ができたというのに、まだやっかいな連中がいるのか・・・」
不満げな言葉と共に姿を現したその人物に、アミスが驚きの表情を見せ、その表情に危険さを感じたタリサが剣を抜いて構えた。
「え? なに?」
タリサの構えに驚いたのはアスタロス。
リンはその存在から直接危険な香りを感じ取り、槍を構えた。
単なる少年にしか見えないその姿に対して。
そんな、見知らぬ2人から武器を向けられても、そこに姿を見せた少年は気にした様子はなかった。
ただ、アミスに目を向けるだけ・・・
(今度こそ・・・)
アミス・アルリアと、魔族ロルティの3度目の戦いが始まろうとしていた。
秘策を持ったロルティの罠が、アミスを窮地に追い込む事となるのだった。
次回更新は、5月3日19時予定です。




