二つの罠・1
とある遺跡内。
人が住まなくなって、どれほどの年月が経っているか知る者がいないその遺跡内に、二つの影あった。
魔法で作られた灯りの下、その少年に見える彼は不機嫌そうに壁画を睨みつけていた。
「協力者の前で、その顔は辞めてもらいたいな」
もう一つの人影の言葉に、ロルティは表情を変えずに目線だけをその男に移した。
その人影は、睨みつけられて、溜息をつきながら言葉を続けた。
「俺は、無理に協力者はいらないんだがな・・・、既に情報は貰っている以上、俺に損はない」
「それじゃ、ボクが損するだけじゃないか」
「なら、俺の前でその表情をするな。俺がいない所でなら好きにすればいい。俺の事を悪く言うのも構わん」
「・・・」
ロルティは、不満げな表情のまま黙り込むが、少しの間を置いて口を開く。
「わかったよ・・・」
仕方ないという思いを顕わにさせたまま、ロルティは話を始めた。
互いに、ターゲットにしている相手がいる。
それぞれが協力することによって、そのターゲットを狙いやすくする。
予定通りに、ターゲットと相対さえできれば、互いの契約は完了となる。
互いの戦いに干渉する必要もない。
ただそれだけの関係。
だからこそ、信頼する必要はないし、裏切りという心配もない。
それが、アミス・アルリアを狙う魔族ロルティと、ラス・アラーグェを狙うハーディアン・ディランとの契約だった。
作戦はもうほぼ決まっている。
あとは、相手の動きを見て確実に実行するだけだった。
「それじゃ、偵察はこのままボクが継続するよ」
「ああ、頼む・・・。くれぐれも焦るなよ。それがこの作戦を失敗させない唯一の注意点だ」
「わかってるよ」
ロルティが不機嫌な理由はそれだった。
せっかちな性格なロルティは、待つ事が嫌いだった。
特に、ターゲットとなるアミスとの戦いは、3度目になる。
絶対に負ける訳にはいかない。
勝つための準備に充分な時間をかけてきた。
既に我慢をすることが苦痛になってきている。
だが、ハーディアンの言う事が正しいのがわかっている。
前回組んだあの愚かな爺とは違うのだ。
「絶対にチャンスはある。それも遠くはない内にな・・・」
仲間を失い動揺している今なら、絶対にこちらにとってのチャンスが生まれる。
そう確信している魔術師ハーディアンは、冷静に分析をしていた。
アミス達はシャープテイルに到着していた。
傷心しきって、話せられる状態にないミスティアルを連れて国境を越えるのは、得策ではないと判断し、この町に暫し滞在することにした。
既に宿に入ってから3日が経過しており、少し待ちきれないといった様子のタリサだったが、流石に急かすのは忍びない状況に思えて、我慢していた。
アミスは、起きてる間はミスティアルを心配し、そばから離れない。
ミスティアルは何も説明してくれないが、ラスやアスマにも予想はついていた。
ラディがもうこの世にいない事を・・・
できれば詳しい事を訊きたいが、今は無理だろう。
そこまで非情のになれるラスではなかった。
どちらにしても、訊こうとしてもアミスに止められるのがオチだろう。
今は、ミスティアルが錯乱して飛び出していかないように、交代で見張るしかなかった。
普段から明るい素振りを見せていたミスティアルも、まだ16歳という年齢を考えればこの状態になるのは仕方ない事に思えた。
ラスは思う。
今回は、完全に2人の若さが悪く出てしまった。
若さ故の軽率な行動と、若さ故の仲間を失った事への耐性のなさだった。
(アミスも・・・)
ラスは、ふと、アミスへ目を向けた
状況を把握できていない程、アミスが馬鹿だとは思えなかった。
しかし、仲間を失った悲しみを顕わにするより、ミスティアルの事を心配している様子のアミスを少し不思議に思っていた。
動揺して、思わずラディの死について質問するかと心配していたのだが・・・。
(しかし、ラディ程の実力者を傷も負わずに殺せる相手か・・・)
ミスティアルを発見した場所を調べた限り、血の跡は一か所にしかなかった。
大量の血が流れ落ちた場所が一か所だけだった。
(一撃で心臓を貫いたか? 頸を刎ねたか? どちらにしても、並みの腕ではない・・・)
冷静に考えようとするが、ラス自身も冷静さを維持できていなかった。
情報がなければ迂闊に動く事もできずに、とりあえずミスティアルの回復を待つしかなかった。
いつまでこの状況が続くかわからない中、その晩に変化が訪れる。
その晩の後半の見張りはラスだった。
味方を見張らなければならない状況に、少し呆れながらも、ラスは気を抜かずに警戒していた。
そんな中、ミスティアルが目覚め、体を起こす。
「どうした?」
「トイレ・・・」
「そうか・・・」
ベットから降りて歩き出すミスティアルの後ろを付いていくラス。
トイレの前に来た所で、ミスティアルが突然口を開いた。
「ラス・・・」
「・・・ん?」
「ごめんね・・・」
その言葉の理由を訊こうとした瞬間、建物内であるはずのその場に風が巻き起こる。
こっそり抜け出る事に対しての警戒はしていたが、まさかミスティアルが実力行使にくるとは思ってなかったラスは、その風により、一瞬視界を失った。
相手が敵であれば、咄嗟に反撃していたはずだったが、仲間相手であるため対応が遅れて、ラスが止めに動く前に、ミスティアルは窓から飛び出す。
「待て!!」
「ごめん!」
外に出た時点で、もう一度風を巻き起こし、その風が消えた後には、ミスティアルの姿は消えていた。
「なんで、そこまで・・・?」
ラスが呟き、次の行動に迷っている時に、その騒ぎに気づいた3人が出てくる。
「どうしたの?」
アスマの問いに、ラスは素直にミスティアルが逃げ出したことを伝える。
「ラスらしくない」とこぼしながら、アスマは風の精霊を飛ばし、辺りを探るが、全力で走り去ったのか、既にシルフの索敵範囲内にはいないようだった。
「なんで・・・?」
アミスが信じられない様子で、慌てている。
「早く追いかけなきゃ・・・」
「アミス、落ち着いて」
「でも・・・」
「どこにいったか分からないのに、闇雲に追いかけても危険なだけだよ」
アスマの言葉に、アミスは黙り込む。
それでも、落ち着かずにどうすればいいか迷うアミス。
「アミス、お前は宿に残れ」
「え? なんで・・・」
「ミスティアルを追いかけるのに、お前は邪魔だ」
「で、でも・・・」
「そうだね。素早く動けないとね。追いかけてる途中にバラバラになるのも危ないから」
アミスが発しようとした言葉は、アスマの言葉に止められる。
反論できずに躊躇うアミス。
「タリサ、悪いがアミスと宿で待っててくれ」
ラスは今度はタリサにそう言うと、走り出す。
「アスマ、行くぞ」
「わかった」
アスマは一瞬、アミスとタリサに目を向けるが、何も言わずにラスの後を追った。
残されるアミスに、タリサは掛ける言葉に困り、何も言えずにその表情を見つめるだけだった。
「タリサさん・・・」
不意に言葉を発したアミスに、タリサは少し驚きながら、その次の言葉を待った。
「ごめんなさい・・・力になるって言っておいてこんな事になって・・・」
一瞬、慰めの言葉をかけようと言葉を考えるタリサだったが、良い言葉が浮かばずに黙ったままだった。
そして、2人は宿の部屋に戻る。
翌日に備えて眠るべきなのはわかっているアミスだったが、外が明るくなっても寝付くことはできなかった。
「どうするかな・・・」
ミスティアルを見つけれないまま朝になっていた。
「何でそこまでして一人で・・・」
自分のミスで逃げられてしまった事への後悔からなのか、普段より独り言が多くなるラス。
アスマは、定期的にシルフを飛ばしながら、ラスの後ろを歩いていた。
「それよりさ・・・」
「?」
アスマの言葉にラスは立ち止まり振り向いた。
そして、アスマの言葉の続きを待つ。
「彼女に任せて良かったの?」
「彼女? タリサのことか?」
「うん、もしあの魔族が襲ってきたら対応できるかな?」
少年の姿をした魔族ロルティ。
アミスを恨んでいる様子のあの魔族は、アスマと初めて会った時のゴブリン退治の時以来姿を見せていない。
ラスも忘れていた訳ではないが、実際に戦ったことのある相手ではないため、どうしてもラスの中での優先度は低かった。
「だが、メンツを考えたら、俺とお前が探索に回るしかないだろ?」
「ラスが逃がしちゃったんだけどね・・・」
ぼそりと皮肉を言うアスマに、ラスは不機嫌そうな表情を浮かべた。
「あ、ごめん・・・、でも、アミス達も探索に出ちゃう気がしてならないんだよね、ぼくは・・・」
「タリサが止めないってことか? それとも止めれない・・・?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど・・・」
そう言うと、アスマは少し考え込んだ。
その真意を計りかねて、ラスは次の言葉を待つ。
「理由は説明できないかな・・・? なんとなくなんだ」
「・・・」
「理由がわからないことばかりだよ。でも、誰かの罠に嵌ってしまったような気がしてならないんだ」
アスマの予感的なものなのだろうか?
ラスはそう思いながらも、理由のない予想に何も言いようがなかった。
しかし、ラス自身も、その可能性は否定しきれない思いはあった。
「あと、ラスは気づいていたかな? ラディが秘密を明かした時のアミスの表情・・・」
そのアスマの言葉に、ラスもあの時の陰ったアミスの表情を思い出す。
「ああ・・・」
「セイレーンって種族で何かあったのか・・・。もし、そうなら、ラディがいなくなって、ぼくらが案じているよりも、アミスは冷静でないかもしれないよ」
「・・・ラディは死んでると思うか?」
「・・・そうだね。間違いないと思う」
アスマの予想通りの返答に、ラスはアミス達もわかっていると確信できた。
「冷静に見えるように気を遣ったってことか・・・」
「たぶんね・・・。アミスの年齢と性格では、仲間を失った事自体が相当堪えると思うし、あの時の表情からセイレーンって種族に思う所があったなら・・・」
「・・・いや、俺には、お前の年齢でそこまで落ち着いて考えれる事の方が不思議だ」
「? そ、そうかな? ・・・そうかもね」
ラスには、全然違うタイプのアスマとアミスに共通点を感じていた。
それは戦闘時の冷静さと理解力の速さだ。
状況を把握し、対応する能力が高い。
その14歳や15歳の年齢とは思えない程のその能力は、その才能によるものも大きいだろうが、それだけでここまでになるだろうか? と、ラスは思えずにはいれなかった。
アスマに至っては、戦闘時以外でもその違和感を感じられる。
現状ではそれが頼もしいと思えるのだが・・・
どのような人生を歩めば、この若さでここまで到達できるのだろうか?
「それよりも・・・」
「ちょっと待て!」
アスマが発しようとした言葉を、ラスが止める。
アスマはラスの視線の先に目を向け、そこに座り込んでいる人影に気づいた。
「ミスティ?」
駆け寄るアスマとラスに気づき、ミスティアルは2人に対してゆっくりと目を向ける。
逃げ出そうとしないミスティアルに、少し違和感を覚えながらラスは声を掛ける。
「大丈夫か? 何かあったのか?」
「私・・・」
混乱していることを感じ取り、2人は黙ってミスティアルの言葉を待つ。
「・・・なんでここに?」
「? どういうことだ?」
「私、なんでこんな所に一人でいたの? 宿で寝てたはずなのに」
「・・・」
状況が理解できない2人に、ミスティアルは立ち上がり言葉を続けた。
「記憶がないの。何があったか教えて」
「操られてた・・・?」
状況は把握はしきれなかったが、仕方なしに、ラスはミスティアルが夜に逃げ出したことを説明した。
それを聞き驚くミスティアルだったが、その前に比べて落ち着きを取り戻したのか、会話ができる状態になっていた。
誰かが、側で何かを企んでいる状況が予想できた為、ラスもアスマも遠慮する時ではないと思い、ラディについてミスティアルに尋ねる。
彼女が迷いながらも話す意思を見せたので、宿に戻りながらその話を聞く事とし、帰宅の途につく。
ラス達の予想通り、ラディが死んだこと。
それが暗黒騎士団の知衛将軍の手によってである事。
その知衛将軍が予想以上の実力者であった事。
そして、何故かラディの死体を持ち去った事。
「どういう事だ。奴らは何を企んでいる?」
その答えはわからない。
暗黒騎士団が聖獣を求めているのはわかるが、それがラディの死体を持ち去った事と繫がらない。
それとも、知衛将軍の個人的な目的によるものなのだろうか?
「あれ? あれって・・・」
ミスティアルがふと気づき、指を差した先に見覚えのある姿があった。
宿に残してきたはずのその姿に、ラスが怒り気味に近づいていった。
「おい、アミス! なんでこんな所に・・・」
肩を掴み振り向かせるラスに、不思議そうな表情を見せた。
「・・・?」
ふと違和感を覚え、ラスは言葉に詰まる。
「?」
「お前は・・・誰だ?」
近くで見てもアミスにしか見えないが、その服装装備がアミスの物とは異なっている事に気づき、ラスが尋ねる。
アスマもミスティアルも不自然さに気づいて側に寄った時だった。
突然の熱源を頭上に感じ、3人が見上げた視線の先に、大きな火球が浮いていた。
「散れ!」
それぞれが分かれて、落ちてくる火球を躱す。
地面に落ち、大きな爆発が起こる。
爆風に堪える3人の前で、アミスに見えたその人物の側に降り立つ黒い影。
その魔術師風の男が手を添えると、アミスに見えた人物は力を失いその腕の中で眠った。
「この者を救いたければ、今日中に北の遺跡に来い。異論は認めない。いいな?」
そう言うと、その魔術師は宙に浮かぶ。
咄嗟にラスとアスマは、詠唱のいらない攻撃魔法を飛ばすが、それは簡単に弾かれて、そのまま飛び去って行った。
「あれって・・・?」
「アミスではないよね?」
「ああ、たぶんな・・・」
3人の意見が一致したが、魔術師はアミスと思って攫ったに違いなかった。
先程の火球の熱が残ったその場で、どうするか考える3人。
威力を思い出し、かなりの魔力を持つ魔術師だと判断できる。
「あれも暗黒騎士団かな?」
「わからんが・・・」
ミスティアルの問いに、ラスは答えを出せる訳もない。
そして、次はアスマが問う。
「どうする? 助けに行く?」
「偽物をか?」
「いや、騙そうとしてる感じではなかったよ。ぼく達を騙すつもりなら、装備も揃えてくると思うし・・・」
アスマの言葉は真をついてる考えだった。
ラスは少し考えた後に、軽く溜息をついた。
「助けに行くか・・・? どう考えても俺等が巻き込んだみたいだしな・・・」
「そうだね。問題はアミスとタリサをどうしようか?」
宿に戻ってから向かうとなると、今日中に着くのは難しいだろう。
直接向かうしかないと思えたが、少なくとも2人に連絡は取りたい所だった。
「なんか、アミス達に連絡とる魔法はないか?」
ラスの問いに首を横に振る2人。
悩む3人の後ろから突然気配が生まれる。
「・・・!?」
咄嗟に振り向いた先にいた者のその姿に驚いて、言葉に詰まる。
一言で言うと馬人間としか言いようがない者がそこにはいた。
人間の体に頭が馬、よく見たら、服の端から出ている足首から先は蹄だった。
「な・・・なんだ・・お前は・・?」
ようやく出したラスの言葉に、その馬人間は普通に返す。
「見ての通り、ケンタウロスです。名前はテイオー・シンボルと申します」
「ケンタウロス?」
ラスは、自分の知識内にあるケンタウロスとあまりに違うその姿に、再び言葉を失う。
アスマもミスティアルも、何も言えない。
無言でラスに任したとばかりの目を向ける。
「もし連絡をする相手がいるなら、私が承りますが?」
「は?」
「それが私の仕事なんですよ。どうでしょうか?」
「・・・いくらだ?」
躊躇いながらも、ラスは料金を訊く。
「距離によりますな」
「シャープテイルにある『猫のしっぽ』という宿だ」
「なら、金貨1枚ですな」
「・・・わかった。では頼む」
テイオーという名のケンタウロス(?)は、小さな箱を出すと、
「これに伝言内容をどうぞ」
「え?」
「声を込める事ができるマジックアイテムです。これに話した言葉をそのまま届けることができます」
「あ、ああ・・・」
躊躇いながらも、ラスはアミス達へ伝えたい言葉を言った。
それが終わると、テイオーは箱の蓋を閉め、伝言相手の名を訪ねた。
ラスがアミスの名を伝えると、料金を受け取り、テイオーは走り出す。
その姿は、あっという間に見えなくなり、唖然とした表情の3人が取り残される。
「・・・じゃあ、行くか」
ようやく出た、ラスのその言葉に、アスマとミスティアルは黙って頷いた。
(最近、珍しいものに会いすぎだろ・・・)
ラスの素直な感想だった。
更新が少し遅れた事、前回のあとがきで述べた、聖獣登場がなかった事を謝罪いたします。
次回の更新は、4月30日19時予定です。




