仇討ちの女剣士
予想外の事態に、そのままロックエンドの調査を続けるか、これまでの情報だけを知らせに戻るかで、一行は悩んでいた。
更に偶々であったタリサ・ハールマンという名の女性をどうするかも考慮するべきだろう。
タリサ自身も、今回頼りにしていた情報が、ほぼハズレに終わった事がショックだった。
完全なハズレなら仕方ないと諦めもついたが、目的の暗黒騎士団が絡んでいた事が中途半端に悔しく思え、それはアミス達から見ても当然の事だった。
しかし、奴らに操られていただけで、直接関係のない男達にこれ以上こだわっても意味がないのは明らかであり、タリサは次の行動に悩んでいた。
「理由を訊いていいのかな?」
ラスもする事を躊躇っていた質問を、アスマが遠慮せずにタリサに問いかけた。
タリサはすぐには答えれない。
関係ない人間に言う事ではないと思っているのだろう。
「仇だ・・・」
「仇・・・」
小さく言うタリサの言葉を、繰り返すように呟くアミス。
ラスやアスマにはある程度予想ついていた答えだった。
それでも次の言葉を黙って待つ。
アミスは、その緊張感に我慢できずに言葉を発しそうになるが、ラスが肩に手を置いて止める。
「故郷を滅ぼされた・・・」
時間を置いてようやく出た言葉。
「決して戦場になる場所ではなかったはずの、私の村が・・・」
「・・・」
「後から知ったのは、傭兵代わりに雇った山賊達への報酬だったらしい」
「え・・・?」
その話は、純粋なアミスには刺激が強かった。
冒険者としてもまだまだ初心者なアミスには、戦争規模の闇、しかも敵国の国民のことは略奪対称になってしまうその現実は、受け止め切れないものだった。
「若い娘も食料も何から何まで、山賊達の報酬として奪われた。生き残ったのは、父に隠された私を含めた数名だけだった」
タリサは強く拳を握る。
強く握りすぎたその手からは血が滲みだす。
「私は許さない。あの国を、あの山賊達を、そして、それを指揮した闇氷河将軍という奴を・・・」
「わかった。もう何も言うな・・・」
「ごめん・・・」
アスマは謝る。
予想がついていた質問だったが、予想以上に訊いてはいけない事だったと思ったので、素直に謝った。
「・・・ふぅ・・・」
大きく息を吐き、高ぶった感情を落ち着かせようとするタリサ。
その姿を悲しそうな表情を隠さずに見つめるアミス。
それに気づき、タリサは僅かに笑みを浮かべた。
「私個人の力で国をどうすることなんてできない。それはわかっているんだ。だから、少なくとも、あの山賊達を・・・、そして、その時の指揮官を倒す。それが私の目的。自分の命を捨ててでも達成したい目標なんだ」
「ぼ・・・僕が・・・」
アミスが何を言うか、ティスとラスにはすぐにわかった。
止めなければいけないと思いながらも、ラスも気持ちが高ぶって言葉がでなかった。
「僕に力にならせて欲しいです・・・」
「・・・」
それにタリサは驚きの表情を浮かべる。
じっとアミスを見つめて、その心情を量る。
その純真な瞳に偽りの心を、タリサは見つけることはできない。
「ふぅ・・・」
小さく溜息をつき、その目をラスやアスマへと向ける。
「止めないのか?」
タリサから出た言葉に、ラスは諦め気味に首を横に振った。
「俺達が言っても、そいつは聞かないよ。説得するなら直接してくれ」
「・・・?」
ラスも思っていない言葉に驚いたのはアスマだった。
絶対に止めに入ると思っていたアスマは、丸くした目をラスに向けた。
そんなやり取りを気にしながら、タリサはその目をアミスに戻した。
「駄目でしょうか・・・?」
自分より小柄なアミスが、上目遣いで自分をじっと見つめている。
女の自分でも、ドキッとしてしまう可愛らしい少女の顔だった。
その純粋さに魅かれながらも、いや、魅かれているからこそ、それを認める訳にはいかないと思えた。
「お前は分かって言っているのか?」
「・・・?」
「私の力になろうと思っているのは分かった。純粋にそう思っている事も充分感じ取れた。お前は優しい奴なんだろうな・・・」
素直な感想だった。
「だが、それは危険なことだ。その心のままでいたいなら、冒険者を辞めて故郷に戻った方が良い。私のように故郷が無くなってしまっていないのならな」
アミスは黙ってタリサの言葉を聞き、タリサはそのまま続けて言う。
「私が悪い奴で、お前を騙しているとかは思わないのか? いや、騙していなくても、お前を自分の目的に利用するだけ利用して、そのまま使い捨てるとか考えないのか?」
「そんなことは・・・思いません」
「なぜだ?」
「貴女がそういう人なら、こんな風に忠告はくれません。こういう風に忠告してくれるって事は、優しい人なんだと思えますから・・・」
タリサは、アミスに優しさを通り越した甘さを感じざるをえなかった。
「わかってない・・・ お前は何もわかっていない・・・」
そう言いながら、タリサはその目をラスに移して尋ねる。
「ラスと言ったか・・・、お前・・・いや、あなたはこの子のために命を懸けているか? もし一人しか助からない状況で、自分を犠牲にしてこの子を助けるか?」
「・・・いや、それはないな・・・」
「ラスさん・・・」
「では他の人達はどうだ? この子の為に命を捨てれるか?」
誰もその言葉に頷きはしない。
「私もそうだ。私には目的がある。その目的のためになら、仲間を平気で見捨てる。いや、お前らを利用する。そんな女だ。それだけ、私がやろうとしている事に対する気持ちは強い。何よりも・・・」
タリサは、腰の剣を抜くとアミスへと向けた。
「立ち去れ、私には仲間などいらない。私に力を貸しても、お前に何もいい事はない。だから・・・」
「迷惑なんですか?」
「は?」
「僕がどうとかは良いんです。タリサさんに迷惑がかかるならそれは僕の望みではないので・・・」
タリサは、言葉を失う。
目の前にいる可愛らしいこの子は何を言っているんだろうと、理解できない。
「仇討ちなんて気持ち、僕は経験がないのでわかるとは言えません。いや、誰かを殺した人を許せないと思うのがそうなのかもしれないですけど・・・。でも、そんなに強い思いで達成しなきゃいけない目的なら、仲間は・・・力を貸してくれる人は必要なんじゃないですか?」
「そ、それは・・・」
「タリサさんの言葉には嘘があります。仲間はいらないなんて嘘です。本当は・・・」
アミスは、自分に向けられた剣を、右手で逸らしてそのままその右手をタリサに向けた。
「貴女が優しいから・・・、優しすぎるから、迷惑をかけたくないと思っているんじゃないですか?」
「ち、違う・・・」
タリサは後退り、アミスとの距離を取ろうとした。
しかし、アミスが同じ速度で前へ出る為、その間隔は広がらない。
「タリサさんが、仇討ちを優先にする事は当然だと思います。その為に見捨てられる事も理解できます。でも・・・、それでも・・・」
アミスは更に間合いを詰める。
「タリサさんには、力を貸してくれる人が必要なはずです」
「それがお前である必要が・・・」
「今は、僕も暗黒騎士団と関りがある存在です・・・から・・・」
勢いのまま言ってしまった事に、アミスも一瞬失敗したと思った。
申し訳なさげにラスの方を見る。
ラスは、思わず出てしまった言葉と理解し、少し呆れ顔を見せるだけで何も言わなかった。
「関り?」
「はい、今、僕は暗黒騎士団に目をつけられています」
「・・・何があった?」
「そ、それは・・・」
言葉に躊躇うアミス。
そこで仕方ないとばかりに小さな溜息をついてから、ラスが簡単に説明をした。
仕事で暗黒騎士団の一味を捉え、それを奴らに知られてしまっている事。
アミスが聖獣に関しての高い素質があり、暗黒騎士団も聖獣を求めてこの国に人を出している事。
現在もかは不明だが、大将軍がこの国で行動していた事。
その大将軍が、アミスやアスマと面識がある事。
一連の流れを添えて説明し、暫くは、暗黒騎士団との関りは消えないだろうと予想を述べた。
「こちらから直接関わろうとしていた訳ではないがな・・・」
「・・・」
ラスの説明を聞き、タリサが悩んだような素振りを見せる。
「アミスがどういうつもりで提案したかはわからんが、少なくとも俺はグランデルトの領土内へ行くつもりはない。今はな・・・」
「ラスさん・・・」
それを聞いたアミスの反応を見て、ラスは理解した。
アミスはグランデルトへ向かうつもりだったのだろうと・・・
「私も、今は直接グランデルトへ向かうつもりはない」
「え?」
「なんで?」
アミスとミスティアルが驚きの声をあげる。
(盲目的に行動しているわけではないという事か・・・)
ラスは、タリサの冷静さに感心する。
「情報もなしにグランデルトに乗り込み将軍職の者の頸を狙うなど、無駄に死にに行くだけだ。今は情報を集め、奴が国外に出るチャンスを待つ。もし、山賊共の情報が手に入れば、そこで乗り込むことはあり得るがな」
先程、無計画に男達に囲まれた者と、同一人物の考え方とは思えずに、ラスは失笑する。
それに気づきタリサが睨みつけるが、気にせずに口を開いた。
「俺の予想では、奴らが次に狙う相手は、スリースタック公国だ」
「? 何でだい?」
ラスの言葉に、アスマが少し驚きながら尋ねた。
「ここを狙うには、軍が北に集まりすぎている。それを無理に動かしてこの国を狙うのは現実的ではない。この国は、神話時代に作られたとされる軍事施設が多いからな、思いの外守りが堅い国だ。そんな国に中途半端な戦力では攻めて来ないだろう。他に相手がいないならわからないが、もう一つの敵対国をターゲットにする方が楽だからな。ま、戦略に詳しいわけではないから、絶対的自信があるわけではないが・・・」
「なるほど・・・」
アスマも、戦略的な知識があるわけではないが、間違っているとは言えない考えだと思った。
「私もそうだと思う」
「戦場で将軍を狙うのは、決して良い手ではない。しかし、もし戦になるなら、今までの流れ通りなら、闇氷河将軍が国外に出てくるのは間違いないだろうな。真権皇騎士団ができてからは、全ての戦で先鋒や指揮官を務めてきたと聞く」
「・・・何が言いたい?」
そう訊くタリサの目付きが鋭くなる。
「俺はこの国から出たいと思っていてな。もし、向かうならスリースタックしかないと思っているんだがな」
「ラス・・・、まさか?」
「とりあえず、スリースタックに入ってからの事はその時考えるとして、お前が良ければ、それまで一緒っていうのはどうだ? と、思ってな」
鋭くしていたタリサの目が、再び驚きで開かれる。
「そうですよ! それまで一緒に行動して、その後の事はそれまでに考えるって事で・・・」
アミスが名案とばかりに、ラスに賛同する。
「ま、そうだよね。国境を超えるなら、一人より複数の方がいいよね」
「? そんなもんなのですか?」
ミスティアルの言葉にラディが首を傾げる。
そのラディの反応に、ミスティアルは軽く睨みつけた。
あくまでも、タリサとの行動を望むアミスへの助け舟のつもりで適当に言った言葉だったのだ。
「・・・わかったよ。それではスリースタック公国まで同行させてもらおう」
タリサの返答にアミスの表情が明るくなる。
しかし、タリサはそれを制するように手をアミスに向けると
「ただし、何かあればすぐにお前達を見捨てるし、囮に使うことだってある。それだけは覚悟しておいてほしい・・・」
「・・・」
「あと、私のせいで襲われて、命を落とすような事があっても責任はとらないからな」
「それはこっちもそうだ。こちらの戦闘に巻き込む可能性はある」
ラスのその言葉で、アミスは思い出す。
もう一人の敵対相手の事を・・・
「あ、そうでした・・・」
「ん?」
突然曇ったアミスの表情に気づき、タリサは不思議そうな顔を向ける。
「僕を憎んでる魔族がいまして・・・」
「魔族? なんでだ?」
「とある聖獣をめぐって敵対してしまいまして・・・」
「その聖獣とあなたが契約をしたということ?」
予想がついたタリサが答えを当てて、アミスは頷いた。
「・・・ま、もし私が一緒の時にその魔族が襲ってきたら、一緒に迎撃ぐらいしてやるよ」
「すみません・・・」
力を貸そうと提案した相手に、力を借りる流れになってしまい、アミスは申し訳ない気持ちで落ち込んでしまう。
そんなアミスを見てタリサが小さく笑う。
「ふふ・・・面白い娘だ」
「・・・?」
「あ、そいつは娘ではないぞ」
「え?」
ラスの訂正に、タリサは驚きアミスの顔をじっと見つめた。
「おとこ・・・なのか?」
アミスが頬を膨らませだす。
「男です!」
そう言って、どう見ても娘にしか見えない顔で可愛く怒るアミスを見て、タリサが吹き出すように笑い出した。
「ちょ、ちょっと、タリサさん?」
「い、いや、すまない。だが・・・」
タリサの笑いが収まるまで、アミスは頬を膨らませたままだった。
次回は4月25日19時更新予定です。




