ゼオル・ラーガ
アミス達は、町を出ることにした。
町に籠っていても、先の予想ができないと判断してのことだった。
暗黒騎士団達も、他国で大事にはしたくないだろうと予想して、複数の冒険者が同じ依頼を受ける、大商隊の護衛の仕事を受けることにした。
首都に次ぐ商業都市グレートファングでも名の知れた大商人ヴァックス・フリードの商隊とあって、何頭も連なる荷馬車の列の護衛であり、商人直属の護衛と、国から派遣された兵士、そしてそれとは別に雇われた冒険者で構成された護衛隊となっていた。
冒険者だけでもアミス達含めて20名が参加している。
その中で、アミス達は後衛付近に配置されていた。
それ程重要視された配置場所ではなかった。
初級レベルに見えかねない程の若いメンバーである以上、当然と言えば当然なことである。
しかし、今回に限っていえば、これはありがたいと思うラスとアスマ。
(流石に奴らもこの商隊は襲わないと思うが・・・)
自分達をターゲットに、この大商隊を襲うのは、余りにもリスクが大きすぎるとラスは思う。
まだ、そこまで狙われる要因はないはずなのだ。
もし、大将軍であるゼオル・ラーガという男が、アミスの聖獣についての素質を知る者だとしても、その男が偶々あの場に居合わせたとは考えにくい。
又は、元々アミスを付け狙っていたとしたら、もっと良い襲撃のチャンスはあっただろう。
アミスが一人旅の時、ラスと二人だけの時、6人の暗黒騎士団員を移送している時。
こんな大勢の冒険者や兵士等がいる場で襲う必要はないだろう。
(ま、決めつけることはしないけどな・・・)
決めつけは予想外の事態への対応を鈍らせる。
だから、予測はするが、それ以外もあると可能性の幅は大きくとるのが、ラスの冒険者としての思考原理だった。
「・・・?」
「ラス・・・来るよ」
「ああ・・・」
わかりやすい襲撃前の気配。
動物の動きがない静かすぎる林が、自然ではない何かがいる事を教えてくれる。
この規模の商隊を狙っているのだ、それなりの規模なのだろう。
山賊か、モンスターか、若しくは暗黒騎士団か
その気配に気づいたのは、当然ラス達だけではなかった。
護衛団の隊長の合図で商隊は動きを止める。
商人達も辺りの変化に気づき、馬車の防壁を立てて備える。
その変化に、自分達の存在に気づかれた事に気づいた集団が動き出した。
「普通じゃないね・・・」
左右から現れた襲撃者の姿を見て、アスマが呟いた。
その呟きに同感だったラスは、最悪の相手の想像をしながら、迎撃の準備に入る。
「アミスは、魔法で援護してくれ、後は昨夜の打ち合わせ通りに・・・」
「はい、わかりました」
アミスもラディもミスティアルも迎撃態勢を取った。
右からの襲撃は、山賊らしき集団。
不揃いの装備に身を包んだ20名近い人間の集団。
左からの襲撃は、ゴブリンの集まり。
大柄なホブゴブリン2体を含んだ、こちらも20体近い集団だった。
人を襲い命や宝を奪う。
それ以外に共通点のない2つの集団が、同時に襲撃を掛けてきた。
そのこと自体が普通じゃない襲撃だった。
2つの集団を雇った奴がいると容易に想像できた。
「ラス、ちょっと離れていいかい?」
「? ・・・わかった。気を付けろよ」
「わかってる」
アスマが何をしようとしてるかは、ラスにもわからない。
しかし、その勝手な行動を許せるぐらいには、アスマの実力を認めていた。
未成年とは思えない実力と思考を持ったアスマの事を認めているのだ。
「じゃ、ラディとミスティは守りに徹してね」
と、言って、アスマは姿を消した。
それと同時にラディとミスティアルは少し前に出て、投げナイフを投げる。
ラスとアミスは魔法の詠唱を始める。
他の護衛達もそれぞれの迎撃行動に出る。
そして、襲撃者達にも、近づく前に行動を起こす者もいる。
数匹のゴブリンがスリングショットで石を飛ばし、数名の山賊がショートボウを射る。
それが命中する前に、アミスと3名の魔法使いの詠唱が終わり、4名から同じ魔法が発動した。
≪ 風霊防壁 ≫
風の精霊の力を借りた対飛び道具用の防御魔法だった。
効果の強さは、術者の魔力や精霊との結びつきによって変わるが、小石やショートボウ程度に対してなら充分な効果がある。
このような護衛任務をする上で基本的な魔法であった。
≪ 風霊防壁 ≫の効果範囲内への飛び道具は全て弾かれ、残りは馬車の防壁に小さな凹みを作った程度で終わる。
逆に、護衛側の無数の飛び道具が、2体のゴブリンと1人の山賊を倒した。
この時点でほぼ勝負は決していた。
取れたはずの先手を逆に取られ、山賊の士気はあっという間に落ちていく。
ゴブリン達でも、戦意がまともにあるのはホブゴブリン程度である。
初級の冒険者には脅威の存在となりえるホブゴブリンも、熟練の冒険者の混じったこの場では然したる存在ではない。
油断さえしなければ・・・
(何か動きがあるか?)
準備し終えた魔法を発動させずに、ラスは周囲を警戒し備えた。
これだけで終わるとは思えなかったからだ。
しかし、ラスのその警戒は杞憂で終わり、山賊とゴブリン達は倒れた仲間を見捨てて逃走を図りだしていた。
護衛団は追撃を控えて、届く範囲の敵のみ殲滅し、次なる襲撃への警戒態勢に入った。
暫しの警戒後、数名の冒険者が周囲の偵察にいく。
それが終わるまでは、その場で留まることになった。
「アスマのやつ、動く前に戻ってくるのか・・・?」
ラスの呟きに
「大丈夫でしょ?」
ミスティアルが軽く返した。
それほど長い付き合いではないと聞いていたが、既にアスマの事をわかっているかのような反応だった。
本当に理解しての言葉なのか、単純にアスマの強さを信用してのことなのか、単にミスティアルが楽天的なのか
ラスには、どういう意味での言葉かは知らないが、ラスも大丈夫だろうと思えていたので、反論する必要はなかった。
実力面での評価もそうだが、無理をする性格とも思えず、やっかいな相手から逃げる技量もあるだろうと思えた。
ラディは何も言わないが、それ程心配はしていない。
そんな中、アミスだけは、違う事へ意識を向けていた。
(なんだろう・・・、何か変な感じが・・・)
アミスだけに向けられたそれをアミスだけが感じていた・・・
「それほど経ってないのだがな・・・」
アミスをマジックアイテムで観察していた男が呟く。
町から大きく離れた林の中。
治安のレベルが決して高くはないこの場所には、相応しくない軽装。
外から見る限りでは、鎧の類は着ているようには見えず、腰に一振りの剣を差してはいるが、鞘だけで判断できる普通の品と思える物である。
今、この場に、先程のゴブリンや山賊の襲撃があれば、対処しきれるようには見えない出で立ちである。
そんな身なりで、安全が保障されていない林の中で観察を続けた。
「随分と落ち着いて対応できるようになっているな・・・、しかも、風の聖獣にも頼らずに」
男のその言葉に反応し、男を観察していた者が、その頭上から襲い掛かった。
そのアスマの一撃は、いつの間にか抜かれていた腰の剣で防がれた。
体重を乗せた一撃を両手の力だけで防いだのだ。
しかし、それはアスマの予想通りの結果だった。
アスマは、軽業師の如き動きで、体を回転させながら男から距離を取った場所に降り立った。
「随分な挨拶だな、アスマ・ドリーマーズ」
「そうかい? ぼく等の関係を考えたら普通じゃないかな?」
互いに笑みを浮かべながらの言葉。
「さすがに、一撃必殺の攻撃を受ける謂れはないがな」
男は、そう言いながら右手の剣をアスマに向ける。
「あんなので殺れるとは、こっちが思ってないよ。ゼオル・ラーガさん?」
「 ? 」
アスマのその言葉に、少し驚きの表情を見せる。
「名乗った覚えはないが・・・」
「やっぱり、そうか・・・」
アミスから聞いたゼオル・ラーガの特徴と、アスマが面識を持っていた目の前の男の特徴とが、余りにも一致していた。
ライトグレイの髪に碧みがかった瞳の鋭い目つき。
その剣の腕や、落ち着いた態度や判断力は、冒険者の中でも実力者だが。それを感じさせない装備類。
そして、アスマも一度見たその戦闘力。
全てがアミスが言っていたゼオル・ラーガという人物と一緒だった。
「その大将軍様が、何故聖獣を求める?」
「ほう・・・、そこまで知ってるのか」
大将軍ゼオルが楽し気に笑みを浮かべた。
「どうやって知ったかしらんが、大した者だ」
「別に、ぼくは大した事はしてないよ。それを知れたのは偶々だよ。君の運が悪かったってことだろ」
「別に、俺には関係ないがな」
「そう?」
アスマはいつでも攻撃に入れる体勢ではいる。
わざとその雰囲気も出している。
しかし、ゼオルは気にした様子もなく構えも取らずに立っている。
その隙だらけの姿に、アスマは攻撃に入ることはできない。
いや、元々攻撃するつもりはないのだが。
「ま、いいや。それより石を返して欲しいな」
「風の石か・・・、残念ながら、部下に預けてしまった」
「・・・」
前回の出会いの時に、アスマが求めていた『風の石』という魔法の石をゼオルが横取りしていった。
そのこともあり、アスマがゼオルを襲う理由はあると言ったのだ。
だが、アスマとしてはその石さえ手に入るなら敵対する理由もなくなる。
ゼオルがそれを持ってなくてもそうだ。
「自分で使わないなら、なんで横取りしたんだい? 嫌がらせ?」
「いや、聖獣を封じた魔石かなんかだと思っていただけだ。それに関しては申し訳なかったな」
そのゼオルの言葉に、アスマが少し不機嫌さを顕わにした。
それに対して、ゼオルは言葉を続けた。
「だが、部下が欲しがったのでな・・・。そのまま渡してしまった。もし、欲しいならその部下と交渉してくれ」
「・・・その部下は今どこに?」
「さあな、放浪癖がある奴だからな。定期集合の時以外は滅多に会わん」
それでどうすれと? と、思うアスマ。
それを理解していてか、ゼオルが笑みを浮かべる。
「じゃ、名前だけ聞いていい?」
「名前は言えないが、称号だけ教えてやろう」
つまり、将軍職か? と、アスマは予想する。
原則的にグランデルトの将軍クラスは、名前を公にしない。
それぞれの称号で呼ばれる。
そのため、名前を知られる事は滅多にない。
絶対守らなければならない秘密というわけではないのだが、目の前の大将軍は、あえて教えてくれる程親切ではないという事だろう。
「ウィズダムガード・・・」
(知衛将軍か・・・)
聞いたことのある称号だった。
参謀将軍の一人であり、武勇より知恵、知識、策略に優れた存在と聞いていた。
代わりに戦闘力はそうでもないという情報もあった。
その情報が全て正しいとは限らないのは、アスマもわかっている。
しかし、その参謀役が放浪癖があり、大将軍の傍らにいないことに違和感があった。
「では・・・」
「? ま、待て! まだ訊きたいことが・・・」
その言葉を全て出し切るより早くに、ゼオルの後ろに見たこともない生き物が姿を現す。
身の太い蛇のようなそれは、宙に浮かび大きく口を開いた。
そうすると光が吸い込まれるように、辺りが闇に包まれだす。
(聖獣・・・なのか?)
辺りが完全に闇に包まれる。
アスマは、警戒を強め、辺りの気配を探る。
どんな音も見落とさない様に、気による結界を張る。
その警戒による緊張の中、どれだけ時間が過ぎただろう。
そして、アスマが気づく。
既にゼオルが立ち去った事に。
「本当に、やっかいな相手だな・・」
できれば敵に回したくないと思いつつも、そうもいかないだろうとも思うアスマだった。
「なに? 聖獣?」
林の中から感じとれた聖獣の魔力を感じ取り、アミスが慌てる。
一人でそちらへ向かう訳にもいかずに、ラスへ目を向けた。
だが、意見を訊く前に、その魔力は感じ取れなくなった。
そして、どうしようか悩んでるうちにアスマが戻ってきたので、もしかしたらと、アスマに尋ねる。
「なにか・・・」
「アスマさん、もしかして誰かが聖獣を使いました?」
ラスの言葉を遮るようにアミスが尋ねたので、ラスもアスマも驚きの表情を見せた。
アスマは、少し考えた後に
「聖獣を使った奴はいたけど、詳しい話はグレートファングの宿についてからにしよう。できれば他の連中に聞かれるリスクを冒したくない」
その言ったアスマの表情を見て、アミスもラスも、やっかいな相手に会ったのだろうと理解してそれ以上は聞かなかった。
ただ、アスマは付け加えるように言う。
「たぶん、もう襲撃はないよ」
と・・・
「思ったより、早いお戻りで・・・。何か収穫はありましたかな?」
グランデルト王国王都ランデルにある真権皇騎士団用の屋敷の入口で、2人の男に迎えられるゼオル・ラーガに対し、初老の男が声を掛けた。
真権皇騎士団の参謀将軍の一人にして、副団長の役割を与えられて、真魔将軍の肩書を持つ男。
国内でも一部の者にしか知られていないが、名前をモルデリド・ジェル・クリセルという。
今回のように、ゼオルが王都を離れる時には、真権皇騎士団の責任者代行を務める立場だ。
そんな腹心とも言うべき男に、ゼオルは素っ気なく言葉を返す。
「収穫と言える程の物は見つからなかったな。逆に6名程捕虜となった」
「なんですと? どうなさるおつもりですかな?」
「どうするもこうするも、今回駆り出された者たちは、生きて帰れない可能性が高い旨を伝えて、納得した者ばかり・・・。これといって問題はありますまい。団長以外に将軍クラスも送り込んでいませんし」
モルデリドの横で、一緒に迎えた若者が代わりに答える。
知衛将軍の称号を持つ男で、ゼオルから風の石を譲られた者だった。
名はエリフェラスといい、姓はゼオルですら知らない。
何か特別な姓を持つ存在なのだろうと思いながらも、団長であるゼオルが追求しないため、他の者もそれを確認しようとはしなかった。
ただ、一部の将軍の中には、彼を訝し気に見る者もいる。
「騎士クラスも送っている。使い捨てにしていいわけではないぞ」
エリフェラスを睨みつけて、モルデリドはそう言い放つ。
「今回に限って言えば、そうなっても仕方ないと思っていた。とりあえずは、他の者は引き上げさせている。とりあえず、詳しい話は、定例集会で話す。それより・・・」
ゼオルはエリフェラスへ目を向けた。
「闇氷河将軍は、どこにいるかわかるか?」
「? この時間でしたら、訓練所ではないでしょうか?」
エリフェラスの答えにゼオルは小さく笑みを浮かべる。
「何か?」
「ある作戦の実行役になってもらう・・・」
「闇氷河将軍にですかな? あやつには、他にやるべき重要な事が・・・。戦争もいつ起こるかわかりませんし・・・」
モルデリドが反論の言葉を言うが、ゼオルは首を横に振りながら、その言葉を遮る。
「今回の作戦・・・、いや、策略の実行者は奴以外に考えられん」
「・・・その策略についても定例集会で?」
「いや、それはこの後、闇氷河将軍への説明と一緒に話そう」
「わかりました。反対するか否かは、その後にしましょう」
やや不満気味にそう言うモルデリドに対し、エリフェラスは軽く笑みを浮かべる。
「なんだ?」
「いえ・・・」
モルデリドに凄まれて、やや身を竦ませるエリフェラス。
(反対した所で、どうもならないだろうに・・・)
ゼオルが訓練所へと歩き出す。
そこにいる将軍へ命令を出すために。
その命令、策略がどのような未来を作り出すのか? それはゼオル自身にも予想がつかない事だった。
全て予想がつくなら、それはつまらないことだ。
目的達成のために頭を使う。
それは当たり前のこと。
それが全て予定通り、予想通りに進むなら、そんなつまらない事はない。
中には、自分の思う通りに事が進む事だけを望み、上手くいかない事に腹を立てる者がいる。
モルデリドがそのタイプだったが、ゼオルとエリフェラスは違った。
予定通りにいかないからこそ、予想外の事が起こるからこそ、この世は面白いのだ。
だからこそ、ゼオルは楽しみで仕方なかった。
この命令が、どんな展開を生むのかを・・・
そして、アミス・アルリアという存在が、どのようなものを自分に見せてくれるかを・・・
次回は、4月23日19時更新予定




