力に・・・
前回までのあらすじ
ゴブリン退治中に出会った、かつて倒した魔族の魔術師ロルティとエンチャントドールのマンムとの戦いになる。
その中、致命傷を負ったメイティアを助けるアミス達。
ラスと突然現れたアスマの力により、勝利を目前にした時。
エンチャントドールの核としていた紅魔石を飲み込み、エンチャントドールの創造者アラームは、悪魔へと変貌していった。
そこにいる存在は、危険の塊だった。
動かすことが困難な自らの体を無理やり動かし、ラスはアミスの前に立った。
自分にどうにかできる状況ではないと、把握してはいたが、考えることもなく、ラスはそういう行動を取る。
「アミス、逃げろ」
ラスのその言葉に、アミスは首を横に振る。
そして、アラームもその言葉を否定する。
「誰も逃がすつもりはない・・・、今なら貴様らを一瞬にして消し去れるぞ」
悪魔と変貌したアラームは、そう言うと腕を軽く振るう。
その腕から生み出された魔力の衝撃破が、周辺のゴブリンを一掃する。
咄嗟にガラガルムが張った防御魔法の結界が、かろうじてマジェスティ達を救う。
しかし、全員吹き飛ばされ、リーラは気を失い、他の者もすぐには動けないほどのダメージを負う。
一瞬の出来事に、ラスもアスマも恐怖に体を震わした。
その中、アミスだけは、じっとその悪魔の姿を睨みつけるような目で見ていた。
「・・・アミス」
「ラスさん・・・、大丈夫です。」
「・・・?」
「こ、今回みたいな形で・・・あの姿になったのでなければ・・・、どうにもできなかったと思います。でも・・・」
アミスは静かに言葉を続けた。
静かだが、いつもとは違う、ラスの知らない雰囲気を纏いアミスは言う。
「あの人は、失敗を犯しました。だから・・・」
「だから、なんだ?」
アラームは怒る、絶大な力を見せつけた自分の前で、余裕の表情を見せるアミスに対して・・・
「問題ありません」
「貴様!!」
悪魔の腕が再び振るわれる。
先程より強力な魔力がアミス達に襲い掛かろうとしたが、その魔力は、ラスの目の前で霧散する。
「な・・・」
そこにいる全員が驚く。
ただ一人、アミスを除いて・・・
「ラスさん、アスマさん、下がっていてください」
そう言いアミスはラス達の前に出る。
「ありがとうございます・・・」
誰に対して言ったのか、ラスにはわからなかった。
アミスはそのお礼に言葉と同時に、アラームへ向けて走り出す。
「!?」
アラームは今度はしっかりと魔力を収束させて、魔法という形でそれを放った。
しかし、それもアミスが右手を前に翳すと、霧散して消える。
「何を・・・?」
驚くアラームの目の前で、アミスは二体の炎の聖獣を呼び出す。
「そんなものが効くか~!!」
今度は、アラームがそれを簡単に防ぐ。
≪ 炎 獣 ≫が吐いた炎を結界で防ぎ、≪ 二角炎馬 ≫の炎を纏った突撃も魔力の掌底で弾き飛ばす。
しかし、二体の聖獣はそのまま攻撃を繰り返す。
一見、無駄とも思えるその攻撃を・・・
しかし、余裕を見せて防いでいたアラームは気づいた。
その時間稼ぎにより、ラス達が全員集まっていたことに。
「はあ!!」
アラームが唱えた、【 爆殺 】の魔法が発動し、二体の聖獣は姿を消した。
「無駄な足掻きをするな。いい加減に諦めろ!」
アミスの行動を悪足掻きと決めつけ、アラームは苛立ちを強めていた。
しかし、アミスは脅えた様子を見せずにアラームを睨みつける。
「ゆるしません・・・」
アミスのその目が潤みだす。
「アミス、お前・・・」
ラスにはアミスの背中が泣いているように見えた。
何がアミスの感情を高ぶらせているかわからない。
ただ、今は体力が少しでも回復するように、集中するしかなかった。
その前で、放たれたアラームの攻撃魔法は、アミスの前で何度も霧散する。
「まだ・・・わかりませんか?」
「なに?」
堪えきれなくなり、アミスの目から涙が零れる。
「あなたは、本当に・・・何があなたの魔法を無効化しているかわからないのですか?」
「・・・?」
「そうですか・・・なら見てください・・・」
アミスは、左手に持った杖を天へ翳す。
アミスの杖の一部が光を放つ。
埋め込まれいる小さな石、聖契石の一つが・・・
「・・・聖獣?」
「姿を・・・」
アミスの呼び出しに応じたその聖獣が姿を現す。
ゆったりとしたローブに身を包んだ、美しき女性の姿だった。
「新たな聖獣? いつ契約を・・・?」
驚くラス。
しかし、それ以上に驚いたのはアラームだった。
「な、なぜ? なんでお前が!?」
アラームは彼女のことを知っていた。
それは当然だった。
自らの血を受け継いだ娘のこと知らなわけがなかった。
「ニーネル・・・」
「お父さま・・・」
それはエンチャントドールの素材として使われたアラームの娘、ニーネルだった。
「な、なぜ、お前がそいつに? なぜ、父である我に敵対する!?」
「あなたが、何をしましたか・・・? あなたがニーネルさんに何をしましたか!?」
アミスが怒りをぶつける。
「な、なぜ貴様が怒る? 貴様には関係が・・・」
「関係ない・・・? 関係なくしたのはあなたじゃないですか?」
「・・・」
「お父さま・・・、わたしがこの子の力になろうと思ったのは、わたしを癒してくれたから・・・」
「癒す・・・だと?」
アラームにはその意味がわからなかった。
既に、命の源にしていた紅魔石を取り出した時点で、エンチャントドールのマンムは死んでいるはずだった。
そんな物を治療した所で意味はない。
「わたしの心を・・・」
「こころ・・・、なんだそれは? くだらん・・・貴様らの茶番に付き合ってれんな。もういい死ぬがいい」
「無理ですよ・・・、それがあなたの失敗の一つです」
「し、失敗など!」
アラームはもう聞いていられないとばかりに、攻撃魔法を繰り返した。
しかし、何度やっても、それはかき消される。
「あなたの魔法の源は、全てニーネルさんが握っています」
「ど、どういうことだ!? 我が魔法の源は大気中のマナだ! そんな娘が関係あるはず・・・」
「これ以上、あなたと話すのは、正直厳しいです。怒りの感情を抑えるのが辛い・・・」
アミスは、少しの間目を閉じた。
「でも、ニーネルさんの願いです。全てを理解してください」
「わからせるだと・・・?」
「はい、ニーネルさんは、エンチャントドールの素材にされるなんていう酷いことをされたのに、あなたに父親としての愛情を向けて欲しかったんです」
アミスは目を開けて続けた。
「だから、必死に元に戻ろうと、紅魔石の悪魔の力を自分の物にしようとした。その悪魔の力で、人間に戻ろうとした・・・」
「なるほどな・・・」
一つ気づいたアラームは、アミスの言葉を止め、静かに言い放つ。
「だから、中途半端な物しかできなかったわけか・・・」
ニーネルが無駄な魔力を使ったために、エンチャントドールとして中途半端になってしまった、と、アラームは理解した。
それは間違った考察ではなかったのかもしれない。
しかし、自分の立場、現状を理解しきれていない者の考えだった。
アミスは、改めて湧き上がる怒りの感情を必死に抑えながら、できるだけ静かに言葉を再開した。
「・・・だから、あなたが融合した悪魔の魔力は、ほぼニーネルさんのものになっています。今はですけど・・・」
「なに!? くっ・・・親不孝者めが・・・」
「もし・・・、あなたが直接紅魔石の悪魔と契約したりすれば、僕達にはどうにもできなかった。でも、あなたが失敗してくれたおかげで、その悪魔の力は無力化できます。ニーネルさん内に悪魔の魔力が残っている限り・・・」
「・・・?」
アミスのその言葉で、アラームは気づく。
聖獣化したニーネルの体には、悪魔の魔力は留まることはないことに。
予想外の事態に慌てていたアラームに余裕が戻る。
「貴様も馬鹿だな。態々教えてくれるとは・・・」
満面の悪魔の笑みを浮かべ、アラームは勝ち誇る。
「ニーネルの魔力が無くなれば、大丈夫ということを自分でバラすとはな。我は待てばいい、時間を稼げばいいだけではないか。馬鹿の相手は楽でいいな。はははははぁ~」
高笑いを始めるアラームに対して、アミスは冷たい目を向ける。
「すみません・・・残念ながら、馬鹿はあなたです・・・」
「なぁにぃ!?」
「時間を稼がせていただいたのはこちらです」
アミスは、目で回りを見るように促すかのように、辺りを見回した。
アラームもそれに釣られたように、目を回りに向けて、初めてそれに気づく。
すでにラスやアスマやマジェスティ達は気づいていた周囲の変化に・・・
「こ・・・これは?」
「本来、僕の魔力や法力では使えない魔法なんです。でも、今の僕なら・・・、高位魔導士であるニーネルさんの力を借りれる今の僕なら・・・」
神々から授かる力、法力。
神官や司祭にしか大きな法力は扱えない。
そんな法力に、周囲は包まれていた。
「溜める時間も、充分貰いました。そして・・・」
アミスの周りに、ニーネルと共に、≪ 風の乙女 ≫と≪ 白翼天女 ≫も姿も現れる。
「みんな、お願いします」
3体の魔力・法力がアミスに集まる。
それと同時に周囲の法力がアラームを包みだした。
「こ・・・この術は、まさか・・・?」
「ようやくわかりましたか? でも、もう手遅れです」
「ま、待て!」
アミスは、アラームのその願いを聞かなかった。
ゆっくりと首を振り、最後の発動の一言を放った。
「【 神法滅魔 】」
かつて、神が悪魔の軍勢との戦争の時に、大悪魔グレイフォールを滅するために編み出した最強の対魔術。
アミスの手によって生み出されたその法力の光は、一瞬にして悪魔と化していたアラームを消滅させていった。
「さよなら・・・お父さま・・・」
消えていった父への一言。
ニーネルのその呟きを聞き、アミスはもう我慢できなくなった。
もう両目から零れる涙を止めることはできなかった。
三体の女聖獣は、そんな主人を優しい目で包んでいた。
優しすぎる自分達の主を・・・
これが、アミスが初めて受けたゴブリン退治の結末だった。
依頼達成の報告を終え、アミス達は冒険者ギルドを出た。
マジェスティ達は、自分達のもう一つの仕事も達成でき、これから打ち上げをすると言い、アミス達を誘ったが、アミス、ラス、マーキスの三人はこれを断った。
最初は、メイティアを助けてくれたお礼も兼ねてると、アミス達をどうしても連れてきたかったマジェスティだったが、少し落ち込み気味に断るアミスに、自分達が引き下がるしかなかった。
すっかり疲れていた三人は、その日はすぐに眠りにつき、気づけば朝を迎えていた。
朝早くに、マーキスが次の町へ向かうと聞いて、アミスとラスは冒険者ギルドの前に、見送りに出ていた。
「ずいぶんと急の出発だな」
ラスが少し呆れ気味に言う。
「いや、これ以上一緒にいたら、情が移って別れにくくなるからね・・・」
すでに移りかけていたが、マーキスは決断していた。
「さみしくなりますね・・・」
悲しそうな眼をマーキスへ向けるアミス。
そんなアミスの頭を軽く撫で、マーキスは背を向けた。
「前に言った通り、何か情報を手に入れたら、知らせるよ」
「ああ、悪いな・・・」
「・・・」
背を向けてまま、マーキスは動かない。
「・・・?」
「ラス・・・、1つ良いかい?」
ラスは訝しげに、マーキスの次の言葉を待った。
「・・・いや、ごめん。なんでもない・・・」
「マーキス・・・」
「じゃ、元気で・・・」
「ああ・・・そっちこそな」
「マーキスさん、お元気で・・・」
マーキスは、最後に少し二人に目を向けて手を振ると、その後は一度も振り返らなかった。
マーキスの姿が見えなくなるまで、その背中を見つめるアミスとラス。
「さてと・・・」
マーキスの姿が見えなくなって、ラスは冒険者ギルド内に戻ろうとした。
そこでアミスが声をかけた。
「ラスさん・・・」
「ん? なんだ?」
立ち止まり振り返るラス。
「ラスさんの力にならせて貰えますか?」
「え? どういう・・・」
「ラスさんが、普通の体になるお手伝いをさせて欲しいです」
「・・・」
ラスは黙る。
昨日の朝に、この提案が出てたのならば、間違いなく拒絶していただろう。
その時点で別れていた可能性もあったが、ラスのアミスへの感情は、たった一日で変わっていた。
しかし、自分の目的のために巻き込むのは躊躇われた。
「アミス・・・ どうしてだ? なぜ、そう思うんだ?」
「なぜ・・・ですか?」
「10日にも満たない付き合いの俺の手伝いをしようなんて、流され過ぎだと思わないのか?」
「・・・」
アミスは俯き考える。
「お前はお前のために旅をするべきだ。まだまだ若くて経験が浅いんだ、これから目的なんて幾らでもできるもんだぞ」
ラスは、ここでアミスと別れるべきかもしれないと思いが生まれてきていた。
マーキスの言葉ではないが、情が移ってしまっては別れにくい。
「僕がラスさんの力になりたいんです。それだけが理由じゃダメですか? 確かに経験が浅いから感情に流されてるだけかもしれないですけど・・・」
「だろ、もっと冷静に・・・」
「でも、それが僕の性格なんです!」
アミスは言い切った。
(・・・わかりやすいな・・・)
しかし、それがアミスの行動原理の全てに思えた。
そして、そんなアミスといることが自分の普通になりつつあった。
(もう手遅れかな・・・)
もう充分に情が移ってしまっていた。
自分にもこんな情が残っていることに少し驚きはしたが、ラスは素直に認めることにする。
「危険かもしれないぞ。それでも・・・」
「だからですよ。だから力になりたいんです!」
ラスの言葉を遮るように言い放つアミスに、ラスは苦笑いをし、そして右手を差し出す。
「わかったよ・・・よろしくな」
「ラスさん・・・」
アミスは満面の笑みを浮かべると、ラスのその手を両手で握った。
「よろしくお願いします!」
本当の仲間を得て、アミスの旅は始まったばかりであった。
6体目の聖獣契約と、本当の仲間になったラスとの話となりました。
次回は、4月8日19時更新予定。




