誰も死なせたくない思い
あらすじ
ゴブリン退治へ向かったアミス達。そこにはゴブリン以外の者が待ち受けていた。
アミス達を囲むゴブリン達が、ゆっくりと間合い詰める。
すでにどちらかが動けば、すぐに剣が届く距離まできていた。
「メイティア! メイティア! 目を開けてくれ、メイティア・・・」
一人、混乱するマジェスティ。
そして、それを呆然と見つめるアミス。
「アミス、警戒態勢を崩すな!」
「あ、はい!」
慌てて、魔力が放たれた方向へ目を向ける。
そこには、一人の魔術師風の男が立っていた。
白みがかった髪と髭、顔に刻まれたシワは高齢を思わせる重厚さを感じさせた。
「貴様か・・・」
「ふっ、・・・我以外にいると思うか?」
その声はマンムのものと同じだった。
「そういう事か・・・」
エンチャントドールであるマンムから感じた、感情を纏った言葉は、この目の前の魔術師から発せられていたのは一目瞭然だった。
なんらかの魔法で音を飛ばし、マンムの口から発せられているかのように見せていたのだろうと、ラスにも理解できた。
「ラスさん・・・」
「落ち着けアミス、気を抜いたら、すぐに全滅だぞ・・・」
「落ち着けません!」
「アミス!」
「誰も、死なせません!!」
アミスの意識が向いているのは、完全に初老の魔術師でもなければ、ロルティでもない。
力なく倒れているメイティアにだった。
「アミス、落ち着け!」
「少し、時間をください」
「おい!」
ラスの言葉と手を完全に振り払い、アミスは、メイティアの側で膝をつく。
「マーキスさん、司祭様、力を貸してください」
「何を?」
「アミスさん、申し訳ないですが、彼女は・・・」
ガラガルムが何と言おうとしているかは、誰もがわかっていた。
それを認めたくないマジェスティにだってわかっていること。
すでにメイティアの命はないことを・・・
しかし、アミスはそれを否定した。
「まだ、助けれられます!」
「アミス、落ち着いて、私の聖獣でもすでにこと切れた人を助けることは・・・」
「マーキスさんの聖獣だけでは無理です。でも、僕と司祭様がなんとかします!」
強く言い放つアミスに、マーキスもガラガルムも気圧される。
「司祭様は神の奇跡による回復魔法をお願いします。それを僕が強化しますので、一瞬でも息を吹き返したら、マーキスさんの聖獣で!」
「無茶だ・・・」
「今は、この事態を打破するために力を使うべきです」
二人に反対される。
しかし、そのアミスの必死さに負けたのは、ラスだった。
「時間は俺達が稼ぐ、だから、アミス達はそっちに専念しろ」
「ラスまで、何を・・・」
「時間が惜しい、早くしろ!!」
2人の必死さが、ガラガルムを動かした。
「わかりました。守りは任せましたよ」
「ああ・・・」
マジェスティは、そのやり取りに呆然とする。
「おい、そのせいで全滅するぞ・・・」
そして、混乱していたマジェスティの頭が冷静さを取り戻す。
そのままでは、全滅を招きかねない作戦を聞かされて、冷静さを取り戻したのだ。
「やめてくれ、俺らのせいでお前たちを危険には・・・」
マジェスティが静止の言葉を発する。
しかし、そうと決めたガラガルムは、神聖魔法の詠唱を始める。
「我等が偉大なる大地の恵みグランドレア・・・」
「・・・しかない・・・」
マーキスも説得を諦めた。
「マーキス、絶対にチャンスは逃せない、だからこちらは気にせずに聖獣を使うタイミングだけに集中しろ」
「無茶言う・・・」
ガラガルムの魔法が発動すると、アミスもそれのサポートの為に≪ 白翼天女 ≫を呼び出す。
≪ 白翼天女 ≫はアミスの心を読み取り、ガラガルムの癒しの魔法の強化のために詠唱を行う。
「馬鹿ばっかだ・・・」
「本当だね」
思わず口に出したマジェスティの言葉に、ロルティが賛同する。
そして、初老の魔術師がさらに言う。
「茶番はもういい。そろそろ、良いなロルティよ」
「その茶番をもう少し見るのも面白いと思うけど、あまり油断するのもよくないよね」
(来るか・・・、なら・・・)
「マジェスティ! とりあえず、今は戦いに集中しろ! リーラも頼むぞ!」
ラスは言い放つと、再び詠唱を始め、すぐに魔法が発動する。
「【 氷乱華 】!」
無数の氷の花びらが周囲を襲う。
ゴブリンには確実にダメージを与えたが、ロルティ、マンム、初老の魔術師には然したるダメージを与えた様子はなかった。
「?」
ラスもある程度は覚悟はしていた。
ゴブリン程度にしか然したる効果が見込めないだろうことは。
しかしラスは、それらの僅かな違いに気づいた。
ロルティとマンムは、自らの魔法への耐性等でダメージを減らしていた。
ダメージはないに等しいが、全くのゼロではないのを感じた。
しかし、魔術師への魔法は、その目の前で消滅していた。
(何かの結界を張ってから出てきたか?)
一つの可能性を考えてみたが、違和感は消えない。
が、今は大した問題ではなかった。
(まずは、攻撃より防御優先だ。守りの為に・・・)
ラスが再び詠唱を行う。
それに気づき、ゴブリンが襲い掛かり、ロルティやマンムからも魔法が飛ぶ。
(やはり、厳しいか・・・)
アミスの願いをきいたことに、若干の後悔は拭いきれなかった。
らしくない甘い考えにのってしまい、他の者を危険に晒した。
後悔がないわけがなかった。
(・・・だが)
決めた以上、誰も死なすわけにはいかない。
そんな強い気持ちを持ち直す。
落ち着きを取り戻したように見えるマジェスティは、まだ余裕が伺えたが、リーラに限界が近いように見える。
「!?」
初老の魔術師が、右手に持った薄い水色の宝石らしき物を翳していた。
(なんだ、あれは?)
直感だった。
強い危険さを感じ、用意していた攻撃魔法をそちらに放つ。
充分な威力があったはずのその【 氷槍 】は、魔術師の前で消滅する。
「まさか、あの宝石のせいか・・・?」
「ラス!」
マーキスの呼びかけで、ラスはロルティとマンムの魔法がアミスを狙っていることに気づき、魔力をレイピアに纏わせ、放たれた魔法を撃ち落とす。
威力の高い魔法のため、ラスもダメージを負ってしまうが、すぐにそばに近づいてきたゴブリンを斬り払い、目を魔術師へ向ける。
その目に映った、宝石を中心に生み出されつつ力を感じ、危機感を感じる。
それはアミスやガラガルムを狙っているように見えた。
「くっ・・・」
慌ててラスも魔力を込めるが、ここまでの魔法力消費とダメージにより、魔力の高まりが遅れる。
マジェスティも気づき、慌てて短刀を投げる。
短刀は魔力の障壁にはじかれるが、確実に魔術師の眉間へと飛んでいたため、魔術師の意識が少し乱れた。
「きさま!」
狙いをマジェスティに変えようとしたが、そこにロルティの罵声が飛ぶ。
「アラーム! 狙いを変えるな!!」
「!!」
アラームと呼ばれた魔術師は、狙いをアミスへと戻し魔力を放つ瞬間だった。
そのアラームの右手が斬り落とされた。
「がっ・・・」
斬り落とされた右手から落ちた宝石を拾い上げ、アラームの右手を切断したその人物はマジェスティの横に降り立った。
「アスマ!」
「大丈夫かい、マジェスティさん?」
そこに現れたのは、一人の少年だった。
年齢はアミスとそう変わらないと思われ、軽装で片手剣を持ったその姿は、軽戦士かスカウト系かとラス達には思えた。
「・・・俺は大丈夫だが・・・」
マジェスティがそう言い向けた目の先に気づき、そのアスマと呼ばれた少年も理解はしたようだった。
「・・・とりあえず、今はあの人達を信じて任せよう」
「ああ、そうだな・・・」
そのやり取りを見ていたラスは、何者かと訊こうと一瞬思ったが、今は敵でないことがわかるだけで充分と判断し、意識を周囲に戻した。
「き、きさま・・・」
アラームがアスマを睨みつける。
「マンム!!」
アラームの呼びかけに応じ、エンチャントドールのマンムがその側に移動する。
その後ろにはロルティも続いた。
そのタイミングでだった。
「≪ 清らかなる水姫 ≫よ」
マーキスが癒しの聖獣を呼び出す。
ガラガルムとアミスの≪ 白翼天女 ≫によってメイティアの傷が塞がり、僅かな生命力を感じたからだ。
マーキスの聖獣によって、メイティアの頬に赤みが差し、確かな鼓動と確かな呼吸を刻みだした。
「一命は取りとめましたね」
ずっと、治療へと集中を維持し続け、流石に疲れた様子でガラガルムが呟いた。
アミスも一つ息をつき、笑みを浮かべた。
「メイティア・・・」
喜びで気が抜けるマジェスティに対して、ラスから言葉が飛ぶ。
「戦いに集中しろ!」
「!!」
マジェスティは気を引き締め、近づいてきたゴブリンを斬り倒した。
「マーキスさんと司祭様は、守りはお願いします」
アミスも気を引き締めて、ロルティ、アラーム、マンムの方へ目を向けた。
「アミスも守りに・・・」
「いえ・・・」
「!?」
ラスは、アミスの目を見て驚く。
その目には強い怒りが籠っているのを、感じ取れたからだ。
(何が・・・)
ラスは、アミスが見せるそれが、何に対する怒りかわからなかった。
メイティアを殺されそうになった怒り?
いや、元から仲間のマジェスティから感じるならわかる。
いくら、優しく、仲間を守ろうとするアミスでも、出会ったばかりの者を殺されかけたからといって、ここまで怒りを顕わにするだろうか?
ラスは戸惑い、アミスの肩に手を乗せた。
その肩が震えているのがわかる。
「ロルティよ、すまぬが治療を・・・」
「・・・やめとくよ」
「何?」
ロルティは、宙に浮きアラームから離れだした。
「ロルティ!?」
「君に協力しても、メリットは一切ないみたいだ」
「き、きさま・・・」
怒るアラームに対し、ロルティは冷めた表情で言葉を続けた。
「高位の魔術師といっても、戦闘の素人は駄目だね。正直、戦闘力に関しては、ここにいる誰よりも低いよ。せっかく、風の石を貸してあげたのに活かせずに奪われるし、絶好のチャンスを逃しまくるし・・・」
ロルティは、ふとマンムに目を向ける。
「そのエンチャントドールも役立たずみたいだしね」
「何を言う!? 我が最高傑作を・・・」
「馬鹿みたい。強い魔力も活かす技能や知識がないと意味ないんだよ。全然自分で考えて動かないし、思考力が遅すぎて行動が遅いし、主が馬鹿だから仕方ないけどね」
ロルティの言葉に怒ったアラームの命により、マンムが高威力の魔法を放つが、それは簡単にロルティに防がれる。
「そんな半端なの創るために、50年も費やしたんだね。お疲れ様で~す」
完全に馬鹿にした物言いのロルティの言葉に、アラームは言葉を失った。
「アミス、今回は協力者の選択に失敗したボクの負けだわ。次はちゃんと選別してくるから、楽しみにしててよ」
「・・・もう、来なくていいです」
不満げにそう言うアミスに対して、ロルティは落ち着いた表情で口に笑みを浮かべ、「じゃ」と一言残し姿を消した。
そこに残されたアラームとマンムが動きを止めているため、ゴブリンも戸惑ってオロオロとしていた。
「ひとつ、訊いていいですか?」
「・・・アミス?」
アミスから出た言葉。
アミスは、自分が感じている魔力が導き出す、ある可能性に脅えていた。
この可能性は外れてて欲しい。
そんな願いを持ちながら・・・
ロルティへの怒りを、そのままアミスに向けるようにアラームは言い放つ。
「なんだ!?」
「その・・・エンチャントドールの元となった人の・・・名前を知ってますか・・・?」
アミスの体の震えがどんどん強くなる。
そのことを感じたラスは、思わず、後ろからその小さな体を抱きしめた。
「・・・知らぬわけがない。自分でつけた娘の名だ」
アラームから帰ってきた答えにアミスの体に震えが止まる。
その代わりに湧き上がってくる魔力に、ラスはアミスを抱きしめる力を強めた。
「ずっと、感じていたんです・・・、あなたと、その・ひと・・・と、同じ波長の魔力を・・・。他人ではありえない・・・それぐらい似た・・・いや、同じ魔力を・・・・」
導き出された答えに、ラスも、マーキスも、マジェスティも、事態を把握しきれていないアスマを除いた全員が、そのことに驚愕した。
「自分の娘を・・・」
「それがどうした? 研究には同波長の魔力が必要だったのだ。元々そのために子供をつくったのだから問題あるまい」
アラームから出たその言葉により、アミスの中で何かが弾けた。
「ゆるさない・・・絶対に・・・・あなたを許さない!」
アミスから湧き上がる魔力を感じながら、ラスは必死に止める。
「アミス、お前は支援だ! 奴を殺るのは、俺の仕事だ!」
暴れそうなアミスの感情を必死に抑えようと、ラスは腕と言葉に力を込めた。
「ラスさん・・・」
振り返り、ラスに向けたアミスの目から、涙が零れだしていた。
ラスは、アミスの頭を軽く、ポンポンっと叩くと、アミスの代わりとばかりにアラームへ向けて少しずつ歩き出す。
「貴様らには関係あるまい。次の素材は貴様らだがな」
その言葉に反応してか、ラスが走り出す。
「マーキス、マジェスティ、ガラガルム、リーラは、メイティアを守りながら、ゴブリンの相手を頼む」
「わかった」
「承知しました」
「アミスは、魔力を温存してチャンスを待て」
「はい・・・」
ラスが近づく、アラームはマンムを前に出し、魔法を使わせる。
マンムから繰り出される、無数の魔力球をラスは躱しながら、少しずつ近づいていく。
アラームは徐々に間合いを離していくが、マンムとの距離は、徐々に詰められていった。
マンムも撤退させるか悩むアラーム。
戦闘経験が少ないアラームは、瞬間的な判断ができなかった。
「しかたあるまい・・・」
アラームが何かの魔法を発動させたのがわかった。
しかし、なんの魔法かラスにはわからない。
ただ、自分の周辺にはなんの変化もない。
判断に迷いながらも、ラスは引き続き間合いを詰めにかかる。
自分の間合いに入り、ラスがマンムに斬りかかろうとしたその時だった。
「ラスさん、下がって!」
突然のアミスからの言葉。
一瞬躊躇いながらも、ラスは従った。
そこへ逆に間合いを詰めにかかるマンム。
「≪ 風の乙女 ≫! お願い!」
聖獣の≪ 風の乙女 ≫が、ラスを包む。
その目の前で、マンムから爆発が起こった。
強力な魔力の衝撃がラスを襲う。
吹き飛ばされるラスを、包んだ風の障壁が守り、衝撃を吸収したあと、ふわりとラスを浮かせた。
自爆系の魔法であり、マンムもダメージを負っていたが、ラスより先に動きを見せる。
再び、無数の魔力球を生み出し、ラスに放ちながらその周りを回りだす。
そのマンムに別方向から近づいたのはアスマだった。
しかし、魔力球の数を増やしそれにも対応するマンム。
「魔力量が尋常じゃないな・・・」
魔力量の多さを活かした数でおす戦法にでたマンムに、打つ手が浮かばないラス。
しかし、そこで事態を打破したのはアミスだった。
放れた場所で浮くアラームへとアミスは走り出した。
そして、近づくと 【 風 斬 】を放つ。
「アミス、そんな威力の魔法じゃ・・・」
と、ラスが言いかけて止まる。
アミスの放った低威力の魔法を、アラームは余裕で防いだが、それと当時にマンムの動きが鈍り、魔力球の数も減ったのだ。
「なるほど・・・」
ラスとアスマはそれを理解した。
「あっちの相手を頼む」
ラスは、アスマにそう言うと、自分はマンムとの間合いを詰めにいった。
アスマが近づいてくると、アラームは慌てて高度をあげる。
しかし、続いて、【 風斬 】を続けて放った。
アミスのそれより威力の高いアスマの魔法により、アラームはマンムの操作に集中できなくなる。
「あっちの援護に回って!」
アスマに言われ、アミスは頷いてラスの方へ向かった。
「ぐっ・・・」
先程の自爆魔法でダメージを受けているマンムはもう限界と判断したアラームは、最後の手段に出る。
「マンムよぉ~」
アラームの声に反応して、マンムも浮き始める。
アラームと同じ高さまで来て止まるマンム。
ラスとアスマはそれぞれ攻撃魔法を放ち、これを攻撃するが、高まったマンムの魔力がこれを弾く。
「何を・・・企んでいる?」
「それより、誰も飛べないの?」
「無理だな・・・、飛べる奴は寝てる」
「そっか・・・」
ラスとアスマは対応に困った。
ラスは、一か八か上位魔法を放つことも考えたが、ただ放っても避けられて終わるだろうと躊躇する。
「ラスさん、少しの間なら飛ばせます。あまり自由は利きませんが・・・」
「風か?」
「はい・・・」
「よし、頼む」
「ぼくもお願いしていいかい」
「はい」
「アミス・・・」
「はい?」
「俺らを信じて、チャンスを待て」
「・・・わかりました」
≪ 風の乙女 ≫が起こした風により、二人は舞い上がる。
そして、アミスの意思を受けて、二人をアラームとマンムの側に運ぶ。
「馬鹿が!」
アラームの指示で、マンムが無数の魔力球を呼び出す。
「馬鹿の一つ覚えかよ」
「馬鹿は貴様だ! 空中でどうやって躱すというのだ?」
魔力球に囲まれる二人。
ピンチにしか見えない状況の中、アスマは笑う。
「【 風 跳 】」
アスマの足元の聖獣とは別の突風が起き、それを足場に更に高く跳んだ。
目の前に残ったラスと、更に上にいったアスマ、どちらを狙うか悩むアラームからの指示がない、マンムは魔力球を動かさない。
「死ねぇい!!」
しかし、アラームからの指示はそれほどの間を開けずにでる。
全ての魔力球が上へ飛んだアスマを囲む。
そして、マンムに斬りかかろうと間合いを詰めたラスに対して、体を預けた。
「なに?」
「まじか?」
驚く二人。
そして、ラスのレイピアがマンムを貫く。
「【 雷 纏 】・・・」
「ぐあぁぁぁ!」
マンムの体が雷を纏った。
その体を貫いたレイピアを伝ってラスにも雷が流れる。
そして、更に上空では魔力球が一斉にアスマを襲う。
「【 旋 風 】!」
風がアスマを包んだ。
その風は、魔力の強いエンチャントドールの魔法を防げるものではなかったが、少しでも威力を弱めるために纏わせた。
空中で全周囲を囲まれたアスマにできる抵抗はそれだけだった。
「あとは、貴様だ」
と、アラームは地上のアミスへ目を向ける。
動揺を感じさせないアミスと目が合い、アラームは動きを止めた。
アミスは信じて待った。
ラス達がチャンスを作ってくれることを・・・
(なぜ、恐怖を見せない。他に何かあるのか?)
地上にいる他の奴らに目を向けた。
ゴブリンに襲われ続け、こちらを気にする余裕もないようだった。
他には誰も・・・
「がぁぁぁぁ!!」
叫びと共に振るったラスの剣が、マンムを切り裂く。
「な、なに!?」
マンムの体は、レイピアなどで切り裂ける強度ではないはずだった。
しかし、ラスの剣はそれができた。
【 精霊剣 】
怒りの精霊を纏わせたレイピアは、バスタード程の大きさになっていた。
それがマンムの体を引き裂いたのだ。
「自分で操らないと動いてくれない奴は、戦力として半端なんだよ」
ラスが言い放つ。
「そういうこと」
上空から聞こえた声に、慌てて見上げるアラーム。
既に目の前に迫っているアスマの存在に、アラームは混乱状態のまま魔法を放つ。
しかし、咄嗟に放った魔法では威力に欠け、アスマは止まらずに、その剣はアラームの肩口を捕らえた。
既に風を纏っていないラスとアスマは、そのまま相手を巻き込む形で地面に落ちる。
アミスの目の前に落ちた4人の中で、最初に動いたのはアラームだった。
ラスもアスマも負ったダメージが大きすぎて指ひとつを動かすのが精いっぱいだった。
助けるのが先か、倒すのが先か一瞬の迷いが、事態を悪化させた。
アラームの手がマンムの体の中に入っていく。
「な、何を・・・?」
「もう、役に立たぬ者にはもったいないのでな」
アラームの手によって、マンムの体の中から取り出されたそれを見て、アミスは驚いた。
それは、知識だけで、実際には見たことのない紅魔石だった。
かつて、魔獣や悪魔などを封じたと語られてきた伝説の石。
封じられた魔獣等の魔力により、それ自体が強力なマジックアイテムとなる。
エンチャントドールを動かす魔力の源として
「それは・・・」
「邪魔だ!」
紅魔石の魔力を使い放った魔力球を受け、アミスは吹き飛ばされた。
激しく背中を木に打ち付け、一瞬息が止まる。
咳込みながら起き上がったアミスの目に入った光景に、アミスは驚愕した。
「駄目です!!」
止めることはできなかった。
アラームが手に持ったその石を口に持っていく。
そして、舌で包むように口に含めると、そのまま飲み込んだ。
アミスも、ラスも、アスマも、呆然と見るしかなかった。
「・・ふはっ・・・ははは・・・はははははは・・・・」
アラームの笑いが止まらなくなる。
自らの魔力が高まっていくのを感じていた。
「ははは・・・初めからこれで良かったのだ。エンチャントドールなどいらなかったのだ・・・」
アラームは喜びの感情に包まれて気づいていなかった。
自らの体の変化に・・・
「はははははははははははははははははははははは・・・・」
その変化が終わっても、アラームは気づかない。
(悪魔・・・)
紅魔石の中にいる悪魔の姿に変わったのだろう。
アミス達にはそう思いながら、その悪魔との戦いへ意識を移していった。
次は4月5日19時更新予定です。




