ゴブリン討伐
これまでの登場人物
アミス・アルリア ;ハーフエルフの魔法使い。
ラス・アラーグェ ;元ハーフエルフのエンチャントドール。魔法剣士。
マーキス・サーラント ;エルフの精霊使い。
ティス ;アミスの使い魔のピクシー
翌朝、アミスが最初に目を覚ました。
あまり深い眠りにつけてなかったのか、少し疲れが残っているように感じる。
傍らで寝ているティスを起こさないように気をつけながら、アミスはベットから降りる。
上にローブだけ羽織り、一階へと降りた。
一階にある酒場はまだ営業はしていないが、宿屋の客なら席を利用するのは自由で、アミスは椅子に腰を下ろした。
「ふぅ~・・・」
息をつき、ゆっくり考える。
短い間に色々な冒険者に会った。
目的を持たない冒険者もいれば、ゆずれない目的を持つ人もいた。
自分は、まだ前者に当たると思えた。
聖獣を集めるという目的はあれども、強く望んでいるわけではない。
ファイスとの一件のように、状況によっては相手に譲ってもいい軽い目的だ。
これからはどうなるだろうか?
なんとなしに冒険者を長く続けるのだろうか?
それとも、何かゆずれない目的ができるだろうか?
まだ、そこまでではない思いはある。
自分はそのために力になれるだろうか?
(とりあえず、今は・・・)
ラスの元で、冒険者としての経験を積む。
そう決めたアミスだった。
「初級のクエストか・・・」
掲示板に張り出された数々の依頼書に目を通しながら、ラスは呟いた。
「これか、これか、これってところかな?」
マーキスが3枚の依頼書に目をつける。
『 キックオークまでの商隊の護衛 』
「これはないな。あそこに戻るつもりはない。少なくとも今は・・・」
マーキスも苦笑いで頷く。
これを除外したことにより残ったのが、
『 遺跡内での素材集め 』
『 北の森のゴブリン討伐 』
の二つだった。
「この遺跡って、どれぐらい探索が進んでるんだ?」
まずはわかる範囲の情報を集める。
「一通りは終わってるよ。ただ、少し魔力を帯びているらしく、モンスターが多めに出るね」
「モンスター? どの程度のだ」
「獣系が多いらしいよ。あとはオークとかコボルトとか」
「なるほど・・・」
少し考えた仕草を見せたラスに、マーキスが言う。
「こっちがいいと思うけど・・・」
と、指さしたのは、ゴブリン討伐の依頼書だった。
「ゴブリンなら楽勝でしょ?」
ラスの頭の上から、ティスが言う。
ラスは、その言葉を受け少し考えてから、アミスに尋ねた。
「アミス、ゴブリン討伐で一番やっかいな要素ってわかるか?」
「ゴブリン討伐ですか・・・」
すこし考えてから、アミスは答えた。
「やはり、数でしょうか?」
「そうだ」
ラスもマーキスも頷く。
「自分達と同数のゴブリン達を相手にするだけなら、新米冒険者でも然したる問題はない。正直、弱いからな。だがな、討伐となるとゴブリンの巣に乗り込むことになる。そうなると数の予測というのが必要になってくるわけだが、今のパーティー編成では、正直、厳しいな・・・」
「なんでですか?」
「数を相手するには、前衛職が足りない」
「前衛職ですか・・・、確かにラスさんだけですね・・・」
「そうだ、俺一人じゃ何匹ものゴブリンを足止めできないから・・・な・・・?」
途中まで言いかけたラスの言葉が止まった。
ラスの言葉を黙って聞くアミスの後ろに、一人の少女がラスの講義を一緒に聞いてたからだ。
「お前は?」
「?」
アミスは首を傾げたが、ラスの目が自分の後ろに向いていることに気づき、振り返った。
「あ、すいません。わたし、新米の冒険者で、為になりそうな話をしてるみたいだったから、おもわず・・・」
「ああ、まあ、いいんだがな。それより・・・」
ラスの目は、少女の更に後ろに向けられた。
そこにいたのは、二足歩行のトカゲ、リザードマンだった。
ひと昔前までなら、リザードマンもゴブリン同様、討伐対象のモンスターという見方をされていた。
ゴブリンよりは強かったが、ある程度の経験を積んだ冒険者にとっては調度良いクエスト相手扱いだった。
しかし、意を決して人間社会に出てきたリザードマン達は、モンスターと呼ぶには頭が良く、決して好戦的なだけではないことを知られるようになり、今では、地域にもよるが、亜人種の一種として考えられていることが多くなっていた。
このタイコウを含むトショウ平原地域では、完全に種族として認められている。
「おっと、すみません。邪魔をしましたかな?」
アミスも、ラスも、マーキスも、そのギルド内にいる冒険者全てが驚きの目を、そのリザードマンに向けていた。
(こんなでかいリザードマンは見たことが・・・)
そのリザードマンの身長は、どう見ても2mを超えていた。
「私の名は、ガラガルム・デュ・ガレオンと申します。見ての通り、大地神様の司祭を務めております」
そう名乗ったリザードマンのガラガルムの言う通り、彼は法衣に身を包み、大地の神『グランドレア』の聖印を身に着けていた。
「この娘は、リーラ。私と共に冒険者になりました」
「ああ、そうか・・・」
「リザードマンですよね?」
呆然するラスと違い、アミスが興味を示す。
「はい、そうですよ。貴方はハーフエルフで間違いないですか?」
「はい、そうです。初めて見ましたけど、リザードマンって大きいんですね?」
「いえいえ、私が少し大きいだけですよ」
(( 少しじゃない! ))
ラスとマーキスは心の中でツッコミを入れる。
「少し、提案させてもらっていいですか?」
「え?」
「そのゴブリン討伐の仕事を受けるのでしたら、我々と一緒に受けませんか? 先程の話では前衛職が足りないようですし・・・」
リザードマンの司祭からの突然の提案に、ラスは落ち着いて考えた。
(この娘は戦士だな。そして、司祭・・・、回復役がいれば、アミスも色々と気を取られずに支援や攻撃に専念できる。新米とはいえ、戦士系がいると助かるのも事実だ・・・)
「いいですよね?」
先に答えてしまうアミスの頭を軽く叩いてから、ラスは頷いた。
「俺もいいと思うぞ」
「そうだね」
マーキスにも断る理由はなかった。
「では、この依頼、受けさせてもらおう」
と言い、ガラガルムは、依頼書を手に取った。
タイコウの北へ2時間程行った場所にあるタイホクの森。
その森に隣接するケフトーという小さな村で、最近ゴブリンの被害に悩ませられているとのことだった。
村の若者達により、度々撃退をすることはできていたが、頻度が増すその被害に村も我慢できなくなり、資金を集めて、タイコウの冒険者ギルドへ討伐依頼を持ち込んだのが依頼の経緯だった。
その情報を受け、思ったより数が多いのかもしれないと思ったラスの意見で、もう一人の冒険者を加えることにした。
とりあえず、盗賊か狩人等のスカウト系と呼ばれる冒険者を探す。
元々高くない依頼料が減ってはしまうが、危険度を減らすことを重視したラスを否定する意見は出なかった。
しかし、夜行性のモンスターであるゴブリンの生態を考えた上、昼前には町を出るつもりでいた。
そんな中、二人組の冒険者と出会えたのは運が良かった。
一人は、マジェスティという人間の男で、『ギャンブラー』を名乗っているが、前衛に立てるタイプのスカウト。
もう一人の女性冒険者は、また珍しい種族のフェアリーの精霊使いで、名はメイティア。
ピクシーと同じ妖精族の一種であり、背中に羽が生えた小柄な種族だった。
ピクシーのような小ささではなく、人間より少し小さな程度で、女性なら120~130cm程が一般的だ。
(最近、よく亜人に会うな・・・、ハーフエルフ、エルフ、ドワーフ、ピクシー、オークと続き、今回はリザードマンとフェアリーとは・・・)
やや呆れ気味に思うラスだったが、
(ま、俺が一番特殊だがな・・・)
と、溜息をついた。
二人は、別件の為に、数日前からこの辺りの洞窟等の探索を行っているらしく、タイミング良く次はタイホクの森近辺を調べる予定だったとの事で、共闘を引き受けてくれた。
前衛に立てるスカウトは、アミス達にとっても渡りに船で、依頼料の分け前交渉もあっさりとすみ、予定より早くに町を出発することができた。
まずは、村へ立ち寄り、情報収集。
手分けをして集めた情報により、今朝も被害があったこと、その時の数、そして、巣とした洞窟の情報を得て、さっそくその洞窟へと向かった。
スムーズに事が進む。
幸いにも、ゴブリンを舐めてかかる者はいなかった。
最初はティスが簡単に考えていたようだが、早いうちにゴブリン討伐の問題点をラスが話したため、今では気を引き締めていた。
「慣れてる様子だね・・・」
「ま、何度か経験してるからな・・・」
マーキスの言葉に、ラスはさらっと返す。
「とにかく、冒険者になりたての時は、よくゴブリン退治はやったな・・・。あいつらは、どんなに討伐しても、次の町にいけば必ず討伐依頼があるぐらいに繫殖力が強いからな」
「私も2回ほどやったかな・・・」
「たくさんやった・・・、その分、ゴブリンを舐めてかかって命を落とした新米冒険者の話もいっぱい聞いたがな」
その中で、よく耳にしたのが、冒険者ではない者の被害だった。
何度も撃退に成功した若い村人が、自分でもできると思い、数名で巣に乗り込み帰らぬ人となる。
そんなこともよく聞く、ありふれた話だった。
(ちゃんと、冒険者へ依頼してくれる村には感謝だな・・・)
ラスが、ふとアミスに目を向ける。
緊張で、杖を持つ手に力が入っているのが、見てすぐわかった。
「アミス・・・、緊張感を持つのは悪くないが、緊張しすぎだ・・・」
と、アミスの頭に手を置くラス。
そんな光景を見て、マーキスは少し安心する。
(大丈夫そうだ・・・)
村を出て1時間程で、目的の洞窟に到着した。
木に隠れて洞窟の入り口に目を向けると、そこには見張りらしきゴブリンが2匹、武器を持って立っていた。
槍と剣を持ったその2匹は、少し眠そうな表情で、あまり警戒心がないようだ。
「足跡や村への被害を見る限り、十数匹ってところだと思う・・・」
マジェスティの言葉に、ラスも頷く。
「俺もそれぐらいの予想だ・・・」
「さて、どうしますか?」
ガラガルムが尋ねる。
「私達は初めてのゴブリン討伐ですから、指示に従います」
リーラもアミスも、頷く。
「マジェスティ、なんか意見は?」
「洞窟のある岩山も大きさから見て、大した深さはないと思うが・・・」
「そうだな・・・迷宮化はしていないだろうな」
「村で聞いた話では、他に出入り口があるわけでもないらしいから・・・、中の連中に気づかれないように見張りを倒して、あとは煙で中の奴らを燻りだして、出てくるやつを順々に倒す。それが、一番堅実か・・・」
その案に反対する者はいなかった。
即実行することになる。
全員がいつでも突撃できる準備をしてから、マーキスとマジェスティが弓を引く。
「いくぞ・・・」
ラスのその合図で、2人が弓を射る。
マジェスティの放った矢は、ゴブリンの頭を確実に捉えて一撃で倒せたが、マーキスの矢は背中に当たり、苦しみながらもアミス達に気づき、騒ぎ出した。
逸早くラスが、間合いを詰めて斬りかかり、仕留めて、中の方を警戒する。
しかし、気が付かれなかったのか、気付かれた上、相手に待ち構えられているのかわからないが、ゴブリン達が出てくる気配はなかった。
「すまない、仕留めそこなって・・・」
「いや、気にするな」
入口前に全員集まり、警戒しつつ次の作戦を練る。
「とりあえず、気づかれたとみるべきだろう」
と、マジェスティが切り出す。
「だが、誰も様子見にこないのは気になるといえば気になるな・・・」
「普通なら、様子見だけは来そうなもんだけど・・・」
と、ラスとマーキスが言う。
「既に見られているかもしれませんね」
アミスの言葉に、ラスも一つの可能性に気づく。
「ゴブリンシャーマンか・・・」
「可能性はあるかと・・・」
ゴブリンシャーマン。
ゴブリンの突然変異種で、一般のゴブリンより高い知性を持って生まれ、魔法を使うことができるゴブリン族だった。
そうなれば、こちらの動きを魔法により、ある程度捉えている可能性がある。
とはいえ、それ程高いレベルの魔法が使えるわけでもなく、そこに何かがいることがわかる程度だろうと予測できた。
少なくとも、迎撃の体勢は整えられてるとみるべきだろう。
「予定通り、燻りだすかい?」
マーキスが再提案するが、
「ゴブリンシャーマンがいるなら、煙ぐらいじゃ、何とかされて終わりそうだがな」
「やはりか・・・」
作戦の練り直しになる。
とはいえ、この可能性を頭に入れてなかったわけでもない。
「ま、罠や不意打ちに警戒しながら、入っていくか?」
と、マジェスティからすぐ意見が出た。
「その前に、1つ・・・」
ラスに全員の目が集まる。
「この辺りの洞窟を調べていた理由を聞かせてほしい」
「!?」
マジェスティは少し驚き気味の目を向けた。
「いやいや、今必要かい?」
と、マーキスが止めに入るが、
「内容によっては、危険度が上がるかもしれないからな」
「・・・・」
マジェスティとメイティアは、顔を見合わせて、どうしようか思案しているようだった。
それにより、他の者も危険度が高い可能性を感じさせていた。
「ここの洞窟が関係あるとは思えないけど・・・」
「可能性がないわけではないんだろ? だから、こちらの誘いに応じたはずだ」
「中々、勘が鋭いな・・・、ま、いい。話すよ・・・」
マジェスティは諦め気味に話し出した。
マジェスティとメイティアの目的は、魔術研究所を探すことだった。
かつて、存在していたラマジ王国という名の魔術信仰国家。
人間・亜人等すらも研究・実験の材料とし、エンチャントドールと呼ばれる存在を生み出したといわれるその国家は、聖王国によって滅ぼされた。
しかし、そこから逃げ出せた魔術師達は研究を続けた。
誰にも知られていない場所で、こっそりと・・・
その研究所が、タイコウ付近にあるという情報を手に入れた、この国の魔術師ギルドが調査に乗り出し、魔術師ギルドからの依頼で調査をしている冒険者がマジェスティ達だった。
聞けば、他にもそういった冒険者がいるらしかった。
(やばい情報だな・・・)
と、思ったのはマーキスだった。
ちらっと、ラスとアミスに目を向ける。
(もし、ここにあるなら、止めた方がいいが・・・、止まらないよな・・・)
昨晩聞いたばかりのエンチャントドールの話が、まさか目の前にあるかもしれないという。
ラスは、間違いなくその魔術研究所を探そうとするだろう。
アミスもその力になろうとするだろう。
しかし、それは危険なことだ。
もし、本当に研究者達がいたら、ラスを見てどう思うだろう?
そして、どうするだろう?
ここにあるかもしれない研究所と関係があっても、ラスを黙って帰すとは思えない。
ここと関係ない者が、ラスをエンチャントドールにしたとしても猶更なことだ。
(だめだ、ラスを逃がしはしないだろう・・・)
マーキスは悩んだ。
「もし、見つけたらどうするんですか?」
ガラガルムが尋ねた。
「この人数でどうにかできるとは思ってないさ。あくまでも国に報告するだけさ」
マジェスティは、当然のようにそう言った。
ラス、アミス、マーキスの表情の変化に気づいた様子もなく。
「危険度があがるな・・・ どうみても・・・」
「そうだな・・・、ここは当りではないと思っているが、ゼロではない以上、そうなるな」
「当りではない? なぜそう思う?」
思いの外、ラスは冷静に話しをしていた。
しかし、マーキスは安心できなかった。
何とか、研究所調査から離れることはできないかと考えてる。
「奴らは、見つかりそうなリスクを冒そうとはしない。ゴブリンを使って村を襲わせるわけがないし、もし、偶々ゴブリンが居座ったとしても、排除するはずだ。ゴブリンなんて発見されたら、駆除するために冒険者が派遣されるのが当然だからな」
「では、何でこちらの提案を受けた?」
「そこにいないって確信を得るためだな・・・」
マジェスティが、申し訳なさげに苦笑いを浮かべる。
メイティアも頭を下げる。
「そうか・・・すまなかったな。無駄話をさせて・・・」
と、ラスは話を締めるように洞窟へと向き直った。
「当初の予定通りいく。まずは煙による燻りだしだ」
「わかった」
と、言うとマジェスティは、予め集めてあった木の枝などを入口前に積み上げる。
「メイティアは、風の操作を頼む」
「まかせて」
枝や木々を積み上げ終えると、ラスは短い詠唱を唱え火を起こした。
「【 発火 】」
「風の精霊よ・・・」
火が点き燃え上がりだすと、メイティアが風を起こした。
メイティアは風の精霊シルフと精霊契約を結んでいた。
そのため、弱い風であれば詠唱も魔力も必要とせずに起こすことができた。
煙がどんどん洞窟の中の入っていく。
もし、ゴブリンだけが中にいるなら、慌てて出てくるだろう。
警戒を強めながら、洞窟の中の動きを待った。
「ギー! ギー!」
洞窟内が慌ただしくなりだした。
その慌ただしさが近づいてきて、全員が構えて、攻撃態勢をとる。
そして、飛び出てきたゴブリンにラス、マジェスティ、リーラが斬りかかる。
「ギャー!!」、
断末魔を上げて倒れるゴブリン。
次々と出てくるゴブリンに次々と次々と斬りかかった。
アミス達も小さな攻撃魔法で援護し、前衛の3人が傷を負うと、ガラガルムがすぐに癒した。
それが繰り返されているうちに、ゴブリン達の動きはなくなった。
すぐには警戒を解かずに、マジェスティが中を覗き見る。
完全にゴブリン達の気配が感じられないことを確認し終え、マジェスティの合図でそれぞれ警戒を解いた。
「ふぅ・・・」
アミスやリーラが息をつくが、ラスだけは警戒を残したまま、洞窟内を見つめていた。
「ラス、入る前に少し気を休めた方がいいよ」
マーキスが心配げに言い放つ。
アミスも心配げにラスを見つめる
「ああ・・・」
ラスは、入口から少し離れると一息つくが、すぐに鋭い目を洞窟に向けた。
(やはり、駄目か・・・、今回は最後まで付き合うしかないか・・・)
ラスの心境を感じ取ったマーキスは、深いため息をつくのだった。
定番クエストであるゴブリン討伐です。
次回は4月3日19時更新です。




